7 独身なのに、ついに犬を飼い始めた女騎士がかわいすぎる件

 

「あの……隊長」


 任務終わりの、いつものド深夜。


 僕は、カレンさんのいる隊長部屋に入りました。


 目的は、もちろんただ一つ――そう、をやるためです。


「なんだハル。何か用か?」


「はい、その、あの――ボク」


 僕はできるだけ体をもじもじとさせながら、カレンさんの顔を上目遣いで見つめます。少し呼吸のテンポを早くし、傍から見て興奮を抑えきれないように演技をするのです。


 ――隊長、いえ、カレンさん! その……僕、もう我慢できなくて……


 そんな風に言いながら徐々に近づいていき、そして、


 ――隊長! ボク、隊長とヤりたいんです!!(剣の稽古を)


 と、いつものキメ台詞を言うつもりだったんですが……。


「ハル、すまない。お願いごとがあるのならまたにしてくれ」


「――へ?」


 カレンさんからの意外な返しに、僕のほうが逆に呆気にとられてしまいました。


 そんな、いつもは僕の渾身の演技にあたふたしてくれるカレンさんが、今日に限っては、冷たくあしらわれてしまいました。


「ん? どうした、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」


「あ、いえ……こんな深夜に用事だなんて、隊長にしては珍しいなと」


 普段、職場と家の往復しかしてないカレンさんに、仕事以外の用事があることなど滅多にないはずです。月に一度あるかないかの休日は、基本的に自宅にこもってお酒を飲んだりごろ寝したりしかしていないのに(事前にリサーチ済み)。


 それが……こんな深夜から、用事……ですって?


「珍しい、とは失礼なことを……一応、私にもいろいろあるのさ。とにかく、私は先に帰るから部屋の戸締りを頼んだぞ、ハル」


「あ、は、はい……」


 カレンさんは僕に鍵束を投げ渡すと、ぱぱぱっと身支度を終えて、あっという間に仕事場から出て行ってしまいました。


「う~ん……こんな時間から、用事、ねぇ」


 話の内容からして、おそらく仕事関係でないのは確かです。


 じゃあ、それ仕事以外で用事とはいったいなんなのでしょう?

 

 気になる。気になります。僕との甘いひと時を差し置いて、カレンさんはいったい何を予定しているのでしょうか。


「う~ん、まあ、しょうがないか。カレンさんだって、そりゃあ誰かに秘密にしておきたいことの一つや二つあるだろうし……カレンさんをからかえなかったのは残念だけど、今日はもう帰ろう」


「今日は、もう――かえ――」


 そうやって自分に言い聞かせつつも、しかし足はしっかりと騎士隊舎とは逆方向――カレンさんが住んでいる居住区のほうへと向かっていたのでした。


 えっと……しょうがないですよね?


 × × ×


 カレンさんの家は、王宮よりほど近い居住区――いわゆる高級住宅街のなかにあります。


 王宮よりもほんのわずかに低い、塔のような形の集合住宅。この中の一室に、カレンさんはお住まいです。


「さて、と……」

 

 カレンさんに気付かれないよう、隠密スキルで後をつけた僕は、無事、監視ポイントであるゴミ捨て場の物陰にて息を潜めました。この場所は、建物の出入り口の観察に絶好のポイントだったりします。もちろん、生ごみの匂いを気にしなければ、ですけれども。


「う~ん……特にカレンさんへの訪問客はいない、か……」


 カレンさんの慌てぶりから、(もしかしたら、男……!?)と心配した僕ですが、それはどうやら杞憂のまま終わりそうです。それは一安心。


 では一体、彼女はいったい何をそんなに慌てていたのでしょうか。


 いつもより仕事を早くあがり、帰らなければならない理由が――。


「ゥゥウゥゥウゥ……」


「クゥ~ン……」


 と、僕が思索の海に飛び込んでいる最中に、ふと、そんな二つの鳴き声が聞こえてきました。


「――犬、だよね? 何故か尻尾がふたつあるけど……」


 見ると、捨てられたごみ袋の中に顔をまるまる突っ込んで、尻尾だけフリフリしている一匹の子犬がいました。しかも世にも珍しい、二尾の犬です。


 初めは野良犬かな、と思いましたが、よく見てみれば綺麗な毛並みをしています。獣特有の強い臭いも特には発していませんし。

 

 首もとにちらりと見えた赤い首輪もありますし、おそらくはきちんと飼われているワンちゃんなのでしょう。ただゴミ漁りをするところを見ると、まだ躾自体は行き届いてはいないみたいですが。


