【カクヨム版サイドストーリー】 未練がましい女騎士の私がかわいすぎる件?
(※ こちらは書籍第一巻の発売を記念したカクヨム版準拠のSSとなります。時系列的には一章の16~17『未練たらたら~』あたりです)
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× × ×
こんなに気分がぐちゃぐちゃなのは、いつ以来だろう。
……もしかしたら初めてかもしれない。騎士学校に入学した時、そして近衛騎士団に入団した時、隊長になった時……二十九年、まあまあそれなりの長さを経験してきた人生だが、今ほど自分のことが嫌いになったことはなかった。
明日も朝早くから変わらず仕事だ。もちろん、その次の日も、そのまた次の日だって。
魔石灯にされた炎の明かりが、暗い街路をぽつりぽつりと照らしている。灯された光につられてよってきた小さな羽虫を、蛾を、私はぼんやりと眺める。
時刻でいえば真夜中で、いつもならもうベッドで寝ている。
そんな時間に私は、外を歩いていた。
「…………」
私はとある屋敷の通用口の扉をノックした。本来であれば、ここで働く使用人が出入りするための場所だが、私が通る分には問題ない。
彼女の、マドレーヌの屋敷には、いつも通っているからだ。
「……どした?」
応じるなり、マドレーヌは言う。この時間にこの扉をノックする人間は私しかいいないから、顔を確認する必要すらない。
マドレーヌはどうやら寝る直前だったようで、すでにゆったりとした寝間着に着替えている。
また、迷惑をかけてしまったが、それでも話を聞いてくれるらしい。
いつも思う。私には、本当にもったいないぐらいのできた親友。まあ、たまにおっかない時もあるけれど。
「いや、その……」
こんなド深夜に押しかけておいて、私は口に出すのを戸惑った。
ハルのことを拒絶した。振ってしまった。
ふふ、となぜか口元から笑いがこぼれた。自嘲の笑み。
馬鹿にしていた。恋愛なんて、と言って。誰と誰が付き合っている、好き合っている、もしくは片想い。くだらない、私はそんなものに惑わされない。
……少しだけ後ろ髪を引かれる思いはあったが、それを振り切って、剣を振っていた。
そんな私が、今はその恋愛に心をズタボロにやられていた。
「まあ、とりあえず中に入りなさいな。……でも、その前に、」
すっ、とマドレーヌから薄肌色のハンカチを渡された。
「とりあえずその涙と鼻水でべっちゃべちゃになってる顔をキレイにしてからね。ぽたぽた垂らされて、また掃除させちゃうのも、
「マドレーヌ……その、」
「ごめん、って? いいわよ、別に。一応、親友ではあるわけだし……私だって、まったく無関係ってわけじゃないから」
自室へと戻るマドレーヌの背中にすまん、と心の中で詫びて、私は乱暴に顔をぬぐった。
確かに、これはひどい。綺麗だったハンカチが、あっというまに透明な粘液でべたべたになった。
色のない分泌液をこんなに拭ったのは、やはりこれまでの二十九年で初めてかもしれない。
また、少しだけおかしい気分になった。
……情けない。
「えっとこの辺にアイツ確か隠して……ん、あったあった」
自室に戻るなり棚の奥をごそごそとやっていたマドレーヌが、あるものを取り出した。
「酒、だな」
それも見るからに高そうな。しかも、多分マドレーヌの旦那さんあたりが大事そうに保存していただろうもの。
何の躊躇もなく、マドレーヌはその栓を抜いた。
きゅぽん、といい音が弾ける。
「いるでしょ? ってか、大人は茶ごときで本当の気持ちなんか吐き出せないんだから。やっぱり
問答無用でグラスの片割れを渡すと、マドレーヌはベッドに座って、となりをぽんぽんと叩いた。隣に座れ、ということらしい。
私は大人しく従った。
「で? なにがあったの?」
「……わかってるくせに」
「わかってるわよ。その上で私は吐き出せって言ってんの。なんのための酒かって。アンタの一か月分の給料じゃきかないのよ、コレ。……ふむ、なかなかうまい」
グラスになみなみ注がれた赤琥珀の液体を一口飲んで、マドレーヌは言う。
