19 かつての敵と共になぜか全身ビッチャビチャで登場する女騎士がかわいすぎる件 1
「――それじゃあさよなら、二人とも。私はこれから、リーリャ姫を帝国へと連れていく」
そう宣言したゼナが、ぐったりした様子のリーリャを肩に担ぎ直し、背を向けました。
「待ちなよ、ゼナ! アンタ、リーリャ様を帝国に連れて行ってどうするつもり?」
「知らない。私はただ、この人を帝国に連れ帰ることだけを指示されただけ。もちろん、あなた達の知るところでもないけど……」
ゼナの瞳が傍らのネヴァンへと向きました。
全ては彼女の指示――ということなのでしょう。
「そういうこと。それじゃあ、私たちはこれで失礼するわね、王都の坊や。私たちはこれからもうちょっと、本国への手土産を増やしに行かなければならないからね」
「手土産――まさか、リーリャ以外の
正解だ、言わんばかりにネヴァンが妖怪じみた歪んだ笑みを浮かべました。
奴隷として送り込んでいた多くの帝国兵を一斉に反乱させ、数のものを言わせて少女達を捕える――彼女の狙いとしてはそんなところでしょう。
「そんなの、私と隊長がやらせるわけ――」
「エナ、ちょっと待って」
逃げようとする二人をすぐさま追いかけようと、エナが跳躍の姿勢を取りますが、すぐさま僕がそれを制止しました。
「隊長、なんで止めるのさ!? 早くしないとみんなが、リーリャ様が……」
「僕もそうしたいのは山々だよ。だけど――」
僕達二人と相手側のとの間に、蜘蛛の巣のように張り巡らされた鋼糸が仕掛けられていたからです。
彼女がこの場にいることは全くの想定外でしたから、もしかすれば、すでに他の罠なども仕掛けられているかもしれません。
「……残念。そのまま行けば、エナ、あなたは間違いなく細切れになっていたのに」
「ゼナ、アンタ……!!」
一番に信用していたはずの存在に裏切られたエナの失望や怒りは相当なものでしょう。唇の端から血が垂れるほどにエナは自らの歯を軋らせていました。
「お別れね、坊や。生きていたらまた会いましょう? まあ、多分無理だろうけど」
「……さよなら」
けらけらと高笑いをあげながら、ネヴァンとゼナが森の奥へと消えていきました。
「待ちなよアンタ達……! くのっ、隊長、なんとかならないの?」
「剣があればどうにかなるだろうけど、生憎それも隊長部屋に置きっぱなしだよ。エナ、君の方はどう?」
彼女も悔しそうに俯いて首を振りました。
鋼糸は僕達を鳥かごのように取り囲む形で張られているため、動こうにも動くことができません。かと言ってカレンさんのように力づくで千切ることも不可能に近い――。
そうなると、後は外から誰かに装備を持ってきてもらうか、この罠を解除できるような人に助けもらうしかないのですが――。
「――隊長さま! エナねえさま!」
どうやらまだ運はこちらを見放してはいなかったようでした。
「ノカ、アンタ無事だったの?」
「はい、エナねえさま! 他の集団の子たちにもこのことを伝えようとしたときに、皆さまがいるのを見かけて……これ、もしかしてゼナねえさまの……」
「説明は後で。ノカ、この罠を解除することはできる?」
「私も一応、ゼナねえさまに手ほどきを受けていましたので……少し時間はかかりますが、この手のものなら」
ノカはすぐさま罠の周囲をぐるりと回っていき、糸の仕掛けられた場所を見つけ、解除していきます。
支点を失った糸が風に乗ってその姿を消すまでの時間はたった数分間。しかし、ネヴァンたちの目論見を達成するには十分な時間稼ぎでした。
「エナ、この場所から港までどのくらいかかる?」
「街道沿いならどれだけ急いでも三十分以上かな。森の危険地帯を突っ切っていけば、私なら二十分ぐらい」
ということは、まだギリギリ間に合うということです。
ゼナがどういうルートをとったのかは不明ですが、気を失ったリーリャや、ネヴァンがいることを考えるとおそらくは前者となるでしょう。
