12 僕なしでは生きられない体になった女騎士がかわいすぎる件
王宮の一階にある騎士詰め所の掲示板に、張り出されたお知らせ。
そこに書かれていた内容を見て、僕は、
(来てしまったか、ついにこの時が――)
と、一人呟いていました。
【新規入隊騎士 他部隊研修 派遣・受け入れ先について】
他部隊研修。
それは、入隊して一年未満の騎士たちを対象に、現在の所属している部隊から、約一か月ほどの期間、他部隊の任務内容の経験のため、それぞれ違うところへ一時配属先を変更するという研修制度です。
僕達騎士も、ほかの会社組織と同様、人事異動によって地方へ飛ばされたり、または違う部隊へ移ることが多いため、これを定期的に行うことによって、実際に転勤などになった際、すぐに新しい環境に適応しやすくする――いわば、馴れのために行わせるものなわけです。
騎士をやる人間としては必ず通らなければならない道で、それに関しては仕方がないところがあるのですが――。
今、僕の置かれている状況下では、ある意味ではベストなタイミングかもしれない――そう思ったりもしているのです。
「……隊長、ただいま戻りました」
掲示の内容を確認した僕は、報告のため、すぐにカレンさんの待つブラックホークの隊長室へと戻りました。僕の派遣先と、そして僕の代わりに派遣元からくる隊員の連絡のためです。
「お、おう、戻ったか、ハル。それで、派遣先は?」
「ホワイトクロスでした。どうやらマルベリと入れ替わりになるようです」
「そうか、あの子がウチに……ならあまり無理はさせられないか」
まったく知らない隊員が来ることもある他部隊研修において、細々とでも親交のある隊員が来てくれればカレンさんも予定を組みやすいでしょう。しかも同じ女性なので、カレンさんも変に気を遣わずに済むかもしれません。
「ハル……その、お前も頑張れよ。お前があっちでやらかしたら、こっちの評判まで下がってしまう……からな」
「はい、その、もちろん頑張ります。はい」
とても気まずい雰囲気の中言葉を交わす僕と、そしてカレンさん。
そうです。あのキス事件の後から、僕とカレンさんは、なんとなくお互いを意識しすぎてしまい、しばらく経った今でさえもこうして微妙な空気を生成してしまっていたのでした。
本当ならもっといつものようにカレンさんと話して、冗談の一つでも飛ばしたいところなのですが、どうしてもその度に、あの時のカレンさんの唇の感触と温度を思い出してしまい――。
ということで、ちょっとカレンさんとの距離を開けておきたいと感じ始めていた僕にとって、この他部隊研修が良い薬になってくれるのでは、と思うわけです。
「ハル、くれぐれもホワイトクロスの――あちらの総隊長殿に粗相のないようにな。あと、これをお土産に渡してくれ。遠征先で用意しておいた茶菓子だ」
「了解です、隊長。でも、ここまで隊長が気を遣うなんて――その、ホワイトクロスの隊長様っていうのはどんな方なんですか?」
高級そうな箱に詰められた茶菓子の入った袋を受け取りつつ聞くと、カレンさんは、気まずそうな顔でこちらを見、
「その――ホワイトクロスの総隊長というのは、実は――」
× × ×
ホワイトクロスの騎士詰め所は、王宮内の、謁見の間に隣に配置されています。
王都近衛騎士団第一騎士分隊――騎士団内でも最大の所属人数を誇る主力部隊で、その人員の能力も他とは一線を画しています。いわゆるエリート集団というやつですね。
「失礼します。他部隊研修により、第四騎士分隊から派遣されてきました、新人騎士のハルと申します。本日よりよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。私は副長のサクミカといいます。短い間になりますけど、どうぞよろしくお願いしますね? なにかわからないことがあればどんどん聞いてください」
柔らかな口調でそう返してくれた黒髪黒瞳の女性の名はサクミカさん。
前衛職の騎士のみ隊員構成であるブラックホークとは違い、ホワイトクロスには、癒術師、魔術師、騎士などの様々な役職の隊員達が所属しています。
副長、というのは、それぞれの役職のリーダーみたいなもので、その上に隊長格が二人、そして頂点に総隊長というピラミッド型の組織構成で、ウチのように『カレンさんが隊長! あとその他ヒラ!」みたいな適当な管理にはなっていません。
