5 餞別と言って脱ぎたての下着を託してきた女騎士がかわいすぎる件


「ふう……これでようやく一息ってところかな」


 見送りに来てくれた姫様、そしてカレンさんにひとまずの別れの挨拶を終えた僕は、案内役の二人とともに船に乗り込み、そして出港しました。


 港から離れ、カレンさんの姿を確認することはできないのを確認してから、それまで一生懸命に振っていた腕を僕は降ろし、そしてその場に座り込みました。


「カレンさんったら、いつまでも『お前が行くなら私もついていく』ってきかないんだから……まったくもう」


 水平線の彼方へと徐々に消えていく王都を眺め、ぽつりと呟きます。


 最初から最後まで慌ただしかったブラックホークの日常――そこから離れるのは辛いですが、これも仕事です。いつまでもメソメソしているわけにはいきません。


 ――頑張らないとな。カレンさんのためにも。


 そうやって僕が決意を新たにしたところで、


「チビ助! 話があるから、いつまでそんなトコいないで、さっさとこっちに来な!」


 船内にいるエナから大きな声が飛んできました。


 自己紹介もしたので、名前は知ってくれているはずなのでしょうが、彼女の僕に対する呼び名はどうやらソレで固定のようです。一応、あの人の上司に当たるはずなんですがね……。


「……エナは元々ああいうヤツ。礼儀とか建前とか、そういうの一切ダメ」


 相変わらずいつの間にやら隣に現れたのは迎えの二人組、もう一人の片割れであるゼナ。喋り方などから物静かな子のような印象を受けますし、もしかしたら話を聞いてくれ素直な子なのかも、と一瞬は思ったのですが……。


「えっと、ゼナさん……ちょっと聞きたいことがあるんだけども」


「? なに」


「君の持っている頑丈そうな鎖と、そしてそれに繋がっている首輪をかけさせられて四つん這いになっている男の人って、一体なに?」


「――別に。ほんの少し、罰を与えていただけ」


 どうやら、どちらも一筋縄ではいかないみたいです。


 × × ×


 さて、ここから先は姫様より託された任務の内容です。


 ×


『前略 私の愛しの騎士 ハル様へ


 急な命令であなた様を遠い国へと飛ばすこととなってしまった悪い私をお許しください――と一瞬思いましたが、やっぱりお許しにならなくてもいいです。


 むしろ積極的に蔑んでください、そして責めてください。その誰にでも礼儀正しい口調で以って! 私にいつも見せてくださっていた穏やかな笑顔で『救いようのないほどのクズですね姫様は』とイジめぬいてくださいませ!


 ああ、なんということでしょう。私、そんなことばかり考えていたら下半身のあたりがじゅんわりと湿ってきてしまい――』


 おっと、すいません。これは暗号化を解く前のダミーの文章でした。これが本当に暗号術式もなにもないただの手紙だったら、ウチの姫様はただのトンデモ変態少女になってしまいます。一国の姫とあろう方がそんなこと……ないですよね?


 まあ、そんな懸念はさておき、暗号解除後の文書について。


 そこに書かれてある任務、その最終目標にはこんなことが書かれていました。


『女騎士団の代表である同盟国の姫を篭絡し、完全に我が国の傘下に入らせるべし』――と。


 最初にその文面が目に飛び込んできたときは『??』という感じでしたが、中身を読み進めていくうちに、意外に重要な任務であることがわかってきたのです。


 まず、僕が派遣をされる国――ここでは『共和国』ということにしておきましょうか。正式名称もあるにはありますが、舌を噛んじゃいそうなぐらい長いので割愛。


 その共和国は、僕が籍を置いている国とは長い間ずっと同盟関係を結んでいます。人やモノのやりとりは勿論のこと、近隣諸国との間で紛争等が起こった時も、王都は共和国に対する支援を続けてきました。


 友達だから――とかいうそんな理由ではもちろんなく、あくまで外交上の理由なのですけど。国力で拮抗している西大陸の【連邦】や東大陸の【帝国】に対しての牽制だったり、南のほうへ勢力を拡大していく足がかりとして、共和国は切っても切れない関係というわけです。


 近衛騎士団の騎士を共和国への派遣するのもその支援の一貫――であったはずなのですけど……。


 その状況が、ある出来事を境に一変するようになっていきました。


 それを最も象徴しているのが、ゼナが今現在、男性乗組員へ行っている仕打ちの内容なのです。


「えっと、ゼナさん」


「……ゼナでいいけど」


「じゃあ、ゼナ。共和国が女性優位の社会であることを僕も知ってるけど、そこまで露骨な扱いなんかしていたっけ?」


 共和国については、そこで生を受けた女性のみがもつ【特異体質】により、男性に対して優位な立場にあります。騎士団が女性のみで構成されているのも、それが理由。


 ただ、僕が知る限りで言えば、女性中心の社会であることと引き換えに、男性は庇護の対象とされているはずです。国の将来を担わせるための子――その子を産むためのは必須なわけですから、ぞんざいに扱うわけにもいきません。


