16 なかなかその手を離さない女騎士がかわいすぎる件


【帝国】については、僕自身も知っていることは多くはありません。


 騎士学校時代に、教養としてほんの少しだけ学んだことがある――ぐらいの記憶です。北の大陸【王都】よりも倍近い領土を持つ東の大陸をたった一国でおさめていること、そして、それは武力によるもののであること。


 最後に、僕達のいる北の【王都】や、もう一つの大国である西の【連邦】と一切の国交がないこと――この三つぐらいです。


「あの徽章が帝国のものということは――」


「ああ。あのネヴァンという女は、奴隷商人ではなく、帝国の騎士団員ということになるな」


 体つきを見る限りは、カレンさんのようなガチガチの騎士というわけではなさそうなので、となると魔術師の類か何かということになります。


「え、ちょっと待ってよ。アイツが奴隷商人じゃないっていうんなら――」


 僕らの会話を聞いたエナが、とあることに気付いたのか顔を青くしています。


 ネヴァンが奴隷商人ではないとしたら、その彼女が最近になって多く運んできた奴隷たちは一体何者なのだ、と。


「おそらく、ネヴァンの手下――帝国兵達で間違いないだろうな。やけにお前たちに従順なのも、『そういうふうに演じろ』と命令が出ているからだろうな」


 カレンさんが言うことに間違いがないのなら、エナの感じていた違和についてもある程度の説明がつきそうです。


「でも、どうして帝国はそんな真似を? リーリャに取り入って帝国兵を奴隷として差し出してまで――そこまでここと仲良くしたいメリットがあるとは……」


「いや、ある。多分奴らは、この共和国の民のもつ体質に目を付けたのだろうな。さっきも言った通り、帝国は軍事国家だ。ここの少女達の能力に興味を持っても不思議ではない」


 この国で生まれ育った少女達のほぼすべてに発現するという獣をも凌駕するほどの身体能力――王都こちらの考えで言えば、僕やカレンさんを派遣することで彼女達に組織的な戦い方を教えて『彼女達を騎士団として強くする』ことが目的でしたが――帝国が同じように考えている線は薄いでしょう。


 ただ、嫌な予感がするのだけは、確かです。


「マズイじゃんそんなの……やっぱり姫様のところに行ってネヴァンの正体のことをすぐ伝えないと……!」


 僕とカレンさんのやり取りを一通り聞いたエナが、踵を返して急いでリーリャのもとへ戻ろうとしますが、彼女の腕を掴んだゼナがそれを制しました。


「……待って」


「止めないでよ、ゼナ! 早く行かなきゃリーリャ様が……姫様が」


「……落ち着いて。多分、今何かやっても無駄だから」


 同意を求めるように、ゼナの瞳が僕に向きました。


「彼女の言う通りだよ、エナ。今のリーリャに言っても聞く耳を持ってくれないだろうし、ネヴァンにも僕達が彼女の正体に気付いたことがわかってしまうから、もどかしいと思うけど、今は待とう」


「……隊長が、そう言うなら」


 そこでようやくエナが落ち着きを取り戻し、強張った体から力が抜けていきました。


 しかし、かと言ってのんびりと構えていてもいけませんから、何らかの手を打たなくてはならないのは確かです。


「とりあえず私は急ぎ王都に戻って、このことを姫様に報告する。使いもすぐに出すから、それまではネヴァンの動きを注意していてくれ」


「それじゃあ、もしその前に何かが起こったとしたら――」


 僕の言葉に、カレンさんは僕の肩をがっちりと掴みました。


「その時は、ハル。お前に任せる。今、ここの指揮官はお前だからな」


 やれるな? という目で見つめるカレンさんに、僕は、


「――はい」


 と力強く頷きました。


 頼りないかもしれませんが、僕だって一人の騎士であり、そして大切な彼女をもつ一人の男です。


 たまには、カレンさんに格好をつけなければいけません。


「うん、いい返事だ。初めは私も反対だったが、ここに来れてよかったのかもしれないな」


 カレンさんが満足そうな表情を浮かべると同時に、迎えの船がカレンさんを急かすようにして出発の警笛を鳴らしました。


 ひとまず、カレンさんとは一旦ここでまた離れ離れとなります。


「それじゃあな、ハル。幸運を祈る」


「はい、カレンさん。カレンさんこそ、次来るときはちゃんとマドレーヌさんを説得してくださいね?」


「うっ……努力するよ」


 多分無理でしょう。マドレーヌさん、僕には大甘ですがカレンさんには激辛ですし。『休暇……』『死ね』で会話打ち切りです。


「さて、と。別れの挨拶も済んだところですし――そろそろ僕もエナ達と集落の方に戻りますね」


「ん? あ、ああ気を付けて帰れよ」


「はい、そうですね。気を付けて帰ります。ということで――」


 僕は、そのまま視線を落として、カレンさんがいつまでも離さない僕の手首を見つめました。


「いい加減、離してくれませんか? ほら、迎えの船の方も若干、イラつき始めてますよ?」


「なら、お前のほうから振りほどけばいいじゃないか。私はそんなに力はいれていないぞ」


 しかし、僕はそれを無言かつ笑顔でスルーしました。

 

 その手を離さないといけない――だけど、実は僕のことが心配で心配で仕方ないカレンさんは僕と手をつないだまま離さない、いや、むしろこのまま一緒に王都に連れ帰ってしまいたいと考えているかもしれません。

 

 僕の知っているカレンさんはそう言う人です。そして、僕は、そんなカレンさんを眺めるのが大好きなのです。


 はい、そうです。僕は変態です。それが何か?


「ほら、早くその手を放してください。さあ、さあ!」


「むぅ……むぐぐぐぐ……」


 カレンさんが徐々に握る力を緩めていきます。手を引けば簡単に振り払えますが、そうはしません。


「なにやってんの、アンタら……」


「……バカップル」


 僕を待つエナとゼナの二人が呆れた様子でそれを眺めています。多分、ドン引きです。


「むぐぐぐぐぅ~……むんっ!」


「わぷっ」


 手が離れた、と思ったら抱き着かれました。いやいや、悪化してるがな。


「やっぱり心配! 無理! ハルは連れて帰る! ずっと私の側に置いておく! 文句あるか!?」


「えっと、大ありですが……」


 結局この後、エナとゼナも交えてカレンさんを説得にするのに十分は要しました。


 なんともしまらない別れでしたが――しかし逆にいつも通りで余計な緊張なくやっていけるでしょう。


 カレンさん成分をしっかりと補給した僕は、こうして次なる戦いへと身を投じていく決心をつけたのでした。

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