13 僕のピンチに鬼神の如き強さで駆けつける女騎士がかわいすぎる件


 さて、ポンコツ状態だったカレンさんを元に戻した後も、研修の日程はまだ半ばというところ。決まりなので、あと半月ほどはホワイトクロスでお世話にならなければなりません。

 

 その後のカレンさんは、よっぽど僕のが効いたのでしょう——あれ以来、マルベリからのSOSは一切ありません。


 音沙汰がない、ということは問題がないという事でしょう。便りがないのはいい便り、というやつです。


「――よし、僕もカレンさんに負けないよう頑張らないと」


 ふん、と一息いれて元気を出してからホワイトクロスの詰め所へと向かった僕でしたが、部屋に入った途端、そこには、いつもとは違う張りつめた空気が漂っていました。


「サクミカ副長、おはようございます」


「おはようございます、ハル君。昨日はよく眠れましたか?」


 温和な表情を浮かべるサクミカさんの様子はいつも通りです。緊張した様子はありません。


「おかげさまで。それより副長、今から何かあったりするんですか? みんななんだかピリピリしているように見えるんですけど」


「ああ——実はこれから、廃墟となった南の砦をアジトにしている盗賊団の掃討作戦を予定しているんですよ。それでみんなこんな風に緊張していて」


「盗賊……?」


 彼女の話に、僕はよりいっそう首を傾げたくなりました。


 盗賊団の掃討ということで、おそらく戦闘は避けられないとは思いますが、それでも盗賊は盗賊です。騎士である僕達とは、力の差は歴然です。ホワイトクロスで一挙にかかればおそらくものの数十分で制圧が完了するでしょう。


 それは全員の共通認識のはずなのに、なぜこれほどまでに難しい顔をしているのでしょうか。


「それについては私から詳しく説明をするとしようか、ハル君」


「――総隊長。それから……」


 背後から声をかけられ振り向くと、そこには総隊長と、そして――


「姫様?」


 なんと、この国の国王の娘であるエルルカ様がいました。会議の時に装着していた同様の鎧に、今は総指揮官であることを示す外套を羽織っていました。こちらも鎧同様、物理・魔法両方にガチガチの耐性を誇る術式が重ねられています。


「ごきげんよう、ハル様。お会いできてとっても嬉しいですわ」


「どうしてエルルカ様まで……王族の方が出張ってくるだなんて、いったいどういうことなんです?」


「――【はぐれ者】だよ、ハル君」


 その疑問に答えたのは、総隊長でした。


 はぐれ者、というのは、僕達騎士の間の用語になるのですが、以前、近衛騎士団に所属をしていたけれど、何らかの理由で除隊や免職となり、その後、傭兵稼業に身をやつした騎士達のことで、その中でも、金さえ積めばどんな依頼でも引き受けるような人たちのことを揶揄する言葉でした。


「偵察に出した草からの情報でな。今回標的となった盗賊には、その者達がかなりの数いるらしい」


 盗賊ならまだしも、騎士と——それも一人や二人ではなく、おそらく数人の隊で構成された部隊。傭兵なのでおそらくかなり場慣れもしているでしょう。


 そうなれば、こちら側に被害が出ることも当然考えられるわけです。


「元騎士団とはいえ、今はただのゴロツキでしかない者どもに現役の騎士団が負ける——もしそうなれば、王国にとっては耐えがたい屈辱だ。ということで——」


「私を総指揮官とした近衛騎士団本隊も入れて、これにあたることになったのですわ。お父様は『あぴーる』だなんだと言っていましたけど……」


 姫様のお父様――つまりはこの国の王様ですが、おそらく今回の戦闘で、今後騎士団のトップに座るだろうエルルカ様率いる僕達騎士団の力を他国に誇示するつもりなのでしょう。


 騎士団の力が政治に使われるというのは、よくあることです。


「あの……ハル様ももちろん参加していただけますよね? 私も、このような大規模な作戦の指揮を執るのは初めてですので……できればハル様に隣にいてもらって、私のお手伝いをしてほしいのです」


「もちろんですよ、姫様。僕でよければ、なんでも言ってください」


「まあっ……! なんでも、だなんて。ハル様いけませんわ、いきなりそんなこと言われてもまだ心の準備とか式の準備がまだ……」


 僕の快い返答に、姫様は何か盛大に勘違いをされているようでした。一体、何の式を執り行うつもりなのでしょう?


