25 蒼く煌く女騎士がかわいすぎる件 1


「ハルッ——!!」


 裂帛の気合を込めて、私は猛然とハルに斬りかかった。


 これまでのような手加減は一切ない。これでハルが死んでしまっても構わないという思いだった。


 どの道、そのぐらいの気持ちでなければ、この男をどうこうすることはできない。


「ようやく本気を出してくれましたね、カレンさん! 嬉しいなあっ!」


 ハルが私に向かって右手を薙ぐと、女王から借りているという炎が、小さな渦を巻いて私へと襲い掛かる。ハルと付き合い始めてから、こっそりと手入れをしていた髪の毛先に火が付き、焦げ臭いにおいが鼻をつく。


 思わず瞼を閉じたくなるほどの熱。だが、私は逆に瞼を大きく広げ、力任せに自身の相棒である大剣を横薙ぎに一閃した。


 二人を中心に旋風が巻き起こり、あっという間に炎をかき消していく。


「相変わらずの化物っぷりですね、カレンさん。ほぼ努力だけでここまでの領域にたどり着ける女性なんて、そうそういないですよ」


「これまでの二十九年間、私はそれだけを、ずっとずっと努力してきたからな。みんなが恋や青春といったものにうつつを抜かしている間に、私は数万、数十万と素振りを繰り返し、自身の体を苛め抜いた。重ねた地層が、違うんだ!」


 続けざまにハルへ袈裟懸けの一撃を見舞う。これはハルの光剣に防がれてしまったが、そんなもので私の剣を受けきれると思ったら大間違いである。


「ハアアアアッ!」


「っ……!」


 ハルの表情がわずかに曇った瞬間、私は全身に力を込めて、防御の上から、ハルの体へと衝撃を通した。刃を浴びせるのではなく、衝撃エネルギーのみを対象の内部へと通すとっておきの秘技。我流で編み出したものなので正確な技名は不明だが、一応、どこかの部族に伝わる武術技の一種らしい。


「怯んだな、そこだ!」


「ちいっ……!」


 技をまとも喰らってよろめいた隙を見逃さず、すぐさま追撃の一撃を見舞う。とっさに掛けた防御魔法をものともせず、私の剣が初めてハルの体を捉えた。


 致命傷を避けるために差し出したハルの腕が、不自然な方向へと、骨の弾ける音とともに折れ曲がった。


「……やりますね。でも、それじゃあ僕を倒すには足りませんよ」


 ハルがそう言うと、すぐさま女王の炎がハルの腕を守るように纏わりついた。


 見ると、ものすごいスピードで、骨折した腕が元通りになっていくではないか。


「再生能力……癒しの力まであるとは、本当にその力、万能だな」


「そうですね。僕にもこの能力がどんな原理で動いているのか知りませんが……役に立つことは間違いありません」


 だが、それほどの力を行使するのなら、それなりの代償が伴うはずである。それが自身の魔力なのか、はたまた寿命なのか……だとすれば、ハルにそれを使わせ続けるのはよくない。


 早々に、片をつけなければ。


 私が戦わなければならない、倒さなければならない敵は、別にいる。


「……おい、そんなところで隠れてないで、いい加減姿を見せたらどうだ? 悪趣味な女め」


 私がハルのすぐ近くで漂う『炎』に呼びかけると、それまで炎だったものがみるみるうちに人の姿へ形作られていく。


 現れたのは、もちろん『女王』であるアスカ。


「あら? なぁんだ、バレてたのね。本当、目ざといヒト」


「ふん、ハルにくっつく悪い虫を察知する感覚だけは極めて鋭敏でな」


 女の第六感というヤツだろうか、なぜかハルが他の女の子と仲良くすると、それがどんな遠くの場所にいても察知することが出来るようになっていた。ハル出会った当初はそうでもなかったのだが、恋人となってからは、異常とも思えるほどに敏感になっている自覚があった。


 これが、多分嫉妬というヤツなのだろう。


「どうしたんですか、アスカさん。ここは僕に任せてくださいって言ったのに」


「ええ、そうね。でも、ちょっと押され気味みたいだったから、一応、何かあった時の保険にね。大丈夫、王都の他の連中は十三星で抑え込んでいるから」


 私がいないところでも、すでに戦いは始まっている。


 私とハルの一騎打ちに邪魔が入らないよう、姫様が、総隊長おとうさんが、仲間達が、必死に帝国軍とぶつかり合っている。手を貸してくれているチココやミライのことも気がかりだ。


「それで、何の用だ。私は二対一でも全然構わんぞ。二人まとめて、ぶちのめしてくれる」


「あら怖い。でも、安心して。寄ってたかってあなたをいたぶるなんてことはしないから。私はただ、ちょっと追加の補充に来ただけ」


「補充、だと?」


「ええ、そうよ。愛の補充にね——」


 女王が、私だけに向けて薄ら笑いを浮かべると。


 女王が、隣にいるハルを無理矢理引き寄せて、強引に口づけをしたのだった。


「んぐっ……」


「さあ、ハル。我が王よ。私の力をもっと持っていきなさい。そして、目の前にいる女を、記憶とともに焦がして、塵にしてしまうの」


「貴様、やっぱりハルに何かをしたな……つっ!?」


 女王をハルをすぐさま引きはがそうと踏み出した私だったが、それを阻むかのように、灼熱の炎の壁が、私の眼前に立ちはだかった。


「部外者が恋人どうしの逢瀬を邪魔しないでくれる? 大丈夫よ、あなたとの別れの時間も、しっかりと用意してあげるから。私は、こう見えて慈悲深い女でもあるのよ」


「なにを盗人猛々しいことを……!」


 炎の壁で隔離された空間の中で、ハルはなすすべなく女王の唇を受け入れている。女王の力を時点で、すでにそうなっていることは想像に難くなかった。ただ、私がそう思いたくなかっただけ。


