2 遠征先の宿で死ぬほど狼狽える女騎士がかわいすぎる件 (混浴風呂で鉢合わせ編)


 僕の所属する『ブラックホーク』は、主に、戦場における最前線を任されることがほとんどです。東奔西走――西に魔獣が出ると聞けば、精鋭を組んで退治に出向き、また東で他国との小競り合いがあれば、部隊全員で余計な戦闘にならぬよう抑止力となります。


 つまりは便利屋、のような位置づけです。『とりあえず何かあったらアイツら行かせておけ』的な。


 今回は、カレンさんと二人で、王国の領土の北に位置する農村に出向いた時の話です。任務の内容は、近くの洞窟に巣食った魔獣の退治。

 

「ふ~、これで一通り片付いた、かなっと」


 最後の魔獣の一匹を撃退し、僕はひとまずほっと一息。額の汗を拭う必要がないぐらい楽勝でした。元々新人研修の一環として派遣されただけなので、命を危険にさらすようなことがないような配慮もされています。


 ついてきたカレンさんが、まさにそれです。万が一を考えて、とのこと。


「隊長、終わりました」


「――――」


 洞窟の入り口で控えていたカレンさんに声をかけると、頷いた彼女が手元の時計に目を落とし、なにやらメモをしていました。カレンさんのさらに『上』に報告するための書類です。


「ふん、まあいいだろう。合格だ。新人だと、たまに止めを刺すのを忘れて、油断したところをやられることもあるが……」


 ない。それは絶対にないです。そんなヘマをする僕ではありません。


 もしそんなことになって命を落としたり、落とさないまでも日常生活を送るのにも不自由になれば、こんなにも嘆かわしいことはありません。


 だって、そうなったらカレンさんのことを近くで見れなくなってしまうから。


 それだけは絶対に避けなければなりません。


 なので、こんなことでヘマをする僕では絶対にないのです。


 しかし、それだけやっても、カレンさんは、一人で任務をやり遂げた僕に対して、まるで叱責するかのような鋭い視線を返してきたのでした。


「仕事としてはいいだろう。だが、もう少しスピードを上げろ。いくらなんでも遅すぎる。他の団員なら、お前の半分の時間でこれより完璧にやる。私ならそのさらに半分だ。でなければ、貴様は戦力外クビだ」


「……はい。すいません」


 極めて冷静な口調で発された『クビ』という言葉に、僕の高揚していた気持ちは一気に現実に引き戻されます。


 ブラックホークに居られなくなったら、僕はもう生きていられません。カレンさんと仕事ができなくなったら、多分、騎士すら辞めてしまうでしょう。


 そんなのは、嫌です。


「なんて顔をしている。クビになるのが嫌なら、次はもっと必死にやれ。この軟弱者め。ブラックホークに、お前のような給料泥棒のゴクツブシはいらんのだからな」


 事務仕事や仕事を離れた時と打って変わり、任務におけるカレンさんは本当に厳しい人です。優しい言葉とかは一切ありません。妥協なしに成果だけを求めて、それが常に出来なければあっさり切り捨てます。


 ブラックホークの隊員の年齢層は、主に働き盛りの三十代、四十代の歴戦の騎士なのはそれが理由です。それ以降の若い隊員は、ほとんどがカレンさんのお眼鏡にかなわずクビになるか、自ら辞めてしまっています。


