11 彼氏の不在に数日と我慢できなかった女騎士がかわいすぎる件


 ××―――――


 迎えにいって、その姿を見た瞬間に気付きました。


 あ、これカレンさんだ、と。


 なるべく身バレしたくないのか漆黒の鎧を全身に着込んではいたけれど、歩き方だったり、普段のちょっとした所作だったりは確実に僕の愛する彼女さんに間違いなかったのです。


 後はそう――体臭とかも判断の基準になりますね。お付き合いを始めてからは、体の接触というかスキンシップも結構ありましたので、僕ぐらいのカレンさんマニアになると近づくだけで視覚よりも嗅覚で察知してしまう訳です。

 

 あ、はい。そうです、僕は変態です。


「えっと、あなたが僕を補佐してくれる騎士の方――でよろしいんですよね」


【……ハイ、ソーデス。ワタシ、クロキシ、イイマス】


 僕の問いに、黒騎士カレンさんは無駄に高い裏声を発しました。


 カレンさんだとバレないように無理をしているようですが、バレバレです。後、なんで片言?


「あの――別に、そこまで無理しなくても……」


 と、ここで、僕の中で久々に、ムクムクとSっ気が湧き上がってきました。


 しばらくこのままバレていない振りをしたほうが面白いかも――いや、絶対にそのほうがいい、と。


 僕とカレンさんのお付き合いは良好そのものではあります。しかし、最近は顔を合わせるたびイチャイチャすることばかりで、以前のようにからかったりすることが少なかったりしますし。常にお互いを刺激し合ってマンネリ化を防ぎ、いつも新鮮な気持ちでお付き合いを継続する――これがカップルを長続きさせる秘訣だと、マドレーヌさんがおっしゃっていました。


「いえ、失礼しました。何でもないです。ほんの少し間ですけど、よろしくお願いしますね?」


【……ドーモ、ヨロシク】


 僕の余所行きスマイルを見てバレていないと思ったのか、カレンさんが得意気な様子で握手を求めてきました。


 ちょっと演技が露骨過ぎたか、と思いましたが、どうやら僕の気付かない振りも成功したようです。


 ということで、早速ジャブを繰り出してみました。


「あっ、あの! ちょっといいでしょうか?」


 握った手をカレンさんが放そうとした瞬間、僕はすぐさま両手で彼女の手をがっちりと掴みました。


「すごい大きな手をしていらっしゃいますね……いいなあ、僕、体が小さいほうだから、こういうのにすごく憧れてて……あの、もう少し触ってもいいですか?」


【ハ、ハア……】


 もちろんカレンさんは戸惑っている様子ですが、それに構わず僕は続けます。


「黒騎士さん……その、僕と、個人的なお付き合いをしてくれませんか?」


【――!!??】


 握った手からカレンさんの明らかな動揺が伝わってきました。それはそうです、信じて送り出したはずの恋人が、王都からかなり離れた島国で、性別不詳の謎の騎士にいきなり交際を申し込んでいるわけですから。


「初めてあった人にこんなこと言うのもヘンなんかと思いますが、実は僕、大きな手の人だったら見境がないんです。男の人でもこんな風にときめいちゃうというか」


【!?!??――!??????!!!!!!???】


 もちろんウソです。僕にそんな薔薇薔薇とした趣味はございません。


 しかし、カレンさんにとってはその言葉のハンマーが余程衝撃的だったのか、重そうな黒兜を左右にぐらぐらとさせていました。足元もおぼついていない様子。


「――っと、すいません。立ち話がすぎてしまったみたいですね。とりあえず、これから仕事先のほうへ案内しますので、僕についてきてください」


【え、ええぇ……ここで放置ぃ……? 趣味ぃ……?】


 キャラづくりのことを忘れて、ついに素の反応を見せてしまったカレンさんをよそに僕は満ち足りた気分で軽やかにステップを踏んだのでした。



 ××―――――



「あのなぁ、ハル……冗談でも、言っていいことと悪いことがあるだろう? ついさっきまで『愛する彼氏が実は見境のないバイセクシャルだった件』だと、私は気が気でなかったんだぞ??」


