8 風邪をひいて看病される女騎士がかわいすぎる件
王都の朝はとても冷えます。
もともと大陸でも北に位置している関係で、夏は比較的涼しくていいのですが、冬が近づくにつれ、その寒さは厳しさを増し、日によっては外の井戸水が凍りついて使えなくなることもあります。
ということで、騎士としてこの国に仕える身としては、もちろん、体調管理などにも気を配る必要があるわけなのですが――。
「う~……おはようございます~……」
朝日がまだ顔を出すか出さないかの早朝、僕は、いつものように地下にあるブラックホークの詰め所へと入りました。実はこの時間、深夜に任務を終え朝帰りを果たした騎士と早朝からの出動に備えて準備をする騎士とで、一番にぎわう時間だったりします。
他の部署では考えられませんが、逆に、日中は人が出払っていることが多く、留守番担当以外誰もいない、なんてこともあるのです。
僕は先輩騎士達に挨拶を一言二言交わしてから、カレンさんのいる隊長室に入ります。僕の現在の仕事は、基本的には事務方の仕事がメインです。出動命令の出された任務のとりまとめや、任務毎に派遣する人員の選定の補佐、任務の際に必要な備品の発注業務、帳簿管理etcetc……地味にやることが多いです。
これに騎士としての鍛錬があり、そしてさらには自分自身が任務に行ったり……ということが加わってきますから、必然、休む暇が一切なくなるわけです。
「おはようございます、隊長」
「…………」
隊長席にいるカレンさんへ挨拶する僕でしたが、カレンさんはぼーっとした様子で書類に目を落としており、僕に気付く素振りがありません。
「――あの、隊長?」
「……」
「えっと、隊長? ハルです、ただいま出勤いたしましたけど」
「! ん、あ、ああ。おはようハル」
「……?」
いつものカレンさんなら朝からしゃっきりとした顔で『遅いぞこの馬鹿者!』と僕にとってはありがたい言葉をかけてくれるのですが、今日はなんだか反応が薄いです。書類の山に目を通していますが、それに集中している、というわけでもなく、ただぼうっとしているように見受けられます。
「隊長、今日はなんだかお元気がないように見えますけど……大丈夫ですか?」
「ん? ああ、心配するな。朝から少し体がだるいぐらいだから――くしゅんっ」
女の子らしさ全開の、カレンさんの素のくしゃみ――とても可愛らしいのですけど、風邪を引いているということであれば心配です。
「ほら、やっぱり駄目ですよ。今日は僕がやっておきますから、カレンさんは家に帰って寝ていてください」
「……馬鹿者。大体、みんなが頑張っているときに私だけ休むなんてできるか。それに、慣れてきたとはいえ、まだまだ新人のお前に私の仕事ができるなんてうぬぼれるのもいい加減にしろ」
僕の言葉に首を振り、カレンさんは自らの愛剣を肩に掛け任務へ出発しようとしますが、
「そう、いいかげん、に――」
「!」
二、三歩ほど歩いたところで、そのまま力なくうつ伏せに倒れました。拍子に、荷物袋から飛び出した回復薬の瓶が大げさな音を出して中身を床にぶちまけます。
「隊長!」
すぐさまカレンさんに駆け寄った僕は、手早くカレンさんの鎧を外し、抱きかかえます。
「すごい熱……!」
カレンさんの体温が腕に触れた瞬間、すぐさま高熱であることがわかりました。
かなりひどい風邪で、おそらく四十度は軽く超えているはずです。この状態で普通に出勤できているのが不思議なレベルです。ここまでひどくなるということは、ずっと放置して仕事を続けていたのでしょう。
で、無理がたたって、ついに倒れてしまった、と。
「隊長、ちょっと失礼します」
苦しそうに呻くカレンさんの顔を見た瞬間、僕はカレンさんに魔法をかけました。
「! お前まさか睡眠魔法を――」
「無礼をお許しください、隊長。でも、こうでもしないとあなたは言うことを聞いてくれないから」
抵抗しようと体を捩るカレンさんですが、いくら隊長格といえど、病人です。
そんな状態の人にどうこうできるわけもなく。
「ハル……この、ば、か――」
この状態で、朝の王宮を出歩くのは非常に目立ちますが、場合が場合なので仕方ありません。
カレンさんにはしばらく『新人にお姫様だっこされた騎士隊長』として辱めを受けてもらいましょう。
「さて、と……今日は忙しくなるな――」
今しがたかけた僕の
カレンさんの一日を僕の独断でつぶしたので、その責任をとらなければなりません。
