12 僕のいない所で百合フィールドを形成してしまう女騎士がかわいすぎる件


「それじゃあ、整列!」


 戦いの終わった広場で僕がそう呼びかけると、百人を超える人数の彼女達は、何も言わずすぐに歪みのない列を作りました。


「……ふん」


 以前まで反抗的な態度が目立ったエナも多少の不満顔はありますが、素直に従ってくれました。


 ひとまずは、これでまとまってくれたはずです。


「……うん、うん。よし、それでいいぞハル」

 

 指揮官としての僕の仕事を見、隣のカレンさんが満足そうな笑みを浮かべて頷いています。なんだか授業参観の子のような気分になりましたが、まあ、喜んでくれているようなので良しとしておきます。


「では、これから二班にわかれて行動していきます。初めに希望をとるので、僕かカレンさんどちらかの前に並――」


 と、言い終わる前にまるで示し合わせたように集団が僕の目の前からいなくなり、そしてカレンさんの前に長蛇の列をつくりました。


「……知ってた」


 先ほどの戦い、一応は僕とカレンさんの二人の勝利ではありましたけれど、実質はほぼカレンさんの独壇場です。なので、こうなっても決して不思議ではありません。

 

 学生時代から女性に特によくモテるとは話を聞いてはいましたが――これがその片鱗と言うことでしょうか。


 彼女達のカレンさんを見る目が妙に熱っぽい気がします。


「……ったく、アンタ達ガキかっての」


「……エナも、こっちにするの?」


 その様子を見て呆れている様子のエナとゼナの二人。こちらは僕のほうに残ってくれていました。ただ、エナがこちらを選んでくれたのは意外でしたけれど。


「――勘違いしないでよ? 私はただあのオバサンがいけ好かないだけだから。ショーキョホー、ってやつ?」


「……ツンデレ?」


「だぁからっ、違うっつってんじゃん! おいこらそこ、笑ってんじゃないよ!」


 首を傾げるゼナと顔を真っ赤にして慌てるエナ――二人の微笑ましいやり取りに、僕は思わず笑みをこぼしてしまいました。戦闘集団として見られがちな彼女達にも、こうやって少女らしく、そして素直な一面を見せる時がある――それがわかっただけでも、苦労したかいがあったかもしれません。


 ひとまずカレンさんにお願いをして列の半分をこちら側に譲ってもらい、ひとまずはこれで班分けは完了しました。後はそれぞれで任務をこなしつつ戦術を教え込んでいくのですが――。


「ゼナ、悪いけど君はカレンさんのところへ。出来るだけ君達二人は分けておきたいから」


「…………」


 命令と言うことで一応頷いてくれたゼナですが、頬をわずかに膨らませたその様子は明らかに不満そうでした。


 確かにゼナは僕の指示を的確に聞いてくれているので、近くにいてくれるとものすごく助かるのですが、上の立場の人間としては、特定の人とばかり話して関係性が偏ってはいけませんから。


 もちろん、その他の目的もあるにはあるのですけど。


「では、ハルの班を第一班、私の班を第二班としてこれより活動を開始する。では、第二班、ひとまずは私についてこい」


 カレンさんの凛々しいお言葉に黄色い声援が上がった第二班が、なんだか百合百合しい雰囲気を形成しながら大移動をしていきました。

 

 ――とりあえずあちらはカレンさんに任せておけば問題ないでしょう。


 と、いうことで、第一班も二班に後れを取らないよう始めていくとしますか。


 エルルカ様より託された任務のこと、もちろん忘れているわけではありません。


 ××―――――


「よし、いいよ。その調子でどんどん敵の数を減らしていこう!」


 後方で逐一指示を出していきながら、第一班は順調に今日の分の仕事をこなしていきました。


 味方の能力や戦闘スタイルなどを把握させた上で、パーティ全体でそれぞれの欠点を補いながら連携していく――集団戦闘の際の基本中の基本ですが、彼女達は戸惑いながらも少しづつ形にしていきます。


