10 特別ゲストとして登場する女騎士がかわいすぎる件


「ふう、これでよし……と」


 共和国に来てからちょうど七度目の月明り。


 指揮官部屋としてあてがわれた一室にて、ようやく僕は本日の仕事から解放されました。


 執務机にうずたかく詰まれているのは、書類の山、山、山、そして山――報告書だったり他国の商会から仕入れた物資の納品書、および回答期限の差し迫っている任務の依頼書etc……すべて室内でぐっちゃぐちゃになっていたものを僕が整理し、優先すべきものを集め、処理し、そして積み上げた結果の光景でした。


 なんなんでしょう。この無駄な達成感。


「……お疲れさま。私たちは、こういう書類仕事が大の苦手。だから、助かる」


「そう思ってるんなら、もうちょっと手伝ってくれませんかね……」


 いつも通りのポーカーフェイスで、ゼナが僕に労いの言葉をかけてくれます。


 わあ、ソファーでくつろぎながらそんなことを宣うなんて、一体どんな教育をうけてきたのかしらん。


「……そうしたいのは、山々。だけど、共和国の女戦士は言葉は喋れても、読み書きができないことが多いから」


「え? そうなの?」


 ん、とゼナが頷きました。


「……王都とは違って、ここには学校とか……ない。物心がついて能力が発現したら、そのまま後はひたすら戦う。だから、シキジリツ……もあまり高くない。私も、できないことはないけど、正直苦手」


 であれば、あの闘技場での戦いの際の、観客の言葉遣いが著しく悪かったのも合点がいきます。


「となると、それはそれでちょっと問題か……」


 字を読むのが難しい、となると彼女達に戦術なりその他技術を教え込むのに書面を頼ることが出来ません。もちろん、実際にやってみせて体に覚えこませれば問題はないのですが、教えなければならない人数が百人を超えるとなると話は別です。


「……人は、呼べないの?」


 一人では無理なので、応援を頼む。それも当然考えました。ただ、『人が足りないから増員してね!』といって『いいよ!』と二つ返事でOKがもらえる職場ではありません。少数精鋭を掲げている近衛騎士団に、だぶついた人材はいないのです。


「まあ、でもダメでもともと頼んでみるかな。もしかしたら、僕の殺人的な残業時間を半分肩代わりしてくれる物好きな人を姫様が見つけてくれるかもしれないし……」


 ということで、ゼナを返した後、すぐさまマドレーヌさん経由で姫様に希望を伝えてみました。


 すると――。


『いい、ってよ。よかったじゃない、ハル』


「えぇ……」


 ――すんなりOKが出ました。なんで?


「絶対ダメだと思ってました。どうせ事務方のお偉いさんから【人? は? そんなに欲しいんなら自分のポケットマネーから出して雇えば?(半ギレ)】とばかりに門前払いされるとばかり」


『普通はそうなんだけどね。ただ、今回ちょうどいいタイミングで、二、三日限定だけど派遣できる人がいるんだってさ』


 それはまた珍しいことです。僕のわがままに答えてくれる、そんな都合のいい優秀な人材なんて、いったいどこの分隊の騎士様なのでしょうか。


「あ、ところで隊長は今どちらに? 久しぶりの業務連絡なので、またお話したいんですけど」


『残念。カレンなら、今は用事で外に出てるわよ。なんでも新しい防具を作るとかで、今は城の工房にいるはずよ』


 こちらは別に珍しいことではありません。騎士の場合――とくに近衛騎士団の隊長職などになると、任務によって装備品自体を変更することはままあるので、愛用の剣や鎧はもちろんのこと、詰め所に数多くの代替品スペアが置いてあったりします。


 え? 僕ですか? 僕は一つだけです(半ギレ)。


『それじゃあ、私は忙しいからこの辺で。ハル、また困ったらいつでも《飛ばし》なさいね。出来る範囲で私も協力するから』


「はい、ありがとうございます」


 マドレーヌさんにお礼を言ってから念話を打ち切った後、僕はすぐさま準備に取り掛かりました。助っ人の方がどんな方かはわかりませんが、ここに派遣できるくらいの方です。優秀な方には違いありませんので、多少無理なスケジュールを組んでも大丈夫でしょう。