 百人を超える共和国の女戦士達と対峙する中、カレンさんが僕の頭をはたきます。しかし、怒っているというよりは心底安堵しているといった様子で、ポンポンと頭を撫でられるような感触でした。


「すいません、久々にああいうやり取りをしたくなりまして……でも、隊長も隊長ですよ? どうして、わざわざ素性を隠して、こっちに来たりなんかしたんですか? 第四騎士分隊ブラックホークの方は大丈夫なんですか?」


「だ、大丈夫――じゃ、ない……」


 バツの悪そうな顔でこちらから目を逸らすカレンさんです。ということは、僕の救援依頼をどこからか小耳に挟んでエルルカ様に直訴でもしたのでしょう。


「――だ、だって! しょうがないじゃないかっ! ハルが手元にいないのに耐えられなかったんだから! 女ばっかりの騎士団で、ハーレム状態で、何も起きないはずないだろう?」


 敵意丸出しのこの状態で何も起きようがないと思うんですが……ただ、状況だけ考えると心配してしまうのは無理からぬことかもしれません。


「――で、今僕はこのような状況に置かれているわけですが……安心しましたか?」


「まあ、多少はな。しかし、随分嫌われたものだな……ちょっと挨拶が強烈すぎたんじゃないか? そういうとこだぞ、ハル。お前は何事も、手加減を知らない傾向があるからな」


 そうかもしれないです。そのせいもあって、あの戦い以後、任務対象であるリーリャは部屋にこもりっきりの状態が続いているのですから。状況を知っているのは、エナとそれからゼナの二人のみ。


「――ねえ、そこのいつぞやのオバサン。そろそろおっぱじめてもいいかなぁ? こっちはもう戦う気バッチリなんだけど」


「お、ね、え、さ、ん、だっ!」


「は? おばさんでしょ?」


「むきーっ!!」


 エナの失礼な一言で一触即発の空気が二人の間に形成されます。この二人を放り込むと、本当に唐突に戦いが始まってしまいます。


「――私も、いける。他のみんなも」


「だね。それじゃあ、いつでもどうぞ。それで、カレンさん――こっちはどうしましょう?」


「ん? とりあえずあの生意気な小娘をぶっ飛ばす!」


 ああ、もう話聞いてない。補佐役だからって全部こちらに任せるつもりです。


「――わかりました。では、僕がサポートします。カレンさんは攻撃に専念してください」


 カレンさんが、愛用の大剣を抜き、頷きました。


「では――行くぞっ!!」


 カレンさんの言葉を合図に、僕は彼女の真後ろにぴったりついて集団へ向けて突貫していきました。


「んじゃあ、まずは小手調べ――っとぉ!!」


 まず、真っ先に僕達に立ちふさがったのはエナでした。鋼鉄製の見るからに重量のある棍棒で、それを自らの持つ怪力で剣のような鋭さと速さで、しかし武器それ自体がもつ圧力はそのままに振り下ろされます。


「力の乗っているいい攻撃――だが」


 顔面目掛けて向かってきた挨拶のがわりの一撃――それを、カレンさんは受けることなく、さらに一歩、エナとの間合いを詰めていきました。


「――受けると思ったのなら、甘い」


「いっ――うぐんっ!!?」


 柄の手を持ち替えたカレンさんが、そのままエナの鳩尾付近に柄尻を叩きこみました。おそらく大剣と自身の棍棒とで力比べ――と行きたかったのでしょうが、完全に外された格好となりました。


 しかし、これでは一撃いれるのと引き換えに、相手の攻撃を受けることとなってしまいます。しかし、そのカレンさんはというと、傷一つなく、すでに次の標的へと瞳を向けていました。