 だが、あからさまに見せつけられると、さすがに心にくるものがある。


「ハルっ、目を覚ませ! それをする相手は、別にいるだろう!」


 壁の外から必死にハルに呼びかけるが、しかしハルは何の反応も示さない。


「ハル……!」 


 嫌だ、ハルが、私の大好きだった男が、私の目の前であんなふうに——。


 ドクン、とさらに大きく心臓が脈打つ。


「……あら? あなた、もしかして泣いているの?」


「え——」


 女王の指摘に、私がふと指で頬を拭う。


 気づかぬうちに流れる大粒の涙。


「あらあらあらあら。二十九にもなって、どれだけ純情な人なのでしょう。こんなちょっとしたスキンシップを目の当たりにしただけで、涙を流すなんて」


「そ、そんなこれは、ちが……」


 だが、否定しようと首を振るたび、情けなく涙の粒がポタポタと地面を濡らしている。


 私はハルが好き。誰にもとられたくない。


 可愛げもない、女らしさもない、若さもない、素直でもない、年上らしい余裕もなければ、ちょっとした彼の過ちを受け入れるだけの懐の深さもない。


 肌のハリツヤだって、最近は怪しくなってきた。


 剣の強さぐらいしか取り柄のない、矮小な女。


 女性としての魅力は圧倒的にその他に負けている。姫様にも、リーリャにも、エナやゼナやノカにも、マルベリにも、アンリにも、ナツにも、同い年のマドレーヌにすら。


 それでも、それでも私はハルが欲しい。私のそばにしつこいぐらいに纏わりついて、いつだって私をからかってくる年下の男の子が。


 別の女なんか見て欲しくない。自分より若い女。自分より可愛げのある女。素直な女。知的で優秀な女。


 その気なれば、自分だってそんな女になれたはずだった。どこかのタイミングで自分を省みることができていれば。


 しかし、過去にはもう戻れない。私はそれらをあきらめてしまった。この歳でいまさら可愛くなんて振る舞えない。これまで勉強なんてまともにしてこなかったから、賢くもなれない。


 でも、それでも私はあきらめたくない。


 目の前にいるハルだけは。である私だけど、それでも。


「嫌だ……」


 言いようのない痛みが、胸を締め付ける。喉の奥が、目の奥が、鼻の奥が熱く痛い。


 視界に、憎き敵が大写しになった。


 私からハルを奪おうとする泥棒猫。


「嫌なら、消さなきゃ……」


 消したい。殺したい。女王を。この世から塵一つ残さずその存在を抹消したい。


「なら、燃やさなきゃ。消したいなら、燃やさなきゃ」


 気づくと、私の周囲に黒い炎が渦巻いていた。嫉妬の炎? それとも憎しみでおかしくなった私の頭が見せている幻覚?


 そんなことはどうでもいい。


 ただ、女王が消せれば、それで。


「へえ? なに? 実はあなたも『能力者』だったの? 随分と汚らしい炎……そんなもの、この私に、ハルに近づけないでくれるかしら」


 私の異変に気付いた女王が私をけん制するために炎を飛ばす。


 だが、私はそれをあろうとこか手づかみで


「なっ……!?」


 女王の瞳が初めて驚愕に見開かれる。私ですら衝動的にとった行動だから、さすがに驚くだろう。


「マズイ。さすが泥棒猫の卑しい炎……」


 だが、それを食うことによって、さらに私の黒炎は、さらにその勢いを増した。


 私の邪魔していた女王の炎の壁はいつの間にか私の一部となり、さらに肥大化していく。


「消えろ……私の前から、ハルの前からッ……!」


「っ、なんて禍々しい炎……!」


 女王が咄嗟に応戦しようとするが、そんなちっぽけな炎でどうしようというのだ。笑わせるな。


 味わえ、私の憎しみを。愛する人を目の前で取られた私の憎しみを、罪を、その命で償え。


「きえ、ろッ……!」


 剣を放り投げて丸腰となった私は、怒りと憎しみに突き動かされるままに右手を突き出そうとする。


 これで女王は完全に消え去るだろう。そうなれば、ハルは私のものだ。


 これを放てば、私は大切な何かを失ってしまうだろう。地位か、仲間か。それとも自分自身か。


 構わない。それでハルを手に入れることができるなら。


「あああああッ……!」


 だが、私が憎しみの感情をぶつけようとした、その時だった。


【おいおい、ちょっとそりゃあ、ダメなんじゃねえの?】


 私の耳元で、聞いたことのない少年の声が響いた瞬間。


 真っ黒に塗りつぶされた私の意識の中に、蒼く煌く炎が灯ったのだった。

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