4 恋人の赴任先が女だけの騎士団だとわかった途端、急に駄々をこねだす女騎士がかわいすぎる件

 さて、楽しかった(??)送別会も終わり、いよいよ出発当日――。


「ハル、忘れ物はないか? あっちに行ったらしばらくは王都に戻れないんだから、必要なものはきちんと確認をしておけよ」


 昨夜あれだけ酔っ払ったにもかかわらず、早朝、いつものように僕の部屋に迎えに来てくれたカレンさんが、僕以上にそわそわしながら支度を手伝ってくれています。


 ちなみに、昨夜のことは全く覚えていないそう――カレンさんの体、一体どんな構造をしているのかしらん。


「っと、そろそろ出発時間ですね。隊長も、お見送りにはきてくれるんですよね?」


「ああ。事前の話だと、赴任先の騎士団員が船着場で待っているらしいからな。隊長として、挨拶を一応な」


 今回僕が派遣される地域は『諸島』というところからわかる通り、王都のある大陸とは海を隔てているため、基本、船での移動が基本となります。


 目的地まではおおよそ丸二日――ということで、そうおいそれと帰省することはできません。


 ということで、カレンさんともしばしのお別れになってしまいます。


「…………」


「? どうしたハル」


「いえ――急な話でドタバタだったので考える暇もなかったんですが、やっぱり皆と離れ離れになるのは寂しいなって」


 今更何をという話ですが、これからしばらくの間留守にする自分の部屋を見渡してみると、改めて寂しさが胸にこみ上げてきます。


 騎士として初めて生活をスタートさせた場所です。不便なところも多々ありますが、それでもようやく『我が家』と言っていいぐらい馴染んできたところです。


「仕方ないさ。騎士なら誰しもが通る道だ。新しい環境で今は不安ばかりが募るだろうが、心配するな。何せ――」


 カレンさんが僕の瞳をまっすぐに見つめ、言います。


「ハル、お前は私が見込んだたった一人の男なんだから」


「カレンさん……」


「隊長の職務――お前ならきっとできるよ。思い切ってやってこい」


「――はい、了解しました」


 こういう所を切り取ってみると、やはりカレンさんはとても頼りになる上司だと強く思います。部下のことを常に信頼し、鼓舞する――モチベーターとしての能力もさることながら、騎士としての実力もしっかりと兼ね備えているこそ、荒くれ者が多いと言われるブラックホーク全体をまとめることができるのでしょう。


