9 授業参観に錚々たるメンバーを集めてしまい恐縮する女騎士がかわいすぎる件


「――お待たせしましたわ、ハル」


 授業の合間にブラックホークへと赴いた僕は、現在はマドレーヌさんの補佐を務めるマルベリを見つけ、かくがくしかじかと朝にあった時のことを説明した上で事実関係を確認してもらっていました。


「人事の方にも確認を取りましたが、メイビィは確かに辞表を提出しているそうですわ。私たち同期の中で、一番最初の脱落者ですわね」


「そう、だったんだ。退職の理由は?」


「一身上の都合――とだけ。職内では特に嫌がらせの類はなかったそうですから、単純に仕事に嫌気が差したのではないかと」


 個人的な考えで言うと、僕は別に仕事を辞めることが決して悪いことだとは思いません。僕も、カレンさんがいなければとっくの昔に騎士団は辞めていると思いますし。


 ただ、それならなぜメイビィは『あんなこと』を言ったのでしょうか。騎士学校時代から泣き言一つ言わなかった彼女にどんな心境の変化が——気になることは尽きません。


 ただ、そればかりに気を取られているわけにもいかないのもまた事実なわけで——。


「あ、そうですわ——ハル、確か明日は特別クラスの『授業参観日』でしたわよね?」


「うん、そうだよ。良く知ってるね」


 まず直近で僕を待ち構えているのは、半年に一回ほどの頻度で開かれる『授業参観』です。読んで字のごとく生徒達の親御さん達に来てもらって生徒達が順調に成長しているところを見てもらう、という催しなのですが――。


「どうしたんですの、ハル? なんだかあまり気乗りしていないお顔ですけど」


「そりゃそうだよ。僕も初めの内は『普通に授業していればいいだろう』って思って実戦形式の授業をやろうとしたんだ。でも、やれ『生徒が怪我でもしたら親から苦情クレームが来るからやめろ』とか、やれ『波風を立てないよう全員が平等に活躍できる授業を考えろ』とか言ってきてさ」


 特別クラスに所属する生徒達は、基本的には貴族出や騎士団のお偉いさんのご子息が大部分を占めるため、学校側も何らかの問題が起きないよう神経質にならざるを得ないようですが――無茶ぶりもいいところな訳です。


 その上、授業参観が終わってからも、特別クラスにはさらに大変な行事が待ち構えているのですが――それはまた後で。


「あれ? というか、どうしてマルベリが授業参観のこと知ってるの? 僕、このこと総隊長カレンさんのお父さん以外には誰にも言ってないはずなんだけど」


「あら? ハルったら、聞いておりませんの? 特別クラスには私の——」


「? 私の?」


「あ、いえ……詳しいことは明日、特別クラスでご説明しますわ。それではハル、私はこれから任務がありますので」


「ちょっとマルベリ——ああ、もう行っちゃった」


 言って、マルベリは僕の言葉を待たずに部屋から足早に出て行きました。彼女の言葉から察するに、どうやら彼女も明日、授業参観に出席するようですが――いったいどの子の関係者なのでしょうか。うっすらとわかるような気がしますが。


 × × ×


 そして、翌日。その時がやってきました。


 昼食時間ランチタイムを終えた後、特別クラスには、それぞれの生徒の親御さん達が集まってきていました。過剰に着飾っている人、仕事の途中で抜け出してきたであろう人。まだ授業開始には少し時間があるため、普通なら軽い談笑などあるはず。


 ですが、今回は教室の隅に陣取った【とある集団】の放つ威圧感に、他の親御さん達はすっかり縮こまっていたのです。


「あの、授業を始める前に一つ聞きたいんですが――なんで皆さんがここにいるんですか?」


 明らかに任務途中であろう鎧姿のまま佇んでいるのは、エルルカ様を筆頭に、ガーレス総隊長、その補佐である副長のサクミカさん(久々の登場)、マルベリ、なぜかエナ、そしてマドレーヌさんまで居ました。


 近衛騎士団のメンバー勢揃いなわけですが、はて、僕はどこから突っ込めばいいのでしょう。


「こちら側から見る教室の景色はこんな風になっているんですね。あの時はハル様と二人きりでしたけど、やはりこういうのも悪くなさそうです」


「カレン——頑張れ、頑張れ私のカワイイ娘……!」


「ゲヘへ……ロリカレンちゃんカワユス……お持ち帰りしたい——ハッ、私はいったい何を?」


「ハウラ~! 今日はパパとママのかわりに応援に参りましたわよ。頑張ってくださいまし~!」「はい! お姉さま!」


「ほええ、ガッコってこんなとこなんだ。学食とか学食とか色々見れたし、強引にマルベリについてきてよかったかも」


「まあ、こんな面白そうなイベント、私だけ置いてけぼりというわけにはいかないでしょう」


 親バカな総隊長とハウラの姉であることがわかったマルベリ以外は完全なる冷やかし目的です。あと、一人だけガチなヤバい人もいます。


「えっと――今日は授業参観のための特別授業ということで、騎士団でよく用いられている魔法やそれを組み込んだ戦術などの基礎を教えていこうと思います。講義の途中で指名して答えてもらうところなどもあるので、皆さん途中で寝たりすることのないようにお願いしますね?」


