4 結婚式場の隅っこでガツガツとメシを喰らう女騎士がかわいすぎる件


「はあ~あ……今日仕事行きたくないなぁ……」


 とある朝の、起きてからの僕の第一声でした。


 外の天気は良好。体の中の調子も万全。


 普通なら晴れやかな顔で今日も元気にご出勤のはずです。


 しかし本日、たった一つだけ、その僕の日常に欠けているものがあったのです。


「カレンさん、今日仕事休みだなんて……」


 そうです。普段滅多にお休みをとることがないカレンさんが、今日は一日お休みをとっているのです。


 あ、別に重い怪我や病気とか、はたまた身内の不幸とか、そういう類のものでは一切ありません。ただの有給休暇です。


 カレンさんに理由をそれとなく聞いてみたのですが、なぜか『お前には関係ない(キシャ-!)』と蛇のような視線を向けてきたので、理由は不明――


 と、言いたいところですが、実は知っていたりいます。


 酒場での、カレンさんの友人であるマドレーヌさんとの会話で、結婚式に出席しなければならないことは事前にリサーチ済みです。


「うう……カレンさんのいない職場……憂鬱極まりない」


 しかし、そう思いながらも、体はしっかりてきぱきと出勤の準備をし、もうすでに玄関を開けようとしています。


 まだ騎士として働き始めてそう経っていない僕ですが、すでに社畜的根性が染みついているようです。


「有給を取ろうにも、『隊長が休みだから僕も休みます』なんて言ったら絶対ぶん殴られるしな……」


 首をふるふる横に振って邪な考えを振り払い、さあ、今日も元気にご出勤――というところでしたが。


「――きゃんっ」


「うん? きゃん?」


 勢いよく開けたドアに何かがぶつかる感触と、女の子の声がしました。


 騎士隊舎のドアはなぜか外側に開く仕組みとなっているため、どうやら突き飛ばす形になってしまったようでした。


「ご、ごめんなさい! まさか外に人がいるとは思わなくて……って、あれ?」


 謝罪すべく、すぐさま外出ましたが、そこで尻餅をついていた少女の顔は、なんとなく僕の記憶に残っている人でした。


「まったくもう! この学園次席卒業のこのワタクシをこんな目にあわせるなんて、相変わらずですわね、ハル!」


「あ――うん、ごめん、なさい?」


 口ぶりから察するに、彼女は僕の同期……だったと? 思います? 話によれば、騎士学校を僕に次ぐ二位の成績で卒業して……それでいて騎士隊舎にいますから、おそらく同じように騎士団に配属になっており、そして名前は――えっと、名前……?


「マルベリですわ! 騎士学校時代からそうですけど、結構話かけておりましたのに、どうしてそういつも曖昧すぎる記憶しか持ち合わせておりませんの!?」


 僕があまりにも『あれ? この人なんていう人だったっけ?』という顔をしていたのか、彼女自身が名乗ってくれました。


 そうでしたそうでした。彼女の名前はマルベリです。この国でかなりの地位を築いている貴族の家系の子で、学生時代、僕はいつも彼女からライバル視されていました。


 ただ、彼女との成績の差があまりにも離れすぎていたので、僕はとくに意識していなかったのですが。


 それに今、僕の頭の中を占めている女性の情報は、カレンさんだけですし。他の方のもあるにはありますが、それは、マルベリ同様、脳の片隅に転がっている程度です。


「えっと、それでマルベリ。いったい何の用事? 僕、これから仕事に行かなきゃいけないんだけど」


 そんな彼女なので、僕もいちいち気に留めるわけにはいきません。公式に設定されている出勤時間からはまだ一時間以上はありますが、『二時間以上前から出勤するのが社会人としての常識』というブラックホークの常識から言えば、それはすでに遅刻レベルです。なので、急がなければいけません。


「え? そうですの? 今日は私の部署は休みだったので、同じくハルもそうかなと思ったのですけれど」


「そんなわけないでしょ、ブラックホークだよ? 休みなんて基本ないよ」


 確かに本日は暦上で言えば祝日です。ですが、任務自体は平日休日関係なく、それこそ湯水のように湧いてくるわけです。


 僕の目の前であざとげに首をかしげてみせるお嬢様には、まあ、あまり理解できないみたいですが。


「それで? 本日休みの超ホワイト部署配属の君が、この僕に何の用? まさか、理由もなくここにいるわけでもないでしょう?」


「え、ええ、もちろんですわ。実は、ハルに、同期のよしみで、ちょっとしたお願いごとがあって伺ったのですが……」


 マルベリが、手にもっていたとある手紙を後ろに隠しました。事務的な連絡にしてはやけに装飾が凝っている気がします。


 おそらくは何かのパーティの招待状かなにかでしょうか。事実、マルベリが着ているお召し物も、騎士団仕様の鎧ではなく、今はパーティ用のドレスを着ていますし。


「――ん?」


 と、ここで何かが引っかかりました。


「あのさ、マルベリ。ちょっと聞きたいんだけど、後ろに隠したそれって、何かの

招待状?」


「ええ。同じ部署の先輩の結婚式ですの。これからそこに出席する予定だったのですが……って、きゃっ!? ど、どうなさいましたのハル? いつの間にかすごい顔をしていらっしゃいますけれど」


 思い出しましたよ。マルベリが手に持っているその招待状。


 それはまさしく、カレンさんと、そしてカレンさんの友人であるマドレーヌさんのもっていた結婚式の招待状っ……!