「っと、そろそろ時間ですね。これ以上先方を待たせるのも失礼ですし、出発しましょうか」


「ああ。……っとハル、その前にちょっとこっち向け」


「? はい、なんですかカレンさ――」


 騎士隊舎全体の起床時間を告げる鐘が鳴り響くと同時に、カレンさんと僕は口づけを交わしました。


「ん――」


 ほんのしばしの別れですが、付き合いたての男女にとっては貴重な時間――それを惜しむように、しっかりと唇と舌を絡ませました。


「近いうちに必ず長期休暇を取って、そちらに遊びにいくよ。このキスの続きは、その後に」


「――はい」


 いきなりのことで呆気にとられるのと同時、ときめいてしまった僕は、思わずそんな返事しかできませんでした。


 どうしたんですか、一体。うわあ、今のカレンさん凄いカッコイイ。イケメン。濡れちゃう。


 この人、実は昨夜『初エッチがあまりにも痛かったのでつい最近ご無沙汰』なんて酒場でぶっちゃけた人と同一人物らしいですよ? 本人様は覚えていないのですけど。


 しかしまあ、言質は取りましたので次の長期休暇の楽しみができてしまいました。カレンさんを夜、ベッドの上でいじめる口実が。


 僕は見逃してはいません。気障なセリフを言った直後のカレンさんの額にほんのわずか汗が滲んでいたことを。


『うわあ私ったら勢いに任せて言っちゃったよどうしよう』とカレンさんは内心思っているのかもしれませんが――もう、遅いですかね。


 カレンさんがこんなふうに優しくなってくれるのですから、たまには不安な気持ちにもなってみるものです。


「……なあ、ハル。あの、さっきの言葉ちょっと訂正をさせ」


「ダメです♪」


「あうっ……」


 僕を元気づけるために無理してハードルを上げてしまう――そんなかわいいカレンさんを見て、僕は一層やる気を漲らせたのでした。


 カレンさん、ありがとうございます。


 ――本当に。


 × × ×


 南西諸島へと出発する発着場の朝は、まだ薄暗いというのに多くの人でにぎわっていました。


 王都の城下町に隣接するこの場所には、大陸間を行き来する船着場の他、毎日の漁から戻ってきた魚などの海産物を捌く市場も併設されています。海風の運んでくる潮の香りと人々の熱気――それはさながらお祭りのような雰囲気です。


 その中でも一際民衆の注目を集める人が、お付きの人や護衛の騎士とともに僕達の到着を待ち構えていたのでした。


「――ハル様!」


 人混みの中をかき分けてその方――エルルカ様のもとへ行くと、僕の姿を認めた姫様の顔がぱあっと華やぎます。お互いにこうして直接顔を合わせるのは久しぶりのことだったので、僕としても嬉しいですし、光栄の限りです。


「申し訳ございません。まさか、姫様が直接出向かれるだなんて……」


「いいんですよ、ハル様。今回の件は私が独断で決めさせていただいたことですから、それなりのことはしてさしあげないと」


「姫様の独断? あの、それはいったいどういう……」


「……それは今から説明するわ、カレン」


 僕達だけに聞こえるよう声音を抑えた姫様が、今回の人事における真意を語り始めました。


「ハル様を隊長代理として派遣することとなった件――実は本来まったく予定がなかったことなの。それについてはカレン――あなたも真っ先に疑問に思ったでしょう?」


「ええ、まあ……国外への派遣となると、通常はもっと前に話があるはずですから」

 

 近場、もしくは遠方に限らず、所属先の変更がある場合は事前に何らかの話があるのが普通です。


 何度も引き合いに出しますが、ホワイトクロスに所属していたマルベリを引き抜いた際も、事前に『ブラックホークへの異動話があるがどうか?』と意思確認をしていました。


 今回はそれが一切なく、しかも国外への派遣です。また、姫様が一騎士のためにここまですることはありませんから、それだけ緊急のことだったということが伺えます。


「元々は私のいる本隊から、『そこ』へは騎士を派遣していたのだけれど――どうやらその人がらしくて……実力は申し分なかったのですけど、どうやら上手く団員を統率できなかったみたい」


「本隊所属の方が逃亡した……? 姫様、今回ハルが行くのは一体――」



「おっ! ねえ、お姫様ぁ~、もしかしてそのチビッ子が次の私たちの『ドレイ』なの??」


 

 と、カレンさんが姫様に訊こうとしたところで、よく通った大きな声が僕たちの間に割り込んできました。


 声の方に顔を向けると、すでに停泊していた船の甲板に、艶々とした褐色の肌を持つ二人の少女が立っていました。肌を大胆に露出させた戦闘衣、そして腰に佩いた曲刀から判断するに女戦士といったところでしょうか。


