3 婚約者の新上司にガンを飛ばす女騎士がかわいすぎる件
仕事に精を出しすぎたおかげで婚期が少しばかり遅くなってしまったカレンさんでしたが、それが嫌いだったわけではありません。
二十九歳という若さで分隊長となり、僕含めた他の隊員たちからも『できる人』として信頼されています。
騎士団における最年少の女性管理職――それは、カレンさんにとっても数少ない自慢できるものでしたが、
「二十八……ふ、ふん! たとえ記録が破られようが、たかが一年……それに、二十八も二十九も、『アラサー』という枠に入れてしまえば実質三十だ。よし、同点だな! ……な?」
それはさすがに往生際が悪いと思います。あと、こちらに同意を求めないでください。
「カレン……言いにくいのですが、カナメは三月の生まれで二十八になったばかりなので、正確には二学年下になりますよ」
「は、早生まれ、だと……!?」
早生まれでそこまで驚愕の顔をする人初めて見ました。はい、こんな人ですが僕の大事なかわいい婚約者の方です。
ちなみにカレンさんは十二月の生まれで、今年中に三十の大台を突き抜けてしまいます。
「カナメ、紹介します。こちらの女性がカレン。あなたと同じ分隊長で、所属は第四分隊です。で、その隣にいるのが」
「ハルといいます。新たに
「……よろしく」
頷いて、カナメさんは僕たちと軽い握手を交わしました。顔は相変わらず無表情で、愛想笑いの一つもありません。
寡黙というより、これだと無愛想です。
「……用事はこれで終わりですか?」
「え、ええ。任命式まではまだ少し時間もありますし」
「……そうですか。では」
「えっ、あの……」
戸惑う姫様を残して、カナメさんがさっさと第二分隊の隊長室へと引っ込もうと僕ら三人の間を横切る瞬間、
「――おい、ちょっと待て」
と、カレンさんがカナメさんの肩をつかみ、呼び止めました。
「……なに?」
「お前、それはいくら何でも失礼すぎやしないか?」
「あの、カレン隊長……」
「ハル、お前は少し黙っていろ。階級は同じだが、先輩として一言忠告してやらんと気が済まん。心配するな、姫様の前だし、手荒な真似はしない」
そう言って、自分の背後に僕をどかせたカレンさんが、大きく一歩踏み出して、カナメさんとの距離を詰めました。
手荒なことは、と言っている割に、カレンさんは結構なガンをカナメさんにくれている気がします。
「
「…………」
少し離れた僕と姫様ですら思わず息をのむ迫力のカレンさんですが、それを間近に受けるカナメさんは変わらず無表情のままです。
整った顔も相まって、まるで人形の面でも着けているようでした。
「田舎者で上下関係が薄いところに居たのかもしれんが、これからも分隊長を続けるのならここのやり方を……」
「カレン、もうその辺でいいですから」
「しかし……!」
「カレン」
「……申し訳ありませんでした、姫様。出過ぎた真似を」
「いいえ、それだけアナタが私を慕ってくれている証拠ですから。それよりカレン、早く仕事に戻らないと、マドレーヌがそろそろおかんむりになる頃じゃないですか?」
「……そうですね。では、私はこれで」
姫様がこう言っている以上、カレンさんも引き下がるしかありません。というか、そもそもカレンさんは僕が心配でついてきただけなので、本来なら、この場にはいなくてもいい人ですから。
「ハル。そりが合わないと思ったら、いつでも戻ってこい。副隊長ぐらいなら、マドレーヌに言ってすぐにでも譲ってもらうから」
「……ハル様が心配なのはわかりますが、そういうのは人事権も持っている私がいないところでお願いしますね?」
相変わらず僕が絡むと周りが見えなくなるカレンさんですが、まあ、そこらへんはマドレーヌさんが上手く操縦してくれるでしょう。
それに、こうなった以上、僕も簡単にカレンさんのもとに帰るわけにはいかなくなりましたから。
××
さて、城の謁見の間での任命式をつつがなく終えた僕は、新しい職場となる第二分隊の詰め所へと、足早に向かっていました。
「副隊長として新しい仲間たちに挨拶……上手くいけばいいけど」
新しく働くこととなる第二分隊ですが、元職場ほど環境は悪くないにせよ、仕事の内容はほとんど変わりがありません。
赤い鷲と黒い鷹。隊のトレードマークからも予想できるかもしれませんが、この二つの隊、実は創設以来からのライバル同士だったのです。
そんなところに、第四分隊所属の僕が副隊長として異動してくるとなれば、元から第二分隊に所属している人たちは面白くないはずです。あちらにだって、副隊長候補の隊員はいるわけですから。
「最初からガツンとぶちかましてこい、ってカレンさんには言われたけど、僕そんなキャラじゃないしなあ……」
ただ、ここで僕が恥をかくということは、すなわち元所属のカレンさんをはじめ、ブラックホークの皆が馬鹿にされかねないので、若い僕ですが、しっかりと威厳は見せないといけません。
そんなわけで、牛歩気味に歩いて、頭の中であれやこれやと策を練っていたその時、
「っ……う、おえっ……も、もう無理ぃ……」
というかすかな声が、詰め所近くに設置されているお手洗いから聞こえてきたのでした。
「? なんだろ、今の……」
つい癖で発動している聞き耳スキルが拾ったのは、あきらかに弱音を吐いて参っている人の声でした。レッドイーグルは他の分隊と違って別の建物にあるので、ここを使用する人たちはだいたい決まっています。
女性の声だったので声をかけようか迷いましたが、かなり体調がすぐれないようだったので、もし毒にでも侵されているのなら、すぐにでも治療をしなければいけません。
「無視はできないよね……あの~、すいません! 大丈夫ですか?」
「えっ……そ、その声……」
「僕はハルといいます。新しくこの分隊の副隊長になりました。それより、気分がすぐれないみたいですけど大丈夫ですか?」
「やっ、やっぱり……あの、大丈夫、大丈夫だか……うっ、おええっ!」
大丈夫ではないようです。過剰なほどの吐き気ですから、やはり医務室で診察してもらわないといけません。
本人は大丈夫と言っていますが、ここは副隊長として、強引にでも連れていかなければ。
そう思い、僕は迷いなくドアのカギを開けました。あ、カギはもちろんかかっていましたが、トイレの鍵を開けるぐらいなら、僕ぐらいになれば造作もないことです。
「強がりはダメですよ! さあ、誰かは知りませんが、観念して治療を……って、あれ?」
と、強引に踏み込んだ先で、便器の側でうずくまっていたのは。
「うっ……は、ハル、くん……」
「カナメ隊長……?」
任命式後、僕より先に詰め所に戻っていたはずの、僕の新しい上司だったのです。
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