ということで――。
――ちょっと本気を出そうかな、と思います。
× × ×
その日の、夜。
仕事を終えた僕は、再びカレンさんの部屋へと入りました。鍵については勝手ながら、カレンさんの荷物から拝借しています。
「「クゥ~ン……」」
僕の姿を認めたペットのケルベロスが、不安そうに尻尾を垂らしてこちらへと近づいてきます。普段は部屋の中を荒らしまわって大変らしいですが、今日はさすがに様子の違いを察したのか、大人しく待っていてくれたようです。
「よしよし、いい子だ。大丈夫だよ。マドレーヌさんからもらった薬も効いているみたいだし。明日になれば、またいつもみたいに元気になるよ」
あの後、すぐにカレンさんを部屋のベッドまで運んだ僕は、すぐさまマドレーヌさんに事情を説明し、そのつてで医者の方に治療をお願いしました。
診察の結果は風邪、だったのですが、かなりこじらせていて肺炎になる一歩手前の状態だったようです。付き添っていたマドレーヌさんも『まったく、このこじらせ女は……』と、呆れていました。
とはいえ、結果的には大事には至らず、一週間も静養すれば元に戻るようです。
「ふう……よし、それじゃあやるぞっと」
お腹を空かせていたケルベロスに餌をやった後、僕はカレンさんの部屋を見回しました。
視界に広がったのは、散らかったゴミの山、山、山――。
キッチンに放置された食器類、空の缶詰、そして酒の空き瓶。
仕事が忙しく、ゴミ出しをする暇すらなかったのでしょう。部屋の中を、どんよりとした空気と饐えた匂いが充満していました。
ということで、まずはこれを何とかする作業に移ります。
「えっと、とりあえず先にゴミを分別して捨てて、それからあとで埃とかの掃除をしなきゃな……」
独身であれば普段の生活がおざなりになるのは仕方ありませんが――これではまるで中年男性のそれ。カレンさん、ちょっとこれはいくらなんでも残念過ぎますよ。こんなところに居たら、良くなるものも良くなりません。
明らかにゴミとわかるものを先に袋に放り込んでいきます。床に無造作にばら撒かれている書類等については、ひとまとめにしていったん机の上へ。
「えっと、これは……」
その中で、ふと、部屋の隅っこに打ち捨てられていた一冊の本に目が留まりました。『一輪の幸せ』と表紙に書かれています。
「ふむふむ……これは、恋愛小説かな」
ほんの少し頁をめくるだけで、わかりました。
王道の恋愛ものでした。とある国の王子と恋におちた村娘の少女の、叶う事のない一途過ぎる悲恋の物語。内容的には、年頃の女の子が好きそうなジャンルだと思います。
というか、よくよく見てみれば、兵法書などの仕事関係で使うような書物と紛れて、同様なものが本棚にも多くあるみたいでした。
それに、パンパンに詰められてる収納からはみ出している『とあるもの』も――。
「ぬいぐるみ……なんだ、カレンさんも意外に女の子らしい趣味もあるんじゃないか」
犬や猫などから始まり、かわいらしくデザインされたスライムなどの
少しつくりが甘いものもあるので、もしかしたら自作しているものもあるかもしれません。
「う、ううん……」
と、僕がカレンさんの新たな一面を発見したところで、タイミングがいいのか悪いのか、カレンさんの意識が戻ったようでした。
お宝探しはこれからだったいうのに――と言いたいところですが、それはまた今度の機会といたしましょう。
「隊長、ご気分はいかがですか?」
「? ハル……? おまえ……いや、それよりここは」
「ここは隊長のご自宅ですよ。勝手にお邪魔して申し訳ありませんが、状況が状況でしたので」
「私の……」
「「ガウッ!」」
「わっ、ちょ、ケルベロス……そんなに烈火のごとく顔を舐められたら呼吸ができなくなるじゃないか」
主人の目が覚ました瞬間、あらん限りに尻尾を振って嬉しさを表現するケルベロスを、困惑しつつも受け入れるカレンさん。顔の血色も戻ってきていますし、どうやら薬が効いてくれたみたいです。
「ハル、そう言えば、仕事は……? 今日の仕事はどうしたんだ?」
「ご心配なく。事情を隊の皆さんにお話しして、少しずつ分担していただきました。特に問題なく完了しましたよ」
はい、もちろんこれはウソです。隊長の仕事は全て僕が責任をもって完遂させていただきました。
一応、マドレーヌさんにもお願いして例外的にサポートをしてもらいましたが、ソロでの討伐が難しい魔獣以外は、ほぼすべて一人です。
