12 謎の妹登場に戦々恐々の女騎士がかわいすぎる件 2


「い、妹って——え、ええええええっ!??」


 ナツの発した一言に、まず驚愕の声を上げたのはカレンさんでした。


 僕自身も驚いてはいたのですが、カレンさんに先をもっていかれたという感じです。


「どういうことですか先生!? こんなかわいい子が妹にいるだなんて、私、先生の口から聞いたことありませんでしたよ?!」


 初めて知った先生の秘密に、カレンさんがすぐさま詰問してきますが、僕はそれに返答する術を持っていません。


 そりゃそうです。だって、僕自身もこんな子が妹にいるなんて知らなかったんですから。


 王都による身辺調査によれば、戸籍上、僕は一人っ子だったはずです。とある王都領にある田舎で酪農を営む両親の間に産まれ、騎士学校入学と同時に里を出て一人暮らしを開始した——と、ではありますけれど。


 結局、僕の出生については不可解な点が数多くあるので、可能性でいえばあるのかもしれません。しかし、どれだけ過去の記憶を引っ張り出そうとも、特徴的ともいえる彼女の容姿にはまったく覚えがありません。

 

 顔のつくりなど、もしかしたら僕にちょっと似ているかも——とも思いましたが、それでも初対面であることに変わりはないのです。


 ですが、僕の顔から視線を一切外さない僕の妹は、僕が本物の兄であることに疑いは全く抱いていないようで——。


「すごいすごい。私が思っていた通りのお兄ちゃん。カッコイイ。好き」


 この言葉ぶりから察するに、ナツもどうやら僕と初対面であることは理解しているみたい。


 それなのに、僕を一目見ただけで『お兄ちゃん』と判断するなんて……。


 振り払おうにも、僕を抱きしめるナツの力があまりにも強く、できません。カレンさんが先程から『んぎ~!!』などといいながら引きはがしにかかっていますが、それも無駄でした。


「あのライトナさんこの子は……」


「――――(プイッ)」


 あ、逃げた。


 あの様子だと、僕とナツの間に何らかの事情があることを知っていそうです。


「アハハ、そんな顔するなよハル君。冗談だ、冗談。私とて、君の疑問に答えてやりたいとは思っている——だけど、生憎、ナツとチココは仲間からのでね。彼女達について詳しいことは聞かされていないんだ」


「……仲間? それにもらいものって」


「おっと、これはちょっと口が滑ったかな。ごめん、これ以上は『ひ・み・つ』だ。後のことは私の同僚である『本人』に聞いてくれ」


「それ結局僕が帝国に行かないとダメじゃないですか」


 秘密、と言っておきながらバレる程度には情報を出してくるライトナさん——やっぱり僕を帝国に連れていくことを諦めてはいないみたいです。


 たが、未だベールに包まれている僕自身の出自、その手掛かりがある場所がわかったのは思わぬ収穫でした。


 今はまだその時ではありませんが、いずれは帝国あちらと本格的にぶつかるかもしれない――


「せ、先生——!」

 

 と、僕が色々と考えを巡らせていると、カレンさんがナツに負けじと後ろから僕に抱き着いているのに気付き、我に返りました。


「先生、また変なこと考えてた——駄目ですよ、やっぱり帝国あっちに行くだなんて言っちゃ」


「私としては大歓迎だがね。あ、もちろんハル君が帝国に来るなら、カレンちゃんのことも特別サービスで治してあげよう」


「あなたは黙っててください! 先生、絶対にダメですからね」

 

