20 かつての敵と共になぜか全身ビッチャビチャで登場する女騎士がかわいすぎる件 2
「――いや、なんでそんなにビッチャビチャなんですか?」
水も滴るなんとやら、とやつでしょうか。
再び僕の前に登場してくれたカレンさんですが、鎧からポタポタと水の雫を滴らせている姿に、僕は、死兵に集られている今の状況を忘れてツッコミを入れてしまいました。
「あ、いや、その、これはだな……ちょっとこの場では簡単に言い表せない事情というか葛藤というか、そういうのが色々とあって――」
「は? 少年の救援に先行して向かっていた私の船を見つけるなり海に飛び込んで、泳いで勝手に乗り込んできただけでしょう? それのどこに葛藤があるというの?」
「ばっ――おま、それを言うなあッ!?」
あきれ顔でカレンさんを見るアンリさんが、事情をこれでもかと簡単に説明してくれました。
鎧を装備したまま海にダイブし、そのまま他の船まで泳いでいく――確かにカレンさんなら決して不可能なことではないですが、かなりの無茶であることに変わりはありません。
カレンさんが現在着けている黒鎧は、王都の騎士団で一般に使用されているものと違い、頑丈かつかなり重いです。海に投げ入れたらあっという間に水底に到達するレベル。
「だ、だって……もしハルがあのネヴァンとかいう女に万が一でも負けてしまったらと考えるといてもたってもいられなくなって――アンリが乗っている船を見かけた時には、すでに私の体は大海原だった」
「もう、カレンさんったら相変わらずなんですから……」
帰ったらおそらくマドレーヌさんからのお説教という名の折檻から逃れることはできないでしょうが――今回ばかりは助かったので、その時は僕も一緒に怒られることとしましょうか。
――ありがとうございます、カレンさん。
「と、とにかく行くぞアンリ! ひとまずはハル達を助ける。人手不足の穴、きちんと埋めてくれよ?」
「出張先での仕事だなんて本来の私からすれば面倒極まりないけど、少年のためだから仕方ない――もう少しだけ働いてあげるわ」
カレンさんの指示を受けたアンリさんが左目につけている眼帯に手をかけると、その瞬間、砂時計のような紋様が浮かび上がりました。
「――解除は三十秒だ。やれるな?」
「数秒あれば十分よ」
アンリさんが砂時計をくるりと反転させた瞬間、彼女の瞳に、禍々しいまでの妖光が集約していきました。
「うくっ……んのクソがぁッ!! たかが催眠魔法の分際で、この私と、私のカワイイ人形達がいいようにされると思うなあッ!!!?」
二人が僕達を救出すべく一歩を踏み出すと同時、気合の咆哮でアンリさんの魔眼の効果を無理矢理打ち消したネヴァンが、自らの魔力を死兵へと分け与えていきます。
「んぐ……コイツら、また力が強くなって……!」
「アハハハ!! そうよ、これが私の『死霊術』。私の生命力と魔力を削れば削るほど、死兵たちはより強靭な姿へと変えていく――外見がさらにババアになるのだけは、気に食わないんだけどねえ!!」
肥大化し、すでに人の姿をほとんど残していない死兵達が、拘束のための数人を残し、援軍の二人へと殺到していきました。
「さあ、まずは不思議なお目目のアナタ! この私にけったいな暗示をかけた報い――死をもって償いなさいな!!」
ネヴァンの指示に死兵達のほぼ全員がアンリさん目がけて飛びかかりましたが、そんな中でも、当のアンリさんは平然とした様子でゆっくりとこちらへと近づいてきました。
「ふふ……愚かね、帝国の人形使い。死人だから、私の魔法など効くはずもない――そう考えているんでしょうけど……その認識、甘い」
「なっ……!!?」
【 ひ れ 伏 せ 】
ただ一言、アンリさんが死兵達にそう命令した瞬間。
それまでネヴァンの操り人形のはずだった死兵達が動きを止め、あっという間に隊列を組んでアンリさんの前に跪いたのです。
「馬、鹿なっ……そんなことって……!」
「――牢獄生活のおかげで研ぎ澄まされた私の【魔眼】は、今や死人すら関係なく全てを服従させる……その辺の呪術師風情と一緒にして欲しくないわね」
どうやらアンリさん自身も、しばらく会ってない間に謎の進化を遂げてしまったようです。
どうやら彼女こそが、マドレーヌさんが言っていた『補充要員』ということですが――あれ、もしかしてこれ僕よりも全然役に立っているかもしれない?
