24 彼氏と戦う女騎士がかわいすぎる件 2


 あらためて対峙して、思う。


 ハルと、こうして戦うのは初めてのことだと。


 もちろん訓練では幾度となく剣を交えたことがある。騎士団に入った当初のハルは、溢れんばかりの才能の持ち主だったけれど、まだまだ体の線が細く、本当に自身のセンスだけで剣を振るっていた。だからこそ、訓練では、基礎体力の向上を中心に徹底的に鍛え上げたのである。


 ハルは本当に強い男になった。厳しい労働環境にちょっとだけ音をあげつつも、任務をきっちりとこなし、時には生きるか死ぬかの命のやり取りをして、急激に力をつけていった。力がつくことによって、さらに自身に眠る潜在能力を引き出して、帝国の幹部であるライトナを打倒するほどに。


 そんなハルと、私は初めて真剣勝負をする。


 こんな私のことを初めて好きだと言ってくれた。ちょっとタイミング的に遅かったかもしれないが、『はじめて』を捧げあった仲の、恋人と。


「カレンさん、本当に後悔しないですね?」


「無論だ。騎士に二言はない」


 私は、構える。初めから全力でいくつもりだ。自分の全てを出し切って、目の前の敵を斬る。そのために、全神経の意識を、目の前に集約させる。


「……そう、ですか。残念です。カレンさんは貴重な戦力だと思ったのに」


 言って、ハルは自身の剣を抜いた。これまで幾度となく窮地を脱してきた彼の相棒。


「では、さよならです。カレンさん」


 ハルが小さく深呼吸をすると、彼の手より伝わった魔力によって、水のように透き通った刀身に、禍々しいほどの白光を帯びる。


 彼の光剣は、触れたもののすべてを飲み込んでしまう。ライトナがやられたように、素質も魔力も、全て。


 一瞬の隙も見逃さないよう、私はじっとハルだけを見据える。動き出しの挙動から相手が何をしようとしているのかを即座に判断し、防ぐ。そして、反撃の一撃を叩きこむ。


 瞬き一つできない時間が、私とハルの間をゆっくりと流れた。


「あ、そうだ。ところでカレンさん」


 と、何かを思い出したかのようにハルが言う。


「……なんだ」


「カレンさんだから特別に言うんですけども……」


 と、そこで、


「――さっきからどこ見てるんですか? 僕はここにいますよ?」


 と耳元でハルが囁いてきたのだ。


「っ……!?」


「挨拶替わりです! これで死んじゃあイヤですよっ!」


 容赦なく急所狙ってきたハルの斬撃を、私は寸でのところで、バランスを大きく崩しながらも躱し、間合いを取るために大きく後ろに跳躍する。


 そのまま剣で防御しようとしたら、そのまま首を飛ばされていただろう。


「ああ、やっぱり躱されちゃいましたか。僕が忠告してあげなきゃ、カレンさん、そのままあの世行きでしたね?」


「……どんなからくりだ」


 私はすぐさま横目でハルを見る。無論、さきほどまで私の正面にいたハルのほうを。


 すると、その直後、まるで幻だったかように姿は霧のようにかき消えた。


「ふふ、単純な話ですよ。あれは炎が作り出した蜃気楼。つまりは幻です」


「……女王の力か」


「そうですよ? 僕の力って、アスカさんから言わせてもらえればまだ不完全な状態らしいんです。だから、それまでは女王の炎を貸してもらってて……いやあ、便利ですよコレ。自分が願うだけで、大抵のことは実現してくれるんですから。魔法いらずです」


 さしずめ『願望の炎』というところだろうか。チココ達から聞いた昔話でもなんとなく思ってはいたが、やはりいざ対峙してみるととんでもない異能であることがわかる。


 おそらく、あれが、私の戦わなければならないものの正体。


 だが、それでも私は怯まない。


「ふん……ハル、お前、ちょっと見ない間に


「……なんですって?」


 私の言葉に、ハルの整った眉間に、わずかだか皺が寄った。


 私との訓練で鍛えた剣はそのままに、女王より授けられた異能ほのお。スペックだけでいえば、私など遥かに超えている。


 だが、今私が言っているのはそういうことではない。


「以前までの……女王に何かされる前までのお前はもっと賢い男だった。自分の手持ちの札をきっちり把握して、その中で必死にもがいて、その上で勝利をもぎとってきたはずだ」


 ハルは無言で私を睨みつけている。授けられた全能とも勘違いするような力を、私は確信を込めて『弱い』と断じた。今のハルは、女王のことをいたく崇拝しているようだから、その主人を馬鹿にされた気がして面白くないのだろう。


「だが、今はどうだ? そんな借りものの力に縋って、まるで自分の力を使おうとしない……ハル、お前はそんなもの使わなくても、なんでも出来るだろう? 私をアンリから助けた時のように変化や幻の魔法も、回復も、それに攻撃や、魔法自体を無効化する破魔術だって……なぜ、自分の力でぶつかろうとしない?」


「必要ないからに決まっているでしょう? だって、この炎に願いさえすれば、攻撃も回復も、強化も弱化もやってくれる。そう、なんだって」


「だから、それまでのお前は捨てたのか?」


「そうです。僕は、この力で新しく生まれ変わるんです。アスカさんの話によれば、僕にも同じような炎が眠っているはずなんです。勇者が使っていたという、蒼く煌く炎を、だから——」


「だから、お前は弱いんだっ! この、馬鹿ハルッッ!!!!」


 なりふりかまわず、私は全力で吼えた。【剣闘士グラディエーター】の力によって増幅された闘気が周囲へと迸って、空気をビリビリと震わせる。


 ドクン、と心臓が、大きく鼓動する。


「今のお前なんて大嫌いだっ! ハル、貴様いつからそんないけ好かないエリートみたいな男になった!? 私が好きなのは、優秀でもそれを鼻にかけず、驕らず、仲間思いで、お人好しな……そんなお前だ! だから、私、私は……お前のことを好きになったんじゃないか!」


「もうその名前で呼ぶの、やめてくれませんか? 僕には、ちゃんとした名前があるんです。勇者がアスカさんに名乗った、王のちゃんとした名前が——」


「違う、お前はハルだっ! 昔の歴史に出てくるようなおとぎ話のようなヤツじゃない! 生まれ変わり? 作られた存在? そんなもの、私が知るかっ! お前はハルだ! 王都で生まれ育って、騎士学校を主席で卒業して、私が隊長を務める第四騎士分隊ブラックホークの、新人騎士のハルだ!」


 私は、もう一度剣を構える。心の片隅に残っていた『ハルを斬る』という戸惑いを、完全に捨て去った。


 あんなのは、もうハルじゃない。違う生き物だ。


 あんな奴に、自分の大事な『はじめて』を捧げてしまった。屈辱だ。


 ――斬る。斬ってやる。


「……どうやら、僕達の関係は完全に修復不可能になってしまったようですね」


「そうみたいだな。昨日の恋人は、今日の敵……まったく、なんて下手な恋愛小説だ」


 本当は、そういうのばかり本棚には眠っているのだが、という言葉はかみ殺して。


 私は、ハルに向かって突貫していった。

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