「お~い、そこの犬っころ」


「!」


 僕がそう呼びかけると、漁りに夢中だった犬の体がこちらを向きました。


 怯えた表情と、こちらを威嚇するような表情――そんな異なる二つの顔を僕の方に見せて相対し――。


「え? 顔が、二つ……?」


 そう。二尾と思われていた犬の正体は、なんと双頭でもあったのです。一つの体に、二つの頭。それぞれ異なる鳴き声、そして異なる反応。


「これは、合成獣キメラの一種か? いや、でもうちの国はこんな研究をしているなんて聞いたことないし――」


「お~い! ケルベロス、どこだぁ~!? いたら返事してくれ~」


 予想外の生物の登場に、僕が本来の目的を忘れそうになっていると、彼らの名を呼ぶ声が聞こえてきました。おそらくは飼い主です。


 しかも、この声は――。


「え、カレン隊長!?」


「わっ、ハル!?」


 そこには鎧を脱いで寝間着姿となったカレンさんがいました。急いで部屋から飛び出してきたのか、髪がぼさぼさ状態のままです。


 しかもなぜか両手にビーフジャーキーを持っていますし。いったいどんな蛮族さんですか。


「ワンッ!」

「キャウッ!」


 飼い主の姿を見つけたケルベロス(♂♀不明)は、すぐさま尻尾を激しく振ってカレンさんのもとに走り寄ります。ほぼ3/4日以来の再会が、よほどうれしかったのでしょう。


「はは、こらこら。くすぐったいじゃないかケルベロス。まったく、大人しく待っていなさいと言ったのに、また抜け出して……心配したぞ」


 二つの顔からぺろぺろと頬を舐められ、安堵と嬉しさの混じった表情を浮かべるカレンさんです。犬に向けられる慈愛に満ちた瞳は、なんだか母性にあふれているように思えます。


「あの、隊長……ところで」


「ギクゥ」


 おや、今時それを口にしちゃう人を久々に見た気がします。古典かな?


「それ、多分うちで研究を禁止している合成獣キメラの一種、ですよね? なんでそんなものを隊長が、しかもケルベロスだなんて名前を付けて飼育をしているんですか?」


「い、いい、いやそれはだな……実は最近、任務で南に遠征したときに、戦場で怪我をしているコイツを見つけてだな……」


「かわいそう、だと思って連れてきたんですか? 皆には内緒で? 報告書にも、上がってなかったと思いますけど」


 カレンさんの任務報告書には全て目を通し、内容はすべて一字一句違わず頭に入っていますが、そんな記載は僕の記憶にはありません。


 つまり、カレンさんは意図的にその内容を省いていたことになります。


「報告しなかったのは、悪いと思っている。思ってはいるが……でも、可哀そうじゃないか……こんなにかわいい、つぶらな瞳をしているのに。お前は、こんなかわいい子を見殺しにしろ、とでも言うのか?」


「「キュウ~ン……」」

 

 これ見よがしに潤んだ瞳でこちらに懇願するような視線を向けてくる、カレンさんとケルベロス。別にいじめているわけではないのに、なんだかすごい罪悪感があります。


「う~ん、まあ、飼うことそれ自体は、この国でも違法ってわけではないですし……迷惑かけなければ大丈夫だとは思いますけど」


 それに、僕もカレンさんが落ち込む顔なんて見たくないですし。


「ほ、本当か? それじゃあ、お前も、ケルベロスを飼うことに異議はないんだな?」


「大丈夫ですよ。ただ、ちゃんとマドレーヌさんには後で相談しておきましょう。あの方なら、なにか知っていることがあるかもしれませんし」


「そ、そうだな……多分、怒られるだろうが……ケルベロスのためにも、あいつの力はあった方がいいしな」


 見た目はただの犬ですが、合成獣キメラの場合、何かと魔法的なもので構成されていることも多いので、研究職のマドレーヌさんの意見は聞いておいて損はないはずです。


 それに、あの人には隠し事は出来ないような気もしますし。


「はあ……まさかカレンさんがペットを飼い始めるなんて思いもよりませんでしたよ。用事があるなんて言うもんだから、僕はてっきり他の男性の方とデートの約束でもしてるんじゃないかと思いましたよ」


「デッ、デートだなんて、そんなわけあるか、この馬鹿ッ! だいたいこんな酒場すら満足に開いていないド深夜にいったい何をデートするつもりだというのか!」


「ま、まあそうですよね」


 よく考えたら、そんなことができる人だったら、とっくの昔に結婚して子供もいますよね。それができないからついには犬まで飼い始めたわけで。


「――ところでハル、お前はなぜこの場に? ケルベロスのことを初めから知っていたわけでもあるまいし……もしかして――」


「ギクゥ」


 カレンさんの眼光が鋭くなり、今度は僕が古典さんになる番でした。


「いやあ、本当なんでこんなところにいるんですかね? 騎士隊舎も逆方向だというのにあははははということで一件落着ということで僕はこれにて失礼させていただきますでは!(シュバッ)」


「あっ!? 待たんか貴様あっ!? もしかしなくても、私を尾行したな! 待てこらハル~ッ!!」


「ガウッ~!!」


 こうして、置かれている状況はほんの少し違いつつも、僕とカレンさんの夜更けはいつものように終わりを告げるのでした。

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