7 盛大に勘違いする女騎士がかわいすぎる件
まだ太陽が地平線に姿を現すずっと前から、僕の一日は始まります。
「お~いケルベロス、散歩行くよ~」
「「ガウッ♪」」
起床してまず一番最初にやることは、カレンさんがペットとして飼っている犬(?)のケルベロスの散歩です。現在、カレンさんは総隊長にいる実家へ戻っているため、そのかわりのお世話を僕がやっていました。
最初拾った時は小さかった彼ら(?)も、今や僕の身長を凌ぐかというほどに大きくなり、もはやぬいぐるみとは言えないほどの迫力を備えています。今は首輪とリードがついていますが、こんなのが、首輪無しで王都をうろついていたら、まず間違いなく魔獣騒ぎに発展してしまうでしょう。
早朝より行われる朝市の準備をしている商人や農家の方とあいさつを交わしながら、ケルベロスとともにいつもの散歩コースをたどっていくと、その途中、公園の一角にある『とある場所』に軽鎧姿の一人の少女が佇んでいました。
「あれ? カレンさん」
「! あ、おはようございます先生。お散歩ですか?」
「うん、彼らの散歩にちょっとね。そっちは……もしかして鍛錬中?」
「はい。お父様のような立派な騎士になるためには、一日でも多く努力を積み重ねるのが——ってきゃんっ!?」
「「ガウガウ! アオーン♪」」
カレンさんが立派なことを言おうとしたところへ、興奮した様子のケルベロスがものすごい勢いで飛びついていきました。少し姿が変わってもカレンさんはカレンさんですから、久しぶりに飼い主と再会が出来てものすごく嬉しそうです。
「わっぷ……ちょ、なんなんですかこの犬——わにゃぅっ?! そ、そんなとこ舐めちゃっ……せ、先生見てないで助けてください!」
「あ、ごめん。今の僕の力じゃ興奮したケルベロスを止めるの難しいから我慢してあげて。大丈夫、食べられたりなんかしないから」
日を重ねるごとに成長していくケルベロス——その身体能力は、おそらく今まで戦ったり退治した魔獣のどれよりも凌駕しています。というか、多分まだ本当の力を出していないのではないかとさえ思うほどです。
彼らはおそらく犬もしくは狼などをベースとした
躾——ちゃんとしておいてよかった。
「「ガウ、ガウウ♪♪」」
「ふえ、ふえええええんっ!」
僕の何気ない王都の朝――それは、幼気なカレンさん(十四歳)のそんな悲鳴で出迎えてくれたのでした。
× × ×
「ふええ、べとべと……せっかくお父様から新調してもらったのに」
ペットからの手荒い再会の挨拶からなんとか抜けきったカレンさんは、よだれでベトベトになった鎧を公園の水場で洗っていました。
粘液まみれで泣きべそをかく少女、その傍らにいる若い男の僕――ということで、時間が経つにつれ増えてきた人の好奇の視線が集中してきました。あ、そこのおばあちゃん何もやましいことはありませんので衛兵さんを呼ぼうとしないでくださいお願いします。
「「ガウガウ」」
で、この面倒くさい状況を引き起こした
「ところでカレンさん。どうしてまたこんな場所に? 鍛錬場なら、実家にもあるのに」
この公園にあるのは、申し訳程度に設置された木の棒がいくつかあるのみです。訓練するなら、総隊長の家の庭にもっと立派な設備が最適だと思いますが。
「――えっと、私も最初はそう思ったんですけど……でもなんでかこの場所がものすごく懐かしい気がしたというか、ここでしたほうが効率がいいような気がしたので」
「……へえ、そうなんだ」
「? どうしたんです先生、そんなにやけ顔して」
「いや、なんでも」
実はここ、以前よりずっと僕とカレンさん(二十九歳)が朝の鍛錬に使っていた場所だったりしたのです。入隊当初に高かった鼻をへし折られた場所でもあり、そして同時に強くしてもらった場所――ですから、記憶まで当時に戻ったはずのカレンさんがそのように感じていてくれるのが、何気に嬉しかったりしました。
——ということで、今度は僕がカレンさんに恩を返す番です。
「そうだカレンさん——良ければ僕が付き合ってあげようか?」
「ふにゃっ——?!」
僕がカレンさんの鍛錬を見てあげようと申し出た僕ですが、何を勘違いしたのか、カレンさんはその言葉に口をぱくぱくさせていました。
「つつつ、付き合うっ!?? ななななん何を言っているんですか、先生は!? この前は『先生と生徒だから一線は越えない』とかなんとか言っていたくせに、舌の根の乾かぬうちに、もうやる気満々なのですか!?」
「えっ、いや、朝の鍛錬に付き合ってあげるって意味だったんだけど——ほら、そっちの方が効率がいいと思うし」
「えっ」
「えっ」
「…………」
僕の返答に、カレンさん表情が一瞬固まり、
「あ、えっと……カレンさん的にはもしかしてそっちのほうが良かった?」
「~~~~~~~!」
そして、自分の勘違いに気付いた瞬間には、その頬が真っ赤に染まりました。
「うわあああああああああん! 違いますっ、違いますからああああああ!!!」
羞恥に耐えきれなくなったカレンさんは、そのまま僕から逃げるようにして鎧を置いたまま、薄着姿で走り去って行ってしまいました。
「「ガウ」」
あっという間に豆粒になってしまうほどに離れたカレンさんの背中を眺めていると、ケルベロスが前足で僕の脚をぺしぺしと叩いてきました。
追わなくていいのか? と言っているようです。
「――今はそっとしておいてあげよう。人は誰でも、一人になりたいときっていうのがあるものだから」
追撃しようとも思いましたが、やるとちょっと嫌われそうですし。こういうのは加減が大事なのです。
そうして、カレンさんの装備品一式を預かり、大人しくなったケルベロスを連れてひとまず家路についた僕だったのでした。
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