9 記憶の中の女騎士もやっぱりかわいすぎる件 ②


 ××―――――――


 もう一度、僕は、カレンさんとの鍛錬の時の会話を思い出していました。


 この前とは、また違う日のことです。


「相手の戦意を最も効率的に喪失させる方法、ですか?」


「ああ。戦いというのは、相手が負けを認めるか、そうでなければ完全に殲滅するまで続くものだからな。こちら側の消耗を考えれば、もちろん前者の方がいいだろう?」


 それについては僕も同意するところでした。戦いに勝利したはいいけれど、その結果、戦場に立っているのが僕一人だけ――みたいな状況にはなりたくありませんから。


「ハル、お前はどう考える? 今回は一対一の状況で考えるとして、だ」


「ん~……そうですね」


 相手との力量の差が圧倒的であれば前者でも後者でも労力にそれほど変わりはないですが、実力的に対等な人との戦闘だと、まず前者の状況には陥りにくいでしょうし――。


「難しいなら、誰かで置き換えてみるか? 例えばハルと私とで真剣勝負をするとして、なるべく時間をかけずに相手から『参った』を引き出すか――とかな」


「僕とカレンさん……ああ、なるほどそれなら」


 とある答えが頭に浮かんだ僕は、ぽん、と手を叩きました。


「僕が夜、カレンさんにエッチなことを迫る状況の時を考えれば――」


「エッ……!? お前は朝からなんてことを考えているのだぁ~!??」



 ××――――――


 〇


「妾は負けん、のじゃ……男に、男……アイツなんかに……勝つ、勝つ……」


 俯き加減で思い詰めたように何かを呟いているリーリャの纏う雰囲気が徐々に変わっていくのを僕は感じ取りました。


「ゥゥゥゥゥッ……!」


 彼女のまずます膨れ上がる獰猛な闘気がそうさせるのか、肉体がますます獣のそれへと変貌しているように幻視します。


凶暴化バーサク――リーリャ様、どうしたのさ!? そんな奴にいきなり本気を出すなんて……!」


 エナがよく通る声だったのが幸いして僕の耳にも情報が入ってきましたが――おそらく、リーリャが今見せているあれこそが、エナやゼナも含めた彼女達の本気――奥の手なのでしょう。


「魔力は最小限……とはいかないかな」


 ここからの相手の潜在能力は僕にとっては未知数です。それに、こんなところで温存なんて真似をしていたら、彼女の状態に呼応するようにしてさらに強化された斧に体を縦に真っ二つにされてしまう可能性がありそうですから。


「相手の戦意を喪失……そして、服従させるためには……!」


 先に仕掛けたのは、僕でした。


 相手の斧の力に負けないよう魔法剣に十分な魔力を行き渡らせ、さらに自身にも筋力、そして反応速度の強化を二重三重に掛けます。


「――ハアッ!」


 剣の軌道にフェイントを入れつつ打ち込んだ僕の一撃。みねうちではありますが、かなり本気の力を込めたはず。しかし、


「ゥゥゥゥゥアッ!!」


「――っ!?」


 フェイントにもしっかりと引っ掛かり、僕が『捉えた』と確信した矢先、自身の膂力で強引に斧の軌道を修正したリーリャが紙一重のところでそれを防ぎきりました。


 金属と金属、そして魔力と闘気がぶつかり合い、衝撃が音と風に代わって、僕達を中心に放射状に広がっていきます。


「アアアアッ!!」


「ぐっ……!」


 予想以上の反動の衝撃にほんの僅かに怯み状態となった僕の様子を見逃さなかったリーリャが、お返しとばかりに斧をフルスイングしてきます。反撃についてもある程度は頭に入れていたため、その攻撃が僕を捉えることはありませんでしたが、防御もろとも振り抜かれたせいもあり、僕は闘技場の壁まで飛ばされ、勢いでそのまま背中から激突してしまいました。


「――――ァッ!」


 好機と見たのか、リーリャがすぐさま追撃を加えようと迫ります。少し距離をとってみるとさらにわかりますが、その様子はすでに人間のものとはかけ離れていました。


「うくっ……確かにこれはちょっと冗談じゃないな……」


 カレンさんやガーレス総隊長ならともかく、僕が真っ向から力比べで勝てる相手では到底ありません。このまま馬鹿正直に応戦すれば、いずれは魔力による強化が追いつかずやられてしまうでしょう。


「――でも」


「ゥァッ……!?」


 斧の斬撃が僕へと届く間合いにまで迫り、獲物をついに捕らえたとばかりに口元を歪めていたリーリャでしたが、自身に起きた異常――何もないところで突然力が抜けたようにその場で足元をもつれさせて転んだことに気付き、戸惑いの声を上げました。


「――さっきも言った通り、こういう手合いの退治っていうのは、仕事で慣れてるんだ」


 何が起こったのか、狂戦士化しているリーリャには到底理解が追いつかないでしょう。


 彼女が転んだ先で発動していたのはスタンと、それからほんの僅かですが麻痺を追加で付与する魔法陣でした。もちろん、僕が先程飛ばされた時、とっさに設置しておいた罠です。


「罠に嵌めて抵抗できなくなったところを確実に仕留める――猛獣を狩るときの鉄則だよ?」


 ゆっくりと立ち上がって砂埃を払った僕は、四つん這いの状態で訳も分からず動けなくなっているリーリャへ向けてさらに束縛バインドの魔法を重ねがけしました。両手両足、そして腰――地面より生えてきた不可視の鎖に、彼女は抵抗することすらままなりません。


