26 蒼く煌く女騎士がかわいすぎる件 2
私は、二回、親が変わっている。
その記憶になんとなく気付いたのは、ほんの最近のことだ。
そのうちの一回は、もちろん、
だが実は、その同僚の夫婦も、私の本当の両親ではなかった。
その二人も、いつの間にかこの世に存在していた私を戦場で見つけ、拾い育てていたのである。
では、私は一体何者なのだろう?
その答えが、美しい蒼炎の煌きに隠されている気がした。
【オレの力をそんなふうに使ってもらっちゃ困るぜ。ただでさえ、コントロールの効かない厄介な能力なんだからよ、それ】
お前は誰だ、と私が問うと、少年は歯を見せて笑いながらそれに答えてくれた。
【オレか? オレは別に名乗るほどのモンじゃねえよ、ただのお節介な、通りすがりの少年だよ】
なら今すぐ回れ右をして帰れ。私は今、忙しいのだ。
【いやあ、それはちょっとできねえ相談ってモンだ。オレがここから帰ったら、本当に、今度こそ、お前はお前じゃなくなっちまう。もうさ、十四歳のときに戻った時みてえに、元通りにはなんねえぞ?】
十四歳? 戻った? 何を言っているのか、私にはわからない。
【だから、これはそういう『能力』なんだよ。強く願えば、大抵のことは叶っちまう。アイツみたいな炎を出したいと思えば出せるし、男に負けないぐらいに強い女になりたい、っつたら。それにふさわしい能力が身に着いちまうんだ。面倒なことにな】
なら、私が分隊長になれたのも、女としてはバケモノじみた剣技を備えられたのも、全部そのおかげなのだろうか。
【まあな。一応、この肉体を間借りさせてもらってるから、その位の礼はしないとな】
だが、と少年。
【今まで黙って見てたけど、さすがに、そっちに行くのは良くねえぜ。邪魔なヤツを消したからって、好きな男の心までどうこうはできないんだからな】
では、どうすればいい。
婚期を逃した三十手前女の私が、どうやって一回り以上年下の男の子の心を繋ぎ止めていられる。
【そんなのオレが知るかよ、バカ】
バカ、バカだと?
自分でもなんて幼くかわいい悩みであることは自覚している。だが、これでも真剣に悩んでいるのだ。私にとっては大事なことなのだ。
【アイツのことが好きなんだろ? 全てが作られた、もしかしたら人間ですらないヒト。それでも、お前はあのチビが好きなんだろう?】
当たり前だ。私は大きな声で叫ぶ。
欲しい、ハルのことがどうしようもなく、欲しい。
それ以外はいらない。
【なら、正直にそれを伝えればいいんだ。伝えて、ソイツに、自分が今一番したいことをすればいい。余計なものは見るな。強い意志を持ってソイツにぶつかってこい】
とん、と少年が私の胸を拳で軽く突いた。
【それができるってんなら……もうちょっとだけ力を貸してやるよ】
良いのか? これまでずうっと迷惑をかけっぱなしだった私なのに。
【いいぜ。なにせ、オレはお節介だからな。それに、今はこんなになっちまった俺でも、心残りはあるんだ】
言って、少年は私に向かって、手を差し伸べた。
【さて、と。そろそろ戻ろうぜ。アイツのことは……アスカのことは、俺が食い止めてやる】
アスカ? お前、あの女のこと知っているのか?
