21 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 1

「……私は元々、王都の生まれ。王都出身のお父さんと、そして、この国出身のお母さんの間から産まれた」


 王都と共和国は、時に密に、そして時には細々とではあったけれども古くから協力関係が続いていました。物的にも、そして人的にもです。ですからもちろん、ゼナが言うようなことが起こりえても決して不思議ではないわけです。


 王都で産まれようがこの国で産まれようが、母親が共和国の女性であれば、ほぼ例外なく母親側のみの血を受け継いで生を受ける――戦士として騎士として、最も適した能力を持って、です。


 王都出身の人間であるのにもかかわらず、まったく疑われることなく現地の人として暮らしていける――王都側に何か不都合があった時に、素早く報告を上げるスパイとして、これほど適任な人材はいないでしょう。


「じゃあつまり、普段は絶対に通らない要請が通ったり、救援がやたら早かったりっていうのは……」


 ん、とゼナ。


「……私がずっと王都あっちに情報を伝えていたから。もちろん、隊長――あなたの仕事ぶりとかも。エルルカ様や、総隊長には全て報告しているから」


 現地において、知る人が誰もいないことをいいことにウソの報告や実績をあげる――などといった不正をする人っていうのはどこの世界にもいますから、監視役を置くこと自体は不自然ではありません。


 ゼナが初日から僕に協力的だった理由についても、『元々王都側の人間だったから』ということで、ある程度の説明ができます。味方がいないとさすがに仕事がしにくいですし。


「二重スパイ……って、そういうワケ。最初っからやたら私にすり寄って王都の情報を寄越してくれるなと思ってたら……こ、んのガキャァ……」


「……あなたを捕えることは、元々から決まっていたこと。それを確実に遂行するために、漏らしてもいい範囲で情報を差し出して信用するよう仕向けただけ」


 麻痺毒が塗られていたであろう針にやられうつ伏せに倒れたネヴァンを一瞥すると、そのまま彼女の体を鋼糸でぐるぐる巻きに縛りつけていきました。


 後は、この後に来るであろう救援の本隊に身柄を引き渡してしまえば、めでたくゼナの今回の任務は完遂となります。


「……ごめんなさい、エナ。ちょっとでも騙すような真似をしてしまって」


 しっかりとネヴァンを拘束したことを確認すると、ゼナがこちらに向かって深々と頭を下げてきました。


 ネヴァンを騙すため、与えられた仕事をこなすためとはいえ、リーリャの世話役としてこれまで一緒にやってきた友人ともいえるエナに敵対行動をとってしまった――彼女としても辛かったはずです。


「私や隊長、リーリャ様にノカ、それからネヴァンまで――みんなみんな騙して裏切って……ゼナ、アンタ、絶対いい死に方しないね」


「……うん、知ってる」


「私さ、もしかしたらアンタのせいで細切れになって死ぬところだったんだけど……それについてはどう落とし前つけんのさ?」


「…………」


 言って、ゼナはエナの前で腕をだらりと垂らし、直立不動の状態で目をつぶりました。


 あなたの好きなようにやってくれ、ということでしょう。


「ふうんそういうこと……なら、しっかり足に力入れて歯ぁ食いしばりなよ」


 ゼナの意図を汲んだエナが、そのまま腰を落とし、深呼吸を二回、三回と繰り返しました。


「一発殴って、それでチャラ……うんうん、青春だな」


 その様子を静かに眺めているカレンさんがとてもしみじみと頷いていましたが――カレンさん、それ、とっても『おばさん』っぽいです。


「くだらない茶番ね。金でも払ってさっさと終わらせればいいのに――少年もそうは思わない?」


 アンリさんはアンリさんで水を差すような一言はやめてください。あと、こっちの同意を求めないでください。


「ふぅぅ……ん、りゃあああ!!」


「んぶっ――!!」


 と、大人達二人の対応に追われている僕を尻目に、若い二人は今まさに青春の一ページを刻んでいるところでした。思い切り振り抜かれたエナの正拳を顔面――頬のあたりで受けたゼナが、そのまま数メートル先へ吹き飛んでいきます。


