7 彼への手紙を書くのがド下手くそな女騎士がかわいすぎる件
「――ようやく目的地に着いたかな」
翌日、多少の荒波に揉まれつつも船は順調に進み、ほぼ予定通りの時刻に【共和国】へと無事到着しました。
南に位置する島というだけあって、じとっとした熱気が船を降りた僕を出迎えてくれました。エナやゼナの格好の露出度が高い理由も頷けるところです。
鎧を着てきたの、もしかしたら間違いだったかも。
「おい荷物持ち、アンタにはこれからウチの姫様に会ってもらうから。そのカワイイお顔を使って、せいぜい媚び売って気に入ってもらえるよう頑張りなね!」
「痛っ……!」
額に浮かぶ汗を拭っていると、エナに思い切り背中をはたかれてしまいました。
模擬戦で敗北してからというもの、僕に対する態度がますます無礼というか尊大になっており、現在、彼女の中で僕は単なる荷物持ちというか、まるで奴隷かのような扱いをされていました。
「……大丈夫?」
突然の背後からの一撃に僕が思わず咳き込んでいると、ゼナの澄んだ黒瞳が僕の顔を覗き込んできました。
「このぐらいは慣れてるから。それより、君のほうはいいの? 荷物」
「自分の仕事道具も入っているから……平気」
言って、ゼナは船旅の往復四日分の荷物を軽々と背負って、僕のすぐ前に立ちます。どうやら、この国での案内役をかってでてくれるようです。
「……こっち。姫様のいる集落は、この先の密林地帯の奥にある」
「あ、うん」
ちらりとこちらの様子を確認してから歩きだしたゼナの背中を僕は追いかけました。
僕をまるで奴隷のように扱うエナや、その取り巻きの他の女戦士達とは違い、彼女だけは最初からずっとこのような調子です。エナの持つ怪力に歯が立たず、醜態を晒してしまった後にもかかわらず。
もしかしたら、あの子だけは信用できるのでしょうか。しかし、彼女も男奴隷の扱いには手慣れているようでしたし――今のところは、何を考えて行動しているのか判断がつきません。
「? どうしたの、早くついてきて」
「ああ、ごめん。今行くよ」
女性の着替えなどが詰め込まれた大荷物をしっかりと背負い直し、僕は改めて赴任先への一歩を踏み出したのでした。
× × ×
共和国の中心部へと向かう道は、まるで自然の要塞と言って差し支えないほどでした。
秩序なく鬱蒼と茂る密林、得体の知れない奇妙な形と色をしている動植物。暗闇の中から聞こえるけたたましい虫の羽音――王都暮らしの記憶しかない僕にとって、そこは完全に別世界でした。
「すごいな……ここが共和国なのか――」
ふと僕の目の前に現れた虹に煌く羽を持つ蝶へと、僕は手を伸ば――
「……触っちゃダメ。ソイツの鱗粉は猛毒。触った先からあっという間に焼けただれる」
――そうとしたところで、隣を歩くゼナに釘をさされます。
「…………」
素直に手を引っ込める僕。
「……足元、気を付けて。そこの雑草に見えるところ、実は巨大な人食い草。踏んだら膝から下全部齧り取られる」
「うえっ……!?」
ゼナの視線の先にあったどう考えても草の絨毯にしか見えなかった場所が大口を開けたのを見、僕はとっさに飛び上がって寸でのところでカカシになるのを回避しました。
こんな初見殺しみたいなものがいっぱい溢れているだなんて――外国、やっぱり怖いです。
「さすがに詳しいね。やっぱり、そういうのを覚えておかないとここでは暮らしていけない?」
その問いに、ゼナはふるふると首を振りました。
「……別に。道だって、ちゃんと舗装されている場所、ある。かなり遠回りだけど」
「え? あるの?!」
僕が驚いたように声を上げると、ゼナは怪訝な顔をしつつ頷きました。『何言ってんの? あるに決まっているでしょう?』と言いたげな顔です。
「当ったり前でしょぉ~!? こんな獣道ばっかりじゃ、他の国の人が困るじゃんか!」
声がした方に目をやると、エナが軽い身のこなしで、どこかから垂れさがっている蔦から蔦へと飛び移っていました。
「じゃあなんで僕はそんな道なき道を歩かされているんですかね……」
しかも、こんなにも大荷物を持ってまでです。
「は? そんなの決まってるじゃん。頭のいい王都のお坊ちゃんならさ、わかるでしょ?」
「……まあ、なんとなくは」
彼女の言う通りです。察しはつきます。
かなり遠回りですが、ちゃんと道があって。
そして、近道だけれども一歩間違えばただでは済まない道があります。
おそらく、今現在の彼女達からの扱いからもわかる通り、僕はこの国のトップである『姫様』の奴隷のような立場に置かれるのだと思います。新しいオモチャだのなんだの言っていたエナの言動からもそれは明らかでした。
ということ、つまり。
「……【私たちから簡単に逃げられると思うなよ】ってこと?」
「わかってんじゃん、そう言うコト。ま、大人しく服従してくれれば命ぐらいは何とかしてやるよ?」
見下すような視線を僕に向けるエナです。う~ん、僕としてはこれから仲間として一緒に働くのですから仲良くしておきたいのですが、どうやら完全に嫌われているようです。
「……ちなみに前のヤツは、逃亡したまま行方がわからなかったりする」
ゼナがぼそりと呟いた瞬間、ギャアギャアと叫びとも悲鳴ともつかない音が夕闇の中に響き渡りました。
前のヤツ、つまり僕の前に『お姫様の奴隷』となってしまった王都の騎士です。
オモチャとしてなすがままにされるか、はたまた抵抗して逃げて最後にはこの国の土くれに還るか……。
その状況を打破するには【任務】を達成するほかありませんが――微妙に詰んでる気がするのは、僕だけでしょうか?