「……姫様、そろそろ出撃のお時間です。お気持ちはわかりますが、お戯れはほとほどにしておいた方がよろしいかと」


「っと……そうですわね。ごめんなさい、ガーレス」

 

 嗜めるようにしてそっと耳打ちした総隊長に、姫様がはっと我に返りました。


「出撃の合図をお願いします、姫様」


 総隊長の指示に頷いたエルルカ様は、すぐさま隊員達のほうへと向きなおり、腰にさげていた姫様専用装備である細剣レイピアを天高く掲げました。


「それでは参りましょう——国のため民のため、そして我らの誇りのために……勝利を!」


「「「勝利を!!!」」」


 こうして、ホワイトクロスに所属してからは初の対人戦闘の幕が切って落とされることとなったのですが――。


 余裕の勝利になると思われていたこの戦いが、僕と、そして今はこの場にいないカレンさんとの関係に大きな変化をもたらすことになるとは、この時はまだ思いもよらなかったのです。

 

 × × ×


 はぐれ者部隊が中心となった盗賊団の根城は、王国の南、他国との国境にある砦にありました。


 以前、まだ他国との同盟関係がなかったころに立てられた砦ですので、すでに打ち捨てられて管理の行き届かなくなって数十年たった今でも、崩れることなく小高い丘の上に、しっかりとその根を下ろしていました。


「静か、だね。本当にあそこに盗賊たちがいるなんてとても思えないけど」


 こういう場合、大抵は侵入者をいち早く中に知らせるための見張り役が数人いるはずですが、現在は、門の前にも、それから砦内部の見張り台にも、それらしい影は一人としていませんでした。


 そのことを隣に居る偵察部隊の少女に伝えると、彼女は、目深にかぶったフードの隙間からでもわかるぐらいにわかりやすく頬を膨らませました。


「むぅ、ハルってば私の言う事を信じてくれないの? 昔はあんなに熱いモノを捧げ合った仲だったのに」


「友情を誓いあった気はするね、メイビィ」


 その少女は、僕の騎士学校時代の同期であるメイビィでした。彼女の本来の所属はここではないのですが、その優秀な能力を買われ、今回のみホワイトクロスの偵察部隊として動いてくれていました。


「まあ、冗談さておき……もう一度言うけど、あの砦の中に百人以上の盗賊たちが潜んでいるはずだよ。今は、見張りすら誰もいない状況で静かにしているけど、近くを通った行商人の積み荷を略奪したり、通行人の女性を誘拐したりで、かなり好き勝手やってるみたい」


「――で、その十数人の中に、元近衛騎士団の傭兵達――【はぐれ者】がいる、と」

 

 次を継いだ僕の言葉にメイビィが大きく頷きました。


「う~ん、そうなるとちょっと厄介かもしれないな……」


 見張りもなしにタイミングよく近くを通行した人々を襲う——ということは、おそらく、砦の一定範囲内に入ると、侵入者を感知する結界魔法が張られている可能性が高いです。


 結界魔法というのは、本来、数人の魔術師達が共同で展開するほどの大規模な魔術で、基本的には、もっと大規模な——それこそ、他国と戦争をやるぐらいの状況になった時ぐらいにしか使わない代物なのです。


「ということは、今回の敵の中に、相当手練れの方がいる——そう考えてよろしいでしょうか、ハル様?」


「その通りです、姫様。ということで、ここから迂闊に動くのはあまりいいご判断とは言えないですね」


 推察の域を出ませんが、おそらくこの結界に関しては、かなりの少人数——もしくはたった一人で張っている可能性が高いです。


 それだけの実力をもった魔術師の方なので、もしかしたら、結界魔法の他に、何か危険な術式を仕掛けているかもしれません。


「では、これからどうするつもりだ? まさかこのまま指をくわえて見ていろという訳にも行くまい」

 

