8 やっぱりビッチを警戒する女騎士がかわいすぎる件

 

「――なるほどね。カレンも当時の頃よりはまともな学生時代を送れているようでなによりだわ」


 学校への出勤前にブラックホークの詰め所へと行き、現在は隊長代理として働いてくれているマドレーヌさんのもとへと向かいました。カレンさんの状態の報告のためです。


 カレンさんが抜けて一時はどうなるかと思われた仕事の状況ですが、さすがに緊急事態ということで、ホワイトクロス他、その他の分隊へ仕事は均一に割り振られているようです。


「しかし——やっぱり身体に大きな変調はないみたいね。薬の場合だと、時間経過でどうにかなる可能性もあったけど……やっぱり駄目ね」


「アンリさんの状況はどんな感じなんです? 確か、マドレーヌさんの元職場の人達にも協力してもらっているんですよね?」


 ネヴァンのような『他者を乗っ取る』死霊術を使役することなく、自身の体のみを若返らせる現象、その原因を突き止めることができればとんでもない発見となりますから、現在アンリさんが缶詰にされている地下の書庫には魔術研究所の優秀な職員たちが集って実験が繰り返されているようですが――。


 マドレーヌさんは僕の問いにただ首を横に振りました。


「偶然なのか、それともまだ何か隠されている秘密があるのか……カレンのヤツ、私をいったいいつまで困らせれば気が済むのかしら」


 そう悪態をつきながらも隊長代理を引き受けてくれているということは、なんだかんだで親友カレンさんのことが心配ということでしょう。マドレーヌさん自身の家庭があるわけにも関わらずですから、本当に頭が下がるばかりです。


「じゃあ、ハルは引き続きカレンの教育と監視をお願い。私もちょっとばかり人を頼ってみようと思うから」


「人——研究所のお知り合いの方ですか?」


「ううん、別の人。何やってんのかは『ひ・み・つ♡』とかふざけたこと言って全然教えてくれないけど、連絡先ぐらいは残ってるから。ま、頼りになるのは間違いないわ」


 研究所でも指折りの魔法使いであるマドレーヌさんにここまで言わしめる方――気になります。いずれ機会があれば僕もお会いしたいところです。


 ×


 報告を済ませたところで城から目と鼻の先にある校門へ向かうと、すでに多くの生徒達が登校をしている最中でした。朝の一コマ目の授業開始にはまだ全然時間がありますが、クラスによってはその前から『自主学習時間』という名の普通の授業があるため、自主、となるため登校は自由ですが、普通に必修科目の内容をバンバン進めていくため、実質は強制ということに変わり在りません。


 あれ、王都って、元からして実はブラックじゃね……って、深く考えるのはよしておきましょう。


 おはよー、という生徒達の挨拶の中を通り抜けて門をくぐろうとすると、その中で、一際生徒達——特に男子生徒達の注目がとある一点に集まっているのに気付きました。


「おっはよー! みんな、今日も張り切っていこうね~!!」


 生徒棟の入り口の前で、たわわな二つのものを揺らしながら、満面の笑顔を振りまく若い講師——その顔は、僕が以前より見知っていた人でした。


「あれ? メイビィじゃない、どうしたのこんなところで」


「あ、どうも先生おはようございま——って、ハ、ハル!!??」


 やはりそうでした。会うのは久しぶりですが、良くも悪くも皆の注目を集める愛嬌(それからあと胸)は、僕の騎士学校時代の同期であるメイビィです。


 わからないのは、どうして彼女が学校にいるのかということです。卒業後の彼女は辺境のほうの騎士団に今も所属しているはずで、こんな場所で講師用の仕事着を着ているわけはないのですが。


「そ、そんなっ、ハルこそどうしてこんなとこ……第四騎士分隊ブラックホークのほうはどうしたの?」


「ちょっと理由があってね。期間限定だけど特別クラスの講師をしてるよ。で、メイビィのほうは……」


「あ、えっと、それは……」


 すると、普段なら僕を見るなりすぐに腕に飛びついてきていたはずの彼女が、罰の悪そうな顔で目を逸らしたのです。


「私、騎士団は……その、辞め、ちゃって……つい最近、ここに再就職した、というか」


「え?」

 

 彼女からの返答に、僕は少しばかり驚いてしまいました。


 外見から誤解されがちですが、彼女はとても勉強熱心で努力家です。騎士団に入るのには到底無理だろうという卒業直前の評価を覆したのが、それを証明していました。その根性は、男の僕でも舌を巻くほどですし、入隊前も僕に『すぐに近衛騎士団そっちに入ってみせるから』と宣言していたのに——。