 あんまり厳しいものだから、周囲からはひっそりと『鬼姫』だなんて呼ばれているようです。


「わかりました隊長……以後、肝に銘じます」


「――ふん、まあ、ひとまずこれで任務は終わりだ。本当なら今から王都に帰ってもう一仕事、というところだが今日はもう遅い。仕方ないから、今日はこの村で一泊するぞ」


 落ち込む僕に一瞥すらくれることなく、カレンさんは宿泊先のある農村へと歩を進めていきました。


「あ……」


 自らの背丈すらある専用の大剣を背負って、少しづつ小さくなっていく背中を見つめながら。僕は。


「はぁ……はぁ……いつものカレンさんも可愛くていいけど、やっぱり仕事中の冷たすぎるカレンさんもいいなあ……もっといじめてほしい、罵ってほしい」


 僕は、軽く恍惚に浸っていました。


 あ、もちろん自分が変態だというのは自覚しています。もちろんカレンさん以外の人にこれをやられたら、痛い目にあってもらいますけど。


 ×  ×  ×


 さて、今回の遠征先の農村、実はちょっとした観光地としても有名だったりします。


 その理由は、農村の各地に噴き出している温泉――。


「ふわあ~……生き返るなぁ~……」


 宿泊先の宿屋の方に勧められ、僕は、そのまま屋外にある露天風呂に肩までとっぷりとつかりました。


 北国ということもあり、薄暗闇の空から白い雪がしんしんと降り積もっています。幻想的ともいえる光景です。


 現在の時間、温泉には僕一人しかいません。なので、ちょっと悪い気もしますが、気兼ねなく堪能することにしました。


 ちょっと贅沢かもと思いますが、疲れた心身を元に戻すのも、騎士としての仕事です。基本的には毎日仕事なので、こういった機会を逃してはいけません。


「とはいっても、あんまり長湯すぎても『いつまで湯浴みする気だこの怠け者め』なんてカレンさんから怒られるし……まあ、十分暖まったしいいか」


 今度まとまった休みが取れたら改めて来よう(取れるとはいってない)と思いつつ、温泉から出、僕が背を向けた時。


 湯煙の中から、予想外の光景が目に飛び込んできました。


「ふふ……アイツには言えないが、実はここの温泉に入るの、結構楽しみだったんだよな……今回の任務、私は何もやっていないので気が引けるけど――って」


「……あれ? 隊長?」


 そこにいた雪に負けないほどの白い素肌を晒していたのは、カレンさん。


 持っていた手ぬぐいと濃い湯煙で肝心なところは見えませんでしたが、多分、裸です。これから温泉に入ろうとしているので、まあ、当然といえば当然ですが。


「ふぁっ!? ま、まさかその声、ハルかっ!?」


「はい、ハルです。隊長も、これから湯浴みですか?」


「そ、それは確かにそうだが……それよりも、なんでお前がここにいるっ!?」


「え? それは、ここの宿には温泉は一つしかないから、ですが」


「そんなことは知っているっ! 知っているが、私が言いたいのはそう言う事じゃなくて……」


 そう。おそらくカレンさんが聞きたいのは、正確に言えば『なぜ女性の利用する時間帯に僕がいるのかどうか』ということでしょう。


 しかし、僕にも言い分があります。僕が店主のお婆さんから聞いたのは、この時間帯は『男性の入る時間帯』です。温泉が一つしかないので、『男性だけ』『女性だけ』『混浴可』という三つに分けているとのことなので、一応気を遣って、『男性』の時間帯を選んだのですが。

 

「ということは、あの店主の婆さんが……! くそっ、私たちのことをやたらとジロジロ見ていたと思っていたら……」


 ああ、やはり犯人は店主さんでしたか。


 たぶん、お婆さんは、本来のこの時間は『混浴可』のところを、僕には『男性』、カレンさんには『女性』と嘘をついて、僕達をこの場で一緒にさせようと画策したのでしょう。


 なんたるお節介。任務に来た僕らの関係性をお婆さんなりに勘繰ってくれたのでしょうか。


 お婆さん。僕的には、それ、GJです。


「うぅっ……!」


「あれ? 隊長、どこに行くんですか?」


「馬鹿者っ、ここから出るに決まってるだろうが! お……男と、ふ、ふふふ風呂に入るなど、そんな破廉恥なマネができるか!」


 任務の時とは打って変わり、明らかな動揺を見せているカレンさんが踵を返して僕から逃げていきますが――。


「あっ、隊長そんなに走ったら――」


「! ひゃんっ――!?」


 足元がおろそかになったその直後、濡れて滑りやすくなった石畳に足を取られたカレンさんは、どしん、と盛大な音を立てて転んでしまいました。


 任務張りつめすぎてしまっている分、カレンさんは、一旦、こういう場で緊張の糸が緩むと一転してドジっ子っぽくなるのです。


「隊長、大丈夫ですか!?」


「ハル!? ちょっ……私は大丈夫だから――」


「ダメです。見せてください。破綻を招くのは常にほんの僅か綻びから――隊長の教えです。怪我がないかどうか確認しますから」


 すぐさま駆け寄り、僕はカレンさんの足首にやさしく触れました。絹のようにすべすべしていますが、今はそんな感想を抱いている暇はありません。


「捻挫は……してないようですね。隊長、ちょっと動かしますね」


「や、その、ハル、ダメだ、んぅっ……!」


 足首を少し強めに握った瞬間、カレンさんから少し上ずった声が。


「痛いですか? なら、いますぐ回復魔法ヒールを……」


「いや、そうじゃない。怪我については一切問題ない。ただ……」


 カレンさんの視線が、そのまま僕の下半身にいきました。


「お互い裸なのに……こんなの、恥ずかしい……というか」


「……」


「あ、こらっ、こっちをまじまじと見るなぁっ……!」


 ああ、もう。


 どんだけ純情なんですか、この人は。


 めっちゃかわいいです。かわいすぎる。


 

 ということで、ひとまずお風呂でのちょっとしたハプニングは、こんな感じで終わったわけですが。


 この事件を演出した店主のお婆さんのお節介は、これだけにとどまらなかったのです。

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