「そうですね、総隊長。ですから、僕に考えがあります」


 そう言って、僕は、今回姫様の計らいで準備された『僕自身の専用装備』をその手に携え、立ち上がりました。


「ちょっと今から、一人で盗賊たちとドンパチやり合ってきますね?」


 × × ×


 姫や総隊長、そしてメイビィら仲間達の反対を押し切り、単身砦に乗り込んだ結果——。


 僕は今、砦内部の地下深くにある牢屋に、一人閉じ込められていました。

 

「――バカな奴だ。功を焦って、一人で無謀にも突っ込んでくるとは」


 ブラックホーク入団時より使い込まれた鎧や、せっかく姫様から特別に送られた専用装備を取り上げられて丸腰となった僕を見、見張り役の下っ端が馬鹿にしたような目でこちらを見降ろしてきました。

 

 まあ、我ながら今回かなりの無茶をしたという自覚はあるので、屈辱感とかは一切ないんですが。


「――これから僕をどうするつもりだ。答えろ、このクズどもめ」


「生意気な口をきくガキめ。普通ならすぐにでもぶっ殺して解剖バラして目でも心臓でもなんでも売り飛ばす手筈だが——」


「……ねえ、ちょっといいかしら?」


 と、ここで、もう一人の声が地下室内部にこだましました。意外にも透き通った、女性の声です。


「姉御、どうしたんですかい? こいつへのの準備はまだ済んでいないはずでしょう?」


「…………」


 下っ端からの質問に、その女魔術師は口を開きませんでした。視線を僕の方に向けたまま、こちらの方にゆっくりと近づいてきます。


「えっと……姉御? 他の騎士たちは何と言って——ぐえっ!?」


「用があるのは、お前じゃない」


 女の瞳が怪しい光を放った瞬間、急に下っ端が喉元を抑えて苦しみ始めました。


 魔法か、それともこの人が持つ固有のスキルか――とにかく危険な人であることには変わりありません。


「ふふ、ようやく二人きりになれたわね、騎士の少年。私はアンリ、よろしくね?」


 白目をむき、泡を吹いて倒れた下っ端を踏み越えて、自らをアンリと名乗った女が、僕のいる牢の中に入ってきました。

 

 下っ端をやった時と同じように、妖しげな視線をこちらに向けながら。


「……ふうん、やっぱり効かないようね。さっきよりも強めにつもりだったけど——精神耐性もずば抜けて高い、と」


「あの、アナタは」


「アンリで構わないわ、少年。私の名前を気安く呼ぶ奴は基本等しく皆殺しだけど、君は別。だって、私のお気に入りだから」


「はぁ……」


 フードを取り、その素顔をさらけ出したアンリさんの頬がわずかに紅潮しています。見つめる視線も熱っぽい感じがしますし——う~ん、僕としては別に気に入られたくはないんですけども。


「かなり強固に結界を張ったつもりだったのだけれど……それを単身で、しかもまさか剣でそれをズタボロにするなんてね。発動した罠も全部同じようにぶった斬られちゃったし——君、一体何者?」

 

 僕がやったのは、破魔剣——つまり、魔法効果を打ち消すためだけに生み出された魔法剣術の一つです。これまでに読んだ魔術書などをヒントに編み出した僕のオリジナルの剣術です。


 エルルカ様から送られた僕の専用装備——二振りの剣のうちの一つが、それを振るうのに最適だったことがわかったため、今回先陣を切って砦に乗り込ませてもらいました。


 ただ、アンリさんの張った結界が想定外に強固だったため、それを破るのにかなりの精神力を使ったせいで、結局捕まってしまったわけですが。それが無ければおそらく単身で制圧できたかな、と思います。


「アンリさん、もう諦めてください。結界が破られたことが分かれば、騎士団の本隊が大挙して押し寄せてくるはずです。いくらあなたでも、姫様を含む近衛騎士団の本隊に敵うはずもない」


