11 謎の妹登場に戦々恐々の女騎士がかわいすぎる件 1


 カレンさんからの意外な『作戦』を授かった僕は、ライトナさんが滞在をしている宿屋へと向かいました。


 初めはもちろん一人で向かうつもりでしたが、僕の隣にはぴったりとカレンさんがついていました。こんな夜に講師と生徒が一緒が出歩くなんて、見つかったらどんな噂となるかはわかったものではありませんが、そこは頑固なカレンさんで、


『絶対に先生のそばにいます』


 と言ってきかなかったため、とりあえず認識阻害のフードを被せ、絶対に僕から離れないことを条件に、同行を許可しました。


「それにしてもカレンさん——いくらなんでもそれはくっつき過ぎじゃない?」


「え?」


 目的地へと向かう道すがら、僕の言いつけを素直に守るカレンさんでしたが、外を出てからというもの、ずっと僕の腕に抱き着いたまま離れてくれません。


「でもその、先生が離れるなって……言う、から。私、勇気出して……」


「いや、僕の感覚としてはだいたい一~三歩分くらいの距離で十分だったんだけど。そのぐらいなら、剣の間合いには十分だし」


「……」


 一瞬の沈黙の後、カレンさんの鋭い拳が、僕の肩を捉えました。


「っ……そ、それを早く言ってください! これじゃあ私たち、まるでカッ、カッ、カァ~……!!」


 時間外れのカラスの鳴き声が夜の城下町に響く中、ひとまずは気を取り直した僕と、膨れっ面をしたカレンさん(かわいい)は、王都の中心部にある大通りを南下していきました。


「――あの、本当にこんな場所にあの人がいるんですか? 大分治安の悪いところまで来てしまいましたけど」


 大通りの途中にある脇道を通り、そのまま迷路のように入り組んでいる住宅街へ。


 すると、それまで明かりの途切れることのなかった通りが、一気に暗闇の世界へと変貌していました。


 帝国の、おそらくはかなり上の地位にいるはずの人ですから、一体どれほどの部屋に宿泊しているのだろうと思いきや、ライトナさんが地図として寄越してきたのは、ほとんど貧民街にほど近い、宿屋というよりただの民家といった場所でした。


 なるべく王都ここにいることを目立たないようにするためかな、とも思いましたが、堂々と自身の素性を明かすような人ですから、それも考えづらいです。とにかく読めないお人だな、と僕は思いました。


 一階が酒場になっているフロアの端を目立たないよう通り、急角度かつ幅の狭い階段を昇ってそのまま二階へ。


 二部屋あるうちの奥の部屋が、指定された場所です。


「――どうぞ、ハル君。それにカレンちゃん。空いているから勝手に入ってくれ」


 どの時点からはわかりませんが、ライトナさんにはバレているようでした。


 であれば、僕がどんな返事を持ってきたのかも、おおよそ想定済みなのかもしれません。


「――失礼します。改めて、返事をしに来ました」


 カレンさんを後ろに下がらせ、充分に注意をしたうえで中へ。小さなランプの灯のみが照らす薄暗い部屋のベッドに腰かけているライトナさんの顔が浮かびあがりました。


「おいおい、そんなに警戒するなよ。私だって元は王都ここの人間なんだ、こんなところでドンパチやり合うつもりなんてないさ」


 確かに今のライトナさんはやけにさっぱりとした姿をしていました。風呂あがりなのか、白衣型の魔法衣ではなく、薄手のチュニックを着ているのみで、魔法を発動する様子はこれっぽっちもありませんでした。


「――君がカレンちゃんを連れてきたってところで大方の答えはわかってはいるんだけど、一応、君の口から聞いておこう」


「はい——ライトナさん、やっぱり僕はあなたの要求を受けないことにしました」


 僕の返答に、彼女の口元に笑みが浮かびました。


「おいおい、そりゃあないだろうハル君。正式な書面を交わしているわけではないが、それでも約束は約束だ。それを反故にするということがどれだけ失礼なことかわかっているつもりかい?」


「そんなことは百も承知です。でも、やっぱり僕はここから離れることはできない」


「では、カレンちゃんのことはどうする? ハッキリ言おう――私の見立てでは、王都にいる人間では彼女を元に戻すことは不可能だ。弟子マドレーヌは優秀だが、それでも足りない。彼女がこの先どうなるかわからない――それでも君は、私の協力を拒むと?」


「はい、そうです」


 僕は頷きました。もちろん、迷いはありません。


 カレンさんが、そうさせてくれたから。


「わかった。君がそう決心したのならその選択を尊重しよう。だが——」


 細められたライトナさんの金眼に、獰猛な光がわずかにのぞきました。


「私とて、このまま『はいそうですか』と引き下がるほど人がいいわけじゃない」


 瞬間、それまで暗かったはずの部屋を幾筋もの魔力光が走り抜けていきました。それが魔法陣であることはすぐにわかりましたが、予め準備はしていなかったはず。


「まさか、今この瞬間に陣を書いている——?」


「ちょっと違うな。私的には別に種明かしをしてあげてもいいと思うのだが――これは私の技術モノではないからね。企業秘密ということにしておこう」


 そうして、瞬く間に陣が完成した。


「これは転移魔法陣――行先は帝国の城内の『ある場所』に設定してある。私が指を鳴らせば、ここにいる三人をまとめて移動させることができる。あ、もちろん今展開している陣のほとんどはダミーだから、破魔術を使っても無駄だよ」