サクミカさんは、その中の癒術師の副長になるわけです。
高圧的な人だったらどうしようか、と不安にも思っていたので、優しそうな方で大変助かります。
「ところでハルさん、おねえさ――じゃなかった、カレン隊長はお変わりないですか?」
「? ええ、もちろん……」
ちょっと私生活のほうで色々あって、最近は溜息をついていることも多いですが。仕事に関してはいつも通り。
「そう、ならよかったです。ああ……カレン様、私の憧れの王子様――いつか私も貴女様のようになって、いつかは肩を並べて――いえ、いずれは並べるじゃなくてアレをああして重ね合わせてぐふっぐふふふふふふ」
「えっと――サクミカ副長?」
「あ、あらやだごめんなさい。取り乱してしまいましたね。学生時代のカレン隊長は、それはもう全女子生徒達の憧れの的でしたから、当時の格好いいお姿を思い出すとつい……」
当時の若々しい時のカレンさんであれば、それはそれは強くて凛々しい姿だったことは想像に難くないので、サクミカさんのように王子様的憧れを抱くこともあるでしょう。
この方のそれは、ちょっと別のベクトルへぐんにゃりと曲がっているような気がしてなりませんが。というか貞操の危機。
「こほん、立ち話はこの辺にしておいて、それでは今から隊長室のほうへ案内いたしますね。総隊長も、そこでお待ちです」
サクミカさんに連れられ、僕はホワイトクロスの詰め所のある部屋を出、そのすぐ隣にある隊長室の前に立ちました。
さすがにエリート部隊の隊長室ということもあり、扉一つとっても豪奢なつくりとなっています(もちろん、そう簡単に破られないため複雑な術式も編み込んでありますが)。こんなことに金を使えるほど、ホワイトクロスは多くの予算を国より回されているのでしょう。
つねにスズメの涙でやりくりしているウチとは大違いです。
「失礼します、総隊長。ハル君を連れて参りました」
「サクミカか――ご苦労。これから二人で話をするから、お前は持ち場に戻っておけ。話が終わったら、私もこの子を連れてすぐに行く」
総隊長の命令に何も言わず深々と一礼した後、サクミカさんは僕を残して部屋から出ていきました。
大きな部屋に残されたのは、僕と、そしてこちらへ背中を向けたままのホワイトクロスの頂点である総隊長様です。
「総隊長様、これ、つまらないものですが……カレン隊長からです。それと言伝も預かっています」
総隊長への手土産を作業机の上に置いた後、僕は、事前にカレンさんから言われていたセリフを、一言一句間違えることなく、そのまま、
「『私はまだ結婚はしませんよ。お父さん』――と……」
「ふむ……やはりいきなりあの子に答えを迫ったのは間違いだったかな。相変わらず強情な子だよ――我が娘、カレンは。なあ、君もそうは思わないか、ハル君」
口元に苦笑を浮かべてようやくこちらを顔を向けた総隊長と僕の視線がぶつかり合いました。
ホワイトクロス総隊長、ガーレスさん。
カレンさんの剣の師匠であり、そして、カレンさんの父親でもあるお方の名前でした。
× × ×
他部隊研修が始まってから、およそ一週間ほど。
ホワイトクロス配属となった僕は、現在、総隊長の指揮する隊にて任務遂行の最中です。
ホワイトクロスの担当する任務は、基本的には、十数人からなる隊を形成し、一個人では対応しきれない巨大なモンスターや、新たに発見される未開の
騎士としても花形の仕事で、辺鄙な地域に一人平気で飛ばされるようなブラックホークの任務内容とは大違いです。
で、今回僕が編成されている部隊は、王国領の宝石鉱山に住み着いたドラゴンの撃退を任じられ、ちょうど今しがたそれを完了させたところでした。
「ご苦労だったな、ハル。今回、任務、ちょっと我々だけでは荷が重かったが、君のおかげで苦も無く完遂できた」
王都への帰路に就く道すがら、同乗した馬車で、僕の隣にすわっている総隊長が声をかけてきました。
炎や氷のブレスが飛び交うかなりの激しい戦闘だったはずですが、その純白の鎧には傷一つついていません。
周りのサポートはあったにしろ、無傷でドラゴンに止めをさすまでいく人間――あなたこそ実は化物なのでは? と言いたくなってしまいます。