帝国がリーリャやこの国を狙った目的、そして元々共和国で産まれたゼナがどうして僕達を裏切ったのか――知りたいこと聞きたいことは山ほどありますが、今はそんなことを考える暇はありません。
「とにかく今は急ごう。ノカ、君は他の子たちと合流してひとまず避難を。無理に戦う必要はないからね」
「わかりましたです。隊長さま、エナねえさま――お気をつけて」
言って、ノカはすぐさま踵を返して元の集団のもとへと戻っていきました。
もう少し怯えるかも、と思っていましたが、リーリャのためを思って行動できるあたりは意外に芯の強い子なのかもしれません。
「――よし、じゃあ行くよエナ。僕が魔法で全面的にサポートするから、君は気にせず突っ走ってほしい」
「了解。隊長、せいぜい置いてかれないように頑張ってよ」
すぐさまエナに脚力増強の強化魔法をかけ、僕達はゼナ達に追いつくべく全速力で駆けていきました。
× × ×
「これは……ひどいな」
リーリャを拉致したゼナの後を追いかける最中に飛び込んできた集落の変わり果てた様に、僕は思わずそう漏らしました。
爆発が相当大きいものだったのか、集落のいたるところに建物の瓦礫が散乱し、未だ煙がそこかしこでくすぶっていました。
すでに帝国兵達は目的を果たしたのか、集落に残っているのは、帝国兵以外のほんの一部の奴隷と、それから年配の女性達だけでした。そのほとんどが襲撃によって怪我を負っています。
「まだ能力が発現してない子供まで……アイツらなんてことを」
戦力としてはまったく計算の立たない子供まで連れ去る――となると、帝国は特に兵としての価値を彼女達に見出しているわけではないようです。
「こうなると他の集落も心配だけど……とりあえずそこは別の女の子たちに任せよう。彼女達だって、決して弱いわけじゃないんだから」
ほんの付け焼刃でしかありませんが、カレンさんと僕の指導で、彼女達も集団戦闘のいろはについては学んでいるはずですから、簡単に負けることはないでしょう。とにかく今は信じるしかありません。
重傷者のみに回復魔法をかけて応急処置を終えた僕が、すぐさま元のルートに戻ろうとしたところで、とある集団が僕達の前に立ちはだかりました。
「やっぱり来たわねガキ共――ゼナの言う通りだったわ」
「ネヴァン……」
数十人からなる帝国兵の集団の中心にいたのは、先程までゼナに同行していたはずのネヴァンでした。
こうなることを見越して、ゼナが彼女を足止めに使ったということでしょうが――とにかく、手強い相手であることに変わりはありません。付き従う兵士もおそらくは実力者揃いでしょう。
二対多数。しかも今回は魔術を駆使する大将のおまけつきです。
カレンさんと僕であっても、状況次第ではどうなるかわからないほどの相手に、今回はエナをパートナーとして戦わなければなりません。
コンビネーションもコミュニケーションも未だ不完全な状態では勝ち目が薄いのは明白でした。
せめて、ネヴァンを相手にする魔術師が一人でもいれば、随分と楽に戦えるのですが――。
「隊長、私はどうすればいい?」
しかし、その戦況にもエナは一切怯むことなく僕に指示を仰いできました。
彼女の頭の中にあるのは、『何がなんでもここを突破してゼナの、リーリャのもとにたどり着く』――それだけでしょう。それはもちろん僕も同じです。
戦況が厳しかろうが関係ない、とにかく戦え――ブラックホークに長く伝わる言葉です。
「【旋風】でいこう――エナ、カレンさんのかわりはやれる?」
「――当然。あんなオバサンよりも、もっと気持ちいい戦いっぷりてやつを隊長に見せてあげる」
恋人同士になるまでに絆を深めたカレンさんと同じやり方をする――無謀なのは誰にだってわかりますが、この包囲網を強引に突破するにはこれしかありません。
「「――勝負!」」
「――さあ、行きなさいな! 私のカワイイお人形達!」
ネヴァンがそういって魔法書を開き呪文を詠唱すると、武装した周りの兵達へむけて強化魔法を二重にも三重にもかけていきました。
攻撃、防御、それから戦意高揚でしょうか。後ろにサポート役がいるだけで、敵の脅威度が跳ね上がっていきます。