 剣を抜こうとした僕をけん制するように、ライトナさんは忠告してきました。ここにある陣の全てがただ一個の魔法のために展開されているのなら、そんなものは僕の破魔術で——と思いましたが、それは無駄な足掻きのようです。


「約束を破った代償を、君には支払ってもらう。もしそれが私の満足いくものでなかったとしたら――やっぱり君を帝国へお持ち帰りすることにしよう」


「そんなことっ……先生にそんなことしたら、近衛騎士団が黙って——」


「王都の近衛など、我々の敵ではない。見どころのある奴らもいるが、それも一握り——やはり脅威にはならんというわけだ」


 思えば、先に共和国を襲った禁術『死霊術』使いのネヴァンですら、帝国では単なる魔法使い——そう考えると、ライトナさんのいうことも強ち嘘というわけはないのかもしれません。


「さ、どうする? 君は私にどんな代償を払うか?」


 答えを迫ってくるライトナさんの圧に、僕の首筋を冷汗が伝います。


 そのまま帝国へ攫われかねない、傍から見れば絶望的なような状況にも思えますが――。


 実は、ここまでは僕とカレンさんの想定通りだったりしたのです。


「先生——」


 彼女からの作戦開始の合図に背中を押された僕は、ライトナさんへと、一歩、また一歩と近づいていきました。


「おや、どうしたハル君? やっぱり私のもとに来てくれる気になったのかな?」


「――いえ」


 もちろん、そんなことはありません。


「僕の答えは、こうです」


 言って、僕はライトナさんの足元に跪きました。


「――約束を破って、ごめんなさい」


 手をついて、そのまま床に額をつけるようにして頭を下げました。


 つまりは土下座です。


『約束を破ったのなら、後はもう謝るしかありません——』とは、カレンさんの言葉。


 ただ謝罪する——これこそ、土壇場かと思えるような状況で僕とカレンさんが採用したささやかすぎる『作戦』だったのでした。


 まるで悪いことをした子供がやるような事に、さすがのライトナさんもきょとんとした顔を浮かべています。


「――なあ、ハル君。それで通ると思っているのかい?」


「思いません。でも、僕にはこうすることしかできませんから」


 お金もない、技術もそんなにない、国の機密を漏らせるほどの地位にあるわけでもない、そしてカレンさんと離れ離れにもなりたくない――王都ではまだ新人騎士の身分である僕ができることといったら、よくよく考えたらこれだけしかなかったのでした。


「めちゃくちゃなヤツだな君は……こんな子が近衛にいるとは、王都もどうかしている……プフっ」


 呆れた様子でそう言いながらも、ライトナさんの顔はどんどんと緩んでいき、そして終いには噴き出して笑い始めました。


「アハハハ……こんなに可笑しいのは久しぶりかもしれないな……気に入ったよ、ハル君。約束破りについてはこれで不問にしてあげよう」


 言って、ライトナさんは準備状態スタンバイにあった魔法陣を解除し、そしてさらにこう付け加えてきました。


「! そうだ、思いついた――後、やはり条件次第だけど、カレンちゃんの『それ』をなかったことにしてやってもいい」


「! ライトナさん、それは本当ですか?」


「ああ、約束しよう」


 気まぐれでそんなことを口にした彼女の真意は相変わらず測りかねます。ですが、約束破りを不問にしたことで、僕とライトナさんの関係は再び対等なものとなったわけですから、不満であれば突っぱねればいいだけです。


 とりあえず、聞くだけ聞いておいても損はないでしょう。


「それで、今度は僕になにをやらせるつもりで?」


「いや、ハル君。今回の条件、それに応じるのは君じゃなくて――」


 言って、ライトナさんはカレンさんのほうを指差しました。


「ふえっ? 私――ですか?」


「ああ。詳しい内容をどうするかはまだ決めてないだけど、ちゃんと対等な条件になるよう『あの子』とも相談——」


 と、ライトナさんが言いかけたところで、ふと、部屋のドアが開く音がしました。


 僕が振り向いた視界の先にいたのは、黒ずくめのローブと、黒の三角帽子といういで立ちの気弱そうな小さな子と、それから空色の髪とつぶらな翡翠の瞳が特徴の、今のカレンさんと同じくらいの背格好をした二人組の少女達でした。


「ひにゃっ……『ハカセ』以外の人がいる……!」


「『ハカセ』、その人達誰? お客さん?」


「ああちょうどいいところでのお帰りだな、チココ、それにナツ。また遅くまで買い食いか?」


「ハカセ、それは仕方がないこと。それもこれも王都の出店の食べ物がおいしいのがいけない。帝国とは大違い」


 ライトナさんの視線の動きから、小さい子のほうがチココ、そして不思議な風貌をした子のほうがナツという名前のようです。

 

 彼女のことをハカセ、と呼んだのを聞く限りでは、おそらくライトナさんの研究所とやらにいるお手伝いさんか何かだとは思うのですが――。


 そうして何の気なしに少女達二人のことを眺めていた僕ですが、ふと、そのうちのナツという少女と目が合いました。


 僕自身は初めて会うはずの少女――ですが、相手のほうは僕を見るなり、食べていた串焼きをぽろりと床に落として、驚愕に目を見開いていました。

 

 そして、さらに。


「嘘……そんな、まさかこんなところで会えるなんて……」


 一切視線を外すことなくこちらへと近づき、そのまま僕に抱き着いたナツは、僕と、それからその隣にいたカレンさんの耳に驚愕の言葉を口にしたのです。


「うれしい、やっと会えた——私の、私だけのお兄ちゃん」

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