6 自分と同類だと思っていた新人騎士が意外にもリア充であることを知り、つい嫉妬する女騎士がかわいすぎる件


「おい、ハル。準備はできたか? そろそろ会議の時間だ、行くぞ」


「はい、隊長」


 とある月初めの早朝、僕は、カレンさんに連れられ、王宮にある大会議室へと足を運んでいました。


 本日は四半期に一度開かれる騎士団全体の会議の日――国王をトップとする近衛騎士団のほか、各地域に散らばっているそれ以外の騎士達も含めて一同に会する日となります。


 そのため、いつもより、城の中は多くの人々でごった返していました。


『おい、あの二人――』


『ああ、黒地に灰色の鷹の刺繍――』


『アイツらがブラックホーク、戦闘狂の化物集団か――』


 近衛騎士団の正装を身に纏った僕らが集団を通り過ぎると、横の見知らぬ騎士達からそんな声がちらほらと聞こえてきました。


「――隊長、なんだか僕達、いつの間にかすごい尾ひれをくっつけられているみたいですね」


 ブラックホーク所属の面々は確かに凄腕揃いですが、別に自らヒャッハーしながら戦場に飛び込んでいるわけでありません。誰しもが日に三度くる飯の時間を何よりも大切にしていますし、いつ訪れるかわからない月にたった一日の休日を指折り数えて心待ちにしています。


 僕らも一人の人間なわけで、そこらへんを勘違いしないでいただきたいところですが――。


「……それだけ我々が仕事をしているということだ。まあ、今の話のような尾ひれについては、別段くっついていても困ることはないから、勝手に言わせておけ」


 しかし、カレンさんは周りの評価など気にする素振りも見せず、クールな顔で堂々と廊下の中央を歩いていきます。バケモノ集団を束ねる長という立場上、僕ら下っ端以上に根も葉もないことを言われるカレンさんですが、それに動じることなく騎士隊長らしい威厳を振りまいています。


 さすがは仕事モードのカレンさん。とても素敵です。


 さて、ほどなくして大会議室の扉を開けると、すでにそこには多くの騎士達が詰めかけていました。僕らのような近衛騎士から、辺境騎士、そして街の衛兵にいたるまで――それぞれの地区の代表者たちが、会議の開始を待っています。


「ふう……」


 と、ここで隣のカレンさんからそんな溜息が聞こえてきました。


 見ると、騎士たちがめいめい談笑している様子をうんざりした様子で眺めています。


「どうしたんですか? 隊長、浮かない顔をしていますけど」


「! ああ、いや……私は、基本的にこういう集まりが苦手なんだ」

 

 無意識的な反応を僕に見られてしまったのが気まずかったのか、カレンさんは少しバツの悪そうな笑みをこぼし、続けます。


「なれ合いは、好かん。確かにこういう場は滅多にないから、久しぶりにあった同級生と昔話に花を咲かせたい気持ちもわからんでもないがな。しかし、私にとって同期というのは憎悪の対象でしかなかったから……くそっ、あの雌豚め早く離婚しろや(ボソッ)」


 最後にふとのぞいたカレンさんの闇はスルーするとして、確かに、女性ながら騎士隊長を務めるカレンさんにとって、そのほとんどが男性で構成される会場は、肩身が狭いことこの上ないでしょう。


 未だ独身のカレンさんに、仲のいい男性騎士などいるはずもないですし。


「まあ、僕も僕で苦手ですけどね。主席卒業ともなると他からのやっかみも多いですから、気の許せる友達っていうのはほとんど……」


「! なに、やっぱりお前もそうだったのか!」


 僕は友達が少ない、という話に、カレンさんが意外にも食いついてきました。


 食い気味にきたので、ちょっとびっくりしました。


「私も真に友と呼べるのはマドレーヌだけでな……ほかの奴らとまともに話したことなどほとんどなかった。ああ、当時のクソみたいな出来事、思い出すだけでも虫唾が走るよ。女だと思って私の体を舐めまわすように見てきた担任の変態教師に黒魔術ヲタクのビン底メガネ野郎、やれ『あの男と寝た』だの『あの女狐私のカレを寝取りやがって』と盛りのついた猿みたいな会話しかしなかったクソビッチ……あいつら学校をいったいなんだと思っていやがる」


 カレンさん、小声かつものすごい早口で暗黒色の学生時代の思い出を語りだしました。

 