「リーリャ様……! この、魔法ばっかり使わないで、正々堂々と戦いなよ!」


「正々堂々? 僕はもともとこういう戦い方が専門だよ? 後、一つ聞くけど、そんなものが戦場で通用するとでも?」


「ぐっ……」


 横から野次を飛ばしてきたエナを、その一言で黙らせます。


 僕もまだ経験はありませんが、もし、国家間での戦争にもなればこれ以上の極悪非道の手段など枚挙に暇がないほど出てくるはずです。そんな時にそのような甘い考えだと、いたずらに自らの寿命を縮めてしまいます。


「思ったよりも魔法が効いてくれてよかった……もしかしたら、身体能力が強い分だけ、魔法耐性とかが著しく下がっちゃうのかもね」


「は、放せ……放す、のじゃ……!」


 魔法で拘束されている間に彼女も頭も多少冷静さを取り戻したようでした。どうやら凶暴化になれる状態にも限界があるようです。


「じゃあ、負けを認める? 今まで生意気を言って申し訳ありませんでした、これからはあなたを指揮官として認めます、と」


「いや、じゃっ……! 妾が男に負けを、など、あってはならない! ならぬのじゃ……!」


 やはり簡単に『参った』とは言ってくれないようです。というか、ここで簡単に負けを認めるような子なら、ここまで捻くれた状況には陥らないはずですから。


「そう。なら――」


 そう言って、僕は仰向けになっているリーリャのお腹の上に跨り、そして、剣を両手にもって切っ先を彼女の喉元へと突きつけました。


 その瞬間、周囲の女戦士達から悲鳴にも似たざわめきが届いてきました。僕がこれから何をやろうとしているのか、想像してしまったのでしょう。


「!? お前、リーリャ様をどうするつもり――」


【 動 く な ! 】


「ッ――!!??」


 痺れを切らしたエナと周りにいた側近と思われる数人が僕を止めるべく飛びかかろうとしたところに、僕はとあるスキルを使って硬直させました。


 彼女たちは現在、得体のしれない魔法を使役する僕の――妖しい魔力光を瞳から迸らせている僕に怯んでいるはずです。


 そう、僕が今使っているのは、先日のカレンさん人質事件の犯人である魔法師アンリさんの異能ともいえる能力【魔眼】でした。実は、以前彼女の魔眼を受けて以来、なんとなく使かも――と思い、一人任務の時などに試していたのですが――上手くいってくれてよかったです。


 といっても、僕が使うものは、威力的には全然なのですが。


『魔法を使うのは、ハッタリをかます時だけで十分』――というのは、カレンさんんの教えからです。手札として見せておくことで、相手に『こんなこともやってくるのか』と考えさせ、行動に迷いを生じさせるのが目的です。


「さて、これで助けを期待することも出来なくなった。これでも抵抗するっていうんなら――」


 エナ達の乱入がないことを確認してリーリャに視線を戻すと、


「うっ……ヒック……ごめん、なさいなのじゃ……」


 少し様子がおかしいことに気付きました。首をイヤイヤと左右に振り、瞳からは大粒の涙を流しています。

 

「ごめんなさいするから……だから、もうこれ以上、私を……ママをイジメないでほしいのじゃ……!」


「っ――これはまずいな」


 ただ降伏を促すつもりで、何かをやるつもりでは決してありませんでしたが、どうやら彼女の心的外傷トラウマを呼び起こしてしまったようです。


 僕はすぐさま魔法を全解除して、彼女を抱きかかえました。


 赤ん坊をあやすように、繊細な力加減で。


「ごめんね。大丈夫、大丈夫だよ。僕は君にこれ以上何もしないから。ここまでのことになるなんて思いもしなかったんだ」


「……本当? お父さん、私を……許してくれるの?」


「うん、許すよ。僕はもう君に怒ったりしない。だから落ち着いて」


「……よかった、よかった、の、じゃ――ママ」


 そう言って、リーリャは少しづつ呼吸を落ち着かせ、そのまま眠るようにして意識を失いました。


 とりあえずこれで何事もなければいいのですが――。


「ゼナ、君は動けるね? できれば、リーリャ様を別の場所へ運んでやって欲しいんだけど」


「……ん」


 僕の指示に即座に反応したゼナにリーリャを託すと、彼女はすぐさまリーリャを抱きかかえて闘技場の奥へと姿を消しました。

 

 とりあえず、あとのことは付き合いの長い人に任せておけばなんとかしてくれるでしょう。


「エナ、とりあえず君も姫様のところについてあげるといい。安心出来る人が多く傍にいてやったほうがいいだろうし」


「……言われなくてもそうするに決まってるでしょ!」


 恨めしそうな視線を僕に投げかけた後、エナもゼナの後を追ってその場から立ち去りました。あの様子では、どうやら彼女に認められるようになるのはまだまだ先になりそうです。


「う~ん、僕としてはこれで力を見せつけてやれば何とかなるだろうと思ったけど……」


 任務を成功させるにはかなり根の深い問題にまで踏み込む必要があるかも――これまでのリーリャの言動から予測した僕は、人知れずそう考えていたのでした。

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