16 先生を賭けて勝負に挑む女騎士がかわいすぎる件 3


 試合の開始を告げる声とともに、ナツとカレンさんの二人は、ほぼ同じタイミングで地面を蹴りました。


「ッ—―!」


 まず先に仕掛けたのはカレンさんでした。自身の大剣を小さく振りかぶり、ナツへ向けて袈裟懸けに斬りかかります。


 ヒュンッ、と弧を描きながらナツへと迫る斬撃――それは、まともに喰らってしまえば一瞬で勝負が決してしまうであろう鋭さと重さを兼ね備えているようでした。


 しかし、


「無駄だよ」

 

 と、ナツが剣と正面からぶつかり合う形で拳打を叩きこむと、その瞬間、斬撃の勢いがまるで嘘のようにピタリ、と止まってしまったのです。


「拳で止めたっ……!?」


 ガキンッ、という、およそ生身の体と金属製の武器がぶつかるには似つかわしくない音が響くと、カレンさんは顔に驚愕の色を浮かべました。


「――ハカセから言われているとおり、私は『力』を使えない、だけど、それ以外は禁止されてないから」


 と、ここでナツの拳の周囲に、小さな幾何学模様の魔法陣サークルが出現していたのがわかりました。


 それはまさしく、自身の体や武器強度を上昇させる強化魔法バフだったのです。


「次はこっちの番」


 カレンさんからの先制攻撃を防ぎ切ったナツは、拳を振り抜いた勢いを殺さずそのままその場でクルリと回転して、今度は自らの脚部に炎を付与した回し蹴りを繰り出してきました。


 咄嗟に反応したカレンさんがすぐさま大剣を構えて防御するも、身体能力強化の魔法によって高められた蹴りの威力は、カレンさんの体勢を崩すのは十分すぎるほどでした。


「ぐっ——!?」


「どんどんいく」


 カレンさんの守りが崩れた一瞬の隙をついて、ナツがそのままカレンさんの懐に入り込みました。間合いがある程度離れていれば、攻撃範囲リーチのおいて、剣は圧倒的な優位ですが、こうなってしまえば立場は逆転してしまいます。


「――タアアアアッ!」


「っ……!?」


 がら空きとなったカレンさんの胴に、石飛礫のようなナツの拳が二発、三発と続けざまに叩き込まれました。ゴッ、という鈍い音が響くたび、カレンさんの両脚が地面からわずかに浮き上がりました。


「止め……!」


 カレンさんが後ろへとよろめいたのを見逃さず、ナツはさらなる追撃のため、魔法を詠唱しました。


付呪エンチャントファイア、紅蓮拳——」


 本来武器などに付与して使用する付呪エンチャントを自らの拳に込めると、ナツはカレンさんの鳩尾目がけてそれを繰り出しました。


「カレンさん、避けて——!」


 赤熱している彼女の拳から判断するに、かなり強力な魔法を付与したはずですから、喰らってしまえばひとたまりもありません。


「これで私の勝ち——」


 勝利を確信したナツの拳がカレンさんの腹部を捉えました。為すすべなく叩き込まれた、おそらくは必殺の一撃——あっけない幕切れに僕は思わず目を伏せようとしましたが、次の瞬間、


「――かかった」

 

 と、カレンさんの唇が動いたのを、視界の端で捉えました。


「なっ……!?」


 勝利をほぼ確信していた表情のナツの顔が驚愕の色に変わった瞬間。


 彼女の体が、カレンさんの腕力によって持ち上げられていました。


「ん、んんん——!!!」


 ダメージを負うの覚悟でナツの攻撃を受けたカレンさんは、そのままナツの腕を掴んで強引に投げの態勢に持っていきました。


 朝の鍛錬によって培われたカレンさんの筋力は、ナツの細身の体を軽々と持ち上げ、そしてそのまま地面にたたきつけるのには十分すぎるほどに強化されていました。


「こ、んの——」


「これで、どうだアッ!!」


 グシャ、という音とともに、地面から派手に土埃が舞い上がりました。


 地面に突き刺さるようにして首から落下したように見えましたから、こちらの攻撃こそひとたまりもないでしょう。


「うっ——この子のパンチがもうちょっとだけ重かったら、ヤバかったかも……でも、手ごたえは十分」


 投げによって彼女を地面へ叩きつけた後、すぐさま間合いを取ったカレンさんは、炎によって形の変形した鋼鉄製の鎧をさすっていました。目にもとまらぬスピード、そして鎧を一部変形させてしまうほどの魔法の威力——ナツの実力も、特別クラスの生徒――いやそれ以上の力を持ち合わせているようです。