「……だそうですよ、カレン。頑張ってね」


「娘……!!」


「ぐへ……おほん、平常心平常心」


「ハウラ、完璧な回答でハルをギャフンと言わせてあげなさい!」


「ねーマルベリ別のとこ行こうよ。ここ何気に窮屈だし」


「ふふ……盗聴七号改二『録音くん』セット完了——カレン、あなたは一体どんな珍回答を私に魅せてくれるのかしら」


「あ、あれ……? ただの座学の授業で、なんでこんな重圧プレッシャーが私にかかってるんだろう……?」 


「…………」


 喉元まで出かかっている言葉をなんとか飲み込んだ僕は、教室の隅の一団をなるべく見ないようにして板書を始めたのでした。


 ――いやあの……授業の邪魔だからみんな帰ってください。お願いですから。


 そしてカレンさん——訳も分からず余計な重圧をかけてしまって本当にごめんなさい。


 × × ×


「――はい、ということで授業はここまで。この続きを知りたい人は、後で僕に聞くかもしくは近衛騎士団に入隊してください——以上で終わりです、ありがとうございました」


 授業参観の終わりを告げる鐘が鳴ると同時にそう締めると、出席をしていた親御さんの方から拍手が沸き起こりました。


 この授業をしようと決めた時から、生徒達はもとよりこの場にいる全員にわかってもらうよう、題材から用語、言葉遣いなど特に気を遣ったので、それが素直に評価されたのは良かったです。ただ、もう二度とやりたくはないですが。


 ちなみに授業の途中でカレンさんを指名することはありませんでした。それについては『なんだつまらない』と不満げな態度を『外野』の皆さんは表しているようですが、ただでさえ慌ただしい参観がさらに収拾がつかなくなるため無視することにしました。


「ハル、それにカレン——ちょっといい?」


 親御さんを丁重にお見送りし、そして冷やかしの騎士達を一通り追っ払った後で、まだその場に残っていたマドレーヌさんからこっそりと手招きされました。


 どうやら内緒の話がある、みたいですが……。


 カレンさんを連れて教室の外に出てマドレーヌさんの元に向かうと、彼女の後ろに、シミだらけの薄汚れた白衣を着た金髪の女性が立っていました。


「【やっほー】だ。ハル君、カレンちゃん。出来の悪い弟子が世話になっているね」


「あ、どうもご丁寧に。えっと……」


 差し出された両手をそれぞれ握った僕とカレンさんが、同時にマドレーヌさんのほうを見ました。


「こちらの人はライトナ——魔術研究所時代、私が新人だったときの上司——いわゆる師匠よ」


「ああ、この人が……」


 マドレーヌさんがかねてより話していた、カレンさんの身に起きた若返り現象を解決するための助っ人――外側にはね放題で、枝毛だらけのぼさぼさの金髪や、不健康そうな肌――風貌を見る限り、いかにも『研究者』というイメージがぴったりです。


 と、僕がそんなことをぼんやりと考えていると、ふと、ライトナさんの手がカレンさんの手を乱暴ともいえる手つきで掴み、そして自身の方へと引き寄せました。


「えっ!? あ、あのライトナ、さん……?」


 瞳と瞳が触れ合おうかという勢いで最接近するライトナさんにカレンさんが思わず身を固くしますが、ライトナさん自身はそんなことを気にすることなく、対象の頬から首、そしてその下の胸から下半身にかけて、全身をぺたぺたと触っていきました。


「ふうん、なるほどなるほど——これは確かに十四の肉体だ。すごいじゃないか、こんなヘンテコなコトできるヤツがまだ王都に残っているなんてね」


「で、どうですか師匠せんせい――カレンを、私たちの隊長を元に戻せそうでしょうか?」


「う~ん、どうかねえ……」


 顎をさすってほんの一拍ほど置いた後、ライトナさんは驚くべきことを口にしました。


「——ま、多分大丈夫じゃないの?」


「「「え」」」


 その言葉に、僕やマドレーヌさん、そしてカレンさんまでもが同じ言葉で呆気にとられてしまいました。


 ちょっと観察しただけで、王都の頭脳が寄り集まっても解決の道筋すら立っていない問題を、ちょっと全身触っただけで『できる』とほぼ断言できるとは——この人、ちょっとどころでは済まないほど、只者ではありません。


「師匠、その言葉——本当ですか? ウソじゃないですよね?」


「ああ。ちょっとウチの研究所ラボから『材料』だったり『お手伝い』をもってくる必要はあると思うがね。問題はないだろう」


 もしライトナさんの言うことが本当であれば、すぐにでも、そしてどんなことをしてでも協力をしていただきたいところですが――。


「……ふふん、すぐにでもやってくれって顔をしているな、マドレーヌにハル君、この欲しがりどもめ。でも、もちろんタダでというわけにもいかない」


「やはりそう来ますよね……」


 交換条件があるのは百も承知です。細かいところは姫様と相談する必要はありますが、基本的には了承していいと許可はもらっています。ライトナさんの言葉を全て信じるのも愚かかもしれませんが――今はこれしか思いつきません。


「――わかりました。ライトナさんの要求を受け入れます。ですから、カレンさんを元に戻してください」


「いい返事だね、ハル君。潔い男は、私も嫌いじゃない――だが、本当に受け入れていいのかい?」


 言って、ライトナさんは獰猛な光を宿した黄金色の視線を僕の方へと向けてきました。


 その眼球に浮かんだ見覚えのある紋様――いつかの死霊使いが首につけていた徽章の形とその中心にある『Ⅵ』の数字に、僕は一瞬、言葉を失ってしまいました。


「カレンちゃんを治す代償は君自身だハル君——君を、この私——帝国近衛騎士団『十三星』の一人、【教授プロフェッサー】ライトナの部下コレクションに加える—―これが条件だ」

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