9 新人騎士への持ち物検査のはずが、いつの間にか官能小説朗読会となり、慌てふためく女騎士がかわいすぎる件


「ん……」


 自室の部屋に一つだけの窓から差し込む朝の光で、僕はゆっくりと体を起こしました。


「ふわあ~、なんだか久しぶりによく寝た気がするなぁ……いつもはこの時間職場だからなあ」


 実は今日、カレンさんから『本日は定時通りに来るように』とのお達しがあったからです。なんでも、隊の全てを統括する本隊から内部監査が入るとかで、任務などの出張以外で、あまり時間外に職場をうろうろするのはまずいとか。


 ということで、ちょっぴり罪悪感を感じつつも、しっかりと休養を取らせていただきました。


 こんな時間を過ごすのは、入隊していつぶりでしょう。ちょっと幸せ。


「さて、と。それじゃあそろそろ朝ご飯でも食べて――」


 というところで、玄関のドアがドンドンと激しくノックされる音が部屋に響きました。


「おい、ハル! 起きているな? 私だ」


「隊長?」


 まだ出勤まで余裕はあるはずですが……ともかくカレンさんからわざわざ訪問いただいので、急いで扉を開けて出迎えます。


「おはようございます、隊長。あの、まだ時間はあるかと思うんですが」


「ああ、そのことか。すまん、あの話はウソで、本日は抜き打ちの所持品検査だ。ということで、ちょっと失礼するぞ」


「え? そんなの初耳って、ちょ……」


 問答無用でするりと僕の横をすり抜けて部屋の中に入るカレンさんです。手に持っている麻袋はすでにパンパンで、おそらく僕の前にも、他の方の検査をし、そして没収したのでしょう。


 基本的に、騎士隊舎には、煙草やお酒、それから成人向けのエッチな書物にいたるまで、生活必需品以外の持ち込みは禁じられています。一応、仕事から帰ってきた際に、隊舎の出入り口で荷物チェックは毎回やるのですが、皆さんあの手この手で結局は嗜好品類を持ち込んでしまうのです。中にはチェック担当の人の弱みを握ったりして好き放題やっている人なんかも。


 多分、そういうこともあって、隊長直々に調査する、なんてことに踏み切ったのでしょう。


 当然、その問題については、僕とてもちろん例外ではないわけで――。


「ふ~ん、意外に片付いているじゃないか。見た感じ、本棚も魔法書とか、語学辞典のみ……」

 

 内心ひやひやの僕を尻目に、カレンさんはまるでガサ入れするかのごとく、部屋の隅々まで入念にチェックしていきます。

 

 カレンさんの口から『二重底なし……』だの『屋根、異常なし』などの呟きを聞くに、隊舎の皆さんとかなりの激闘を繰り広げたみたいです。


「……う~ん、特にめぼしいモノはない、かな」


 一通り調べ終えたカレンさんが、苦い顔をしつつ名簿欄にある僕の名前に〇を書きこみます。どうやら検査を無事切り抜けることが出来たようです。


 僕には酒もたばこもやりませんし、エッチな書物とかも、、はしていないので、当然といえば当然の結果なんですが。


「当たり前ですよ。隊長の教えを忠実に守る僕が、そんな違反をするなんてあるわけないじゃないですか」


「ほう、言うじゃないかハル。まあ、パッと見た感じ、問題がないように見えるが――」


 そこで、カレンさんの瞳がスッと細められ、一度チェックしたはずの本棚に向きました。


「そう見えるように、魔法で偽装しているのなら、話は別だ。なあ、ハルよ?」


「げっ……その手鏡はまさか……!」


 カレンさんの手には、青い淡光を放つ小さな鏡がいつの間にか収まっていました。


 あの鏡は、破魔の術式が施されている魔道具です。睡眠や毒、身体能力弱化などの魔法術式を打ち消すための目的に作られていて、魔法師や癒術師などの魔法職がほぼいないブラックホークでは必須です。といっても、これは簡易式のもので、使用は一回きり。呪術師が使う強力な【呪い】には対応できません。


