8 記憶の中の女騎士もやっぱりかわいすぎる件 ①
××―――――
いつかの鍛錬の朝のことを、僕は思い出していました。
「――魔法をなるべく使わずに戦えって、いったいどういうことですか?」
鍛錬が終わった後、カレンさんからの忠告に対して僕はそう返しました。
長い時をかけて磨き上げた肉体と技を駆使して戦うカレンさんとは違い、体の線も細く技術も足りない僕にとって、魔法というのは最も重要な武器の一つです。筋力で足りない部分を
攻撃系の魔法や、僕の固有スキルである《破魔》のスキルが、その主な例です。
「全く使うな、とは言っていない。ただ、今のお前は、それに頼り過ぎていると思ってな」
「そりゃあ頼りますよ。今までだって、そのおかげで解決できたこともあるわけですし……あの事件の時とか」
「それは否定しないよ。そのおかげで助かったのも事実だし、私はハルとここまで絆を深くすることができたわけだしな」
「なら、どうして」
「ハル、お前が持てる限りの精神力を使って今まで通りの戦い方をして、何分連続して戦うことができる? 私を倒せるぐらいのレベルの魔法を駆使し続けたと仮定して」
「……」
カレンさんの質問の意図に気付いた僕は、ほんの少し言葉を詰まらせつつ、
「……多分ですけど、三分ぐらいが限界です」
と、絞り出しました。
「目の前の戦いに全力を注ぐっていうのは、悪いことじゃない。私個人の考えで言えば、むしろ好、好き、だし――」
じゃあそんな僕のことももちろん大好きなんですね? と訊いたらデコピンが飛んできました。すいません、真面目に話聞きます。
「ただ、戦場っていうのは何が起きるかわからない所だ。全力を尽くして強大な敵を倒したその後に、ただの歩兵の一突きで命を落とす可能性もあるわけだからな」
そう言って、カレンさんは僕に向けて小石を投げつけてきました。普段であればそんなものに当たる僕ではないのですが、鍛錬終わりでカレンさん相手に体力を使い果たしていた僕には、それを回避するだけの持久力が残っていなかったのです。
ぺちり、と僕の額に当たり、ころりと転がった小石を見、カレンさんが続けます。「私が言いたいのは、魔法を頼りにしなくても戦えるだけの力もつけろ、ということだ。そうすれば、ハル――お前は、私やお父さん……総隊長よりも強くなれるはずだ」
「そこまでいったらもう王都で最強なのでは……?」
自分がそこまで強くなれるのかはわかりませんが、恋人であるカレンさんの期待には応えたいと思う若者らしい青い考えも持っている僕です。
ですから、強くなるためにもっと精進を重ねなければならないでしょう。
ただ、その前に一つだけ聞いておきたいことがありました。
「魔法の使用を最小限にとどめるのはわかりました。では、魔法を存分に振るっていいのは、どのタイミングでしょうか?」
これもおそらく重要だと思います。出し惜しみして勝てる戦いを落としてしまうのもまた、本末転倒ですから。
「それも訊かれると思っていたよ。うーん、そうだな……これは私個人的な意見にはなるんだが――」
××―――――
〇
「――お主、今、この
灰がかった瞳を見開いたリーリャが、闘技場の最上部にある玉座より鋭い視線を投げかけてきました。
まだ体の凹凸すらないほどの幼い体と、そして若干舌足らずな口調――こうして実際にお目にかかるのは初めてですが、これほどまでに若いとは思いませんでした。
おそらく、エルルカ様よりもさらに年下――十、十一歳といったところでしょう。
「聞こえなかった? そんなところで踏ん反りかえってないで、さっさここまで来いっていったんだよ、クソガキ」
「クソ……!? 男のくせに、この至高の妾を愚弄するなどとッ……!!」
僕のあからさまな挑発にまんまと乗ったリーリャが、すぐさま玉座より僕のほうへと飛び降りてきました。制止する間もなく飛び出していった主に、従者であるエナは苦笑いを浮かべ、ゼナはうんざりしたように俯いています。
どうやら沸点は予想通り低い方のようで。
「お初にお目にかかります。僕はハルといいまして、この度、共和国騎士団の指揮官代理として、王都近衛騎士団より派遣されてきた騎士です」
「聞いておる。エルルカが随分お前のことを評価しておった故、どのような男かと期待していたのじゃが……それがこんな子犬並みに愛らしい少年とは。王都近衛騎士団は、いつから愛玩動物を騎士にするようになったのじゃ? なあ、皆のもの!」
リーリャ姫の言葉を合図に、周囲の観客より下卑た笑い声と野次が飛んできました。『×××』や『●●●●』といった、ちょっと口にするのも憚られるような言葉を発しているのは女性ばかりで、その様子はまるで躾のなっていない猿のようにしか見えません。
「う~ん、ここでの初仕事はどうやら『躾』からになるみたいですね。僕は猿山の飼育員を姫様から任されたわけではないんだけど……っと!」
あからさまな挑発にわざとのった僕に向けて、リーリャから早速挨拶替わりの正拳突きが飛んできました。もちろん想定済みなので当たりはしませんけれど。
「――ほう、これをかわすか。首の骨ごと粉砕するつもりで放ったのだがな」
「猛獣と戦うのは、任務で慣れっこなもので」
「惰弱な男という人種のくせして生意気な――いいだろう、見た目は好みだったので、軽く痛めつけるだけにして妾の玩具にしてやろうと思ったが――」
大人しくしていれば人形のような美しさを持ったリーリャの顔――そのこめかみの血管が激しく隆起しました。
