15 先生を賭けて勝負に挑む女騎士がかわいすぎる件 2
賭けをしないか、というライトナさんの申し出に、僕は溜息をつきました。
「――またその話ですか? それについては断ったはずです。カレンさんと離れ離れになる選択肢なんて僕にはありません」
カレンさんに誓った夜から、僕の心の中はすでに決まっていました。ですので、彼女からその言葉が出た瞬間に、僕はすぐさまそれを却下しました。
「ええ、どうして? 熱い展開じゃないか。『先生の窮地を救うために、その教え子が立ち上がる』んだよ? こんな面白いことが起きるコトなんて、そうそう起こりえないことなのに……」
ライトナさんがおあずけを喰らった子供のように残念そうな顔を浮かべますが、ダメなモノなダメです。
というか、仮に僕が応じたところで当のカレンさんが許可してくれるはずがないですし、そんなことをしたら愛想を尽かされてしまうかもしれませんし。
『賭けをしないか?』という申し出に対して『いいえ』。本来ならこれで話は終わりです。後は、先生として教え子であるカレンさんの戦いを見届ける――それだけでよかったはずなのですが。
しかし、前回と今回では一つだけ違うことがありました。
「ハカセ、お兄ちゃんとこそこそ何話してるの? デートのお誘いだったら、ダメだよ。お兄ちゃんとデートできる権利を持っているのは、妹の私だけなんだから」
「ん? いいや、違うよ。ハル君に賭けをしないか誘っただけだ。ナツが勝ったら、ハル君を帝国に連れていくってね」
「え……!」
その言葉に、ナツの熱い視線が僕のほうへと向きました。
「お兄ちゃん、来るの!? ナツが勝ったら、お兄ちゃん、私と一緒に帝国に帰ってくれるの!?」
僕がライトナさんとの約束を反故にしたあの夜、ナツが出てきたのは全てが終わった後です。帝国に行く行かない――そういう話があったことすら知らないはず。
相変わらず、なぜナツが僕のことを『お兄ちゃん』と呼び慕う理由は不明ですが、その『お兄ちゃん』がこれからも自分のところに、傍にいてくれるとなれば、確かに目の色も変わるでしょう。
「いやいや、僕は帝国になんか行かないよ」
「なんで? どうして? お兄ちゃん、来てくれないの? 私と一緒じゃ、嫌なの?」
「嫌とかそういう話じゃないよ。僕は王都の人間なんだから、もし僕が
「じゃあ、その色んな人がいなければ――迷惑をかける人がいなくなれば、お兄ちゃんは帝国に来てくれるんだ」
「えっ」
瞬間、僕の背筋をぞわりとしたものが走り抜けました。
色んな人に迷惑がかかるなら、その人をいなくしてしまえばいい――無邪気ゆえの単純な思考ですが、それがどれだけ恐ろしいことなのか、ナツはおそらくわかっていないはずです。
しかも、なまじそれを実現できそうな力が彼女の中に備わっているのが、さらにそれを厄介なものにしていて――。
「お兄ちゃんに迷惑をかけているのは、だあれ?」
ナツの瞳から、悪意なしの『純真』が周囲の人々へ向けられました。
試験官、応援に来ていた普通クラスや特別クラスの生徒達――一様に、まるで蛇に睨まれたようにして身動きが取れないでいました。
そして、最後にはカレンさんのほうへ。
「他の人はわからないけど、あなたのことだけはわかる――妹じゃないただの他人のくせに、お兄ちゃんの隣を独占している――邪魔だね、あなた」
パチン、と小さな稲妻がナツの指先から迸りました。
「カレン、とか言ったっけ? ねえ、私と『賭け』をしようよ。この試合で勝ったら、お兄ちゃんを帝国に連れていく。もし負けたら、私たちのことを好きにしていい」
「って、こらこら。『たち』って、それ私やチココのことも含んでるだろ?」
「? そうだけど」
ダメなの? と言わんばかりの表情でそう返したナツに、ライトナさんは小さく嘆息しました。
「相変わらずだな。まったく、とんでもない怪物を私に託して……いや厄介払いだな。ミライ、いや、【
思わず同僚の名を呟いてしまうあたり、ライトナさんにとってもナツの行動は読めないところがあるようです。
「で、どうなの? 受けるの、受けないの?」