「――ハアアアアアアアアッ!!」
攻撃してください、と言わんばかりとなった集団の中へ突入したカレンさんが闘気とともに愛剣を振り抜くと、数十はいたであろう敵があっという間にその数を減らしていきました。
「私のハルに手を、出すなっ――!!」
勢いを落とさず僕にまとわりつく死兵達を一体残らず始末すると、カレンさんは、そのまま僕を自身の胸へと抱き寄せてきました。
「カレンさんっ……!!」
「待たせてすまないハル。間一髪だったが、無事でなによりだ」
「はい……」
あれ、なんでしょうこの高鳴る胸の鼓動――なんだか囚われの身を勇者に救われたお姫様のような気分です。
カレンさん、超かっこいい。
「――ねえちょっとおばさん、イチャコラすんのは勝手だけど、その前に私も助けなさいよ……!」
未だ抵抗を続けているエナがカレンさんに助けを求めますが、
「……やだ」
と、カレンさんはその要請に、ぷいっと顔を背けるのでした。
「いやあどうせ私は若い若いピッチピチじゃないおばさんだし~? そんなおばさんだからハルを助けただけで疲れちゃったし~? お前を助ける余力はもうないって言うか~?」
「ハアアアアッ!? この状況でなにそんな大人気ないこと言ってんのさ? アンタそれでも上に立つ人間なの?」
「ふん! 上にいようがいまいが、私だって一人の人間だ! 礼儀のなってない奴を助けなどするものか! アンリにでもお願いしておけ!」
こんな状況でも相変わらずな二人です。お互いもうちょっとだけ歩み寄ってくれればいいコンビになりそうなんですが――。
ちなみにアンリさんはそんな二人の様子などまったく気にも留めていないご様子で、眼帯についていた土埃を払っている最中。あ、これ多分助けてくれないやつだ。
「エナ、今のは君が悪い。裏表のないところが君のいいところではあるけれど、目上の人なんだから最小限の礼儀ぐらいは弁えること、いいね?」
「むう……わかったよ。ちゃんとすればいいんでしょ――助けてください、カレンさん……これでいい?」
「ん? 今なんて言った? 私はこう見えて耳が遠いから聞こえなかったな~? エナ、私はお前に、いつもどう呼べと言っていた?」
あの、カレンさん。マジ大人気ないです。
「っ……お姉さんっ! 助けてください、カレンお姉さまッ!」
「ようしっ、いいだろう!」
『おねえさん』――ついにその言葉を引き出したカレンさんが愉悦の表情を浮かべながら、エナを救出しました。
あれ? 今しがた僕を助けてくれた勇者様はいったいどこに消えたのでしょう――思わず目を擦りたい衝動にかられました。
しかし、これで大方の勝敗は決したも同然でした。
率いていた多くの兵は、カレンさんとアンリさんの活躍もあり、完全に行動不能。
残っている戦力はこちら側が四人。それに相対するネヴァンは今やたった一人。
後やることがあるとすれば、せいぜい白旗を上げることぐらいでしょう。
「ちいっ、使えねえ奴ら……! 上手く行けばあっちで名を上げるチャンスだったのに……」
「……何を言っているのかわかりませんが、今はとにかく降伏してください。大した犠牲の出ていない今なら、王都側も寛大な処遇で受け入れる準備があるでしょうし」
「……帝国に私の身柄を引き渡すことは?」
「おそらく、それはないだろうな」
僕のかわりにネヴァンの質問に答えたのは、カレンさんでした。
「こちらとしては少しでも帝国の情報があれば欲しいところだから。しばらくの間は牢獄だろうが、命は保証しよう」
「ちっ……背に腹は代えられない、そういうことね……」
観念したようにネヴァンが俯きました。
これで後はリーリャを助けて全て終わり、と僕の緊張が一瞬緩んだ矢先、
「って、んなコト言うと思ったか、この王都のクソ共がぁッ!」
彼女がそう叫ぶと同時、彼女の背後にある人影から、ぬるりと一人の少女の姿――ゼナが現れたのでした。
「……まったく、世話の焼ける人」
「ゼナ!? どうして君がここに……まさか」
僕の言葉に、ゼナが頷きました。
「ん……リーリャ姫の身柄はすでに目的の場所へ運んでおいた……残念だったね」
――時間切れ。それすなわち、実質的に僕達が敗北してしまったことを意味していました。
「アハハハっ! ご苦労だったわね裏切り者のゼナちゃん! さあて、ちょっと手土産や少ないけど目的は果たしたわけだし、とっととずらかるとしましょうか!」
再び余裕を取り戻したネヴァンがゼナにそう命令を下しました。
状況的なことを言えば、手練れのカレンさんやアンリさんがそれをただ見過ごすわけはありません。しかし彼女とておそらくは帝国の騎士――先程の人影を利用した得体の知れない術のように、何をしてくるかわからない状況。
しかし、なぜかゼナは一向に動く気配はありませんでした。
「? ちょっと、なにやってるのッ! 荷はすでに積み込んで出航済みなんでしょっ!? どうしたっていうの!」
「リーリャ様なら、今は自分の部屋でぐっすりと眠ってる」
「ハアッ!?? アンタ一体何をやっ、て……」
と、その時、ゼナがネヴァンの首筋付近へ向けて小さな針を突き刺しました。
「ネヴァン……あなたは一つ勘違いしているみたいだから、教えてあげる」
「っ……まさか初めからこういうつもりで……!」
全身から力が抜けたようによろよろと倒れ伏していく様子のネヴァンを見下ろしながら、ゼナは告げました。
「私の本当の名前はルゼナマリア。王都近衛騎士団、
帝国のものと思われたその徽章は、黒い十字の部分がいつの間にか抜け落ち、残りの白い十字架部分だけが、彼女の首元で強い輝きを放っていたのでした。
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