3 送別会にて、ある意味伝説を残す女騎士がかわいすぎる件
緊急会議のその夜、出発が明日に迫った僕のために、ささやかなものではありますが送別会が催されました。
参加者は僕を除くと、カレンさん、マドレーヌさん、そしてマルベリ。いつもの面子です。他の皆さんにもできるだけ参加してほしかったですが、会議で後回しにしていた仕事がいっぱいだったため、さすがにそちらは見送るしかありません。
それにどんちゃん騒ぎをしすぎて翌日以降に障ってもいけませんし。
ということで、ブラックホーク御用達のいつもの酒場の丸テーブルを四人で囲んでいるわけですが。
「…………」
「…………」
そこにはお通夜のような沈鬱な空気が漂っていました。
その原因は、もちろん僕の隣で大ジョッキに口をつけてお茶みたいにじゅるじゅるとお酒をすすっていらっしゃる、我が隊の隊長であり、そして今は僕の彼女でもあるカレンさんでした。
会が始まってまだ間もないですが、もう相当に飲んでいらっしゃいます。それこそ、普段から飲みにつきあっているマドレーヌさんが苦い顔をするほどに。
「カレン隊長、そんなに気落ちなさらないでください。ハルにとっても出世の大チャンスなわけですから、余計な心配をかけさせないよう、気持ちよく彼を送り出して差し上げませんと」
その様子を察したマルベリがなんとかフォローを入れようとするも、カレンさんから返ってくるのは『ううぅ……』『あぁぁ……』とかいう謎の呻き声ばかり。
隊全員がいる場では努めて平静さを保とうとしていましたが、ここは気の置けない存在の僕達だけのいる場。ついに糸がぷっつんと途切れてしまったようです。
――これはちょっと重症かも。
「ハルは出世なんてしなくていいんだ……ずっと私の下で私と一緒に働いていればいいんだ……いや、むしろ私が養ってやるんだ……ウィッ」
唐突にヒモ容認を宣言するカレンさんですが、それはプライドに反するのでお断りさせていただきます。僕は、どちらかと言えばカレンさんのほうに家庭を守ってもらいたいタイプなので。
「っていうかさ、カレン。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」
「んぁ? なんだよマドレーヌぅ……また私にお説教か? 最近めっきりお説教ババアキャラが板についてき――」
「 あ ん ? ? ?」
「あ、しゅ、しゅいまへん。今のは冗談ですはい……」
蛇のような眼光で睨み付けた鬼の副長に、上司であるはずのカレンさんが一瞬で縮こまりました。こわい。僕も今後の発言にはようく気をつけておかねば。
「ったく……ところで質問に戻るけど、カレン、アンタなんでハルにエッチさせてやらないの?」
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!????」
気を取り直してからのいきなりのド直球に、カレンさんは口に含んでいた黄金色の液体を勢いよく噴出しました。鍛錬によって強化された肺活量から繰り出される綺麗なアーチは、もはやこの居酒屋の名物といっても過言ではありません。あ、今日も虹がきれい。
「ふにゃっ……お、お
「このぐらいの話、別に普通でしょ。で、それよりなんで? なんでヤらせてやらないの? 恋人なんでしょ、付き合い初めなんでしょ、なんで??」
「んあ、なんでって……その、言われましてもぉ……」
マドレーヌさんの追及に、カレンさんは口をごにょごにょとさせるしかありませんでした。仕事に追われているとはいえ、一緒に居る時間は長いのです。二人で組んで遠征に行くこともあったので、しようと思えば出来たのです。
出来たのですけど――。
これはマドレーヌさんには言っていないのですが――実は、ちょっとした理由がないわけでもなかったのでした。
「何? アンタ、親友の私に隠し事するワケ? 今まで色々と相談に乗ってやったりした恩を仇で返すワケ?」
うーん、なんだか心なしかマドレーヌさんもいつもより言葉遣いが荒いような気がします。多分、マドレーヌさんもいつもより相当飲んでいるみたいです。わずかに顔が紅潮していますし。
「そ、そういうわけじゃない! そうじゃないが……」
ふと、カレンさんが僕の方へと上目遣いを向けてきました。
助けて欲しそうな、潤んだ瞳。
「えっと、マドレーヌさん。その話はこの場ではちょっと……ほら、マルベリとかもいますし――」
「あら? 私は一向に構いませんことよ? 今日は無礼講の場でもあるのですから、多少の猥談ぐらいで眉を顰め、嗜めるような事、わたくし致しませんわ」
とか言いながらも、鼻息を荒くしてテーブルに身を乗り出してくるマルベリです。こちらも興味津々か。
