1 同期が全員結婚して飲んだくれてる女騎士がかわいすぎる件

 ここは酒場。


 仕事を終えた男たちが、仕事や家庭の愚痴からシモの話まで、酒をかっくらいながら陽気に喋りあう場所、です。大抵は。


「っぷはぁ~! やっぱりしゃけは最高らなぁ~! おいマスター、もう一杯!!」


 しかし、そんな中、その場にいる男たちの誰よりも威勢のいい飲みっぷりを見せているのが、我が上司である女騎士のカレンさんでした。


 すでにテーブルの上は大きなジョッキで埋め尽くされていて、もう大分飲んでいることがわかります。職場の飲み会では、ただ淡々と、静かに飲んでいるだけでしたので、こんな姿は中々お目にかかることはできません。


 あ、ちなみに僕は今、魔法で変装を施した上でこの場に紛れ込んでいます。ロマンスグレーのナイスミドル。未成年なので、飲み物はホットミルク。

 

 いやしかし、変装は盗み聞きをするのに必須なスキルの一つですよね? いやはや学校でこのスキル経験を積んでて助かりました。


「ったく……アンタ、明日も仕事でしょう? いいの? こんなに飲んじゃって、明日に障るよ?」


「うぅ、うるひゃい。マドレーヌも私にお説教か? こんな日に飲まずして、いったいいつ私は飲めばいいといいのかぁ~!」


 二人用のテーブル、カレンさんの真向かいに座って彼女のことを心配しているような素振りを見せるのは、マドレーヌさんという方のようです。


 えんじ色をした魔法衣ローブを見るからに、どうやら魔導士の方のよう。


 気の置けない話し方から考えて、多分、騎士学校時代からの友人、と見てよさそうです。


「まあ、アンタの気持ちもわからなくはないから、私としても止めるつもりはないけどさ……」


 言って、マドレーヌさんは自らの懐から、とある一通の手紙を取り出しました。手紙にしてはやけに気合の入っている装飾です。何かの祝い事の席、その招待状か何かのようですが。


「うぃっ……本当なら『欠席だバッキャロー!』と言って、床にでも叩きつけたいところだけど、曲がりなりにも騎士隊長なんてやってたら世間体もあるし……」

 

 カレンさんも同様のものを手に取り、恨めしげな視線をそれに向けます。よっぽどそれが憎たらしいみたいです。


「いや~、まさかカレンが同期の中で一番最後に売れ残るなんて思いもしなかったよ。学生の時は、『剣の妖精』とか『白銀姫』なんて呼ばれてさ。モテてたじゃん、アンタ。それがまさかこの歳になっても誰とも付き合ったのことのない純度百パー、交じりっけ一切なしの」


「諸々言うなぁっ! この場でそれ以上言いやがったら、いくら親友の貴様であってもばっしゃりと切りしゅてるぞおっ!!」


 カレンさんが興奮して剣を構えるも、対するマドレーヌさんは一切動じる様子なく『ああ、ハイハイ』といった感じで彼女のことをあしらっています。多分カレンさんがこうなっているのは一度や二度のことではないのでしょう。


「……あの時の私は、いわゆる男女交際に興味はなかったんだ。ただ女だからといって『騎士として劣っている』と他の男に舐められないよう、剣の鍛錬だけを必死にしていたから」


「いやでもさ、さすがに二十九にもなって処女はヤバいでしょ、処女は」


「ばっ……だから言うなと言ってるじゃないかぁ~!?」


 焦った様子でマドレーヌさんに抗議の声を上げるカレンさん。誰かに聞かれやしていないかと、据わった目でキョロキョロしています。他のお客さんは、各々の自分語り中なので耳には入っていなかったみたいですが――すいません、僕はばっちり聞いてしまいました。


 まあ、なんとなーく予想はしてましたけどね。僕自身も言えた義理ではないんですが。


「なあマドレーヌ、どうしよう? 私、結婚式行きたくない! 行ったら行ったでどうせ『あ、ほら見て、あの人がアラサーだというのに未だに独身の女騎士よ』とか陰口をたたかれて、同期のおんなたちからマウンティングを取られるんだ、うわぁぁぁぁん!!」


 急に泣き上戸になったカレンさんがテーブルに突っ伏してそう嘆きます。酒の席でも落ち着き払っていたカレンさんの面影はもちろんありません。


「じゃあとりあえずその声を抑えるために、誰かパートナーを連れて行けば? 私も旦那と一緒に行くし。騎士隊長様なんだから、部下の一人や二人、無理やり連れていくことぐらいできるでしょう?」


 マドレーヌさんの言う通りです。とりあえずその場を切り抜けるためなら、例えば僕とかを連れて行ってくれれば問題は解決するでしょう。僕も立派にカレンさんの彼氏を勤め上げる所存ですし。なんならこのまま本当にそうなっても可。


 しかし、マドレーヌさんからの提案に、カレンさんは口をごにょごにょとさせて、


「それは……やだ」


 と言うのです。


「はあ? 別にいいでしょうに。適当に話を合わせてくれって、お願いしとけばバレやしないだろうし。脳味噌筋肉のあんたの部下でもそれぐらいはできるでしょう?」


「……確かに、お願いすれば多分ついてきてくれる、とは思う。私の命令だし。多分そういうのにも向いているとも思う。でも――」


「でも、何よ?」


「その……『ョ…コン』とか『は……しゃ』とかって噂されるのは嫌だし――」


「……アンタさ、一体どんな人間と来ることを想定してるワケ?」


 ん? くそ、あまりにもカレンさんが小さな声でしゃべるものだから肝心なところが聞き取れませんでした。う~ん、悔しい。これはもっとスキルを磨かなければいけないようです。


 

「と、とにかく! いくらフリだけとはいえ、私より軟弱なやつを、嘘でもパートナーとするわけにはいかないの! 今の部下に私より強いヤツが居れば……まあ、考えてやらないこともないケド……」


「はああああああ~、何この干物女、超メンドクサイんですけど? もういいわ。そんな女、勝手に理想語ってそのまま孤独にババアになって死ねばいいんだわ。わたし、もう家に帰るから。じゃ、せいぜい馬鹿にされないよう頑張ってね」


「ああんっ!? そんなマドレーヌっ、私たち親友だろ? 見捨てないでくれっ」


 大きな溜息をついて帰ろうとするマドレーヌさんの腰に縋りつくカレンさんの懇願が夜の空に虚しく響き、そしてそのまま朝を迎えるのでした。


 しかし、最後に気になることがひとつだけ。


 カレンさんは結婚式に出席するパートナー役を一体誰に頼もうと考えていたのでしょうか? またしても僕、気になります!

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