2 部下の出張にいちいち緊急会議を開く女騎士がかわいすぎる件


「まあまあ……私がへばっている間にそんなことが――随分と急な話ですのね」


 翌朝。


 なんとか体力を回復させ、いつも通り出勤をしてきたマルベリに昨日のことを伝えます。隊から一時的に僕がいなくなるということで、彼女自身も突然のことに目を丸く――と言いたいところですが、意外にもすんなりと話に耳を傾けていました。


「え……えらく余裕なんだな、マルベリは」


 その反応に、カレンさんは戸惑いの表情を浮かべました。『え? こんなに狼狽えてるのって、実は私だけ?』と言っているようです。


「ええ、まあ……近衛騎士団に身を置く以上、隊員の細かな配置換えや所属替えなどはいずれ起こりますから――というか、私自身が実際にそうなわけですし」


 彼女がホワイトクロス→ブラックホークへと異動をしたように、近衛騎士団に所属する隊員たちには、大なり小なりそういった環境の変化が度々起こりますし、その時々で新しい所属先でも上手くやっていくよう対応も求められます。


「でも、他国へ飛ばされるというのは確かに驚きですわね。しかも指揮官身分としての赴任ですから……」


「出世コース、よね。それもの」


 マルベリの言葉に同意するようにして、マドレーヌさんがその続きを口にしました。


 ルートが明かされているわけではありませんが、慣例として、近衛騎士団内で出世をしていくためには、役職を少しづつ上げていきながら他部隊を異動していき、最終的に分隊長や、エルルカ様のいる近衛騎士団本隊所属へと身分を上げていきます。カレンさんも同様のやり方で、ブラックホークの分隊長となっているのです。


 しかし、今回の単身赴任ともいえる辞令は、同盟関係の他国へ指揮官――『代理』という文言がひっかかるものの――として行くようになっています。


 他国へ行かせ、その期間で目に見える結果を残すことができれば、慣例をすっ飛ばして、即、分隊長以上の役職を付けることできる。もちろん年齢は一切関係なし。


 なので、極論になりますが、それができれば僕のような年齢でも、人を統括する立場になれるということなのです。


 でも、それを適用するのは外部より騎士団に採用スカウトした優秀な人材を指揮官に登用するための例外であって、騎士学校から所謂新卒の身分で入った僕に課されるようなものではありません。


 だからこそ、異例中の異例なのです。


「ねえ、カレン。このことをあなたのお父さん――総隊長はどう思っているか聞いた?」


「当たり前だ。この人事に総隊長が関わっていないわけがないと思ったから、それはもう真っ先に」


「それで、答えは?」


「『同盟国へハルを派遣することを承認はしたが、からの要請なので何とも言えん』と――」


 上、ということはエルルカ様のいる本隊になります。


 エルルカ様は僕のことを非常に買ってくださっているので(第二夫人とか言い出す始末ですし)、もしかしたら、僕を本隊所属へと引き上げるため、このような異例の人事を出したのかもしれません。

 

 しかし、『僕とカレンさんの仲を全力で応援する』と言っていた姫様が、果たしてそんなことをするでしょうか。魔術師としての外部での実績は十分とはいえ、騎士団の経験はないマドレーヌさんを特例でブラックホークの副長に任命したり、まだ入隊して間もないマルベリを異動させたのは、実は姫様の力添えがあったからだったりします。


 それは、あまりにも人間離れしたハイスペックすぎる自身の能力と未だ不明な出生の謎云々、色々な問題を抱えた僕のことを受け入れてくれる人が常にいるように。


「……まあ、今更決定を覆すこともできないでしょうから、詳しい話は出発の朝にでもお姫様から直接聞き出すとしますか。ということでカレン――」


 そこで、マドレーヌさんの鋭い視線がカレンさんのほうへと向きました。


 それに気づき、露骨に目を逸らすカレンさん。


「さっさと他の皆を仕事に行かせなさいッ!! アンタ、私に黙って何【緊急会議】なんてかけてんの!?」


 そうです。実は、今この場には僕達四人のほか、ブラックホークに所属する騎士全員が集められており、たださえ狭苦しく暑苦しい詰め所内が、むんむんとした熱気に包まれていました。普段は任務に出ずっぱりで、『あれ? こんな人いたっけ?』と思うような方々も顔を出していました。


 緊急会議――隊全体に深刻な問題が起こった際、隊員全員を集めて今後の方策などを確認し合う場を作ることを言います。隊長権限で招集をかけるため、仮に任務中であっても帰ってこなければなりません。いわば最重要項目。


 それをカレンさんは、言ってしまえば隊員一人の出張のためにかけてしまったわけです。それだけ僕のことを大事に想ってくれているということなので嬉しいは嬉しいのですが、今回ばかりはちょっと事を大きくしすぎたかも。


 任務中の皆さんをわざわざ戻すということはつまり、その後のしわ寄せが実質的に隊の運営を任されているマドレーヌさんに行くため激おこになるのも無理はありません。


「だ……だって! ハルだぞ! ハルがいなくなっちゃうんだぞ!? 久し振りに隊に定着した新人で、ブラックホークのマスコット的存在で、こなす仕事量も私に匹敵する、いなくなっては困る人材なんだぞ!?」


 そういう視点で考えれば確かに由々しき事態かもしれません。代わりの人員補充なんて望めませんから、僕がやっていた分はすべて誰かにやってもらうしかありませんから。

 

「なるほどね。今でさえ手一杯の状態の皆にさらに負担が増す――とあれば、それを納得してもらうために一度全員に話を通しておく意味では筋は通っているようにも思うけど本音は?」


「もっとハルと恋人らしいことしたい! いなくなったら嫌だから部隊みんなの署名を集めて嘆願書を姫様に――はっ!!??」


「公私混同してるんじゃないって、いっつも言ってんでしょうがー!!」


「グボハッ!!?」


 すでにブラックホーク内では名物になりつつある『副長怒りの鉄拳(隊長限定)』がカレンさんの頬を見事に捉え、カレンが壁際まで吹っ飛んでいきました。

 

 マドレーヌさんの尋問にあっさりと乗せられ本音をおもらししたカレンさん……ちょっとチョロ過ぎやしないでしょうか。でも、時折見せるそのポンコツ具合が、僕にしてみれば物凄くかわいいんですけど。


「えっと、ところでハル――貴方が実際に赴任する騎士団って、いったいどんなところですの? 新人がいきなり指揮官の身分になるわけですから、そんなに大きな国ではないとは思いますけど」


「それがまだわからないんだ。一応、出発の日に向こうの人達が迎えに来てくれる手筈になってるみたいだけど……」


 本当に今回の赴任は初っ端からわからないことだらけです。他国へ赴任する場合は、準備期間なども踏まえて大抵は一カ月~二カ月前には話があるはずですが――急な話であることに間違いはありません。


 いきなり降りかかった新生活への不安はともかくとして、一番気がかりなのは今後のカレンさんとのお付き合い。


 今回の赴任先は、王都の位置する北の大陸とは反対となるので、そうおいそれと会う事はもちろんできません。


 遠距離恋愛――上手くいってくれればいいのですが……。


 この時、僕とカレンさんの二人はまだ、これから巻き込まれることになる大きな厄介事の存在など知る由もなかったのでした。

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