6 もう正体すら隠す気がなくなった女騎士がかわいすぎる件


 さて、カレンさんとのイチャイチャはさておいて、仕事は仕事で頑張らなければいけません。


 僕はもう、これまでのヒラの隊員ではなく、副隊長になりました。隊長をサポートして、部下をまとめるのが役割。ですから、今まで以上に気を引き締めなければなりません。


「おはよ~ハル……副隊長の仕事のほうはどう?」


 今日は各分隊の副隊長が集まる会議の日。遅刻してはいけないと早めに会議室で待っていた僕の背中に、時間ぎりぎりに部屋に入ってきたマドレーヌさんが覆いかぶさってきました。


「そういうマドレーヌさんはだいぶお疲れみたいですね……」


「そうなの、そうなのよ……もう、ハルがいなくなってから、皆『ハルのところに異動させろ』ってうるさくて……全部、自力で黙らせてはいるけど」


「あはは……申し訳ないです」


 その光景が簡単に脳裏に浮かぶようでした。元から騎士団に所属していた人たちならともかく、スカウトされて加入した面々、例えばアンリさんやナツ、エナなんかがそうですが、彼女たちは僕を慕って加入しているので、もしできるのならそうしたいのは山々なのでしょう。


 実際、小隊を組んで任務に行くときなんかは、その三人と組まされることが多かったです。僕の言うことなら、大抵のことは聞いてくれましたし。


 そんな三人を自力で黙らせるという芸当は、多分マドレーヌさんぐらいにしかできないでしょう。


 本当に、カレンさんはいい親友を持ったと思います。


「あ、そうだ。お疲れのところ申し訳ないんですけど、仕事の話で、ご相談があるんですが」


「ん、いいよ。他の副隊長やつらはともかく、ハルは私にとっても特別だからね。お姉さんがえこひいきしてあげる」


 そして、それは僕にとってもです。


 僕も、本当にいいお姉さん的存在を得たと思います。


「ありがとうございます。あの、実は明後日に、ちょっと大きめの魔獣……多分ドラゴンあたりかと思うんですけど、その群れを退治しなきゃいけないんです。それで、第四分隊から、比較的に暇な方を何人かお借りしたくて」


 ブラックホークに暇な人なんか誰もいない。それは、元所属の僕が誰よりも知っています。

 

 比較的おひまな人とは、多少強引に仕事をねじ込んでも平気な人を指しているわけです。つまりは、わりかし頑丈で、身体的にも精神的にも強い人。


 レッドイーグルも強い人はいるにはいるのですが、ブラックホークほどバカみたいに経験を積んでいる隊員が、客観的に見て少ないのです。隊長のカナメさんもそうですし。


「ふむ、数人ね……まあ、ナツとかエナだったら、ハルが頼めば尻尾振ってついてくんだろうけど、あの二人って何気にウチの主力だからね。直近も仕事びっしりだし」


 ナツについては、王都に残った帝国幹部、『教授プロフェッサー』のライトナさんのおかげもあり、能力を安定して使いこなせるようになっていますし、エナは元からの天性の才能もあって、ぐんぐん実力を伸ばしています。


 なので、二人を引っ張ってくるつもりはありません。今だって不平不満を言わず(表面上は)頑張ってくれているので、これ以上は僕のわがままになってしまいます。


「そうね……あ、じゃあ、一人だけ何とかなりそうなのを思いついたから、それを融通してあげる」


「え、一人ですか?」


「心配しないで、実力は確かだから。精神的にも肉体的にも充実してて、多少仕事をねじ込んでもまったく問題ない……ハルのお望み通りの人材が……へへ」


 そう言って、マドレーヌさんがまた悪い顔をしておられます。

 

 う~ん、この時点で誰が貸し出されるのかはわかったも同然ですが、その時まで突っ込むのは我慢しておきましょう。


 さて、カ……じゃない、謎の助っ人さんですが、今度はどんな変装を見せてくれるのでしょうか。


 ×××


 そして明後日。


 予定通り、カナメさんと僕、第二分隊の数名と、そして第四分隊からの『助っ人』を一人加えたパーティは、遠征先へと向かう馬車の中にいました。


 目的地は、王都と西の大陸である『連邦』の境にある鉱山都市。そこを新しいねぐらにしてしまったドラゴンやら魔獣の群れを追い払う任務。


 なかなかに危険度の高い仕事です。


「なあ、副隊長。ちょっと聞きたいんだけどさ……」


「え? なに?」


 そう耳打ちしてきたのは、第二分隊の隊員、つまりは僕の部下であるタック君。


 少しばかりとがった耳が特徴の少年で、僕よりも二つほど年上で、弓の扱いに長けている騎士です。連邦出身の半森人ハーフエルフさん。歳が近いのもあって、気をつかってよく話しかけてきてくれるのです。いいひと。


「いや、第四から応援が一人くるのは聞いてけど……なあ、あの人って」


 タック君がちらちらと様子を伺っているのは、カナメさんの隣にどっかと座り込んで、鋭い眼光で、第二分隊の皆を怯えさせている女騎士さんでした。


「え? どこからどう見ても、ブラックホークからきた普通の『隊員』さんじゃないですか。ねえ助っ人さん?」


「副隊長の言う通りだ。私は通りすがりの助っ人A……なので、目的地までは皆いつも通りリラックスして」


「あの……カレン隊長ですよね?」


「違う、助っ人Aだ。第四分隊からきた通りすがりの……おっと、いけない。変装用の赤いマスクが」


「隠す気すらないよ、この人……」


 急に用意できなかったのか、サイズの合わないマスクがポロリと落ちて、カナメさんにあっさりとその綺麗な素顔をさらしてしまいました。


 というか、元から正体を隠す気なかったようです。いつぞやみたいに全身甲冑で隙間から息を『コホーコホー』しているカレンさんが見たかった僕としては、ちょっと残念でした。


「なんで分隊長が融通されてくるんだよ……副隊長の元所属って、働きすぎで頭のネジ外れてんじゃないの?」


「でも、予定が合うのがこの人だけだったし」


 実のところカレンさんも仕事の予定は埋まっていたのですが、マドレーヌさんから助っ人の話を聞いたとたん、前倒しで仕事を即片付けて、予定を無理矢理あけてくれたのでした。


 久しぶりに僕と組んでの仕事ということで、心なしか、いつも以上にカレンさんのやる気がみなぎっているようでした。もちろん、僕も同じ気持ちです。


 このバカップル、というタック君のぼやきも全然気になりません。


「安心しろ、カナメ。今日の私はあくまでサポート役……新隊長としての仕事ぶりを後方からじっくり観察させてもらうぞ。じっ、くり、とな?」


「ひいいっ……う、恨みますよハルくん……」


 カナメさんのジト目をおすまし顔で受け流した僕は、タック君とともにこの後の段取りを確認し始めました。


 最近ずっと僕に頼りきりのカナメさん……ですが、ここらで本当の実力を見極めておかなければいけませんし。

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