 別名『ヒモ国家』なんて蔑称もあるぐらいなのですが……。


「……あなたの言う通り、のはつい最近のこと。【姫様】からそういう指示があった」


「姫様……確か、最近共和国の新しい代表に就いた人だよね?」


「……ん。そして、私たち共和国騎士団の大隊長でもある」


 ということは、もちろん僕の上司にもあたるわけで、今回の任務対象にもなります。


「おいチビ助、さっきから呼んでるんだからさっさと私のところへ――って、なんだゼナもいたのか」


 僕が来ないことに業を煮やしたのか、エナが自分から顔を出してきました。


 彼女も彼女で何かしていたのか、血の付いた木刀のようなものを肩に担いでいます。


「……エナ、さっきからうるさい。騒々しいし、耳障り」


「仕方ないだろ、私はアンタみたいに何言ってっか分かんないのとは違って地声がデカいんだから」


「………」


「なんだよ、文句あるのか?」


「……別に」


 エナとゼナの間に、不穏な空気が漂うのを僕は即座に感じ取ります。


 初めは上手くバランスのとれているコンビだという認識でしたが――もしかしたら、そんなに仲がいいわけではないのかも。


「えっとエナさん、だったよね? さっきから僕のこと呼んでたけど何の用? 到着するまでは、基本的には自由時間だったはずだけど」


「ああ、それな。あっちに到着しちまったら、アンタはもう【姫様】のになっちまうからさ。その前に、と思ってね」


 言って、エナがそのまま持っていた木刀の切っ先を僕の眉間へと向けました。


「お前んとこのエルルカ姫が言ってたけど、お前、相当強いんだって?」


「僕は別にそうは思わないけど……」


 僕より強い人なんか、近衛騎士団にはゴロゴロいます。カレンさんだったり、はたまた総隊長だったり。僕なんかまだまだヒヨッコです。


「ま、そういうのは戦ってみれば全部わかることだし。ほら、さっさと構えな、遊んでやるから」


 どうやら話を聞く耳は初めから持ち合わせていないようです。ゼナの「脳筋……」という呟きから察するに、多分細かいことを考えるのは苦手なのでしょう。体型はすらりとしていますが、体から迸る闘気は戦士のそれです。


「う~ん、仕方ない。それじゃあちょっとだけ」


 これから一緒に仕事をしていくであろう仲間と戦うなんて、正直言って全く気は乗りません。しかし、明らかにエナは自分の上司にあたるはずの僕を侮っている言動や態度が目立ちますので、初めにそのことを注意する意味でもガツンと釘をさしておく必要がありそうです。


 部下の教育も、上に立つ者の仕事ですから。


 予め持ってきていた訓練用の木剣を構えると、喜々とした顔で、エナが僕へ向けて斬りかかってきました。


(……王都近衛騎士団を舐めるなよ)


 そう心の中でつぶやいた僕は、ナメた態度の部下を矯正すべく、彼女からの攻撃を迎え撃つのでした。


 × × ×


 甲板での一悶着が終わった後、僕は、隊長用にあてがわれた個室の中に放り込まれた僕の第一声は、これでした。


「う~ん、痛い……」


 王都近衛騎士団を舐めるな、と偉ぶってエナと剣を交えた結果をまず先にお伝えしますが――。


 見事、コテンパンにやられてしまいました。


「あの身のこなしとか腕っぷし――ヤバい強い、男とか女とかそんな次元じゃないぐらいにヤバい」


 見事に青あざが出来た肩や腕をさすりながら、ぼーっとした頭で先ほどの戦闘のことを振り返ります。


 共和国の女性にのみ発現する【特異体質】――人の限界を超えて発揮される身体能力を存分に活用した彼女の攻撃の前に、僕はされるがままで一切抵抗ができませんでした。


 警戒はもちろんしていましたが、想像以上だったと言わざるを得ません。


 基本的に力が強ければ強いほど共和国では上に立つことができるとのことで、【姫様】ともなれば、十分強いはずのエナを遥かに凌駕する実力の持ち主であることは想像に難くありません。


 近衛騎士団の本隊所属のエリートでも裸足で逃げ出してしまうほどです。果たして、僕は完全実力主義の共和国騎士団を上手くまとめることができるのでしょうか。


 持ってきた荷物の中から回復薬の入った瓶を取り出そうとすると、その隣に見覚えのない袋と、そして見慣れた文字でかかれたメモが目に入りました。


『餞別。寂しくなったら中身を開けるように・・・・・カレン』


「カレンさん……」


 いつのまにか荷物の中に忍ばせてくれていたカレンさんの気遣いに、僕の気分はいくらか安らぎました。


「……落ち込んでいる暇はないか」


 僕が今なすべきこと。任務の達成もありますが、僕にとっては、カレンさんに立派に頑張っている姿を見せることがなにより大事です。


『ただの腕っぷしだけが強さには決してならない、心を強く持て』――訓練の時、カレンさんが口を酸っぱくして言っていることを胸に秘め、僕は、気合を入れるように回復薬を一気にあおりました。


「でも、この袋の中身――いったい何が入っているんだろう? 何かわずかに暖かみがあるような……」


 寂しくなったら開けろ、とカレンさんのメモにはあるけれど――ふと気になって袋の中に手を突っ込み、中身を引っ張り出すと――。




 ――そこには、カレンさんのぬくもりと香りが残った『下着ぱんつ』数枚が詰められていました。




「あの……カレンさん。寂しくなったら、これを使っていったいどうしろというんですか……?」


 確かに出発の朝、家を出る直前になにやらごそごそしていたような気はしていましたが――一体誰に何を吹き込まれたのでしょう。


 まあ多分、マドレーヌさんの入れ知恵だと思いますが。


「…………」


 数秒間それを真顔で握りしめた後、僕は無言でそれを元あった場所へと戻しました。


 とりあえず、この下着ぱんつは、カレンさんの彼氏である僕の方できっちり隅々まで洗ってからお返ししようと思います。


 使使は、ひとまず保留の方向で。

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