【まあな。ようく知っているヤツだ。ずっと好きだった……ちゃんと面と向かって言えなかったけど、初めて出会った時から、オレは焦がされてた——】
そうして、黒く塗り潰されたはずの私の意識は、蒼い煌きに導かれて、ふたたび現実へと戻っていく。
×
「……戻った、か」
少年との会話を終えた直後、私は冷静な思考を取り戻した。
心臓の鼓動はおだやかで、とめどなく流れていた涙も、瞼から引いている。
どす黒い感情とともにあふれ出していたはずの黒い炎も、今は嘘のように引いて姿形もない。
「な、なんだったの今の……まったく、久しぶりに驚いちゃったじゃない」
攻撃が寸前で中止されたため、もちろん女王にも被害はない。だが、私がもらたらした黒炎の幻影をいまだ引きずっているようで、警戒している様子がありありとみてとれた。
だが、もっと驚くのはこれからだ。
「? カレン、さん……」
私の様子の変化に、すぐさま気付いたのはハル。自身へと向かって、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるその姿に身構えている。
「な、何をしているの? この子に近づいていいなんて許可、私は出してはいないんだけれど?」
女王がすぐさま威嚇を飛ばすが、それを防ぐようにして、私の瞳の奥に宿った蒼の炎が、それをいとも簡単に迎撃してみせた。
「えっ……」
その様子をみた、女王の瞳がこれでもかと見開かれた。少年と会話した時点で予想していたが、呼吸が止まるほどに驚いてしまうのも無理もない。
なぜなら、本来ハルの方に覚醒すべきだったはずの、『勇者』が使いこなしていた蒼炎が、私の体に発現したからだ。
「なんでッ!? どうしてっッ!? なんで『それ』があなたのところに……そんなの、そんなのって……!!」
「私に聞くな。なんで私がこうなったのかなんて知らん。知りたいなら、『コイツ』自身に直接聞いてみるんだな」
その言葉に呼応して私の元から迸った蒼炎が、瞬く間に彼女へと纏わりつく。
「なんで、どうして……」
戸惑いのまま蒼炎の縄に縛られた女王は、何もできずにその場にへたり込んだ。
それまで彼女を守るように渦巻いていた炎も、今は『少年』の炎に相殺されるような形で、すっかりと大人しくなっている。
「ハル……」
女王の邪魔がなくなったところで、私はハルの傍まで来た。
「こ、来ないでくださいっ……」
「嫌だ」
「それ以上近づいたら、斬りますよ」
「構わない。腕でも首でも、好きな所を飛ばせ」
「本気ですよ、本当の本当ですよっ! 死んじゃうんですよ。それでも……」
「いい。好きな男に斬られて死ぬ……そういう展開、実は意外に嫌いじゃない」
「そんな、そんなのおかしいよ、おかしいよカレンさんっ……!」
私が一歩進むのに合わせて、ハルが一歩後ずさっていく。女王の炎が鳴りを潜めたことで、心を支配する万能感も消えたのか、今はハルは捨てられた子犬のように気弱な顔を浮かべていた。
「ハル、戻ってこい。私の、
「……嫌です」
「そうか、なら——」
言って、私は大きく一歩踏み出して、強引にハルを捕まえて、そして抱きしめた。
もう二度とどこへも逃げられないよう、しっかりと。
「……離して、ください」
「嫌だ」
「どうして、ですか……僕はカレンさんに酷いことをした……いや、していたんですよ。愛しているのはカレンさんだけとか言っておきながら、同じことを他の
ハルが私の手の中でささやかな抵抗を見せるが、私はびくともしない。
「これまでお世話になっていた人たちも簡単に裏切っちゃったし、カレンさんのことも、本当に殺そうとした」
「そうかもな。でも、私はまだちゃんと生きている」
「それはただの結果論です!」
感情を爆発させたハルが、大きな声を上げる。駄々をこねるように私の胸をぽかぽかと叩いている。泣いている。
これまでそうそう人前で醜態を晒すことのなかったハルが、人目もはばからず。
「カレンさんは馬鹿です」
「そうかもな」
「いや、やっぱり大バカです。こんなどうしようもない男を、それでも好きだっていって許そうとしてくれる」
「仕方ない。それが年下の男と付き合うために必要なオバサンの条件だからな。わがままぐらい『はいはい』と聞いてあげなきゃ、こんなかわいげのない女、誰がもらってくれようか」
私は、自身の両手をハルの頬に添えた。姉か母かと思うような慈愛をもって、溢れる涙を拭い、言う。
「ハル、好きだ」
今も魔法や剣戟の音が響く中で、私はハルに告白をした。
私の中で燃え盛る蒼の炎が、ゆっくりと、目の前の小柄な少年のなかへと入っていき、そして、彼の中でしつこく悪さをしていた赤の炎を、完全に追い出していった。
おめでとさん——そんな『
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