「……エナ、痛い」


「当たり前でしょ、本気で殴ったんだから――ほら、立てる?」


「……ん」


 エナの差し出した手を握手するようにしてゼナが掴み、立ち上がりました。


 固く繋がれた彼女達の手を見て、これでようやく一件落着――かとそう思っていたのですが――。


「――ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……!」


 奇妙な笑い声に振り返ると、身動きの取れないネヴァンが、今や皺だらけとなった瞼を、目玉が飛び出しそうなほどの形相で僕達五人を見つめていました。


「何がおかしいんだい、ネヴァン? 魔力の使いすぎでついに頭の中までおかしくなっちゃたか?」


「ヒッ、完全に勝ったと思い込んでいるアンタ達が滑稽で仕方なくてね――笑いが止まらなくなっちまったんだよォッ……」


 完全勝利――状況を考えれば当たり前でしょう。戦力は尽き、自らも完全に身動きが取れず、後は身柄を引き渡されるの待つばかりなのですから。ネヴァン自身もそれがわからないほどバカではないはずです。


「ゼナ……アンタは完璧だったよ。私はアンタの行動と言葉にすっかり騙された。アンタを新たな帝国の一員として認め、徽章を渡すなんていうクソ愚かなこともした――でもね、アンタは最後に一個だけ失態を犯した。私のことを完全に捕えたと思って言ったんだろうが……」


 ゼナを睨んだネヴァンの口元がにちゃり、と不気味な音を立てて歪みました。


「言ったな? ゼナ、お前、をぉぉぉ~~~ッ!!!!」

 

 瞬間、顎が外れるかと思うほどに大口を開けたネヴァンから、白い靄のようなものが漏れ出しました。それはやがて上空でほのかに輝く球体となると、そのままどこかへと霧散していきます。


 さらに――。


「た、隊長っ! ネヴァンが、ネヴァンの様子が――」


 最後の断末魔のような叫びとともに引き起こされた不可思議な現象に首を傾げていると、ネヴァンの体の様子を確認していたエナから戸惑いの声が上がりました。


「こいつ、死んでるっ! しかも体がミイラみたいになって……」


 ネヴァン――いや、それまでネヴァンだったに視線を移すと、確かにエナの言う通り、彼女は確認するまでもなく体中の水分が抜け、干からびたような形で完全に絶命していました。


 王都に身柄を引き渡されるのを嫌って自ら命を絶ったのでしょうか。いや、それにしては潔くなさすぎます。


「――逃がしたのね。おそらく……自分の魂だけを」


「? どういうことですかアンリさん」


「あのネヴァンという女は死霊術に特に精通していた。自分の魔力と生命力を疑似的な魂として亡骸を操っていたとしたら、その逆――」


「――自分の魂ですら、例外ではないと?」

 

「可能性はあるわ。自らの魂を魔力に変換して移す――そんな人間をやめるような真似、本当にできるかどうかはわからないけど」


 ということは、先ほどの白い球体は魔力に変換したネヴァン自身の魂ということになりますが……。


 では、その魂が向かった先というのは――最後に彼女が吐いたセリフの意味は――。


 その時、最悪のシナリオが、僕の脳裏をよぎっていきました。


 そんな僕の顔を見たカレンさんも同じことを考えていたようで――。


「――ハル、どうやらこの戦い、ここからが本当の勝負になりそうだな」


 × × ×



 ネヴァンの最後の賭けに気付いた僕達五人は、全速力で『とある場所』へと向かっていました。


 彼女のその企みが必ず成功するとはもちろん限りません。あえなく失敗し、完全に命を落とす可能性もあるでしょう。


 しかし、もしそれが成功してしまったとしたら――最悪の展開を免れることはできません。


 しかも相手は強さの探求のためなら何も厭わないという帝国――どんな外法を仕掛けてきても不思議ではありません。


「――ここでいいんだね、ゼナ!」


「ん……私が姫様を自室まで運んだから間違いない」


 僕達が向かっていたのは、リーリャの自室や僕が普段使っている隊長部屋のある、共和国の女戦士たちが集まる祠でした。


 一番最初に僕達がエナやリーリャと戦った場所――できれば、もうこれ以上戦うのは避けたいところでしたが――。


「隊長さま、エナねえさな!」


 僕らがすぐさまリーリャのもとへ向かおうとしたところで、逆に祠の入り口からノカが飛び出してきました。


「……ノカ、大丈夫?」


「ぜ、ゼナ……ねえさまも、ですか?」


「大丈夫だよ、ノカ。彼女はちゃんと味方だから安心して。それより、どうしてここに?」


「あ、はい。奴隷の方たちが暴れ始めたので、私は、鎮圧に向かった他のみんなの支援サポートをしようと武器とか回復薬を倉庫から持っていこうとしたんですけど……でも、中の様子がなんだかおかしいような気がして怖くなって……そうしていたら皆さまが」