× × ×
その後、エナとゼナの
密林地帯を抜け、視界が開けた先にあったのは一つの集落でした。ちょっと大きな村、といってもいいかもしれません。
時間も時間だけあって、周囲は静寂そのもの。小さな家から漏れる灯りと、村の中心部にある松明のみが辺りを照らしていました。
「……あそこに、リーリャ様いる」
「リーリャ――それが、姫様の名前?」
こくり、とゼナが小さく頷いて指差した先――松明の炎が揺らめく先に映し出されたのは、石造りの祠のようなところでした。
「……なに、あれ」
特になんの変哲もない質素な――と言いたいところでしたが、僕の目に映ったのは、異様そのものでした。
まず、入口の時点からして異質でした。やけに目がちかちかすると思ったら、両脇を固める門番の後ろにびっしりと埋め込まれているのは、様々な宝石の類。
少し近づいてみると、ただの原石ではなく、指輪やネックレス、ブローチその他諸々といった、すでに加工されアクセサリとなったものが中心でした。
「悪趣味だなあ。あれをやったのって、やっぱり――」
「ん」
その反応で、リーリャ様の仕業であることを察しました。
彼女の直属の部下であろうエナですら苦い顔を浮かべていますから、抱く思いは同じなのでしょう。
それだけで、これから会う人物の精神的な未熟さが手に取るようにわかります。
明らかに子供――それも精神的にかなり幼い子の所業です。
――まあ、それと同時に、余計に厄介なものを感じざるを得ないのですが。
「とりあえず、行くよ。アンタのせいでちょっと到着が遅れたから、多分リーリャ様お冠だなぁ……エナです、リーリャ様。ただいま戻りましたぁ!」
中に入って一際大きな声を上げたエナに呼応するかのようにして、ガコン、という音ともに、祠の中にある祭壇の下から、地下へと続く階段が現れました。
どうやらこの奥に、僕の任務対象の女の子が首を長くして待ち構えているようです。
「ゼナ、そいつを控室に。私はこれから儀式の準備を手伝ってくる」
「……ん」
地下への階段を駆け下りていったエナを見届けたゼナが、僕の腕を掴みました。
「……あなたはこっち」
「儀式とか言っていたけど、これから僕は何をさせられるわけ?」
はっきり言って、嫌な予感しかしないのですが――。
「それはこれからわかる……ついてきて」
有無を言わさずといった感じで、ゼナは僕を引っ張って、祭壇の脇にある別の階段のほうへと連れていきます。
どこへ続いているのかわからない暗い地下をゆっくりと進むと、すぐに古ぼけた石扉へとぶつかりました。
どうやらここが彼女達の言う控室のようですが――。
「ここは、牢屋……?」
ゼナに促されるまま小部屋に入ると、まず目の前に鉄格子があるのに気付きました。現在は緞帳のような分厚い布が外から降りていて、鉄格子の先がどうなっているのかわかりませんが、外が異様にざわついているのだけは聞き取ることができました。
「……何をやっているのか、少しだけ見せてあげる」
ゼナが隠し持っていたナイフで布を裂き、僕のいる位置からでもわかるようにその隙間を広げると、その先に喧騒の正体が姿を現しました。
「ひどい……」
僕はその光景を見た途端、反射的にそう呟きました。
闘技場と思しきその場所では、僕より一回りも二回りも大きい体躯の男――おそらく共和国の奴隷でしょうが――が、複数の女戦士から打ちのめされていました。
周りで『やっちまえ』だの『殺せ』などと物騒な言葉が飛び交う中、奴隷の彼が必死に応戦しています。しかし、そこは共和国の女戦士の【異能】ともいえる特殊体質――やはり圧倒的な身体能力の差から、抵抗虚しく痛めつけられていました。
儀式と言えば聞こえはいいかもしれませんが――常識的には許されるものではないでしょう。
「あなたもああなる予定……って、あのバカ――エナだったら言うんだろうけど……」