 といっても、僕が本棚にあらかじめかけている偽装魔法を解くぐらいなら、造作もない話なのですけど。


「さて、ということでもう一度本棚を調べさせてもらうか。ほら、早くそこをどけ。それとも、洗いざらい白状して、私に没収させる決心でもついたか?」


「ぐぬぬぬ……」


 これは万事休すです。すでにカレンさんは、僕の背後に没収対象が隠匿されていることを確信しています。


「……わかりました、観念いたします。どうぞ、心ゆくまでお調べになってください」


「殊勝な心掛けだ。他の往生際の悪い奴らにも聞かせてやりたいところだな。違反してなければもっと良かったがな」

 

 一つ溜息をついたカレンさんが、偽装魔法の解かれた本来の書物の内容について検め始めました。


「うう、恥ずかしい……僕の秘密の書物をよりによって隊長に見られるなんて――」


 実は僕の部屋には、辞書や魔法書といった類のものは一切存在していません。内容はすべて完璧に頭に入っているので処分しているのです。


 わざわざ偽装してまで置いていた書物の数々。


 その正体は、カレンさんがこの後教えてくれるはずです。


 初めて卑猥な書物を見つけた時の慌てふためく純情な少女のように、真っ赤な顔して震えながら、ですけどね。


「お、おおおおおおお……おま、おまおまお前これ……」


「? どうしました隊長? 手が震えていますけど」


 カレンさんが手に持っているのは、辞書並みにぶ厚い一冊の小説でした。


 内容を白状しますと、まあ、大人向けの物語です。官能小説、と言った方が早いでしょうか。


 さて、さっきも言った通り、僕はエッチな書物を持ち込んだりしていない、といいました。そう、確かに僕はそのようなものを買ったことは一度もありません。持ち込みようがないわけです。


 ただ、持ち込んでいないだけで、と言ったことも、一度もありませんけどね。


「なぜか見覚えのある字が躍っていると思えば……それにお前、この話の内容、全部私が登場人物になっていないか!??」


「え? やだなあ、そんなわけないじゃないですか。例えば、そこの冒頭の書き出し、読んでみてくださいよ」


 さあ、予想通りカレンさんが罠にかかったところで、以下、その反応をお楽しみください。


 〇 〇 〇


『あっ、やあ……』


 夜の帳が降りた王宮内を、艶やかな女の喘ぎ声が静かに震わせていた。

 女の白い雪肌は、すでに湯気が上がるほど桃色に上気し、背中に覆いかぶさっている一人の男が責め立てるたび、その細腰を痙攣させていた。


『ふふ、すごいですね隊長。ちょっと指を入れただけなのに、もうこんなにして……』


『い、言うなバカぁッ……』


『あれ? いつもの威勢はどうしたんですか? 女性ながら百人を超える騎士団を束ねる隊長様が――


 〇 〇 〇 


「ほ、ほらぁっ! これどう考えても私じゃないかっ!? 女性ながら、とか、騎士隊長とか」


「違いますって。ちょっとこうオマージュというかリスペクトというかしてるだけで、実際の団体とは関係ありませんって。ささ、早く続きを読んでください」


 ちなみ、なぜこんなことをしているかというと、個人の財産を没収する際は、きちんと報告書に『どういった理由で処分したか』を明記する必要があります。こういった小説なら『●●ページの〇行めの【◇△】という記述が不適切で云々~』という感じですね。お役所仕事ですから、『エロいから×』という大雑把な仕事はダメなわけです。


 ということで、今、カレンさんにそれを説明してもらっているわけです。


 あ、一つ言っておきますが、決して、官能小説を読ませてその反応を楽しんでいる、なんてことはありませんのであしからず。


 ――あしからず。ふふ。


「う、うぅぅ……」


 僕の弁明に反論できなくなったカレンさんは再び目を僕の自作小説に目を落とし、ぼそぼそと朗読を再開します――


 〇 〇 〇


『ひゃうんッ!!?』


 男が女のサーモンピンクの湿潤に、人差し指と中指を滑り込ませた瞬間、騎士の女が一際大きな声を上げる。普段の、人を蔑むような低い声とは打って変わった反応に、男の体が一瞬、強張った。