「――こんのぉっ!」
先に仕掛けたのはもちろんエナでした。いつもの得物がなく集落で拝借してきた木刀ですが、僕の魔法で金属とも互角にぶつかり合えるぐらいには強度を高めていました。
金属と金属がぶつかり合う音、そして衝撃。
「――かったいな、もう!」
カレンさんと取っ組み合いでまともにやり合えるだけの力を持っている彼女ですが、今回は武装+強化魔法付きですので、敵をそのまま吹き飛ばすことはできません。
ということで、ここは僕が無理をする番となります。
「エナ、構わずネヴァンに向かって直進して! 強化魔法は僕がなんとか消すから!」
「えっ、消すって……んっ、わかったお願い!」
敵とのぶつかり合いに一瞬だけ硬直したエナでしたが、僕の言葉を信じてくれたのかそのまま再び敵の間合いへと飛び込んでいきます。
「上手く行ってくれればいいけど……!!」
攻撃を躱して兵の懐へと飛び込んだエナがそのままがら空きとなった胴の部分へと木刀を繰り出します。
「馬鹿ね、何度やっても私の強化魔法に勝てるわけが――」
しかし、ネヴァンの言葉とは裏腹に、エナの全力の膂力をもって振り抜いた一撃は、周囲にいた数人の兵の体を宙に浮かし、そして、
「うっらああああああ――!!」
彼女がそう吼えたと同時に、旋風が吹いたかのような衝撃波ともに、僕達を取り囲んでいた数人が散り散りに吹き飛んでいきました。
「――嘘っ!? 魔法はきちんとかかっていたはずなのに……あなた達、一体何をしたのっ!?」
僕の破魔の魔法を彼女の木刀に付与しただけですが、それは彼女達の知るところではありません。
ただ、破魔の魔法については、強化魔法を一個打ち消す度にその効力が漸減していきますから、かなり強い魔力を込める必要があります。その分、僕の消耗が早まるわけです。
ちなみに、カレンさんとやるときはそんなことをしなくても全部なぎ倒してくれます。カレンさん、偉大すぎる。
「すごい、これが隊長の……」
エナ自身も予想外の手ごたえに驚いているようでした。興奮しているのか、わずかに頬も紅潮しています。
「止まるな、エナ! 敵はまだいるぞ!」
「っ、ゴメン、隊長! 次はもっと上手くやるから、お願い!」
鉄壁と思われた陣形を力で強引にこじ開けられ、相手側には明らかな動揺が広がっていますから、この手を逃す隙はありません。
「お前ら、そこをどけえええッ――!!」
戦意がさらに上昇したエナの戦いぶりはまさしく一騎当千でした。僕の手助けによるところが大きいですが、乗った時の彼女は、もしかしたら手をつけられないかもしれません。多分ですが、リーリャにも匹敵する才能を持っているでしょう。
一人、二人、そして三人――群がる帝国兵を次々に殴り倒して戦闘不能にしてきます。百はくだらない数が五十、三十と数が減っていき、ついに。
「これで、最後ッ――!!」
立ちはだかる全ての敵をすべて無力化した僕達はついにネヴァンのもとへと辿りつきました。
後は、今回の事件の黒幕であるこの女を吹き飛ばすだけですが――。
「――轟け、
と、僕達が彼女を視界に捉えたところで、攻撃呪文の閃光が彼女の魔法書より迸り、バチッ、という激しい雷撃が辺り一帯に広がっていきました。
しかし、ここは僕としても想定内のこと。すぐさま
「防御、攻撃、それに支援と謎の力まで……坊や、あなた一体何者?」
「さあ? 僕はただの、一騎士団のヒラ隊員のつもりですけど」
最後の手段まで使ったネヴァンに最早手の打ちようはありません。攻撃魔法を放つ前に、エナが彼女を昏倒させて終わりです。
「――すいませんが、ここで終わりです。僕達にはまだやらなければならないことがありますので」
「覚悟しなよ、ネヴァン!」
戦いはこちら側が上手く立ち回れましたが、足止めになったのは間違いありません。時間に焦る僕達はすぐさま次へ向かうべく彼女へと飛びかかりましたが。
その瞬間に、僕の足が何者かに掴まれました。
これもゼナが予め仕掛けた罠か――そう思い、足元を見た僕は自分の目を疑いました。
