15 おばさんと呼ばれてやっぱり憤怒する女騎士がかわいすぎる件
「……ネヴァン――アイツはどうにも信用できないんだ」
カレンさんを見送るべく港へと向かう道すがら、僕らと行動をともにするエナが、ふと、そうこぼしました。
「アイツがこの国やってきたのは、ちょうど一年ぐらい前――リーリャ様がちょうどこの国のアタマになった時だった。『奴隷が欲しいのなら、いくらでも持ってきてあげます』――って」
そこまでなら特におかしいところは――あの化粧以外はもちろん除いてですが――彼女とて商人であることに変わりはないため、飯のタネになりそうなネタがあれば世界中どこでも探して、そして飛んでいくでしょう。
共和国については生まれてくる子供が必ず女の子である関係上、どうしても男性の需要がなくなることはありません。常に安定した売り上げが見込めるとあれば、行かない手はありませんから。
「それを差し引いても、不審すぎる点がある――ってこと?」
「ん……」
エナのかわりに僕の問いに頷いたゼナが、口を開きます。
「私たちは『種』になってくれる男の人を買う……だけど、男であればいいってわけじゃない」
それは当然でしょう。子供を産む以上は、『健康的で比較的若い男性』であることを彼女達は求めます。子供すぎてはダメだし、年寄り過ぎてもいけません。病気持ちも×。
そして条件が付けば、それだけ足元を見られるということです。
払うお金も相当のものでしょう。
「それまでは、奴隷を買うお金を用意するのが精一杯……でもリーリャ様のところに来たネヴァンはこう言った――『お金なんかいらない』って」
「じゃあ、この前運ばれてきた人らも――」
「当然、タダ。しかもリーリャ様への貢物まである」
それがおそらく祠の入り口や彼女の部屋に散らばっていた宝石類などなのでしょう。その価値を当人が本当に理解しているかは別ですが。
「リーリャはそのことを不思議に思わなかったの? 金を稼ぐことを生業にしている商人が、それと全く逆のことをすることに関して」
「それぐらいバカの私でもわかるから、姫様にはそれとなくおかしいって言ったんだけどね。なんか裏があるって。でも『ネヴァンは妾の信奉者じゃから、おかしいことなんか何一つない』って聞く耳を持ってくれなくて」
「その点についてはあのネヴァンとかいう厚化粧女も抜かりはなかった、ということだろう。貢物と舌先三寸であの小童をすっかりと信用させ、本来信頼すべき者達の言葉を遠ざける――商人というか、まるで詐欺師だな」
カレンさんの言葉に、僕ら三人は一様に同意するしかありませんでした。
たとえ、それが取り返しのつかないことになったとしても。
「あ、それともう一つ……いや、これは、私が単純にそう思ってるだけかもしれないんだけど」
「言ってみて、エナ。君は勘がいいし、それに、何でもいいから情報が欲しいから」
戸惑いながら、エナは彼女自身がそれまで感じていたとある疑問を僕に打ち明けました。
「その……アイツがもってくる奴隷って不気味なんだ。姫様が頭になってからの私たちって、結構奴隷に対して酷い扱いをしてたから、そんなことしたら普通は嫌がったりとか、痛がったりとか、耐えられなくて逃げ出しちゃったりする。でも――」
「従順で抵抗しない、逃げ出しもしない、たまに痛がったりはしてくれるけど、とそう言いたいわけか?」
「えっ……うん、まあそんなところ。ってか、すごいねおばさん。どうしてわかっちゃったの? 占い師かなにか?」
「『おばさん』じゃない! 『お姉さん』だ! いつも言ってるだろうが! いい加減にしろ!」
「は? おばさんでしょ?」
「むきーっ!!」
「もう、何回やるんですかそのやり取り……」
取っ組みあいになろうとするカレンさんを僕が、受けて立とうとするエナをゼナがそれぞれ互いを引きはがします。顔を合わせるたびにやらないと気が済まないんでしょうかこの二人は。
「ところで、カレンさんは僕に聞きたいことがあるんじゃないんですか? 港はもうすぐそこですし、周りには誰もいないですから」
「む――うん、そうだったな。というか、それが何よりも重要だしな。命拾いしたな、小娘。私のハルのおかげで大分寿命が延びたぞ、感謝しろ」
「命拾いしたのはそっちでしょ? この前は隊長が邪魔したせいでアレだったけど、力比べでは負けてないし。ってか勝つし」
「なにおう!」
「なによ!」
「――いい加減にしないと僕本当に怒りますよ?」
若干キレ気味に魔眼を発動させた僕を見、カレンさんとエナが一瞬にして黙り込みました。今なら何だかアンリさん仕様のモノだって使えちゃいそうです。
「……と、いうことでハル。ネヴァンの首元に徽章がついていた、と言っていたが、どんなものだったか説明できるか?」
「ええもちろん。細かいところまでは無理ですけど、黒色の『+』と、白色の『×』を重ね合わせたようなものでした。縁は――金色だったかな?」
「! ふむ、ということは、やはり姫様の見立ては正しかった――そういうことか」
僕の答えに少しだけ驚いた反応を見せたカレンさんでしたが、予想とは違う反応が返ってきました。
まるでこうなることを予め想定していたかのような――。
「ちょっとおばさ……って痛い!? お尻つねないでよゼナ!」
「……カレンさん、だよ。エナ」
「んもうわかったようるさいな……カレン、さんッ! これでいいでしょ!?」
「随分やけくそだな……まあいいだろう。お前たちにも教えてやる」
こほん、と一つ咳払いをしてから、カレンさんがゆっくりと口を開きました。
「ハルの言っていた徽章――それはある国の近衛騎士団が掲げている『印』だよ」
声音をさらに抑えながら、カレンさんは続けました。
「その国とは【帝国】――北の大陸に位置する私たちの【王都】に匹敵する、大陸の東の広範囲を支配する軍事国家だ」
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