 僕としてもそこまで聞いたつもりはなかったのですが……カレンさんが、なぜ今まで独身を貫きざるを得なかったのかの片鱗は見えたような気がします。不遇の青春時代が、彼女をそうさせてしまったのでしょう。


「ハル、主席卒業のお前なら、この気持ちわかるだろう? 自分の無能を棚に上げて努力せず、嫉妬するばかりの奴らを愚かに想うことを」


「え? ええ、まあ、そうですね――」


 カレンさんの勢いに圧倒され、ひとまず相槌ぐらいはうっておこうと頷いた瞬間、僕の背後が俄かに騒がしくなり始めました。


「あ、見つけましたわよ、ハル!」

 

 声の主の正体――それは、いつかの結婚式で会った以来の騎士少女でした。トレードマークの緩いカールの金髪がふわふわと揺れています。


 そういえば、この子、『ホワイトクロス』所属だったような。おそらく僕と同様、隊長の付き添いで来たのでしょう。えっと、名前は――名前……?


「マルベリですわ!! いい加減覚えてくださいまし!?」


 ああ、そうそうマルベリでしたね。失礼しました。いやあ、なんでこの子の名前はいつもわすれてしまうのでしょうか。不思議です。


「まったくもう、あの時以来、いつこちらに遊びにくるのかと、最高級の茶葉を用意してお待ちしておりましたのに……ねえ、カレン隊長様?」


 マルベリが、ふとカレンさんのほうへ声をかけました。


 まるでカレンさんは行ったかのような口ぶりですが――。


「え? カレン隊長、あの後、マルベリのところ――『ホワイトクロス』へ行ったんですか?」


「ん? ああ。時間がなかったので挨拶程度だが数回な。彼女も私と同じく、騎士として頑張っているから、そのアドバイスも兼ねてだが」


 え、そんな。僕には『剣の稽古』という名目の滅多打ち折檻で、アドバイスなんかしてくれたことないのに――なんとかマルさんだけずるいです。


「隊長、マルベリにアドバイスだなんて、僕というものがありながら一体どう了見で――」


 と、ここで再び、僕の背中に声がかかりました。


 今度はふわふわと柔らかい感触が一緒です。


「いよッス、ハル~! 今日も相変わらず気だるげにしてんじゃん。もっと元気出せよ。私のおっぱい好きにしていいからさ~」


「その声と感触……メイビィ、相変わらず君は元気だね」


「うん! 元気とおっぱいだけが私の取柄みたいなものだしね!」


 ショートの赤毛と大きな胸をふわりと揺らしながら、僕に飛びかかってきたのはメイビィという少女です。マルベリ同様、騎士学校時代の同期で、卒業後は斥候として、辺境の騎士団に配属されています。


「んで、マルベリさんもおっす!」


「え、あ、は、ははははい、ぉッス……ですわ」


 それまで威勢のよかったマルベリが、メイビィの登場で急にしぼんでいきます。


 まあ、彼女のフレンドリーさは、同期の友達のいない人にとっては苦手な方もいるでしょう。


「いや~、ハルが『ブラックホーク』に配属になったって聞いてからというもの、いつ過労で鬱を発症するか調べてたのにさ。アンタ、意外にしぶといね」


「まあね。まだしばらくは大丈夫だと思うよ?」


 少なくとも、カレンさんがいる間は、ですけれども。


「とにかく元気そうで何より。んじゃ、私、時間無いからそろそろ行くね。あ、騎士団やめる時はいつでも言いなね。一人ぐらいなら、私、養えるから……さっ!」


「「!!」」


 別れ際、素早い動きで僕の頬にキスをしたメイビィは、顔をわずかに赤らめながら、手を振って人混みのなかへと消えていきました。


 彼女にとっては単なる挨拶なので僕は慣れていますが、脇の二人はものすごく驚愕していました。


「な、なななななんですの、あの方! いきなり殿方に胸を押し付け、そして最後にはチューをしていくだなんて……あんな、あんなの、まるでクソビッチの化身ではありませんか!?」