「君の仕事ぶりについては、カレンからたまに聞かされていたよ。久し振りに優秀な部下が入ってきてくれた、とね。珍しく嬉しそうに、饒舌に語っていたな」
「へえ……そうだったんですね」
カレンさんは、仕事のことで絶対僕のことを褒めてくれないので、こういうふうにしてカレンさんの評価を他の方から聞くことができるのは大変うれしいです。
まあ、そう言われるよう日々の仕事はきっちりこなしているので、そう思っていただいて当然ではあるのですが。
「そんな――僕なんて、小柄でちょっと頭がいいだけの男でしかありませんよ。毎日ブラックホークの皆さんの仕事についていくのが精いっぱいで」
「謙遜する必要はないぞ、ハル君。私は、君がただ、学園を主席で卒業しただけでない、とてつもなく優秀な男であることを知っている数少ないうちの一人だからな」
「うぐ……」
結構上手く隠しおおせていた自身はあったのですが、どうやら総隊長は、僕の卒業時の実力について隅々まで把握しているようでした。
「やっぱり、知っていらしたんですね」
「当たり前だ。魔術、癒術、体術、剣術、その他諸々――これらすべて含めた適性試験オール満点、その他、専門職の特殊技能の全てを習得した【騎士学校創設以来の化物】――それが、ハル、君の正体だからな。でなければ、まだ騎士団に入って一年と経っていない新人の君を、ドラゴン討伐の主力部隊に配属させたりはしない」
一応、これは、騎士学校の保有する記録でもトップシークレットに入るらしいですが、僕は、総隊長が言った通り、この国始まって以来の【全適性持ち】の騎士と言う事らしいです。
基本、人はどれか一つの才能しか持ち合わせていません。癒術が使えるなら、他はからっきしですし、騎士適性がある人間がいくら魔術に励んだとしても小さな火の玉ひとつ起こすことすらできないのです。
が、そんな中、僕は時に隊員の方の傷を癒すために
ブラックホークではさも当然のようにやらされていることなのですが、実はこれ、他の隊から見ると、本当にありえないことなんだそうです。
僕としては、自分の能力を無駄にひけらかして注目を浴びるようなことは好きではないため、できればホワイトクロスでも、自分の真の実力を隠したままのらりくらり過ごそうと思っていたのですが。
「しかし、総隊長——『本気の力を見せてくれるまでブラックホークには絶対に帰さない』っていうのはさすがに反則だと思います」
しかし、そんな浅はかな考えは、隊員の人事権にも影響を持つ総隊長の前では通じず、結局は、カレンさんにすらまだ見せたことがない【本気】を、ホワイトクロスの面々にさらけ出さざるを得えませんでした。
自分の中ではカレンさんの命もしくは貞操に危機が迫った時ぐらいでしか使う予定はなかったのですが、さすがに僕が頑張らないと隊が壊滅してしまうような隊構成であれば、まあ、やらなければならないわけで。
「優しい心を持つ君ならやってくれると確信していたからね。力を出さざるを得ない状況を、作らせてもらった。申し訳ないがね」
ドラゴン討伐には少なすぎる構成だと思いましたが……やっぱり確信犯だったようです。
カレンさんのお父さん、ということで、今後のことを考えて不平を言うつもりなどはさらさらありませんが――そのやり方は、正直言ってあまり好きではありません。
その後は大した会話もなく、ゆっくりと馬車に揺られながら王都へと帰還したホワイトクロスと、僕だったのですが。
「――あ、やっと帰ってきましたわ……ハル! ハル! ちょっとよろしくて?」
と、門をくぐるなり、見覚えのあるようなないような金髪の少女騎士がこちらに駆け寄ってきました。
えっと……そうそう、マルベリです。今回の研修で、僕と交換する形でブラックホークに配属なっているので、そこはきちんと記憶していました。多分、そうじゃなかったらまた忘れてましたけど。
「……と、そんなことよりどうしたの? そんな血相を変えた顔して」
「いえ、その……実は、カレン隊長のことなんですけれど」
「隊長の?」
マルベリが王都より帰還する僕を待つほどのことですから、もしかしたらよっぽどのことがあったのかも——と一瞬思いもしましたが、そういう類のものでもなさそうです。
では、一体何が?