言って、ゼナが自らの若干薄い胸の谷間から一通の便箋を取り出し、僕にそれを差し出してきました。
「これは王都の印――ということは」
差出人を見ると――やはりカレンさんでした。送付の日付を見ると、僕が出発した日ですから、おそらく僕を見送った後にすぐ書き、そして送ったのでしょう。
「こっちに移動してるときに……伝書鳩が」
「え……と、中身を見ても?」
その問いに、彼女は何も言わず僕から目を逸らすことで答えました。どうやら見てみぬふりをしてくれるようです。なぜこのタイミングで渡してくるのかだけはさっぱりわかりませんが――。
まあ、とりあえずさっさと手紙に目を通すとしましょうか。
『 ハルへ
今日は、こんなことがありました。
・ ペットのケルベロスが散歩中、突然火を吹きました。
もう一つの首のほうは氷のブレスです。
熱いし、冷たかったです。
・ マルベリが私に必要以上に気を遣ってきました。
なんだか惨めな気持ちになりました。
・ マドレーヌは相変わらずのくs――素晴らしい仕事ぶりでした。
さすが私の頼れる親友です。素晴らしい人間性の持ち主です。
××△◆◆〇△◇×××b
-----**@~^¥
カレンより 』
「……………………」
――えっと、いったい僕はどこから突っ込めばいいのでしょうか。
というか、ここまでとりとめのない内容の手紙を書いてくる人を初めて見た気がします。カレンさん、手紙書くの下手すぎでしょう。箇条書きで今日あった事の羅列なんて、幼年学校の夏休みの日記並ですよ?
しかも名前の少し前のところだって、字を間違えたのかぐちゃぐちゃに塗りつぶして――。
「! いや、この塗りつぶしてる部分、もしかしたら――」
インクで滲んだところに触れ、わずかに残っている溝から、消してしまったであろう内容を慎重に読み取ってみると、
『 だいすき 頑張れ だいすき 大事 私の恋人 』
と書いてあったことがわかりました。
「…………もう、これを手紙に書いてくれたらよかったのに」
とんでもなく不器用で、手紙にすら正直な気持ちをしたためられないカレンさん。
昨日のテレパシーの件といい、どうしてこうカレンさんはかわいいんでしょうか。たまりません。
「……やる気は、出た?」
ゼナの言葉に、僕はしっかりと首を縦に振りました。
今なら、多分本気を出せる気がしますので。
「……ゼナ。どうして君は僕にそこまでしてくれるの? 僕を共和国の姫様の奴隷にさせたいんじゃないの?」
最初からずっと思っていた疑問がますます深まります。僕が本気を出していないことを知っているふうですし――。
「別に。私はただ――」
ゼナが何かを言いかけたところで、地鳴りのような声と、鉄格子の開く大きな軋み音とが僕を出迎えました。
「……じゃあ、私はこれで」
答えを訊く間もなく、彼女は僕のいる場所とは反対の位置にある、異様に煌びやかな装飾が施された玉座らしきところへと跳躍していきました。
エナ、そしてゼナを両脇に従えて偉そうに踏ん反り返っている小さな体躯の少女と、僕の視線が初めて交差しました。
「……あなたがリーリャ様ですね」
「いかにも。妾こそが、この国の代表であり、そしてこの女騎士団を束ねる総隊長リーリャじゃ」
尊大な態度、そして口調。想像していた通りの子供でした。
「リーリャ様――いや、リーリャ」
「…………!!」
リーリャの顔が一瞬で憤怒に染まるのもお構いなしに、僕はわざと無礼な口調でそう言い放つと、闘技場の中央へと歩を進めました。
「――王都から派遣されてきた指揮官代理として、その腐った性根を叩き直してやる。降りてこい」
さて、あんまり小さな娘に対してこんなことはしたくないのですが――。
カレンさんに頑張れとエールを送られた以上は、やらせていただくとしますか。
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