 それについては先程の返答通りです。僕はなにがあってもカレンさんのところにいる——土下座までしたのですから、それは絶対です。


「え? そうなの? お兄ちゃん、私と一緒に帝国に帰ってくれないの?」


 甘えたような表情で僕を上目遣いに見つめてくるナツですが、僕は今度こそ突っぱねるようにして彼女に言いました。


「うん。僕は帝国には行くつもりはない。僕の故郷は帝国ではなく王都ここ――だからナツ、君が仮に僕の本当の妹だったとしても、そのお願いに応えることは絶対にないよ」


 ナツの力が弱まったのを見計らって、僕は彼女の拘束を振りほどきました。


 と同時に、カレンさんが僕を守るようにしてナツの前に立ちはだかりました。


「とにかく、これで今日のお話はおしまいです。先生をあなたたちの思うようにはさせない――これが答えです」


「やれやれ、結局は交渉決裂ね——いいわ、今回はカレンちゃんの『愛』に免じてそういうことにしておいてあげるよ」


「あ、あい!? そ、そんなんじゃないですっ! 私はただ、先生が勝手なことをするのが許せないだけで……」


「照れるな照れるな。大好きな彼氏を他の子に取られたくなくて束縛してしまう——その気持ち、私もわからんでもないからね」


「むむぅ~! 違うもん! 違うんだからぁっ!!」

 

 わたわたと手を振って否定するカレンさんをさらに煽るライトナさん——どうやら彼女もカレンさんの正しい『楽しみかた・愛でかた』をわかっているようです。


 帝国の人でなければ、ライトナさんとはいい酒が飲めそうな気がします。


 空気が和んだところで、そろそろこの場をお開きにしよう——そう僕が口にしようとした瞬間でした。


「――ちょっと待って」


 ナツがそう言ったと同時に、僕の視界の端を、バチリ、という音とともに、青白い閃光が走り抜けました。


「ひっ……駄目だよナッちゃん、今こんなところで『力』を使っちゃったら……この部屋がボロボロに」


「チッコは黙ってて。これは私とお兄ちゃん——それから、あの女の問題」


 涙目でナツを制止しようとしたチココを無視し、ナツがカレンさんへ向けて手をかざしました。


 ——バチンッ! バチチチチッ!!!

 

 彼女の右手に纏わりつくように発生した電撃は、思わず目を覆いたくなるほどの眩しさと激しさでした。電撃の魔法自体はそう珍しいものではありませんが、呪文の詠唱なしにこの威力は、ちょっと考えられません。


 撃ってくる——そう判断した僕が咄嗟に剣を抜いたところで、


「なーにやってんだ、ナツ。『力』は使うな——出発前にもそう忠告したろうが」


「あぐっ」


 ライトナさんがナツの後頭部をはたくと、それまで部屋を青白く染めんとばかりにスパークしていた電撃が嘘のように霧散し、その場から一瞬で姿を消しました。

 

「うちのバカが失礼した——今日はもう遅いから、この辺でお開きにしよう。私はもうしばらくここに滞在する予定だし、世間話ぐらいなら付き合うよ」


 そうして、軽く別れの挨拶をしてから、僕とカレンさんは宿屋を後にしました。


 滞在した時間自体はそれほど長くありませんでしたが、外に出た瞬間の疲労感は、一日休憩なしで働いた時と匹敵するほどでした。


 気づかぬうちにそれだけの重圧に、僕もカレンさんもさらされていたということでしょう。


「……すぅ」


 そしてカレンさんはというと、今は僕の背中におぶられて静かな寝息を立てていました。僕ですら、それだけの疲労ですから、十四歳のカレンさんにはそれ以上のものに感じたのでしょう——宿屋の外を出た瞬間、緊張の糸が切れたかのようにそのまま崩れ落ちたのでした。


 早く家に帰ろう——そう足を速めたところで、


「……ぁ、」


 小さな虫の、ごくごくか細い羽音のような声が、僕の耳元に滑り込んできました。


 最初は気のせいかと思い、そのままペースを落とすことなく歩いていましたが、


「ふぇぇぇん、待って、待ってくださいぃぃ…………!」


 ようやく何を言っているか判断できるほどの泣き声が聞こえてきたところで、誰かが僕を呼び止めているのに気付きました。


 振り向いた先の暗闇と同化しているローブを着た三つ編みの女の子が、息を切らしながらこちらに近づいてきました。なぜか、ほの白い燐光を放つ謎のぬいぐるみを従えています。