 身体能力でも、腕力や、脚力など一点に特化している女戦士達の連携が噛みあった時の脅威は相当のものです。今はまだ少人数ですが、この人数をさらに増やしていけば、ちょっと並みの集団では太刀打ちできないレベルまで全体を引き上げることができるでしょう。


 彼女達は物理特化な反面、魔法適性がゼロに等しいので、それを例えばこちらの近衛騎士団で補ってやれば――そう思うと、確かにエルルカ様や、王都がこの国にこだわる理由がわかる気がします。


 今までよりずっと強くなれる――それは、おそらく戦っている最中の彼女達が一番理解しているはずです。


「こっちは終わったよ」


「お疲れ様。さすがに早いね――損害は?」


「無いに決まってんでしょ。私を誰だと思ってんの?」


 戦闘衣に汚れ一つなく戻ってきたエナがにやりと口元に笑みを作りながら応えました。彼女には別動隊の指揮――つまりは中隊長的な立場でやってもらいましたが、上手く行ってくれたようです。


「……あのさ」


「? どうしたの、エナ。疲れたのなら回復薬がそこにあるから、それを飲んで少し休んで――」


「べ、別に疲れてないって。そうじゃなくてさ……その、ちょっと言いたいことがあって――た、た、、に……」


「た、隊長……!」


 エナから初めてそう呼ばれた瞬間、僕の体を電流が走り抜けました。


 初めて、初めて隊長と呼んでくれた――それは彼女が僕のことを多少なりとも認めてくれたということになるわけです。

 

 なんでしょう、この感覚は。ものすごく気分が高揚します。なんだかいい上司になれたと錯覚してしまいそうです。


「お、大げさなんだよ。ってか、私はまだアンタのこと、完全に認めたわけじゃないから! 姫様には勝ったってだけで、私にはまだ負けてんだから、勘違いしないでよ!」


「ああはいはい、ツンデレかわいいかわいい」


「だぁからっ、そのツンデレってのやめてって!」


 ということで、紆余曲折ありましたが、懸案事項であったエナについてもこれで無事こちら側に引き入れる見通しが立ちました。外堀が埋まれば、後は、ただいま自室に引きこもっているお姫様を引っ張り出すだけです。


 エナとゼナ、側近の二人の協力を取り付けることができれば、後は簡単、だと思うのですが――。


 今日の任務についての総括のため、エナやそのほかの少女達とともに広場に戻る道すがらのこと。


 街道を行く僕らの前に、数台からなる大きな馬車の集団が現れました。小綺麗な装飾で身を飾っている様子から見るに、どうやらこの国に住む方とは違うようです。


 それを見たエナが、僕の方へちらりと目配せをしてきました。


「……隊長、ちょっと用事が出来たから、他の奴らをつれて先に帰ってくれない?」


「エナ、あの人達のこと知っているの?」


「……ってところ。詳しくは後で説明するから」


 僕の一歩前にでたエナが彼らのもとへと近づこうとしたその時、集団の中央にある馬車の中から、一人の女性――宝石を体中にまぶしたような悪趣味なドレスを着た女性が姿を現しました。


「――ごきげんようエナ。今日は約束通りの納品に伺ったのだけれど、リーリャ姫はいらっしゃるかしら?」


 年齢で言えばカレンさんやマドレーヌさんと同じくらいなのでしょうが(あの二人と較べると他の同年代の女性は基本的に霞むのですが)――素肌を化粧で白く塗りたくっているのか、年齢以上にけばけばしく、また老けて見えました。


「リーリャ様は今体調を崩していて話が出来る状態じゃない。だから今回は私が代理で取引するよ、ネヴァン」


 どうやらリーリャは未だ精神的に不安定な状態が続いているようで、ネヴァンという女性にエナがそう申し出ます。


 しかし、それに対して彼女はエナを見下すような目をし、鼻でせせら笑いました。


「あら、オツムの弱いあなたに数の計算が出来て? せめてあの気味の悪い――名前は忘れたけど無口な女に来てもらった方がいいのではないの? もしくは、あなたの後ろにいるカワイイ顔の男の子に手伝ってもらうとかね。その子、鎧から見るに【王都】から来た子でしょう?」