「えっと、その——」
申し訳なさそうに俯きながら、マルベリが僕へ向けて呟きました。
「隊長が……カレン隊長が、腑抜けになってしまったのですわ」
「――は?」
× × ×
総隊長にいったん状況を確認する許可をいただいてから、すぐにマルベリとともに数日ぶりのブラックホークへと戻ると。
「ぼへぇ~~~~~……………………」
書類がうずたかく積まれた机の中心で、まるでゾンビのように突っ伏しているカレンさんが、新人騎士の僕ら二人を出迎えてくれのでした。
「任務の時だけは、普通の状態に戻ってくれるのですけど—―こうして事務仕事続きになると、すぐこんなふうになって……」
だらしなく垂れ下がった瞼、焦点のまるであっていない瞳、そして半開きとなった口元からもれる『あ』と『え』が混ざったようなうめき声――。
うん、確かにマルベリの言う通り、これは重症だ。
「マルベリ、隊長がこうなったのはいつから?」
「ここまでひどい状態になったのは、つい二、三日前からですわ。初めの内は特に問題ないように思ったのですけれど……」
〇
一日目。
「おはようございます、カレン隊長様! 他部隊研修により、ホワイトクロスより参りましたマルベリです。一か月間という短い期間ですが、どうかよろしくお願いいたしますわ」
「ああ、歓迎するよマルベリ。ブラックホークには、私以外に女の隊員はほぼ皆無だからな。とても嬉しいよ。ここの男どもに負けないよう、二人で頑張っていこうじゃないか」
「はいですわ! 隊長!」
がっちりと固い握手を交わした二人の一日が、こうして幕を開けたのでした。
×―――――――――――――
「う~ん、最初はまあ、いたって普通の隊長だね。特にこれといった兆候は見られないけど」
「私もこの時は、憧れのカレン隊長とお仕事をできるとあって期待に胸を膨らませていたのですが……」
どうやら、問題は次の二日目からのようです。
〇
二日目。
「――あっ! 隊長大丈夫でございますか? 火傷は?」
昼休憩の際、マルベリの入れたお茶を受け取ろうとしたカレンさんの手から、カップがするりとこぼれ落ち、机の上の書類に中身を派手にぶちまけてしまいました。
「すまないマルベリ。ちょっとボーっとしていたようだ。ああ、せっかく作った資料が台無しだ……これは作り直さないと」
苦笑を浮かべながら、カレンさんは、マルベリから受け取った布巾で机の汚れをせっせとふき取ります。
「隊長も、こんなふうにおっちょこちょいな一面があるのですね。普段、ハルと一緒に居る時はきっちりしておりましたので、意外でした」
「私だって、たまには失敗するときもあるよ。いつもはハルがいるから意識的に気を付けているんだが、マルベリといると、女同士だからとついつい緊張が緩みがちになってな。――よし、今後は気をつけないと」
みずからの頬を両手で挟みこむようにぱんぱんと叩いたカレンさんを見、『カレン隊長にも人にはあまり見せない一面もあるのだな』とマルベリは思ったそうなのですが――。
そして、三日目。
「あぇ……おはやう、マルベリ……今日もいい天気れ……ふぁあい……」
×―――――――――――
「ちょっといきなり変わり過ぎでしょ!?? 二日目と三日目の間にカレンさんの身に一体何が起こったのさ??」
「それが私にも何がなんだか……とにかく、三日目ぐらいからいきなり腑抜け状態になって、もう今は仕事もほとんど手につかない状態で——」
僕らがこうして隣でしゃべっている間も、カレンさんは『あ、ちょうちょら~』
といいながら、ランプの灯にたかっている蛾を目で追いかけていました。
「……とにかく、まずは隊長を元に戻さなきゃだね。原因はまあ……なんとなくわかるし」
症状のひどさはともかくとして、カレンさんがここまで気の抜けたお姿になってしまった原因はおそらく僕でしょう。
カレンさんも、いつもは隣に男の僕がいるので、『仕事で格好悪いところは見せられない』と、いい緊張感を常に保ちながら仕事をしていたのでしょうが、今回騎士団の中では珍しく親交の深い少女であるマルベリに置き換わったことで、それまでの糸が急に緩んだのだろうと思われます。
ということで——。
「あのさ、マルベリ。ちょっとだけカレン隊長と二人きりにして欲しいんだけど、構わないかな?」