 では、エナの振り下ろした棍棒の行方は、というと。


「――!?」


 その様子を見たエナが驚愕の表情を浮かべました。


 それもそのはず、彼女の攻撃は、姿僕が、綺麗に受け流し地面に衝撃を逃がしていたからです。


「マジ……そんな戦いってアリかよ」


 もちろんアリです。といっても、これはカレンさんと僕だからこそできる芸当なのですけれど。


 まあ、それだけ僕もカレンさんも本気だということです。


「さあ、次!」


 カレンさんがエナを遥か後方に跳ね飛ばし、さらに集団を突き抜けるようにして、中央へ進んでいきます。


 その間ももちろん四方八方より攻撃が飛んできますが、相手の連携の稚拙さなどを逆手にとって、その全てを簡単にあしらい、そして、エナと同じように無力化していきます。


 攻撃を仕掛けるカレンさんは隙だらけのはずなのに、まるで蛇が巻き付くように僕がそれを覆い隠すことにより、まったくつけ入る所のない陣形ができあがっていたのです。


 旋風つむじかぜ――攻撃と防御両方を備えたこのやり方を、騎士団でそのように呼んでいます。ただ、これができるのは今のところカレンさんと僕のコンビだけです。


「――待ってた」


 一連の流れで集団のほとんどをなぎ倒した僕たちは、集団の中央でじっとしていたゼナへと向かい合いました。


 暗殺者アサシンの集団でしょうか――エナ達らブルファイターとは違い、こちらと常に距離を取りながら、攻撃を警戒している様子です。


「ハル、替わろうか。私だとこの子らは相性が悪そうだ」


「了解です」


 カレンさんが僕の背後に回り込むと同時、ゼナが僕のほうへ一歩踏み出しました。


 背水の陣でかかってくるか――と思いましたが。


「……降参」


「え?」


 彼女から、あっさりと白旗が上がりました。


「二人はものすごく強い。今の状況だと勝ち目ないし、だから……」


「戦うだけ無駄。だから降参、と?」


 ん、とエナは無表情で頷きました。


 降参も確かに立派な判断の一つです。『無駄をなくせ』と先程言ってしまった手前、ちょっと否定しにくくありましたし。


「――私はもう少し暴れ足りないが……まあ、これは模擬戦のようなものだし、彼女達の判断に任せればいいんじゃないか?」


「う~ん、カレンさんがそう言うなら――」


 それも合理的な判断か、と、少し名残惜しい気持ちで僕が剣を鞘に納めようとしたその時。


 ヒュン、という小さな風切り音が耳に響いたと同時、全身に何かが絡みつくような感触が伝わりました。


「……かかった」


 降参のために跪いたゼナが『してやったり』と瞳を輝かせながら言います。


 どうやら、僕らがエナの相手をしていたほんの少しの間に、罠をしかけていたようです。


 蜘蛛の糸のように細く、かと言って、すこしでも動くと切断されてしまうほどの鋼糸です。


「降参するふりして油断したところを、ね。自分の役割にあった、らしい戦いかたじゃないか」


「……褒めても何も出ない」


 確かに、頭の一つでも撫でてやりたいところですが、この状況では指一本動かせません。というか、動かしたら指が落ちてしまいそうです。


「参ったな……余裕だと思ったのに」


「……形勢逆転」


 です。後は、吹き飛ばしたエナ達の回復を待って、無抵抗の僕達を袋叩きにすればOKです。


 ですが、それは僕が一人でいた場合の話。


 ということで、今回は、やっぱり僕達の勝利です。


「!? あれ……」


 ピンと張りつめていたはずの鋼糸が緩むのを感じたゼナの目が見開かれました。


 その視線の先にいたのは、ちょっと物理方面に特化しすぎた僕の勝利の女神様でした。


「――残念だが、私に小細工は効かん」


 完全に搦めとったと思われた獲物が、その糸を無理矢理に力で引きはがし、そしてとうとう完全に千切りとってしまいました。


「――化物」


「心外だな。私クラスなど、世界にはゴロゴロといるさ。君はもっと、外のことを知るべきだったな」


 ゴミを払うように糸を振り落としたカレンさんがゼナにそう言うと、ゼナはもっていた短剣その他隠し武器を地面に放り投げて両手を上げました。


 こうして、二対百という訓練にしては少々やりすぎな戦いが終わりを告げたのでした。

 

 ここまで、時間にしてわずか数分。


 

 ――この後、それまで敵意ばかりだった彼女達の態度が百八十度変わったのは、言うまでもないことだったのでした。

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