「ほらほらお二人さん。勢いに任せてさっさと白状してしまいなさいよ。私だってそうそう胸を張れるもんじゃないけど、アンタ達二人よりは経験値だって上なんだから」
「……笑わないか?」
「笑う訳ないでしょ。付き合いたてホヤホヤ、それもお互い初めての男女交際となれば、くだらなくても悩みの一つや二つはあることぐらいわかってるから」
「……そ、それじゃあ」
もう一度こちらへと視線を向けたカレンさんに、僕は頷きました。さすがにここで言わないわけにはいかないでしょう。それにここで言っても言わなくても、マドレーヌさんにはいずれは気付かれそうな気もしますし。
僕の了承も得たところで、カレンさんは俯き加減に、目を泳がせながらぼそりと呟きました
「……痛くて」
「え?」
カレンさんの言葉に、ぽかんと口を半開きにさせたのはマルベリでした。彼女にはあまり伝わなかったようです。
一方のマドレーヌさんはというと……あきれ顔でした。
「確かに『もしかしたらそうかな?』とも思ったけどさぁ……アンタ、本当にそんなクソくだらない理由でハルとレスになったの? ガキなの? いや、ガキですらもうちょっとマシな悩み抱えて生きてるわよ」
「な、なにおうっ!? 私にとっては真剣な悩みなんだぞ! 私だって、もっとハルとそういうことしたいと思う気持ちはあるんだ。でも、いざという時に『初めて』の時のことがちらついて……」
「そんなの最初だけに決まってるじゃないの。いくらアンタが未経験者だからって、そのぐらいは理解してるでしょうに」
「そうだけど……そうなんだけどっ」
二人の言い争いをよそに僕は横で肩身の狭い思いをするしかありません。
僕としても『男としてしっかり女性をリードしなければ』と思い、色々と準備した上で臨んだ上での有様ですから。
「?? えっと、ハル? 私、今ちょっとお二人の会話についていけてないのですけど……そんなにくだらない理由ですの?」
「う~んとね、あはは……それは僕の口からは話しづらいかな」
後で聞いたら『大剣をどてっ腹にぶっ刺されるほうが余程マシだった』というぐらいだったらしいです。あ、一応断っておきますが、僕はいたって『普通のサイズ』ですからね。
「あ~あ、親身になって聞いた私がバカだったわ。アンタなんか、さっさとハルに愛想尽かされてマルベリやエルルカ姫様みたいな若い女に恋人を横から掻っ攫われればいいんだわ」
またリアルなところの名前を出してきますね。マルベリはともかく、エルルカ姫様の僕に対する好意は本物のようなので、現実にはありえないですが、カレンさんの不安を煽るには十分すぎるでしょう。
「ハ、ハルはそんな事しない! どんなことがあってもずっと私のことだけ考えてくれる男だ!」
「ありえないわね。ハルは聖人君子なんかじゃない。下半身にしっかりとしたものぶら下げた若い男よ。もし彼を取られたくないんなら、今すぐにでもそれを体で示して見なさいよ、このバカ」
「バカ! 今お前バカって言ったな?!」
「ええ言ったわよ、この意気地なし。もう一回言ってあげましょうか?」
「むき~っ!!?」
あれ、なんだか煽りがだんだんと低レベルになってきたような。言い争いをすることはたまにあるとはいえ、ここまでヒートアップをするのも珍しい。
とりあえず、そろそろ止めておくとしましょうか。
結構、周りのお客さんからの視線も痛くなってきていることですし。
「ま、まあお二人とも、今日は随分と酔ってしまったみたいですから、この辺でお開きにして――」
なんとかこの場を納めようと僕が二人の間に割って入ろうとしたのですが、
「ようし、わかった! マドレーヌ、そんなにお前が言うなら、今この場で見せつけてやろうじゃないか!!」
と言って、いきなりカレンさんが来ている鎧を脱ぎ、そしてその下にある肌着、そして下着すら脱ごうとしたのです。
「ちょっ!!? カレンさん、落ち着いて。みんなに、みんなに見えちゃいますよ!!」
カレンさんの白い素肌と僕だけが知っている豊かな二つのものが衆目に晒される寸前、僕は身を呈してそれを覆い隠します。
「止めるなハル! コイツに、このちょっと人より先に結婚して人生の先輩気取っている奴に私たちがどれだけお似合いの恋人同士なのかを見せつけてやらねば! さあ、ハル、お前も脱げ! ヤるぞ、今すぐやるぞ!!」
「やるって、いったい何をやるっていうんですかぁ~!?」
こうして、出張前の僕の夜は、酔いつぶれたお姉さま方二人の看護によりまともに寝ることもままならないまま過ぎていくことになるのでした。
この後、酒場の店主に乱痴気騒ぎの説教を喰らった僕達四人は、しばらく出禁になってしまったのですが――それはまた別の話です。
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