22 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 2


「……くっ」

 

 嫌な想像というのは、どうしてこうも実現をしてしまうのか――リーリャの体を乗っ取った死霊使いのネヴァンの高笑いが闘技場内を響く中、僕は心の中で小さく舌打ちをしていました。


「クフッ、生きている人間の体を乗っ取る術――実験段階だったから、まだ不自由なところもあるけれど……これぐらいなら十分やれるわね」


 体の馴染み具合を確認するため手足を実際に動かしていたネヴァンでしたが、左目については、半開きで白目をむいた状態――つまり、体の支配まだ完全になされていないということです。


 であれば、まだリーリャを救う可能性は残されているはずです。


「……どうやら戦うしかないようだな。ハル、自分の剣は持っているか?」


「今は隊長部屋にありますが……この状況では取りにはいけないでしょうね」


「なら、これを使え。予備武器だが、魔法剣の扱いに耐えられるぐらいの強度は十分にあるはずだ」


 言って、カレンさんは腰につけていた一本の細身のロングソードを僕に渡してきました。カレンさん仕様に合わせているため、若干重量がある気がしますが――品質については、隊長の使う装備だけあって申し分ありません。


「アンリ、お前はあの状態――どう見る?」


「さあね。でも、あれがきちんとした理論のもとで構築された『魔法』ということであれば……」


 アンリさんが僕のほうへ視線を向けました。


「――僕の魔法でなんとかできるかもしれない、と」


「……仮説だけどね。ただ、仮に解除できたからと言って、元の主の体が元通りになるかどうかは別問題だろうけど」


 ということは、こちらも大きなリスクを背負うことになります。


 最悪の場合、リーリャの命が失われることも有り得る――そうなると、戦闘行為であっても慎重になる必要がありますが……。


「ネヴァアアアンッ!! リーリャ様の体から出ていけえええええッ!!」


 僕が止めるより先に、激高したエナがネヴァンのもとへと一直線に飛びかかっていきました。怒りで完全に我を忘れているようです。


「あらあら怖いわね~、そんな野蛮な人と戦うなんて私はできないから~……来なッ! 私の新しいオモチャッ!」


「っ!? その子たちはッ……!」


 いったいどこに潜んでいたのか、ネヴァンへと迫るエナに立ちはだかるように、数人の少女達――他の女戦士達が飛び出してきました。


「この体は最高よ~、じゃできなかったことも、ちょっと魔力を強めにしてあげれば簡単に出来るし~……何より、これだけ魔力を割いてもちっとも老化しないッッ! さすが成長期前の娘の体ッッッ!!♪」


 相当の魔力を少女達に割いているのか、手加減なしに突っ込んだエナですらなすすべなく彼女達の壁の前に弾かれてしまいました。


「あハハッ!! さあさあ、舞え舞え踊れッ!! 私に楯突く愚かな王都の人間どもを皆殺しにするのよ!」


『……ゥゥゥッ』


 輝石や宝石の類が埋め込まれたリーリャの斧から、少女達へとさらなる魔力が流し込まれました。


 生者すらいったん支配下に加えてしまえば、死兵と同じように扱うことができる――それだけリーリャの中の眠る潜在能力が高いということです。


「……ハル、ネヴァンに操られている者達の相手は私とアンリで引き受ける。お前はなんとかネヴァンに接近して、癒着しているであろうリーリャとネヴァンの魂を引き剥がせ」


 無茶な要求ですが、そうしなければ彼女を助けることはできません。


 首を振る選択肢は、初めからありませんでした。


「……私も助太刀する」


「ゼナ、いいの?」


「元はと言えば、こうなったのは詰めの甘かった私の責任。ネヴァンまでの道筋は私が作る……必ず」

 

 袖から出した二本の短剣を構えたゼナが僕の隣へと並びました。リーリャの生命力を惜しげもなく投入するネヴァンと一対一の状況になるのは出来るだけ避けたいところですから、彼女の申し出はありがたいことです。


「隊長、もちろん私も行くよ。ネヴァンのヤツだけは、私の手で始末してやんなきゃ気が済まないからね」


「……いや、ここはゼナと僕の二人で行く」


「!? そんなっ、どうして」


「ノカを一人にはしておけないだろう? 相手は生者すら強引に操る厄介な死霊使いだ。他に敵を潜ませている可能性もあるし、ここは納得してほしい」


 心細そうに戦況を見つめているノカに、僕は目を移しました。もし彼女まで人質のようなことになったら、状況はますます悪化するばかりです。


「っ……わかった。でも、絶対に失敗したらダメなんだからね……約束だよ」


 なんとか僕の説得を聞き入れてくれたエナが一歩後ろに下がりました。

 

 壁の突破に二人、突破後の対決のために二人。そして後ろに二人――これで一応の準備は整いました。


「お前の力を制御するためマドレーヌに作らせたその眼帯だが――こういう状況だと無いほうが良かったのかもな」


「……文句をいうならあの鬼悪魔に言って頂戴。二度と外せないような設計にするのが悪いのよ」


 もしこちらの旗色が悪ければ、どちらかに加勢をしてもらうかとも思いましたが――二人のやり取りを聞く限りだと、特にアンリさんには【魔眼】の使用に際して制限がかかってそうですから、そう気軽に手助けを頼むのは難しそうです。

