23 歳の離れた妹が出来てまんざらでもない女騎士がかわいすぎる件 3


「…………」


 リーリャ(ネヴァン)と再び対峙した僕は、ずっととあることばかりを考えていました。


「――どうしたんだい坊や? まさか今更このネヴァン様に怖気づいたとは言わせないよ」


「安心してください。それだけは絶対にありえませんから」


 ネヴァンがどう考えているのかはわかりませんが、僕の見立てから言えば、単純に『勝つ』だけなら問題ありません。確かに『魔法も使えるようになっているリーリャ』と考えれば脅威かもしれませんが、ネヴァンの技術の中で注意しなければならないのは、死者を操り強化する死霊術であって、それ以外ははっきりと言ってしまえば並の魔法使いです。


 死霊術については、カレンさん達の活躍のおかげもあって操る対象がいなくなってしまったため物理的に封じられていますから、あとは自身の戦闘技術を以って戦うしかないのですが――そこはお察し。


 いくら魔力に変換できるだけの無尽蔵の生命力があっても、その潜在能力を十二分に発揮するだけの知識、技術が無ければ無用の長物なのです。


 では、一体僕が何について自身の知識を総動員しているかと言うと――。


「……隊長、時間なら私が稼ぐけど」

 

 僕のもとへ戻ってきたゼナがぼそりと耳打ちをしてきました。第一騎士分隊ホワイトクロス所属の王都の騎士ですから、僕がネヴァンとどう戦おうとしているのかは把握しているでしょう。


「死霊術がれっきとした理論に基づくものなら、僕の破魔術でリーリャとネヴァンの魔力的繋がりを切り離すことができると思う。でも、王都で禁術扱いになってる魔法まではさすがに僕も知らないから……」


 それを今、この戦いを通じて知らなければなりません。


「……わかった。私が代わりに戦ってみるから、隊長は後ろでしっかり『観察』していて」


 僕に有無を言わさず前に出たゼナが、ネヴァンへと攻撃を仕掛けるべく、再度自身の二刀の短剣を構えました。


 俊敏さだけでいえば、ゼナはこの場の誰よりも秀でた能力を持っていますから、それだけに専念すれば時間稼ぎは容易なはずです。


「……リーリャ様の体を返して。アナタに、その体を使う資格など無い」


「イヤよ。この体はもう私のモノ。誰にも明け渡したりなんてしないわ」


「……元のミイラへ戻れ。そして絶命しろ。この老婆」


「ッ――改めて教育が必要なようねこんガキャァッ!!!!?」


 安い挑発に乗ったネヴァンがリーリャの斧に炎を纏わせました。


 技術的にはそう難しいものではありませんが、やはりリーリャの体を通しているだけあって、その規模は一体を炎で飲み込んでしまうほどに大きいものでした。


「――影飛カゲトビ


 触れれば一瞬で灰になりそうなほどの脅威――にも関わらず、ゼナは躊躇なく先ほどと同様、目にもとまらぬ速さでネヴァンへと迫りました。


「ッ――!」


 斧の一振りで発生した炎の渦、それを多少の火傷を厭わず掻い潜り、ネヴァンの首元へ正確無比な蹴りを放ちました。


 目論見通りに決まれば、少なくとも意識を刈り取るには問題ない威力のものでしたが――。


「アメえんだよ、このガキ」


「――!」


 しかし、もう少しで攻撃が届こうかというところで、それに反応したネヴァンが彼女の蹴りを斧を持っていないほうの片手で軽々と防ぎました。


「どれだけ速い攻撃だろうが、最終的にこちらに来ることがわかっていれば、この子の元々持つ反射神経をもってすればこの程度わけないわ。上手く気絶させようと思った? 残念、無駄でしたァッ――!!」


 そのままゼナの足を鷲掴みにしたネヴァンが、その勢いのまま彼女の体を思い切り地面に叩きつけました。


「ッ……」


 衝撃に顔を歪めながらもなんとか拘束から逃れようと足首を捩りますが、それ以上の握力で、再びゼナは棒切れのように持ち上げられ、また同じように振り下ろされました。


「オラオラァッ!! この私を裏切った罪、その体を薄板になるまでペチャンコにして償わせてやるよッ!!」


「あ、がぁッ……!」


「ゼナッ……くっ、やっぱり彼女一人にやらせるわけには――」


「ダメッ……あなたは、そこにいてッ……!」

 

 二度、三度と地面に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべるゼナ。しかし、彼女を助けるべく魔法を放とうとした僕を、その強い意志の宿った黒瞳が制しました。


「ッ――!」


 隠し持っていた投げナイフをリーリャの顔面目掛けて投げ、その回避によってできた隙になんとか拘束を抜け出したゼナが一旦ネヴァンの間合いから離れました。


 掴まれていた右の足首は赤黒く腫れあがっており、見ただけで使いものにならない――しかし、彼女はそんなことなどお構いなしに立ち上がります。


「ゼナ、無茶だ! 後は僕がやるから君は一旦退いて――」


「――退かないッ! 私は、絶対にッ!」


 それまで寡黙だったゼナが初めて見せたその横顔に、今や共和国と王都の間を繋ぐ『監視役』の面影はありませんでした。


「確かに私は裏切り者……与えられた任務をこなすため、あっちこっちに尻尾を振って内部事情を探って……最低な人間だっていうのは、わかってる」

 