「あらよ――っと!」


 その中の一人――いかにも活発そうなショートカットの少女が、一飛びで空高く跳躍し、甲板より僕らのいる場所へ降り立ちました。


 まるで獣を思わせるようなその身体能力に、僕とカレンさんはただ驚くことしかできませんでした。


「……久しいですね、エナ。そちら側の『姫』はお元気?」


「ん、まあね。でも、最近『おもちゃ』が逃げちゃったせいでご機嫌ななめでさあ――ねえ、ゼナ?」


「ん……」


 と、さっきまで甲板に居たはずのもう一人の少女の静かな声が、僕の背後で響きました。


 いつの間に――と、僕が考えていると、肩ほどまでの黒のおさげ髪を左右に垂らしたゼナと呼ばれた少女が、ぺたぺたと僕の背中や腕、そして手に触れていました。


「ゼナ、そいつは? 見るからにひ弱そうだけど、耐えられそうかなぁ?」


「……ダメ。思ったよりは丈夫……でも、前のヤツのほうがマシ」


「そうなの? どんな奴かと思って楽しみにしてたのに、これじゃ拍子抜けだなあ。ねえ、エルルカさぁん……こんな子供みたいなやつに私たちを束ねられんの?」


 エナが不満そうに唇をとがらせ、姫君に投げかけるには少々――いや、大分失礼な言葉遣いで不満を漏らしました。


「心配には及びませんよ、エナ。彼なら、欠片の問題もなくあなた達を纏めてくれるはずですから」


「ふぅん……それは楽しみだね」


 まるで蛇のような視線と舌なめずりでこちらを観察するエナに、当事者である僕は困惑するばかり。会話の内容から察するに、おそらくはこの少女達が僕の部下となる人たちの内の一人なのでしょうけど……。


「――ハル」


「? どうしたんですか隊長……なんだかすごく怖い顔をしているように見えるんですけど――っと!?」


 と、ここでカレンさんが急に僕の腕を掴み、自らの懐へすっぽりとおさめるように僕の体を引き寄せました。


「カレンさ……隊長、どうしたんですか急に?」


「――行くな」


「え?」


「やっぱり行くな、と言ったんだ。ハル、お前をへ送り出すわけにはいかない」


「??」


 つい先ほど別れのキスまでしたというのに、いよいよ出発という時、カレンさんが急にそんな駄々をこねだしました。


 またしても少女だらけの状況になり、またいつもの『私のハルは渡さない病』が発症したのか――とも思いましたが、そういうわけでもないようで……。


「その手を放しなさい、カレン。これは『命令』ですよ?」


「うぐっ……しかし姫様」


「理解しなさいカレン。あなたの気持ちもわかりますが、この『任務』はハル様が最も適任だと判断した結果なのですから」


 冷えた口調でカレンさんを諭す姫様でしたが、彼女がこういう話し方をするときは、大抵本音を隠していることがほとんどです。姫様として、苦渋の上での決断だったのでしょう。


「ちょっとちょっとぉ――そこのオバさん、ソイツはもう私たちの新しい『オモチャ』なんだから、勝手に横から入って邪魔しないでよ」


「お、オバっ……!!??」


 カレンさん(もうすぐ三十の大台)へ言ってはいけない単語第二位(僕調べ)である『オバさん』をなんの遠慮もなく放ったエナに、カレンさんのこめかみの血管がビキビキと音を立てて隆起しました。


 あれ、なんでしょうかこの空気。お見送りだけだったはずなのに、どうして僕は今修羅場の渦中に立たされているのでしょう。


 カレンさんと女戦士のエナが見えない視線の雷をバチバチ言わせているのを眺めていると、エルルカ様がこっそりと僕へ耳打ちしてきました。


「ハル様……詳しいことはお手紙の中に全て書いていますので、お一人になった時に読んでください。暗号化されていますので、術式の解除も忘れずに――これは【任務】です」


 その言葉に、僕は目だけで合図を送りました。さきほどから、二人の女戦士もう片方であるゼナが、こちらのほうをじいっと観察してきています。


 その身のこなしから見てもおそらく『暗殺者アサシン』――あまり隙を見せるわけにはいかないようです。


「あの、それで姫様……一つだけ聞きたいんですが、カレンさんが急に駄々をこねたのは一体――」


「ああ……ハル様が指揮官代理として赴任する国の騎士団なのですが、実は、女性のみで構成されていて――しかも全員若い子ばかりの」


「なるほど……それで」


 カレンさんとゼナの二人がついに取っ組み合いを始める様子を眺めながら、僕は、一筋縄ではいかないであろう【任務】に、一抹の不安を感じていたのでした。

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