「ええ、そうね。私もそうしようと思って、たった今ずらかろうとしていたところよ。ここにいる残りの盗賊たちを隠れ蓑にしてね」


「え?」


 アンリさんの口から意外な答えが出、少々驚きました。普通こういう場合だと多少は抵抗したりするものですが。往生際が悪いというか。


「卑怯をモットーとする盗賊が、騎士団と正面からぶつかるなんてまっぴらごめんだからね。ヤバそうならさっさと逃げる——これが一番よ。お金はもらえなくなっちゃうけれどね」


 この人の素性については未だ不明ですが、魔法の腕から考えて優秀なのは明らかです。考え方が少し——というか、かなり独善的に思えなくもないですが、こういう人を上手く使うことができれば、もっと騎士団にも戦力的な厚みが出るのですが。


「まあ、でも? お金なんかよりもよっぽどいいモノも見つけたからね。今回はそれで勘弁してあげようかなってとこ」


 それが、多分、この僕ということになるのでしょう。でなければ、わざわざこれから逃げようという人がこんな地下の逃げ場のない牢屋に来るはずないのですから。


 アンリさんの僕を見る瞳に、禍々しいと言っていいほどの強大な魔力が再び集束していきます。


「少年――これから私とともに来なさい。これから君は騎士を辞め、私の隣で、私のために尽くすの——」


「っ……!」


 カッ、と瞳孔が大きく広がった瞬間、僕の視界がぐにゃりと大きく歪みました。アンリさんの瞳から目を外すこともできず、まるで体全体を支配されたような感覚に陥ります。


「抵抗できないでしょう? 私のコレは少し変わっていてね……生まれつき尋常でないほどの魔力が備わっているの。同業者からは【魔眼】がどうとかって呼ばれているわ」


 暗示や催眠といった魔法については、日頃から耐性を付けるための鍛錬を行っていますし、元々の耐性も強い僕ですが、アンリさんが力を込めたそれは別格の威力でした。その気になれば、それだけで人を殺すことだって可能かもしれません。


「う……あ……」


「大丈夫、怖がる必要はないわ。何せ君は私のお気に入り。大事に大事に飼って、そして育ててあげるから。さあ、おいで——」


「アンリ、さん……」


 何も考えることができず、僕はただアンリさんの言う通り、彼女から差し出された手をとろうとしています。


 マルベリやメイビィ、エルルカ様といった騎士団の仲間がいるのに。


 そして、僕の大好きなカレンさんがいるのに——。


「堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ、今すぐ私の手に堕ちろ。今すぐ私だけのものになれ——!」