 でも、とゼナ。


共和国ここでの暮らしは決して悪いモノじゃなかった……わがままなリーリャ様、話を聞かないエナ、それにいつも泣き虫だけど頑張り屋のノカ……その他の子たちだって……王都でも、共和国でも、『どちら側』にもなれない私だけど……それでも、楽しかった」


「……ゼナ」


 彼女達との付き合いはゼナにとってみれば単なる仕事で、それ以上でもそれ以下でもないはずです。ですが、そう短くない日々を過ごせば、情だって湧くはずです。


 彼女だって、監視者という役割をとっぱらってしまえば、ただの一人の人間の女の子なのですから。


「……虫のいい話だっていうのは、わかってる。でも、それでも、私はリーリャ様を……ここにいるみんなを助けたい――だからッ!」


 見ると、ゼナの瞳から大粒の涙があふれていました。


「――!」


 瞬間、僕の中でドクン、と鼓動が大きく脈打ちます。


「お願い隊長……リーリャ様を助けてください。今、それが出来るのは、あなただけだから……!」


 首を振って、即座に涙を振り払ったゼナは、再度リーリャへと突っ込んでいきました。


「何度も何度もちょこまかと……いい加減にくたばりなッ!!」


 戦闘力してその差は歴然――しかし、何度もはじき返されようとも、体がボロボロになろうとも、ゼナが攻撃の手を緩めることはありませんでした。


「リーリャを助ける? これは傑作ね……もうリーリャの魂はこの私、ネヴァンと融合して一つとなっているのよ。新たな命として転生を遂げたの。だからもう諦めて楽になりなさいッ!」


「ならないっ! 私は信じる! 隊長が……あの人が絶対にやってくれるって、だから絶対、あの人をあなたのところまで無傷でたどり着かせてみせるッ!!」


 しかし、その気合とは裏腹に、ゼナの攻撃は徐々にその勢いを弱らせていきました。ネヴァンの攻撃により傷ついた体。技術スキルの連続使用による体力の消耗――紙一重のところでなんとか防いでいた攻撃を、躱しきれなくなってきていました。


「ほらほらどうしたぁッ~!? このままじゃ私に――だぁい好きなりーりゃちゃんに嬲り殺しにされちゃうよォ~っ!??」


「ンッ……んぅぅぅぅぅ……!!」

 

 あと一歩のところで踏みとどまっているゼナの期待に応えるべく、これまでになく意識を自身の目に集中してネヴァンのわずかな仕草すら見逃さないようしますが――。


「クソッ……まだ見えない……ネヴァンとリーリャとの【繋がり】が……!」


 彼女達が魔術的に繋がっているということであれば、体のどこかにその兆候が見られるはずです。人の魔力の源は、アンリさんが瞳、僕が心臓付近――といったようにそれを引き出す場所というのが、異なっています。リーリャにもそれと似たようなものがあるはずですから、ネヴァンの魂も、そこにこびりついている可能性が高いです。


 ですが、そこは彼女ネヴァンも魔術師の端くれ――そこを巧妙に隠しているようで、まだその場所の看破にはいたっていません。


 もし、まだリーリャ自身の意識が残っており、彼女自身がネヴァンからの支配に内部から抵抗できるような何かがあればいいのですが――。


 と、その時、僕の視界の端を、小さな影が通り過ぎていくのを捉えました。


「――お願い、リーリャちゃん! もうやめて!!」


「ノカッ!?」


 傷つけられていくゼナの様子に耐えられなくなったのか、エナの制止を振り切り彼女を痛めつけている最中のネヴァンへ縋るように抱き着いていきました。


「これ以上やったら、ゼナおねえさまが死んじゃう! お願いリーリャちゃん、起きて! お願いだからっ……! いつもの優しい、あの時のリーリャちゃんに戻って!」


「んだこのちんちくりんはよおッ……今お楽しみの最中なんだ。邪魔すんじゃねえよッ!」


 しがみついたノカを振り払おうと、乱暴にノカの髪を掴んで強引に引っ張るネヴァン。しかし、涙目になりながらも、ノカは一歩も引きませんでした。


「イヤだっ! 私だってリーリャちゃんの友達なんだッ――これ以上、一人ぼっちになんかさせるもんか!」


「黙れッ、弱いだけのガキが――どこかへ行ってろッ!!」


 あえなく引きはがされるノカ。無駄とも思えるほんのささやかな抵抗。


 しかし、ネヴァンが彼女を壁へと放り投げるような仕草を見せたときにそれは起こりました。


「んくっ……!? なン、じゃ……この感覚……んのっ、余計な邪魔をするなッ……!!」


 閉じたままだった左目に右目とは違う光が宿ったと思った瞬間、急にネヴァンが呻いたかと思うと、そのまま下腹部を抑えるようにして苦しみだしたのです。


 もしかしたら、これは――。


「――隊長、ゴメンッ! ノカのやつこんな時に飛び出しちゃって……!」

 

「……いや、もしかしたら、ものすごく役にたったかもしれない」


 後から追いかけてきたエナに向けて僕は反射的にそう呟き、そして心の中でリーリャへとこう詫びを入れたのでした。


 ノカの――気弱な一人の小さな女の子が見せてくれたたった一つの光明。


 ――ごめんね、リーリャ。もしかしたら、君のトラウマをもう一度だけ呼び起こすかもしれない。

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