「ま、まあ私のことはいいよ! はいはい! この話はもうおしまい!」


 言って、無理やり話を打ち切ったメイビィが僕の腕にいつものように抱き着いてきました。ふよん、としたやわらかな感触はいつも通り。


「それよりさ、まさかこんな形ででハルと再会するなんて思わなかったな。ね、これってさ、結構な運命と思わない?? だからさ、仕事終わりに再会を祝してちょっとご飯にでも——」


 強引に今夜の約束を取りつけようとさらにぐいぐいと自身の『武器』を押し付けようと彼女が迫ろうとした瞬間、


「――ハル先生、おはようございます」


 と、やけに冷やな口調で、いつの間にか僕の背後にいたカレンさんが僕へ挨拶をしてきました。メイビィの視界からは見えない位置で、僕の服の裾をくいくいと引っ張っていました。


「あ、おはようカレンさん。どうしたの朝からそんな怒った顔して——」


「その女はなんですか?」


「え、いやその前にどうしてそんな不機嫌——」


「その女はなんですか?」


 僕の言葉を無視したカレンさんが、僕の背中へさりげなく肘鉄をめり込ませてきました。質問してるのはこちらだ、と言わんばかりです。 


「えっと、彼女は僕の騎士学校時代の同期で——」


 と、僕が彼女を紹介しようとしてきたところで、あろうことか、メイビィは僕へ思い切り後ろから抱き着き、僕の背中越しに、


「私はメイビィだよ、この学校の新任教師で、ハルとはをやらせてもらってるよ!」


 またそんな誤解を招くようなことを言って——そんなことしたら、僕の目の前にいる純情可憐な生徒が、


「あっ、そうですか。ふーん」


 ほら、やっぱり。そしてさらに僕の背骨に食い込む肘。あの、何気に痛いのでやめてくれませんか。


「カレン……カレン……あ、そういえばハルのとこの隊長さんと同じ名前だね。偶然。それに、名前だけじゃなく面影もなんとなく似てるような……まあ、世界探せばそっくりさんぐらいいるか」


 同一人物ですから名前は同じですし面影もあるに決まっています——が、部外者の彼女にそれを打ち明けるのはまずいでしょう。


「とりあえずヨロシクね! 私は通常クラスで、しかもまだ副担任だから会う機会は少ないかもだけど——ハルの教え子なら、私も特別に色々教えてあげちゃうから!」


 メイビィがカレンさんのほうへ右手を差し出してきました。特別に色々——もしカレンさんがその教えを吸収したらどんな風に成長していくのか気になるとこではありますが――。


「…………ふん」


 しかし、カレンさんはそれを無視するどころか、思い切り左手の甲で叩いてしまいました。


「! カレンさん、ちょっとそれは――」


「先生――私、この人嫌いです」


 無礼な振る舞いを嗜めようとしたところでの、この言葉。


「さっきから黙って見てみれば……なんですその振る舞い? ハル先生に色目を使って惜しげもなく自分の胸を、押しっ……押し付けて。そ、そんなのまるでビッ……ビッチ、そう! ビッチですそんなの! 同じ女性として恥ずかしいですっ!」


「ビッチって……私はそんなつもりじゃ」


「それにあなたのことが嫌いなのは、それだけじゃありません」


 メイビィが言い返そうとしたところで、カレンさんはさらに続けました。


「ちょっと前から話も聞いていましたが、あなた、騎士団を辞めたんですって? 大方、仕事の厳しさに耐え切れなかったのでしょう? そんな根性のない人に、私が教えを乞うことなどありえません」


「っ……!」


 気遣い、という言葉を知らない剣のように突き刺さるカレンさんの言葉に、メイビィの眉間に皺がよりました。


 唇を噛んでいるところを見ると、もしかしたら図星かもしれません。


 しかし、カレンさん——はっきりと言ってくれます。裏表もないのでしょうが、これじゃあ敵を作ってもしょうがありません。


「――おいこら新入り、何やってんの! さっさと生徒達ガキどものところ行くよ、モタモタしない!」


 カレンさんの言葉をきっかけに不穏な空気になりかけましたが、そこにメイビィの直属の上司と思われるマイルさんの怒声が割って入ってきました。


「あ……はい、すいません先輩すぐ行きます! じゃあね、ハル」


 僕へ向けて軽く会釈したメイビィはそのままマイルさんのもとへと走って行ってしまいました。


「ふん……あ、先生、が消えたところで私たちも教室へ向かいましょう。こんなことで授業時間が削られてしまうのは勿体ないですから」


「ちょっと、カレンさん——」


 勝ち誇った表情でそれを見送ったカレンさんは、そのまま僕の手を強引にとって教室へと向かっていったのですが――。


 カレンさんに連行されていた時の僕の頭の中は、別れ際にぼそりと呟かれた、


 『……ガキのくせにわかった風な口きいてんじゃねえよ』


 という、本当に彼女が言ったのかと思う言葉が響いていたのでした。

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