カレンさんへそう問うナツですが、おそらくは強引にでも首を縦に振らせようとするはずです。
しかし、いくら彼女が強硬手段に出ようと僕の選択は変わりません。カレンさんんに賭けを受けさせるわけにも、他の皆に被害を及ばせるわけにもいきません。
もし行き過ぎた行動をナツがとるのなら、その時は僕が『対処』をしなければならない――ライトナさん、つまりは帝国【十三星】の一人とこの場で一戦交えることになるかもしれませんし、まだ幼いナツにその手をかけるかもしれませんが、それは仕方ありません。
そう、僕が自身の愛剣に手をやったその時、
「――先生、心配しないでください。この場は私がおさめますから」
と、それまでじっと状況を見ていたカレンさんの声が、僕を制したのでした。
そうして、ナツの待つ戦場の中央へ。
「ナツ——さっきから聞いてみれば、随分と無茶苦茶なことを言ってくれるじゃない。お兄ちゃんに迷惑をかけている人を全員いなくしまえばいい? ふざけたこと言ってんじゃないわよ」
「ふざけてなんかない。私はいつだって本気」
「そう思っているのなら、先生の――『お兄ちゃん』の顔を見てみなさいよ」
カレンさんが僕を指差しました。
この状況にどう対処すればいいか、剣の柄に手を添えたまま逡巡している僕の顔を。
「迷惑をかけているのは、あなたのほうじゃない。先生にとって迷惑なひとをいなくしてしまう? だったら、言い出しっぺのあなたが、まず初めにこの場から消えなさいよ」
「――私は迷惑じゃない。妹の私を、お兄ちゃんが迷惑に思うはずがない——そんなこと言ってお兄ちゃんのこともきっと惑わせたんだ」
カレンさんの言葉に、ナツはそのまま腰を落として戦闘の構えに入りました。あまり見たことのない特殊な形ですが、おそらくは拳闘でしょう。
「やっぱり、あなたは邪魔」
これ以上話すことはない。どちらの言い分が正しいかは、勝負で決める。
それに応じる形で、カレンさんが大剣の切っ先をナツの眉間へと照準を合わせました。
「! ダメだ、そんな挑発に乗ったら――」
「先生――私は、許せないんです」
静かに紡がれたカレンさんの言葉ですが、そこには明確な『怒り』が込められていました。
「私はただ先生と一緒に居たいだけなんです。朝は先生と一緒に訓練をして、いつものように学校に行って、先生の授業を受けて、そしてこれからも——それだけが望みなのに、『帝国』がどうとか『お兄ちゃん』がどうとか言ってきて、先生を私から引き離そうとしている人たちに。そして、そんな状況に直面しているのに、何もできずただ先生に守られている——そんな自分自身に」
「カレンさん……」
「先生、私、絶対に負けませんから。先生の隣にいるものとして、今度は私が先生のことを守ってみせます」
相も変わらず頑固なカレンですから、こうなっては後はもう信じて送り出すしかありません。まったく、いったい誰に似たのやらわかったものではありません。
「――交渉成立、だね」
僕達のやり取りが終わったのを見、ライトナさんが、彼女達二人が向かい合う間合いのちょうど中間に立ちました。どうやら審判をしてくれるようです。突然の割り込みですが、それに口を出す人は誰もいませんでした。
「ナツ、くれぐれも『力』は使うなよ。フェアな条件で戦うこと。いいな? カレンちゃんも、それでいいね?」
一瞥することなく頷くナツ。そしてカレンさん。
「それじゃあこれより入れ替え試験、最終受験者、ナツ——特別クラス、カレンとの試合を始める。両者一歩前へ——」
騎士学校の生徒のものとは思えないほどの闘気が二人を中心にぶつかる中、その迫力に呑まれる一同は、もはやその行方を見届けるしかありません。
「最終第六試合――はじめっ!」
「「――――!!」」
期せずして始まってしまった、僕の運命を賭けたカレンさんとナツの決闘——それを僕は祈るようにして見つめました。
――頑張れ、と。ただそれだけを心の中で念じながら。
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