 ただ、一つ疑問があるとすれば――。


「どんな物好きだろ、その人――」


 その答えは、二日後に。


 ××―――――


「えーっと、一、十、百……これで全員揃ったみたいだね」


 そして、灼熱の太陽光が地面に降り注ぐ二日後の昼下がり、集落の広場。


 名簿を二度、三度と見直して、共和国騎士団の女戦士全員が一人残らず集合したの確認してから、僕は皆の方へと向き直りました。


 褐色の少女達が僕へと向ける視線には、未だ戸惑いの色が根強く残っているように思えます。


 リーリャとの戦いに勝利している手前、表面上は従ってくれていますが、赴任から数日たった今でも、僕に話しかけてくれるのは集団の最前列にいるゼナと、そのすぐ後ろで露骨に嫌な顔をしてこちらを見るエナの二人のみ――姫様の最側近の二人の対照的な態度に、どう対応をとっていいか迷っているのでしょう。


「――さて、と。早速で悪いけど、これから皆には任務に取り掛かってもらいます」


 まず僕の口からでた言葉に、女戦士たちが怪訝な顔を浮かべます。


 それもそのはず、彼女達は、毎日のように自分の仕事をこなしてくれています。集落の治安維持や、他国への救援活動、要人警護――などなど、戦士としての能力自体は高いので、用心棒的な扱いにはなりますが、共和国への需要はとても高いです。その報酬もそれなり。


「……あのさぁ、それっと昨日と言ってること同じじゃない? なに、もしかして仕事さぼってるっていいたいってワケ?」


「そうじゃないよ、エナ。ただ、今日はいつもとやり方を変えて、こちらの国――【王都】の戦術を使ってもらおうと思って」


「……どうして? 別にそんなことしなくても、仕事、上手くいってる」


 ゼナからの質問に、皆、お互いに顔を見合わせて頷きあっていました。


 上手く行っているにも関わらず、なぜ今、新しいやり方を取り入れる必要があるのか――と。


「これまで皆の仕事ぶりを見せてもらったけど――今、ハッキリ言うね。無駄が多すぎるんだよ、君達は」


 僕の言葉で、それまでの空気が一変しました。


「能力がみんなすごく高いのはわかるんだ。特に一対一での実力なら、どの国の騎士よりも負けていない」


 でも、と、僕は続けました。


「それが集団になったら、あっさりと負ける」


 少女達の眉が一斉にひそめられました。個々で勝っているのに、負けるはずがないだろう――そう考えているようです。


「意味がわからないって、顔をしてるね。だから今回はそれをまず先に教えようと思う。そのために、今日は僕の国から、もう一人だけ助っ人に来てもらいました」


 僕はそこでようやく、隣で仁王立ち状態のままの【助っ人】を紹介しました。


 王都より僕の救援にてやってきた頼もしい黒鎧の騎士――その名も。


【エー、ミナサン、黒騎士デス。ドーモ】


「はい、黒騎士さんです。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね~。はい、それじゃあさっそく僕の班と黒騎士さんの班に分かれて――」


「いやいやいやいや!? ちょっと、ちょっと待ちなって!?」


 ということで、さっそくエナから突っ込みが入りました。もちろん、周囲の子たちも、その異様な雰囲気にざわざわとしています。


「どうしたの、エナ? 何か疑問でも?」


「疑問しかない――ってか何そのキモイ黒ずくめの甲冑着たヤツ!? このクソ熱いに頭まですっぽり覆っちゃってさ。『私は不審者です』って言ってるようなモンじゃん!」


「別にキモくないと思うけど……こんなの、王都では普通だよ。ねえ、黒騎士さん?」


【…………(コクコク)】


 無言で僕の意見に同意する素直な黒騎士さんです。いやあ、さすが『補佐をすれば右に出るものはいない』と今僕が考えた黒騎士さんは、素敵だなあ。


「――変態」


 ゼナから放たれた鋭い毒舌に、黒騎士さんがビクリと反応しました。


 どうやら直接的な暴言に彼(もしくは彼女?)は弱いようです。早速新たな一面が垣間みることができ、僕は嬉しいです。


「まあ、この人が変態がどうかはさておき――ゼナ、それからエナ」


 言って、僕は彼女達へむけて剣を向けました。


「全員でまとめてかかって来ていいよ? 僕とカレンさんの二人で、あっという間にやっつけちゃうから」


 挑発的な言葉に、その場の少女達全員の闘志に火が付いたようです。


「――へえ、言うじゃん」


「……後悔、しないでね」


 エナと、そして珍しくゼナもやる気を出したのか、自らの得物を手にとって、戦闘態勢に入りました。


「二対百、ですか。いやあ、久し振りですね、こういう戦闘って長いことやっていない気がしますし。ねえ、隊長?」


 その言葉に、黒騎士さん――もといカレンさんが黒塗りの兜を外しながら応えました。


「それはまあそうだが――その、さらっと正体ばらすのやめてくれないか?」


 それなら、そんな分かりやすい変装と変声はやめてください。

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