相変わらず厳しく、でもなんだかんだで面倒見のよい優しい親友。だからこそ包み隠さず話せる。
「さっきハルに告白されたんだ」
「うん」
「二回目だ。最初に平手打ちして突っぱねたつもりだったんだが……しょうがないヤツだよ、本当に」
親友に合わせて、私もグラスの中身をあおる。わりと強い酒のようだが、不思議と喉が焼けるような感じはない。かわりに、鳩尾の奥から、徐々に熱くなっていく感じがした。
「好きです、だってさ。仕事でも滅多にしない真剣な顔つきで……正直、その、」
「嬉しかった?」
私は頷いた。顔が火照って熱い。
だが、きっと酒のせいだ。
「……他にいくらでも若くていい子がいる中での、私だからな。なんて物好きだと思ったけど、嬉しかった」
ハルが入隊してから、私の心はざわざわすることばかりだ。あくまで上司と部下という関係で線引きしようと努めているのに、いつの間にかするりと壁をすり抜けて私の心をかき乱してはドキドキさせてくる。
神童と呼ばれるほどの才能を持ち、でもそれを鼻にかけることはなく、(少なくとも私の前では)真面目で。
そして、楽しそうに私をからかう顔が本当にかわいい。
本当に、不思議としか言いようのない雰囲気をもった少年。
「そんなに嬉しかったくせして、どうしてアンタはまたしても振っちゃうかなあ……」
一杯目を空にしたマドレーヌがふうと大きく、長く息を吐き出した。
……反論などできるはずもない。
そこまで好きなくせして、私はハルの告白を拒絶した。真っ向から。お父さんからは色々言われていたし、それが私を悩ませる大きな原因になっていたけれど。
「多分、私は最後まで自信を持てなかったんだ……十六歳の少年の恋人としてやっていけるのかが。上司として、大人として、あの子のお姉さんとしてリードしなければならないのに、いつもいつも慌てふためいてばかりで……こんな情けない大人、きっといつか幻滅されるかもって」
結局、お父さんの言葉は、そんな気持ちを正当化するための言い訳にすぎなかったのだ。
情けない。本当に、情けなくて、
「……ああもう、またアンタはそんな顔して」
「うう……ごめん」
また泣いてしまった。
マドレーヌの家に着くまでの間でも随分と泣いたが、それでもまだ瞳からは涙があふれ続ける。
ハルが好きなのに、もう二度とないかもしれない、私のことを大好きだと言ってくれる大切な人なのに。
「ごめん、ごめんハル……私は、大人失格だ」
「……そうね、アンタはダメな大人ね」
そう言って、マドレーヌは私の頭をやさしく撫でてくれる。
自分でも混乱して何を言ってるのかわからないとりとめのない言葉たちを、マドレーヌはただただ頷いて受け入れてくれた。
「……アンタみたいな美人だけの超拗らせ女なんか、絶対貰い手なんかつかないと思ってたけど。カレン、今ならハルがアンタを選んだ理由、ちょっとだけわかる気がする。……今のアンタ、すごく可愛いもの」
「えっ、可愛い? 私が?」
「そ。ちょっと歳いってんのが玉に瑕だけどね」
この親友が何を言っているのか、私にはちょっと理解できない。
こんな花より剣でも握っていたほうがよほどお似合いな一生独身確定の脳筋女のどこに可愛げがあるというのだろう?
「わからないって顔してるわね……ハルが本当に気の毒」
まだ言うか。
いつまでも過ぎたことをくよくよして泣いてばかりの私が可愛い?
そんなこと、あるわけがない。
ハルもそうだし、マドレーヌも。本当に変なことを言うものだ。
ふと、私を映した姿見に目が行く。
……私もこんな顔をするのだな、と涙でぐしゃぐしゃになった自分を見てそう思った。
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(※ こちらはボツにするつもりでしたが、せっかくなので掲載いたしました。今後の更新は再びゆっくりペースとなりますので、ご了承ください)
【WEB版】年上エリート女騎士が僕の前でだけ可愛い たかた @u-da
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