5 後ろ姿で語る女騎士がかわいすぎる件


 僕が第二分隊で仕事をするようになってから、カレンさんは露骨に僕に対してツンツンとした態度をみせていました。


「……」


「……」


 いつ家族ができてもいいように、ということで購入した大きめのテーブル。向かい合うように座った僕とカレンさんの間ですが、朝の食事になると、大抵、こんなふうに無口となるのです。


 僕としては、もっともっとカレンさんといっぱいお話したいところなんですが。


「ねえ、カレンさん」


「……なんだ」


「エッチしましょう?」


「ブウゥゥゥゥゥゥゥゥウッッ!!!???」


 久しぶりにぶっこんでみましたが、やはり、こうかはばつぐんのようです。


 噴出したミルクが、朝の陽光を浴びて綺麗な虹を描いています。カレンさんのものなので、ばっちくなんてありませんよ。いいですね?


「そんなに驚かなくてもいいのに」


「ば、ばかっ! これから仕事だというのに、お前はいきなり何を言い出すんだ。盛りのついた猿かっ!」


「だって、もうお預けされてから一日と十四時間も経つんですよ? むしろよく我慢したね、と褒めてほしいくらいですよお」


「二日と我慢できないやつを褒めたりするかっ。そんなに欲求不満なら、一人で処理したらいいだろう?」


「わかりました。ではカレンさんの名前を切ない声で呼びながら――」


「い、今ここでおっぱじめるヤツがあるかっ!? 一人の時にしろっ!」


 恋人同士でやることは大抵済ませている僕とカレンさんですが、二回、三回と経験しても、毎回のように、カレンさんは初々しさ満点の反応を見せてくれるのがうれしいです。


 で、なんだかんだ言いながらも、それをちゃんと受け入れてくれるところも。


 ここで土下座する勢いでカレンさんに頼み込めば、たとえ今でなくても『よ、夜ならいい……(赤面)』とOKしてくれることがほとんどです。かわいい。


 口ではいやいや言いながらも、カレンさんだって、遅ればせながらようやく大人の世界に目覚めたばかり。


 なので、僕ともっとエッチなことをしたいはずなのです。


 ですが、今はちょっとばかり、カレンさんが素直に『うん』と言ってくれない事情がありました。


「あ、あの……おはようございます。カナメです。む、迎えにきましたよ」


「ありゃ……」


 タイミング悪く、部屋のドアをノックしたのはカナメさん。僕たちを微妙な空気にしている元凶のうち、もっとも大きなものの一つでした。


「……早く出てやれ。無視して、また玄関前で泣かれてゲロを吐かれてもかなわんからな」


「はい……ああ、ちょっと待ってくださいね隊長。今、開けますから」


 むすっとした顔のカレンさんに気をとられつつドアを開けると、今にも吐きそうな青い顔のカナメさんが立っていました。


「おはよう、ございます……」


「別に迎えにこなくてもいいんですけど……」


「え、無理無理無理……あんなところ一人で出勤なんて、バケツがいくらあっても足りないんですけど」


「カナメさんもその中の一人にもう含まれているんだけどなあ……」


 ねえ、と同意を求めてカレンさんのほうへ顔を向けますが、そのカレンさんは、背中を向けて食器の後片付けを始めていました。


 その仕事、普段やってるの僕なんですけど。


 カナメさんのメンタルが安定するまで、僕は直近の部下として、カレンさんは同じ分隊長として相談に乗って欲しい、とエルルカ様より事前にお願いされています。


 ですが、目も合わせないということは、よっぽど話したくないのでしょう。


「困ったなあ、もう……」


「? ハル君……?」


 基本、僕の中の優先順位は、『カレンさん>>>>>>(越えられない壁)>>>>>その他』で揺るぎありません。しかし、こうも子犬みたいなつぶらな瞳で縋りつかれると、良心が痛んで、どうにも放っておくことができません。


「カレンさん、今日は僕が先に出るので、戸締りだけお願いできますか?」


「……ああ。行ってらっしゃい」


 こちらを一切見ることなく、僕から投げ渡された鍵を受け取ったカレンさんが言いました。


 久々にいじっていい雰囲気になりかけたところで、また、振り出し。と本来ならなってしまうわけですが、


「あの、カレンさん」


「……まだ何か?」


「好きです。愛してます」


「んぐっ……!?」

 

 カレンさんは相変わらずそっぽを向いたままでしたが、後ろ姿でも明らかに動揺しているのがわかりました。


 カレンさんの肌はとても白いので、ちょっとでも赤くなればすぐにわかります。


 今は、うなじの下まで真っ赤です。


「お、お前な……人前でそういうこと言うなって」


「そうでしたね。でも、つい言いたくなっちゃって」


「……ばか」


「えへへ、そうですね。では行ってきます。さあ、カナメ隊長も」


「え? あ、はい……」


 そうして、僕はカナメさんをせかして、自宅を後にしました。


 カレンさんの反応を待つ必要はありません。僕たちが出て一人になった後で、カレンさんがどういう反応をしているのか思いを巡らせるのも、また僕の生きがいだったりするのです。


 そうして僕は、いつも思うわけです。ああ、今日もやっぱりカレンさんはかわいいなあ、と。


 カナメさんの存在は厄介ではありますが、上手く使えば、マンネリ化を防ぐスパイスになってくれるわけです。


「……はあ」


「あれ? 隊長、さっきより多少顔色がよくなってますね?」


「え? ああ、いや……朝っぱらからとても尊いなあ、と。ネタになったというか……」


「ネタ……ほかの人に話すのにいい話題が出来たとか、ですか?」


「えっ? あ、ああ、そんな感じですね」


 なにやら引っ掛かる話しかたをするカナメさんですが、まあ、今はそんなこと気にしてもしょうがないでしょう。


 今日の夜のことを考えながら、僕は軽い足取りで出勤したのでした。


 カレンさん、僕の前でだけは相変わらずちょろい。

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