「? それはもちろん構いませんけれど……いったい何をするつもりですの?」
「えっと、それはまあ……ね。とにかく今回は僕に任せて」
マルベリの返事に曖昧に頷きつつ、僕は怪訝な顔を浮かべる彼女を隊長室の外へ出るよう促しました。
「――さて、と」
マルベリが隊長室を離れたことを確認してから、僕はあらためてカレンさんのほうへ向き直り——。
「カレンさん、お仕置きの時間ですよ」
腑抜けになった隊長に気合を注入すべく、僕は、カレンさんの顔の前に立ちはだかりました。
× × ×
そして、三十分後。
すっかり待ちぼうけとなったマルベリを呼び戻すため、僕は、カレン隊長とともに、王宮内の一階フロアにある食堂へと行きました。
「カレン隊長! その、大丈夫でございますか? 体調に、何かお変わりは?」
カレンさんの姿を見るなりすぐさま僕らのもとに駆け寄ってきた彼女に、心配させる原因を作った張本人は、申し訳なさそうに頭を下げました。
「……すまないマルベリ。今回は私のせいで色々と迷惑をかけた」
「いえ、そんな! カレン隊長に何もなかったのなら、私はそれで構いませんわ」
迷惑を被った張本人にも関わらず、安堵したような微笑みを浮かべて全てを水に流してくれたマルベリ。いつぞやの結婚式の時から思っていたのですが、彼女、とてもいい子です。今までいつも名前が忘却の彼方だったことを申し訳なく思います。
「ところでですが、ハル。あなたもすごいですわね。私でも、どうにもできなかったことをものの数十分で解決してしまうだなんて。いったいどんな手品を使ったんでございますの?」
「!!」
マルベリの言葉に、ビクンと思わず体を硬直させたのはカレンさんでした。『え? なんのこと?? 私わかんな~いっ☆』とばかりに、何事もなかったかのように口笛を吹いてみせていますが、いくらなんでもわかりやすすぎです。しかし、カレンさん、口笛めっちゃ下手くそですし。
「いや、実は隊長を正気に戻したのはものの数分で終わってたんだけどね。ちょっと時間がかかったっちゃったのは、その後、すこしカレンさんにお仕置き――もがッ」
「いやあ、本当、なんでこんなに時間がかかったのかな、不思議だなあ~」
素早い動きで僕の口を塞ぎにかかるカレンさんの額にはうっすら汗が滲んでいました。半端なく動揺しています。
「? お仕置きですの? ハル、一体カレン隊長に何をしたんですの?」
「えっと、まず、すっかり呆けたカレンさんの眼前で、僕の自慢の剣を抜き放――」
「うわあああああ!!! 言うなッ!! それ以上言うなああああああ!!!??」
「自慢の剣? 新人騎士にはまだ専用装備は支給されていないはずじゃ……」
「あ、剣っていうのは、武器としてというか――」
「マルベリも! ハルの言葉にいちいち反応しなくていいから!! 餌を与えたらコイツ喜んじゃうから!」
この十数分の間にあったことを思い出しているのでしょう——カレンさんがそれはもう慌てふためいた様子でこれ以上の詮索を阻もうとしています。
ああ、やっぱりカレンさんはこうでなくちゃなあ。
「ねえ、隊長?」
なおも言葉の意味を理解できていない初心なマルベリを前に、僕は、カレンさんの肩に手を置き、こう言ってあげました。
「――もう、僕なしでは生きられない体になっちゃいましたね?」
「――――!?」
カレンさんの真っ赤な顔がいよいよ蒸気が爆発したかのように限界を迎え、
「うわああああああああああん!! ち、違うから! そういうんじゃないからああああああ!!??」
と言いながら、脱兎のごとく走り去っていきました。
「あ、カレン隊長! ……ハル、本当に大丈夫なんですの? なんだか違う意味で症状がひどくなっているように思うのですけど」
「大丈夫だよ、仕事に戻れば、またいつもの格好いい隊長に戻ってくれるはずだから」
「??」
なおも首を傾げるマルベリから視線を外し、僕は、遠くの方でまたまた転んでいるカレンさんを、生暖かい目で眺めていました。
ちなみに、カレンさんを元に戻した具体的な方法については、カレンさん自身の名誉のため、とりあえず墓場までもっていってあげようと思います。
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