 入口のすぐ外から内部を確認したところ、特に変わった様子はありません。


 しかし、その静寂は今は不気味にすら感じました。


「ハル、ひとまずはその子も連れて行こう。この状況なら、一人にしておくよりもよほど安全だろうからな」


「はひっ……!? ま、まさかその凛々しいお姿はカレン女王様ではありませんですか!?」


「女王、さま? えっと、それはどういうことだ?」


「あ、ああああのっ、もも申し遅れました。私、一応エナねえさまやゼナねえさまとともにこの国で戦士をやらせてもらっておりますノカと言いまして……あの、女王さまというのは、私が勝手に尊敬の念を込めてそう言っているといいますか……あわわわわわわ」


「話は後だよ、ノカ。皆、ひとまずリーリャの部屋へ急ごう」


 憧れの人との突然の邂逅にわたわたとしているノカのお守りをエナとゼナの二人に任せ、僕とカレンさん、アンリさんの三人が先行して地下への階段へと進みます。


 重い石扉を勢いよく蹴破り闘技場へと飛び出した僕達が目にしたのは……。


「――なんじゃ、騒々しい奴らめ」


「リーリャ、様……?」


「なんじゃ、ゼナ。そんなに驚いた顔をしおって、変な奴じゃの」


 闘技場の中心で、自身の得物である戦斧を握って立っているリーリャその人でした。


 腕一本でその重い斧を軽々と操るその動き――まさしく、僕が一番最初に戦ったときの彼女に間違いありません。


「リーリャ様っ、体は……お体はどこも悪くないですか? 気分が悪いとか、そういうのは?」


「ふん……エナよ、妾を誰だと思っておるのだ。多少の疲労など、少し寝ればこの通りに決まっておろう」


 二人の呼びかけ問いかけに対する受け答えにも不自然な点は見当たりません。


 ということは、彼女の目論見は失敗に終わったことになるため、取り越し苦労ということで済むのですが――。


 しかし、その二人に隠れるようにしていた彼女だけは、僕達とは違う、確信にも似た答えを持っていたのです。


「えっと、リーリャ……ちゃん? リーリャちゃん、なの?」


「……なんじゃノカ。そんな変な顔して。妾の顔に何かついておるか?」


「あ、いえ、別に……私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」


 意を決したように、ノカが――過去にリーリャの一番の親友だったノカが続けました。


「――あなたは、一体誰なのですか?」


「――!??」


 その言葉に周囲の空気が一瞬にして張りつめ、カレンさん以下、四人の警戒が一気に高まりました。


「……何を言っておるのじゃノカ。妾は妾じゃ、それ以上でもそれ以下でもない」


「ほら、また私のことをまた『ノカ』って。どうして私のことをそんな風に呼ぶんですか?」


「……いや、お主はノカじゃないか。ノカのことをノカと名前で呼んで何が悪いのじゃ?」


 首を振り、ノカはその問いに答えました。


「だって――だって、私の知ってるリーリャちゃんは、私の名前なんか知りませんから。ちっちゃい頃、私が他の子たちにいじめられてて泣いていたから、それだけの理由で『ピーピー泣くから、お前は【ピースケ】だ』って……名前なんか聞かれたこともないし、名乗ったことだって一度もないですから」


 確かにここにいる『リーリャ』は全てを知っていました。エナやゼナ、そして王都から来た僕や、殴り合いの喧嘩までしたカレンさんのことも全て。


 それは調べたり、自分自身の目で見たことがあればわかります。


 しかし、今の『リーリャ』は知らなかった――僕達が知っているはずの本来の『リーリャ』が、ノカのことをこれっぽっちも知らなかったことを。


「……あ~あ、せっかく全員油断したところを、全員まとめて真っ二つにする予定だったのに……あっさりバレちゃったか」


 ちっ、と小汚く舌打ちへしたリーリャ――いや、正確に言えば彼女の体の中に入り込んだネヴァンの顔が、醜悪なものへと変わっていきました。


「しょうがないから見せてやるよ! 共和国の姫の体を奪い生まれ変わった、この新生ネヴァン様の真の力ってやつをさアっ!!!」

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