 アンリさんの魔眼の光が、僕を完全に篭絡すべくさらにその力を増そうとした、その時でした。



「――そこを、どけえええええええええええ!!!!」


 地下にまで響く激しい咆哮と、そして牢屋を揺らす衝撃が唐突に飛び込んできました。


 その叫び声を忘れるはずもありません。僕を助けるべく、おそらく同じように単身で乗り込んできた妙齢の女性の声は――。


「ちっ、早い。でも、ほんの少し遅かったわね。誰かは知らないけれど、あなたの大切なお仲間はこの私が頂いて——」


 と、そこで、アンリさんはそこで初めて違和感に気付きました。


「――いったい誰が、あなたのものになるというんですか? ねえ、アンリさん」


「えっ……?」


 囚われの身で跪いていた僕と、それを見下ろしていたアンリさん――その構図が、いつの間にか入れ替わっていたのです。


「う~ん、やっぱりカレンさんが近くにいないと本気が出せなくなっちゃってるみたいだ……これは僕も、カレンさん無しだと生きられない体になっちゃってるかも?」


「そんな、いつの間にッ……!? 君、いったい何を——」


「大したことはしていませんよ? ただ、アンリさんからかけられた強力な暗示を、そっくりそのままお返ししただけです」


 魔法反射マジックミラーという技能らしいですが、これを使うのは結構大変です。何せ、僕ですら【本気】を出さないと使えないですから。


「へえ……少年、君は本当にいいわね。本当、すごくいいっ……!」


 ひれ伏しつつ、恍惚の表情でアンリさんが僕を見つめてきます。どうやら、触れてはいけない彼女の琴線を鷲掴みにしてしまったみたいです。


「――どこだっ! ハル、どこにいるっ!? 返事をしろハルッ!!」


「ふむ、どうやら今回は私の全面的な負けみたいね。仕方ない、今日のところはこの辺で失礼させてもらうわ」


 カレンさんの声がだんだん近づいてくると、アンリさんは降参したのか目をつぶって立ち上がりました。反射ですから、もちろん術者が術を解除すれば、自動的に効果もなくなります。


「もう二度と来ていただかなくて結構ですよ」


「それは出来ない相談ね。だって、少年。君は私のお気に入りだから」


 くすり、と笑ったアンリさんは、魔法衣ローブのフードを目深にかぶり直し、自らの足元に魔法陣を展開しました。転移ワープという、これまた高等呪文――どうやら、アンリさんを捕まえるのは一筋縄ではいかないようです。追おうかな、とも思いましたが、アンリさんの魔眼を防ぐために、またしても力を使ってしまいました。本当、燃費の悪い体です。


「ねえ、少年。最後に君の名前を教えてもらってもいい? 私は教えたのだし、それぐらいはしてくれてもいいでしょう?」


「ハル—―王都近衛騎士団第四騎士分隊【ブラックホーク】所属のハルといいます。忘れてくれてもいいですよ?」


「それは聞けない相談ね。ブラックホークのハル、その名前と顔、ようく覚えておくわ。それじゃ、近いうちにまた会いましょうね。きっとよ」


「絶対に、嫌、です」

 

 ベーっ、と僕は思い切り舌を出し、否定します。

 

 僕の姿を見て、何も言わずに微笑んだアンリさんは、魔眼の発動していない状態の切れ長の目をウインクさせると、瞬間、その姿を光の粒子に変えて跡形もなく消え去りました。


 とても美人な女性—―しかもカレンさんと同年代ぐらいの方でしたが、ああいう人はまっぴらごめんです。


「――ハルッ!」


 アンリさんが消え去ると同時、入れ替わるようにしてカレンさんが地下牢へと飛び込んできました。余程無茶して乗り込んできたのか、鎧にはいくつもの傷がついていました。カレンさんのことですから、多分、砦で待ち構えていた盗賊だったり、騎士達を全部まとめて相手にしたのでしょう。


 そして、その全部を打倒して僕を助けにやってきた、と。


「ハル、無事か!?」


「はい、隊長。この通りです。ちょっと力を使い過ぎたせいでへとへとですけど——っと!?」


 異常ないことを僕が言い終わる前に、カレンさんが、僕よりも一回り大きな体で、全身を思い切り抱きしめてきました。


 それこそ、僕の体がぎしぎしと軋んでしまうほどに。


「馬鹿者っ……! お前は、また私に余計な心配をかけさせてっ……お前が死んだらどうしようって、そんな事ばかりが頭の中をめぐって……」


 僕の耳元で、か細い弱音を漏らすカレンさん。体はわずかに震えていて、時々鼻をすするような音も聞こえてきます。


「隊長……泣いて、いるんですか?」


「っ……! ば、馬鹿っ、そんなわけあるかっ。ただちょっと、上にいた騎士達十数人と大立ち回りをしたせいで、ちょっと力が入らなくて震えているだけだ」


 相変わらず素直じゃないカレンさんです。誰が見ても泣いているのに、頑なにそれを認めない――でも、そんなカレンさんが、今はとても愛おしく感じました。


(ごめんなさい、カレンさん。あなたを悲しませるようなことはしない、と心に誓ったはずなのに破ってしまって)


 ――次は、次こそはそんなことが絶対にないようにしますからね。

 

 しばらくの間カレンさんの心地よくもちょっぴり痛い抱擁を受けつつ、僕は人知れず、改めてそのことを誓ったのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る