 マルベリの言葉にカレンさんもぶんぶんと首を縦に振って同調していきます。


「クソビッチて……彼女はそんなんじゃありませんよ。確かに、少し前まではそんな感じであったのは事実ですが」


 誰とでも気さくに話すことのできるのはメイビィのいいところですが、それが原因で、学生時代に男女関係のトラブルに発展したこともありました。


 その時たまたま彼女を助け、問題を解決したのが僕だったわけですが、それ以来、ずっとあんなふうに僕だけに過剰なアプローチをしてくるようなったわけです。


 交際を申し込まれたことも何度かあり、そのたびにお断りしているのですが……なかなか諦めてくれないのが悩みの種だったりします。


 そして、さらに――。


「――ハルさまっ!」


「「!!」」


 メイビィと入れ替わるようにして、僕達の前にあらわれた小柄な少女。


 その姿を認めた瞬間、カレンさんとマルベリがさらに唖然とした表情を浮かべました。


「ひっ、ひひひひ」


「姫、様――!?」


 そうです。二人の言う通り、僕を見つけるなり、すぐさま尻尾を振るようにして近づいてきたのは、この国の国王と王妃の間に生まれた一人娘のエルルカ様でした。凹凸の少ない体形に勘違いする人も多いですが、僕やマルベリと同い年で、きちんと騎士学校にも在籍をし、今は近衛騎士全体を管理する部署にいます。


「あら、カレンもそこにいたのね。こんにちはカレン。お久しぶりですね」


「は、ははははっ、はい! エルルカ様も、お元気そうで何よりでございます!」


 カレンさんはすぐさま直立不動となり敬礼の姿勢をとります。カレンさんから見たら上の上の、さらに上――指揮系統の頂点にいる方のため、緊張するのも無理はないでしょう。


(……お、おいハル! なんでお前が姫様とそんなに親しげなんだ!? ただの学生でしかなかったお前に、そんな繋がりがあるとは……)


(はい、確かに傍から見るとそうなのですが……実はお忍びで学校に通われてたんですよ、姫様って)  

 

 姫様については、人より病弱な体質なのと身分のことを考え、基本的にはクラスに配属という形ではなく個別で教育がなされていて、僕は学校側からお願いされて、同年代の学友、という立場から戦闘スキルや魔法などの練習に付き合っていました。慕われているのは、そのせいです。


「騎士としてハルさまに会うのはこれが初めてですね。会議ということで、私も鎧を着用してみたのですが……なんだか着慣れなくて」


 特殊な鋼材と魔法効果、そしてきらびやかな装飾が施された姫様専用の鎧は、鎧というよりむしろドレスと言った方が近いほど華やかです。


「そんなことはないですよ。とてもお似合いですし、かわいいです。まるで妖精が舞っているかと見間違えるほどですよ」


「まあ!」


 僕の言葉に、姫様の顔がみるみるうちに赤くなっていきます。


「ハルさまにほめられたかわいいってほめられたそれはつまりそういうことというふうに捉えていいということいえ絶対そうですわそうに違いありません」


「えっと、姫様……?」


「!? あ、ご、ごめんなさいハルさま。ちょっといきなりのことで驚いてしまいまして……あ、あの私これからやらなければならないことを思い出しましたので、一先ず失礼しますね。そ、それではまた!」


 耳まで紅潮させた姫様は、そう言うと『爺、爺ぃ!』とお付きの執事の方を呼びつつ、嵐のように僕達のもとから去っていきました。


 式の準備がどうとか、言っていたような気がしますが……そこは深く考えないようにしましょう。


「ふう……だからこういう場っていうのは苦手なんだよな……やっぱりいつもの職場のほうが一番落ちつき……てあれ、どうしました隊長?」


 ようやく場が落ち着きを取り戻したところでカレンさんの顔を見た僕でしたが、そのカレンさんの目が、ゴミを見るような眼光を纏っていたのです。


 サディスティック、というよりは、デストロイみたいな様子です。


「なんだよ、友達少ないとか言っといて、ビッチとか姫様とかいるじゃないかよ。お前リア充だったのかよ死ねよ……(ボソッ)」


「え?」


「……ふん、なんでもない。それよりいつまで学生気分でいるつもりだこの愚図めが。大人しく席に座れ、会議が始まるぞ。マルベリも、さっさと持ち場に戻れ」


「は、はいですわカレン隊長……それでは」


 一転して冷徹な仕事モードに戻ったカレンさんに威圧され、僕とマルベリは指示通りするほかありませんでした。


 その後、会議についてはつつがなく進行し、無事に乗り切ることができましたが、その後、カレンさんがしばらくの間、僕に対して仏頂面となり、その機嫌を元に戻すのに数日を要したのは、ここだけの話です。

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