「あのさ、マルベリ。ちょっと詳しく話を聞かせてもらえないかな?」


 × × ×


 結婚式場は、僕らの勤務先である城にほど近い教会で行われていました。


 すでに会場には多くの人が詰めかけてきており、老若男女、正装に身を包んだ方たちの談笑があちらこちらから耳に入ってきます。


「マルベリ、一応念のため、もう一度確認しておくけど、君のパートナー、本当に僕でよかったの?」


「もちろん。自慢じゃありませんけど、私、学生時代は成績のことばかり考えておりましたので、このようなことを頼める友人だったり、その繋がりなどは一切の皆無でございますの!」


「本当に自慢じゃないね……」


 僕ですら友人の一人や二人いるのに……そういえば、学生時代は毎日毎日僕に突っかかってきたような気がします。成績で僕に勝つことばかり考えて他がおろそかに……ですか。もちろん僕のせいではないですが、悪いことをしたような気はします。


 ということで、その罪滅ぼしといってはなんですが、マルベリのお願い――出席する結婚式にパートナーとしてついてきてほしい――を、僕は受けることにしました。


 もちろん、目的は、おそらくこの会場にいるだろうカレンさんなのですが。


 あ、ちなみに、そういうわけなので僕も有給休暇をいただきました。急なことでしたが、結婚式に出なければならないので仕方がありません。


「さあさ、ということでハル、早く私をエスコートしてくださいまし……って、いきなりどこに行くんですの!? 私はここですわよ!?」


「あ、ごめん僕用事があるからこれで」


 さて、えっと……そう、マルなんとかさんのおかげで合法的に結婚式に潜入できました。


 というわけで、早速、目的のカレンさんを探していきましょう。背後からなにやら僕の名前呼ぶ声がしますけど、気にしない気にしないっと。


「ふむ……えっと、カレンさんカレンさんはっと……」


 ここで、さらに研鑚を積んだ『聞き耳スキル・改』を発動させました。


 前は、聞く対象の方を目視で確認できた時にできたものでしたが、今では、無数の雑音の中から、特定の音だけを選び取り、どんな小さな呟きでも漏らすことなく聞き取れるようになれました。


 それも、すべてはカレンさんの可愛さを余すことなく堪能するためです。


 しかし、そのスキルを使う必要は、今回はありませんでした。


「(もしゃ)……けっ……なんだよ、アイツ幸せそうな顔しやがって――(もしゃもしゃ)――見せつけか? アラサーに――(もしゃもしゃ)――なっても『仕事が恋人でぇす☆』だなんて侘しいこと言っちゃう状況のこの私に対する宣戦布告(もしゃもしゃ)か?」


 立食形式になっている会場の隅っこにいました。


 チャペルのど真ん中で祝福を受けている新郎新婦を、恨みがましく見つめているカレンさんが。一応、冠婚葬祭なので女性らしいドレスを着ていますが――両手に持っているローストビーフの塊をもしゃもしゃと喰らうその姿は、周りからすぐに感じ取れるくらい異様でした。


 そんなもやさぐれカレンさんも、確かにかわいいんですが、いくらなんでもそれはちょっと悪目立ちしすぎているかもしれません。


 案の定、ぼっちですし。


「ほら見て、あの人……」


「あ、ほんとだ。あの人って、確か女性初の騎士隊長サマだっけ?」


 カレンさんはこの界隈では有名人のため、あんなふうに目立っているとさすがにこうなります。


 しかし、その話の内容は、必ずしもポジティブなものとは限らず……。


「……」


 どうやらカレンさんも遅まきながらそのことに気付いたようです。


 婚期を逃した三十路女さん――私はああはなりたくないわよね――そんな嘲りのようなもののもちらほらある周囲の雑音を拾ってしまったのか、カレンさんの口から、


(う……やっぱり遠巻きにバカにされてるな私……予想はしてたが……くうう、もう帰りたい。これなら仕事の方が遥かにマシだぞ……)