 

 しかし二人の共通認識で鬼悪魔だなんて――マドレーヌさんの苦労が伺えます。


「カレンさん、強化バフは――」


「必要になればアンリにでも頼むさ。お前は目の前の敵だけ集中していろ――では行くぞっ!」


 カレンさんの言葉を合図に、本格的な戦いの火ぶたが切って落とされました。


 まず先手を取ったのは、前後で少し間隔をあけて敵陣へと踏み込むカレンさんとアンリさんの二人。


「アンリ、一瞬でいいから動きを止めろ!」


「まったく人使いの荒い……少年のためだから、やりはするけど」


 抑え込まれていた魔眼の魔力を解放したアンリさんが腕を振りかざすと、たちまち少女達の手足を透明な氷が包みこみました。一瞬動きを止めるだけなら、魔眼を使うよりもこちらのほうが効率がいいでしょう。


 すぐさま少女達は各々の方法ですぐに拘束を解きましたが、そのほんのわずか一瞬があれば、カレンさんにとっては十分でした。


「――遅いッ!」


 大剣の腹を使って振り抜いた一撃がそのうちの一人を捉えました。普通ならここで戦闘不能ですが、操られている状態の少女達には関係ありません。


 そこで、後方のアンリさんの出番ということになります。


服従束縛ダブルバインド――」


 仰向けとなった敵の両腕両脚に、強力な拘束がなされました。大きな魔獣などを捕獲するために考案された強化版の束縛バインドですから、いくら強化されたといっても、人間の力でそれを強引に解くことはできません。


「まず一。さあ、次行くぞっ!」


「ッ、王都の奴らめ小癪なマネを――!」


 器の限界などお構いなしに魔力をつぎ込んだネヴァンがカレンさんへ向けて少女達を集団で差し向けます。


 複数でかかれば何とかなるだろう――ネヴァンはそう思ったのでしょうが、そんな数の暴力の理屈が通用するほど、カレンさんは――王都の隊長はやわではありません。


「ハアアアアアアアアアッ――!!」


 気合とともにカレンさんが地面に剣を叩きつけると、その衝撃のみで周囲の数人を吹き飛ばしてしまいました。今のカレンさんに強化魔法は一切かかっていませんから、自らの闘気のみで、それをやってのけたことになります。


「――ハル、後は任せたぞ!」


「はいっ!! ゼナ、僕達も続くよ!」


「――んッ!」


 前線が混乱するのに乗じて、僕とゼナの二人がするすると敵の包囲網を抜けていきます。


「大人しく降参してればいいものの……ウゼえんだよテメエらアアアアッ!!」


 予想通り戦力を隠していたネヴァンが僕らへ向けて死兵を差し向けてきました。数は三――やはり、少女達同様に強化されています。


付呪エンチャントレベル1――」


 それを迎え撃つべく僕はすぐさま剣に自らの魔力を流し込みましたが、


「待って、ここは私がやる」


「……ゼナ、出来るの?」


「大丈夫。隊長は、魔力を温存してて」


 言って、ゼナが僕の一歩前に出ました。決して戦闘向きでない彼女に三人の相手は難しいと思いましたが――。


 もしもの時のフォローを、と僕が剣を構えた刹那。


「……影飛カゲトビ――」


 それまで目の前にいたはずのゼナの姿が、ふっ、と一瞬の内に消えてしまいました。


「!? あの小娘ッ、いったいどこに――」


 突然の出来事に目を見開いたネヴァンでしたが、次の瞬間、さらに呆気にとられることが起こりました。


「――影は私の領域。影が多い地下ここでなら、私は負けない」


 死兵の背後にゼナが出現したかと思うと、それと同時に、死兵達の体があっけなくバラバラに切断されたのでした。すでに死んでいますから、ゼナも全くの容赦がありません。


 この任務にあたって王都でかなりの英才教育を叩きこまれたはずですから、このぐらいは出来て当然、ということでしょう。


「ッ、揃いも揃ってこのバケモノ共がぁッ……!」


「……あなたにだけは、言われたくない」


 少女達は、順調にカレンさんたちが拘束。伏兵も真の実力を発揮したゼナが退け、残るはネヴァン一人のみ。


 後は、全てを託された僕が敵の目論見を打ち砕くだけ――。


「こうして君と戦うのは二度目だね。といっても、今の君は知らないだろうけど」


 ネヴァンの眉間目がけて切っ先を向けたカレンさんの剣が僕の魔力に呼応し、青白い光をさらに強いものとしていきます。


「チッ……このガキ、人形倒したぐらいでいい気になってんじゃないよッ!!」

 

 拘束された少女や、すでにやられてしまった死兵からの体から魔力を自身の体へ戻したネヴァンの負の闘気が、場の一体を支配していきました。


「初めっから私がやれば良かったんだッ……少しずつこの体の具合もこなれてきたし――お前ら皆み~んな、まとめて嬲って皆殺しにしてやるよッ!!」


「やれるものなら――!」


 ここからがカレンさんの言っていた『本当の勝負』――。


 一度目は己の力におぼれ油断したリーリャの隙をついて勝ちを納めましたが――二度目の結果は、果たして。

 

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