 僕の鎧には王都所属であることを示す紋章があるので、見ればすぐにわかることですが――もしかしたら、彼女やその一団は、共和国やその周辺一帯で商売でもしている商人なのかもしれません。


「たいちょ――いや、後ろのヤツはまだこっちに来たばかりだ。ここのことはまだ何も知らない」


「ふぅん、そう……」


 値踏みするかのようにして、ネヴァンが瞳を上下に動かし僕の全身を目ざとく観察しています。ただあまり興味がなかったのか、『……ダメね』という呟きの後、興味をすぐに失ったようでした。


 なんというか、とりあえず一安心。


「ほら、ぼさっとしてないでさっさと戻りなよ。とりあえずここは私が――」


 とエナが、僕の背中をぐいぐいと押してその場から立ち去らせようとしたとき、さらにその背後から、意外な人物の声が耳に入ってきました。


「――そう、エナの言う通りじゃ。これはお主には関係のない話じゃからな」


「リーリャ……」


「姫様!? どうして……」


 エナの驚きようから見るに、彼女自身もリーリャがこの場に出てきているが意外だったのでしょう。


 それだけ、彼女らの言うが大事、なのでしょうか。


「あ~ら、いるじゃないのリーリャ姫。わざわざ迎えにきてくれてありがとう。体調が優れないのなら、もうちょっとおねんねしてくれてても構わなくてよ?」


「余計な心配はいらぬよ。品は私の目で直接見て判断したいところじゃし、それに――少し他に話したいこともあるしの」


 どうしたらよいか判断に迷う状況のなか、リーリャはそんな僕とエナの様子を一瞥すると、


「というわけじゃ。エナ、お前の助けは必要ないから、そこの男と一緒に先に詰め所へと戻るのじゃ」


「でも、姫様――」


「戻れ、といったのじゃ。これは命令じゃ。聞けぬというなら、お前はこの国から追放じゃ」


「っ……わかり、ました」

 

 有無を言わさぬその圧力に、エナはただただ引き下がるほかありませんでした。


 もちろんその他の少女達も同じように動揺しているようです。


「エナ、いいの? ついてあげなくて」


「……姫様には逆らえないから、仕方ないよ。ほら、隊長も、いい加減早く戻らないとあのオバサンが心配するんじゃない?」


 とりあえずここはいったん退くしかないでしょう。この場に首を突っ込むには、知らないことが多すぎるのも問題でしょうし。


「隊長……エナ、お前、随分とその男に気を許したようじゃの」


 僕とのやり取りを見たリーリャが、エナに向けてそう呟きました。溜息をともに彼女の口から発せられたそれには、驚きではなく、ただただ失望したといった様子です。


「っ……いや、姫様これはその違くて……!」


「よい。お前が心境がどのように変わろうとも、妾には関係のないことじゃからの。どうせ――どうせ私は独りぼっちじゃ」


「! 姫様!」


 私は独りぼっち――諦めたようにそう吐き出したリーリャは、そのまま何も言わずにネヴァンのもとへと姿を消していきました。


「姫、様……! そうじゃないよ、そういうわけじゃ……」


 その場で膝から崩れ置いたエナの気分が、落ち着くまで、僕はしばらくその場に佇むことしかできません。


 ただ、だからといってこのまま指をくわえて見ているわけでももちろんありません。


「エナ、僕に話してくれないか? 姫様があの戦いのときに見せた姿に――ああなったきっかけの話を」


 任務など関係ない、今はただ彼女を、彼女達を助けてあげたい――その思いだけが僕の胸の内をざわつかせていたのでした。

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