僕が少し本気を出せばこんなもんです――といっても、正直言わせてもらえば大分きつかったですが、しかし、そこはカレンさんのため。
かなりの時間本気状態を維持することができたおかげで、自分の仕事含め、最後までやり遂げることができました。
「そうか、みんなが……。それに、私の部屋もすっきり片付いているし……まさか、お前がやってくれたのか?」
「はい。随分とため込んでいましたね。忙しくて暇がないのはわかりますけど、少しは片付けたほうがいいですよ?」
「ふん、新人のくせに一丁前に私にお説教か。本当に、お前は生意気なヤツ……」
と、ここで、カレンさんの顔が何かに気付いたように真顔になりました。
「あの、隊長? どうしました?」
「部屋きれい……整理整頓……ということは――」
視線を色々なところに彷徨わせた後、瞳を僕のほうへ向けたカレンさんが、一言、
「ハル、お前……見たか?」
と、つぶやいたのです。
「え?」
カレンさんの顔は、高熱にうなされていた以上に真っ赤になっていて、いまにも爆発しそうじゃないかと心配するほどでした。
見たのか、というのはおそらくクローゼットの中身、つまりはファンシーな縫いぐるみのことを言っているのでしょう。
というか、それぐらいしか目につくものはありませんでしたし。
「はい……まあ、多少ですけど」
「……あぅぅぅぅぅう」
僕の返答に、カレンさんは手で頬を覆い隠して足をじたばたとさせています。
部下には決して悟られぬようしていた趣味を暴露されてしまい、恥辱に身もだえるカレンさん。ああ、もう死ぬほどかわいいです。
「あ、でも、別に恥ずかしいことじゃ全然ないと思いますよ? 女性ですから、このぐらいのことあって当然ですよ。むしろ、あってほっとしたというか……」
「違う、違うんだハル。あれは私じゃなくて、アイツが――そう、マドレーヌの奴に『あんたも一応は大人の女なんだからいつでもOKなようにしておかなきゃ』ってそそのかされたから置いていただけで、私は決してそんなつもりじゃ――」
「え? 大人の女……って、あの縫いぐるみって、そんなに高価なものだったんですか? 結構チープなつくりだと思いましたけど」
「ほへ? ぬい、ぐるみ……?」
そこで、わたわたと弁解をしていたカレンさんの動きが固まりました。
僕の言葉に理解が追いついていないところを見ると、どうやら別の何かと勘違いしているみたいです。
「あ――」
そこで、察しのいい僕は感づいてしまいました。
マドレーヌさんがけしかけた、大人の女、いつでもOKなように衣装棚にしまっている――。
悪魔的な閃きに、僕の意地悪な部分がふと顔をのぞかせ、言います。
ここでとぼけたふりをするのはもったいなさすぎる――と。
「あの、隊長……ボクは収納の中のぬいぐるみのことを言っているんですけど……もしかして、別のモノのこと考えていませんか?」
やんわりとした追及に、カレンさんはギクリ、と全身を硬直させました。あまりの恥ずかしさに、頭のてっぺんから湯気がほかほかと出ているように見えます。
どうやら
「ねえ、隊長? 隊長はいったい、ナニを僕に見られてしまったと思ったんですか? よければ、隊長の口からお聞かせ願いたいんですけど」
「え、あ、いや、それは、その……」
「あ、そういえばぬいぐるみの他にあった気がするなあ。やけに派手なデザインの黒いレース状の布切れ――」
「う、うわあああああああ!? い、言うな、それ以上言うなああああああああ!!?」
あっと、種類も当たりでしたか。なんとまあ答え合わせのしやすい反応ですこと。
「斬るっ、今すぐお前を斬ってやるっ! 頭を真っ二つにかち割れば、いくら頭のいいお前でも記憶なんて吹っ飛ぶだろう!?」
「それ記憶どころか命の灯まで真っ二つにされちゃいますって!?」
「問答無用ッ! 死ねええええィァッ!!!」
それまで重病人だったとは思えぬほどの身のこなしで僕を真っ二つにしようとするカレンさんとの鬼ごっこは、この後の明け方、あまりの騒ぎっぷりに起こった別の住人の方の説教始まるまでの数時間ずっと続いたのでした。
ちなみにカレンさんの勝負下着は黒レースの他、もう一着、純白の紐パンもあるとのことでした(マドレーヌさん調べ)。
それを着用しているのを最初に見るのは、是非とも自分自身であってほしいと願う僕でした。
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