 という呟きが聞こえてきました。周りにはそのことを気取られないよう振る舞っていますが、僕だけはカレンさんの本心をしっかりとキャッチしていました。


「――あ! もう、こんなところにいましたのね、ハル。会場に入るなりいきなりレディを置いていくなんていくら仮初のパートナーとはいえ勘弁してほしいものですわ……って、ハル? どうしましたの、そんな怖い顔をして。綺麗なお顔がそれでは台無しですわよ」


 僕のほうはというとマルベリに見透かされるほどにわかりやすい状態だったみたいです。


 カレンさんのことなると、どうしても人ごととは思えなくなります。


「――あら? もしかして、あそこにいらっしゃるのはカレン隊長ではありませんこと?」


「マルベリ、君も隊長のことを知っているの?」


「ええ、まあ。有名人ですから。直接目にするのは初めてですが、とてもお綺麗な方ですわね」


「君もそう思う? 奇遇だね、僕もそう思うよ」


 そうです。マルベリも言う通り、カレンさんはとても綺麗です。普段の鎧姿も凛々しくて格好いいですが、こうしてきちんと大人の女性らしくめかしこんでいるカレンさんは一段と美しいのです。


 パートナーがいないという、ただそれだけの理由で蔑まされるような人ではないのです。


「私、カレン隊長とお話したいですわ。ハル、私に紹介してくれませんこと?」


「え――?」


 顔を見るなり、マルベリは僕の方へウインクを返してきました。


 多分、彼女も彼女で気を遣ってくれているのでしょう。


「……わかったよ、マルベリ。それじゃあ、今から隊長に聞いてみるよ」


 とん、とマルベリに背中を押され、僕は、会場の隅っこで縮こまっているカレンさんのもとへ走っていきました。


「隊長~!」


「ぶふぉぁっ!!? ハ、ハハハ、ハル!?」


 僕の登場に、カレンさんは予想通りのリアクションを返してくれました。食べることに集中していたところからの僕の出現のため、口の中の物を思い切り噴き出してしまいます。


「ああ、カレン隊長お行儀が悪いですよ。さ、口をこちらに」


「や、やめろっ……このぐらい一人で出来るからっ」


 僕がハンカチで口を拭おうとするのを嫌がるカレンさん。ですが、両手が塞がっている状態ではなすすべもなく、結局は僕にされるがままです。かわいい。


「これでよし、と。隊長、ダメですよ。騎士隊長ともあろう方が、一人料理をむさぼり喰うなんて」


「ふ、ふん。普段仕事ではこんなに悠長にメシを喰っている暇などないからな……栄養補給の一貫だ。というか、ハル、お前がなぜ結婚式にいる? 仕事はどうした仕事は?」


「出席してくれと同期の子に頼まれまして。えっと――」


「お初にお目にかかります。私、王都近衛騎士団第一分隊所属のマルベリと申しますわ。お会いできて光栄ですわ、カレン隊長様」


 後ろから追いかけてきていたマルベリがすかさず会話に割って入ってくる。


 僕に理由を聞くまでもない登場の仕方は、さすがに貴族としての経験でしょう。


 彼女も次席で卒業するぐらい優秀ですから、この辺は朝飯前なのかも。


「第一分隊……【ホワイトクロス】か。そちらの隊長は元気かな?」


「ええ。ピンピンしておりますわ。ぜひ一度、様子を見にいらっしゃってくださいまし。歓迎いたしますわ」


 どんよりとした空気に、にわかに会話の華が咲きます。


 マルベリも、カレンさんとはタイプが異なる可愛らしさは持ち合わせているので、二人並ぶと、華やかさがぐっと際立ちます。


 それまで漏れ聞こえていた陰口も、いつの間にか止んでいました。


「――ん? おやおや? 一人寂しい親友の面倒を見てやろうと思ったけど……どうやらそれは杞憂だったみたいね」


 と、ここで、人混みのなかをすり抜けてきたマドレーヌさんがこちらへと手を振りつつ近づいてきました。


「人聞きの悪いことを……こちらは、【ホワイトクロス】のマルベリさん。そしてこっちのクソ生意気な小僧は、私の部下のハルだ」


「初めましてマドレーヌさん、ブラックホーク所属のハルと言います。以後お見知りおきを」


「おお、君が噂のハル君か。よろしく、私はマドレーヌ。カレンの同期で、今は魔術研究所にいるよ」


 握手をすべく僕が手を差し出すと、マドレーヌさんがそっとその手を掴み、懐に引き寄せてきました。


(――親友のこと、よろしくね。ちょっと扱いにくいけど、根はとってもいい子だから。まあ、色々と君のことだから、大丈夫だろうとは思うけどね)


 多分、マドレーヌさんには今まで僕がカレンさんの周囲でいろいろしていたのはお見通しなのでしょう。さすが魔術師。小手先の僕の変装は通用しなかったみたいです。


 大丈夫です。心得ていますよマドレーヌさん。


 絶対に、カレンさんを悲しませるようなことはしませんから。

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