5 夜のオカズ探しに余念がない女騎士がかわいすぎる件


 騎士団の夜はとても遅いです。


 日中は任務のために外に出てあくせくと働き、職場に帰ってこれるのは、大抵、日が落ちてからです。その後、報告書などの事務仕事をしますから、騎士隊舎に帰る頃には深夜になっていることがほとんなわけです。


 そして、そんなときに僕達騎士が重宝する場所があります。


「よお、ハル! あんた今日は一段と目が死んでるねえ!」


 独身の騎士達が入居している騎士隊舎の一階部分にある購買。


 そこで深夜番をしていたおばちゃんが、僕の顔を見るなりそう言ってきました。


「こんばんはです、おばちゃん。今日の仕事ことを思い出したら、そりゃあこんな顔にもなりますよ」


 本日は最近、王都周辺地域で大量発生したスライムの駆除作業に駆り出されていました。スライム自体はものすごく弱いのですが、とにかく数が多い。民家の屋根裏だったり、井戸の中だったりと、見つけるのにも一苦労でした。


 それを僕は一人でやらされたわけです。弱いモンスターに人員を割くほどの余裕はブラックホークにはありません。今回はカレンさんもいません。


「さてと……今日はもう遅いから適当に食料を見繕って帰ろ……ん?」


 売れ残っている中からひょいひょいと今日の夕飯を買い物かごに入れていると、ふと、僕の視界の端に、とある人影がちらつきました。


(――カレンさん?)


 生鮮食品売り場の前で同じく商品を物色しているのはカレンさんでした。今日は早朝からそれぞれ別々の任務に赴いていましたので、本日初めてのカレンさんとのエンカウントとなります。


 すぐさま話しかけようと声を上げようとした僕でしたが、しかし、とある考えが頭をよぎりました。


 ――このままこっそり眺めてみるのもいいか、と。


 カレンさんは独身ではありますが、すでに管理職となっているため、規定により騎士隊舎からは退去し、今は別の場所で一人暮らしをしています。


 隊舎の中には食堂もあるので、定時で仕事を上がることが出来れば(ほぼ不可能に近いですけど)、夕食が用意されています。しかし、カレンさんにはそれがありません。


 いったい、どんな食生活を送っているのか――ということで、ちょっとそれを見てみたくなったわけです。


「っても、まあ、大方予想通りかな……案の定、缶詰ばっかりだ」


 カレンさんの買い物かごに大量に入っていたのは、塩漬けされた魚などといった保存のきく缶詰と、あとはお酒でした。


 独身ですし、仕事は忙しいしで、なかなかまともな食事にありつけないのはわかりますが、栄養的には少し心配になってしまいます。


 その偏りをカレンさん自身も自覚しているからか、できるだけ野菜なども食べよう思い、あの場所にいるのでしょうけど――。


「それにしてもなんか様子がおかしいな。しきりに周りを気にしているし……顔は真っ赤だし……」


 カレンさんの挙動不審さに気付いた僕は、さっと近くの商品陳列棚の陰に隠れます。


 なんだか、とても興味深いことが起こるような気がします。


「……、……」


 しきりに周囲に気を配りつつ、カレンさんが手に取ったもの。


「人参、キュウリ、ナス、それからあれは……大根……?」


 それは、なぜか太くて固い棒状のものばかりでした。


「! はっ、まさかカレンさん――!!」

 

 瞬間、察しのいい僕は気付いてしまいました。


 カレンさんの御年を考えてみましょう。そう、二十九歳です。うら若――いや、もうそうでもないかもしれませんが、しかし体から発するオーラは若々しいはずです。


 そんな女性が、夜中に、棒を物色している。


 答えは一つしかありえないのです。


「まさかそっちのオカズまで探しているだなんてッ……!」

 

 思い返してみれば、最近のカレンさんはずっと仕事続きでした。休みは一日たりともありません。


 そんな状況であればストレスも溜まるに決まっています。欲求不満になっているのも無理はなく、ただの野菜を見て【アレ】を連想してしまうのも当然でした。


 僕はすぐにでもカレンさんへ話しかけたくなりました。


 水臭いじゃあないですか隊長。僕に言ってくれれば、バターでもマーガリンでも、どんな役目でもこなして見せますと。


「……」


 しかし、僕がそうすることはありませんでした。


 今日のことは見なかったことにしよう――そう思ったのです。


 カレンさんは聖人君子ではありません。自らを慰めたくなる夜もあるでしょう。僕だってそうです。


 一人の夜は、誰にも邪魔されてはいけないのです。


(カレンさん、今日も一日お疲れさまでした。僕は何も見ませんでしたので、どうぞ好きなように発散してください……)


 野菜棚に陣取ったままのカレンさんを背にして、そう呟いた僕は購買所を出、そのまま自らの部屋と戻っていきました。


 ×  ×  ×


 ――翌日。


「くぉおおおおおおらぁぁぁああああああああああ!! 待てハルぅぅぅぅぅぅう!!?! 今日こそは、お前の心臓に巣食った毛を、一本残らずむしり取ってやるぅぅぅ~~~!!!」


 逃げ足スキル+身体強化魔法バフを発動させた僕は、鬼の形相をしたカレンさんから、脱兎のごとく逃げ出していました。


 朝、カレンさんの机に置かれていた、木製の、頭と胴だけの簡単な人形。


 どうやら、『丹精込めて作りましたので、これを僕と思って使ってください』という手紙を添えたのが間違いだったようでした。


 反省。


 ちなみに、カレンさんはあの後、夜中から根菜のシチューを作ったようなのですが、何故材料選びで赤面していたのかについては、返事の代わりに剣閃が飛んできたので聞くことができませんでした。

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