 しかし、今回はカレンさんがそのちょっと上を行った、ということでしょう。


「ふむ……『力』を使っていないナツとはいえ、まさかここまでバチバチにやり合えるだなんて——大したヤツだよ、カレンちゃんは」


 その様子を間近で見ていたライトナさんも、思わず手を叩きました。


 魔法で強化できないのであれば、魔法での強化が必要ないぐらいまで、己の体を鍛え上げてしまえばいい——それこそが、十四歳でも二十九歳でも変わらない、カレンさんの信条でもあるのでした。


「ライトナさん、勝負はつきました。さあ、今すぐ勝者の名前を」


「ん? そう? んじゃ、第六試合勝者は——」


「待ってハカセ」


 僕に促されるままライトナさんが勝者の名を呼ぼうとした瞬間、土埃の向こうからナツの姿が現れました。


「私は、まだやれるよ」


「……本当か、ナツ? 私には、その腕、使い物にならないように見えるんだけどな」


 ライトナさんがそう指摘したとおり、投げの際、カレンさんによって極められた腕のほうが、ほんの少しだけあり得ない方向へ曲がっているように見えます。おそらくは折れているでしょう。



「ん、全然大丈夫。だって私には【これ】があるから。――回復ヒール


「なっ——」


 さも当然のように回復魔法をかけるナツに、僕は思わずそう声を上げてしまいました。


 魔法——それは、自身の体の奥底にある生命エネルギーを自然、もしくは物理現象に変換して放つ技術の総称をいいます。


 しかし、一口にそうは言っても、それを実際に使う場合というのは、元々の持って生まれた素質が大きく影響してくるのです。


 炎の魔法は得意だけど水や氷といった魔法がからっきしだったり、強化バフはできるが弱化デバフは苦手だったり——また、カレンさんのようにそもそも魔法自体が使えない代わりに、闘気オーラという形で生命エネルギー自体を放出したり、と様々。


 しかし、この一連のやり取りだけで、ナツはその全てを、騎士団が求めるような平均水準以上で行なったのです。自身を強化し、炎を付与し、そして最後には癒しの力まで使っている——おそらくは闘気オーラも操れるでしょう。


 全素質適性オールラウンダー――それは、僕の知る限りではたった一人しか、つまりは僕しかいなかったはずなのに——。


 あっという間に患部の腫れを引かせたナツは、腕の動きが元通りになっていることを確かめつつ、再びカレンさんへ向けて構えをとりました。


「ちょっと油断した——これからは、ちょっとだけ本気で行く」


 ナツの空色の髪がふわりと浮き上がると、彼女の毛先から、パチパチッ、と小さな電流が放出されていました。


「――ライトナさん、今のナツは、命令違反ではないんですか?」


「ん、あれはギリギリセーフ。ちょっと怪しいけど、まだあれは『魔法』の範疇だからね。元々、彼女のはバリバリの雷系だから」

 

 見ると、確かに彼女を包み込むようにして魔法陣が展開されていました。先程の炎の拳も威力は相当のものだったはずですから、それを得意属性でやるとなれば、その脅威度は何倍にも跳ね上がります。


「ちっ……やっぱり、そう簡単に勝たせてはくれないってことね。自称妹のくせに、本当しぶとい」


 肩をすくめつつも、ふたたび闘志を奮い立たせて大剣を構えるカレンさん。


「そっちこそ、モブのくせして頑張ってくれる」


 そして、展開した雷魔法を全身に纏わせ、再び攻撃を待ち構えるナツ。


 互いの持っている力の脅威をそれぞれ上方修正した二人は、


「先生は——」


「お兄ちゃんは——」


「「絶対に渡さないっ!!」」


 自身の決意を声にして叫び、今度こそ全力でぶつかっていったのでした。

 

 戦いは、未だ始まったばかりです。

 

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