と同時に、この場に居る誰よりも獰猛でかつ凶暴な
「得物を抜け、王都の。エルルカには、追加の人材を依頼するとしよう――お前は、不慮の事故で海の藻屑と消えた、とな」
「……その必要はありませんよ」
言って、僕は愛用の魔法剣を抜き放ちました。そしてそのまま切っ先をリーリャの眉間へ。
「藻屑になるのはあなたですから」
「――!」
僕の言葉を合図に、リーリャがまず最初に仕掛けてきました。
いったん後方へと跳躍したかと思うと、着地の刹那、闘技場の固い砂地面がひび割れるほどの衝撃とともに、弾丸のような速さで僕へと迫ってきました。
「魔法は最小限……!」
普段なら一気に過剰なぐらいの自己強化で反応速度を底上げするところですが、そこまですると、やはり精神力の消耗が激しいです。
どの場所で受け流すのか、どのような体勢にもっていって反撃を繰り出すのか――それが出来るギリギリの魔力を判断し、強化していきます。
「なにっ……!?」
本気ではおそらくないにせよ、ある程度は力を込めたはずの一撃の勢いを見事に殺されたリーリャの目が驚きで見開かれました。
「よし……こんなもんかな。力の加減が繊細だから、最初のうちは慣れなかったけど」
それも、エナとの模擬戦の中で大体の感覚は掴めていました。
痛めつけられましたし、余計な荷物持ちをやらされる羽目になりましたが、まあ、それは必要経費ということにしておきましょう。
「――ほう、意外にやるではないか。大抵の男は、この一発で怯んで戦意を喪失するものだが」
一旦間合いをとったリーリャが、まだまだ本気は出していないとばかりに、腕をくるくると回転させています。ですが、彼女にとってもそこそこの衝撃だったのようで、それまで余裕を浮かべていた笑みは消え失せ、かわりに、獲物を定める獣の目つきへと変貌していました。
「期待、されていますから。この程度で、驚かれたら困ります」
「ふん、ならば私も少し本気を出すとしよう――おい、エナ。アレを!」
「あいよ、姫様!」
遠くで戦況を見つめているエナにそう命令すると、彼女は、玉座の後ろより持ち出した大きな袋をリーリャへ向けて投げ入れました。
結わいていた袋の紐が緩み飛び出し、姿を現したその中身は、自身の背丈の二倍以上もある巨大な斧でした。
おそらくですが姫様の武器ですからかなりのお金をかけているのには間違いありません――刃から漏れ出る青白い燐光からも業物であることがわかります。
多分僕では持ち上げるのもやっとなそれを、リーリャは木の棒を振り回すかのように頭上で回転させていました。
「これを振るうとなれば、もう手加減は出来ないと思え。貴様の体躯に似た貧弱な魔法剣もろとも真っ二つにしてやろう」
「……やれるものなら、どうぞ」
ここからは受け流すのではなく、回避することに重点を置き、強化を下半身のほうへと移していきます。
「――シッ!」
風圧だけでも切断されてしまいそうなほどの鋭さで、リーリャの袈裟懸けに振り下ろされた斬撃が飛んできました。
「魔法は、最小限……!」
相手の視線を見て、呼吸を見て、攻撃の振りをみて、自分のどこを狙っているかあたりをつけ、剣にほんの僅かの防御魔法と、両足の脚力強化を発動させました。
「にゃっ……!?」
刀身の腹を滑るようして無傷で回避に成功した僕を見たリーリャの口からおかしな反応が返ってきましたが、今はそれを気にしている余裕はありません。
「――ッ!」
彼女の斬撃の勢いをも利用して体をそのまま一回転させた僕が選択したのは、剣での一撃ではなく回し蹴りでした。回避のために使った脚力強化をそのまま使うことで、消費魔力を節約した形です。
「うくっ!」
頭部を捉えれば、ほぼ確実に気絶までもっていけるだろう攻撃でしたが、そこは共和国で一番強い女戦士です。直前で反応され防御されてしまいました。
しかし、脚に残った手ごたえは十分でした。腕の骨を折った――とまではいきませんが、打撲傷ぐらは負わせることが出来たはずです。
「……随分と実戦向きな戦い方じゃの。剣一辺倒な上品な戦い方だった他の奴らとは大違いじゃ」
「さっきも言いましたが、鍛えられていますから」
でなければ、ブラックホークの主力としてやっていくことなどできません。
営業成績トップの実力を舐めてもらっては困ります。
「――――」
初めのうちは、騒ぎ立てていた観客たちも、今は固唾をのんで僕達の一挙手一投足を見つめていました。
それはおそらくこの場に居る全員が、
『新しく来たこの男は、侮れない』
そう認識を改めている何よりの証拠です。
「な、なにやってんだよリーリャ様! そんなヤツ、さっさとボコボコにのしちゃってよ!」
初めのころの僕の印象をどうしても拭うことが出来ないエナがリーリャに向けてそう囃したてましたが、その声は今彼女の耳には届いていませんでした。
「男などに……ただただ妾達の荷物でしか――子孫繁栄のための道具でしかない種だけの男などに、妾共和国の女戦士が負けるなど……ありえん、ありえんのじゃ」
なぜそこまでリーリャが男性を目の敵にするのか、それはまだわかりません。
ただ、その認識をこの戦闘をきっかけに改めてもらう必要があることだけは、任務上避けては通れない道のようです。
であれば、この勝負、負けるわけにはいきません。
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