「えっと、君は確か……」

 

「ひぅっ……ごめんなさい、ごめんなさい、私みたいな存在が偉そうに呼び止めてしまってごめんなさいっ……!!」


 この子は確かチココ、と呼ばれていたはずです。ナツと較べて、随分気弱で大人しい印象です。


「どうしたの、チココちゃん? 僕達なにか忘れ物でもしてたかな」


「いえ、あの、忘れ物とかはないです……ごめんなさい」


「それじゃあ、どうして僕達のことを追いかけてきたの?」


「えっと、その……その……」


「大丈夫だよ、怒ったりしない。だから話してみて」

 

 なるべく彼女を刺激しないよう優しい口調でそう言ってやると、チココが僕のほうから目を逸らしながらも、ぼそり、と呟きました。


「あの……ナッちゃん……いえ、ナツは、本当はいい子なんです。今日はその、お兄さんに初めて会ったせいで、へんなふうになっちゃったけど……」


「じゃあ、ナツのかわりに謝りにきてくれたの?」


 チココは小さく頷きました。


 先ほどのやりとりで気分を悪くしたことを心配し、わざわざ謝罪に来る——それだけで、この子の『お人好し』度が伝わってくるようでした。


「……そう、君はとてもいい子なんだね。すごいじゃないか、友達のためにそこまでできるなんて。そんなこと、中々できることじゃないよ?」


「! ぇ、ぁの……そう、ですか?」


 その時、初めて僕は彼女と視線を合わせることができました。初めて見る彼女の黒瞳は、ナツと同じく一点の濁りもありません。


「うん、そうだよ。僕が保証してあげる。といっても、ただの学校の先生の僕に保証されても、嬉しくないかもしれないけど」


「ぃ、ぃぇ……そんなこと、ないです。ぇ、ぇへへ……」


 純粋な子なんだな、と僕は思いました。それだけに、これから王都と帝国というそれぞれの立場で今後対立する可能性があるのは、残念でありません。


「――それじゃあ、僕達はこれで帰るね。ライトナさんにもよろしく伝えておいてね」


「あ、そうだ……その、ハル、さん……!」


 僕が今度こそチココと別れようとしたところで、彼女が僕のほうへ『あるもの』――先程から彼女の周りをふわふわと待っている、ぬいぐるみのようなものを差し出してきました。

 

「……これ、僕にくれるの?」


「……(コクコク)」


 ほのかに暖かさを感じる白い毛玉——何の気なしにそれを手に取った瞬間、その正体に僕は驚愕しました。


「これってまさか『精霊体』……?」


 彼女はあっさりとその問いを肯定しました。


「あの……私、昔からで……泣いたりとか、怪我とかしたときに、いつも出てきて慰めてくれたり、治してくれて……」


『精霊』とは、以前より僕の読んでいた書物からによれば、この世界とは次元を異にした場所にいる特別な存在のことです。一説では、僕達が普段より使っている魔法も、周囲にいる精霊の力を借りて、自身の魔力という名の生命力を炎や稲妻など、様々な形に変換しているともいわれています。


 過去、この精霊自体を別次元より呼び出し、その精霊自体に力を振るってもらおうという『召喚術』というものがあったようですが――知能の低いものとはいえ、まさか実際にお目にかかれるとは思ってもみませんでした。


「あの、そ、それじゃ……っ!」


 ですが、それを聞く前に、顔を赤くしたチココは僕達へ向けてペコリと一礼すると、そのまま一目散に走り去って、闇に溶けて消えてしまいました。


 と、同時に僕が握っていたはずの精霊体も、いつのまにかどこかへと姿を消してしまっています。


「……帝国、か」


 僕を兄と慕う少女に、失われた過去の秘術を操る少女——その事実を目の当たりにした僕は、改めて、自分が対峙している『国家』の得体のしれなさを、改めて理解したのでした。

 

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