『アアア……』
倒されたはずの、戦闘不能になったはずの兵達が、僕達に再び襲い掛かろうとしていたのです。
「嘘ッ、こいつら、完全に気絶させたはず……動けるはずないのに」
気づくと、すでにエナの脚にも同様に複数の兵達が絡みついていました。
「こいつら、なんで――」
再び僕達に向けて数十の兵達がこちらへ集る中、勝ち誇った様子のネヴァンが笑みを浮かべていました。
「あら~? 私、さっき言わなかったかしら~? 『私のお人形さんたち』って――」
「この人たちの生気のない顔――ネヴァン、アナタまさか……」
「そうよ、坊や。私は『死霊使い』――ここにいる奴らや、奴隷とした送り込んだ人間は全部死人――私の指示通りに動くお人形さんよ」
死霊使いとは、王都では禁術として指定されている、自らの生気を触媒にして亡者を意のままに操る魔法を使う人達のことを言います。ネヴァンが通常よりかなり老けてみえたのはおそらくそのためでしょう。
僕らの国では存在してはいけない人間が帝国にはいる――これだけで、東の国がどれだけ得体の知れない存在かがわかります。
「――ふう、一時はどうなるかと思ったけど~……これで形勢逆転ね。この私をコケにしてくれたあなた達二人は~……ぶっ殺してやるから覚悟しておけやゴラァッ!??」
目をひん剥きながら大口を開けて僕らを罵倒したネヴァンが、そのまま詠唱の準備に入りました。
「こんのっ、放せッ、放せよこのッ……! 隊長、なんとか……なんとかならないのっ……?」
「ごめん、道中の強化魔法と極めつけの破魔――力がもう入らないみたいだ……」
「実は私も……隊長の強化魔法の反動で……ちょっと後先考えず調子に乗り過ぎたみたい」
道連れにするかのように纏わりついてくる死兵をなんとか振りほどこうとしますが、エナも僕もここまで無理をし過ぎたせいで、これだけの数を再びなんとかすることは不可能でした。
万事休すか――。
「さよならクソガキども――天国でもせいぜいよろしくヤってなさないな。でも、アンタ達の死体は私のコレクションに加えるから、そっちに行けるかどうかはわかんないけどねえ?」
勝利を確信する高笑いとともに、ネヴァンが魔法を僕らにむけて放とうとした瞬間――。
【―― う ご く な 、 そ し て 、 だ ま れ ! ! 】
「あっ、アガッ……!?」
どこかで聞き覚えのある声が響いたかと思った刹那、ネヴァンが持っていた魔法書を取り落とし、一切の発声を封じられた自分の状態に、驚愕の表情を浮かべていました。
「ねえ、帝国の【お人形遊び】さん――あなた今、自分が何をやろうとしたのか、その行為を、理解しているのかしら?」
僕達の戦場に救世主的に介入してきた、ブラックホークの
ただ相手を見つめて、そう命じるだけで半強制的に従わせる異能ともいえる力――それを使える人など、僕は一人しか知りませんでした。
「その少年は、『私の』少年よ。勝手に殺して、勝手にあなたのものにしないでくれるかしら?」
「――アンリさん……?」
「久しぶりね少年。元気そうでなによりだわ」
それは、以前カレンさんを人質にとってブラックホークに立てこもり、今は王都の牢獄に収監されていた【魔眼】のアンリさんでした。
「隊長、あの人は?」
「一応、僕の知り合いだよ。でも、どうしてあの人がこんなところにいるのかは……」
「――それは、隊長である私からさせてもらうことにしようか」
そして、その疑問に答えてくれたのは、やっぱり、というか予想通りの人でした。
相変わらず、僕のピンチには必ず駆けつけてくれるお人です。
「アンリは紆余曲折を経てブラックホークの団員となった――何とか間に合ったようだなハル」
「……カレンさん」
この前別れた時と同じ姿のカレンさんが、アンリさんの背後から姿を現しましたが――。
カレンさん、あなた、なんでそんなに全身びちゃびちゃに濡れてるんですか?
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