『ダメじゃないですか隊長、そんな声を上げたら城の皆さんにばれてしまいますよ? 凛々しい凛々しい【鬼姫】様とあろうものが、まだ隊に入ったばかりの新人騎士の僕に――


 〇 〇 〇


「で、相手の男はどう考えてもお前だ! 何を考えて生活しているんだこの変態ッ!?」


「だから、その男も非実在ですって。僕も小説を書くのはあくまで素人なんですから、どうしても舞台が似通ってしまうんですよ。ほら、あんまりこう頻繁に読みを中断してツッコミを入れていると日が暮れちゃいますよ?」


「むぐぐぐ……お前楽しんでいるな……絶対そうだろうっ……!」


 はい。もちろん楽しんでいますが、何か?


 〇 〇 〇


 男の呼吸が激しくなるにつれ、次第に腰の打ち付けも勢いを増し、荒々しさを増してくる。


 普段は穏やかな顔で大人しいはずの新人騎士の瞳の奥に、今は獣のごとき荒々しい光が佇んでいた。


『はぁ、はぁ……どうですか僕の【コレ】は……少なくとも、隊長が夜の隊舎でこっそり入れている剣の柄よりずっといいでしょう?』


『なあっ……!? お前どうしてそれを……』


『隊長のことはなんでも知っていますよ、なあんでもね。っ……はは、隊長のそんな顔見たら、僕、すごく興奮してきちゃいました』


『あっ、また中で大きくっ……?! だ、ダメだ。今日は……今日だけは』


 力なく女が抵抗を見せるが、すでにがっちりと腰を掴まれているこの状況ではどうすることもなく――。


『うくっ……いきますよ、カレンさん。僕の思いを、しっかりと中で受け取ってください!』


『あ、やめっ、やめてくれハルウウウウッ!?』


 〇 〇 〇


「出ちゃったよ!! カレンって私の名前出ちゃってるよ! 相手もやっぱりお前だし! それと言っておくが、私は毎晩自分の愛剣で慰めたりとか、そんな破廉恥なことは断じてやってないからなッ!?」


 あ、いけない。多分、書いているときについ筆がのっていきなり登場人物の名前を出したの忘れてました。あくまで自分が楽しむ用の自作の小説ですから、まあありがちな失敗ですよね。


「もういい! 没収だ! 全部没収!!」


「え、そんな。それなら、他の自作小説についても、どこのどの部分がダメなのか読み合わせてくれないと――ぶげっ!?」


 と、ここでカレンさんからのありがたいみね打ちが、僕の鳩尾を綺麗に捉えました。どうやらここらが限界だったようです。


「うるさいうるさいうるさぁあああい! 全部だ! 全部ダメッ! 卑猥すぎるからすべてこちらで回収の後、焼却処分するからな! 以上!!」


「えっと、あの隊長待って……」


 恥辱と怒りが同居したような表情で、カレンさんが僕の本を片っ端から袋に詰め込んでいき、そしてそのまま僕を無視するようにして、部屋からあっという間に去って行ってしまいました。


「……行っちゃった。でも、まあいいか。これはこれで楽しめたし」


 今までの休日のほぼすべてをつぎ込んだ努力の結晶が煤となるのは寂しいですが、しかし、カレンさんのあれだけ慌てふためく姿を見れたのですから、その対価としては十分すぎるでしょう。


 それに、それに紙とペンさえあれば、また書くことはできますしね。


 今度は堂々とカレンさんと僕を主人公にした物語を書こう――そう決意を新たにした僕だったのでした。


 あ、もちろん、今度はなるべく卑猥なものは無しの方向で。

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