19 すべてをあきらめていた女騎士がかわいすぎた件
さて、アンリさんを無事捕獲し、カレンさん人質事件も無事終息を迎えてから一週間。
カレンさんへ『これから騎士を辞めます』と、辞職願を手に堂々と宣言したはずの僕でしたが、相も変わらず騎士を続けていました。
ただし、ブラックホークの新人騎士として、ですが。
「お帰り、ハル。午前の任務お疲れ様。そろそろお昼にする? 作ってきたから、一緒に食べようか」
名前を呼び捨てにし、任務終わりの僕を詰め所で出迎えてくれたのは、なんとマドレーヌさん。着ているのは、魔術研究所の
そうです。マドレーヌさんですが、なんと自ら志願してブラックホークへ中途配属となったのです。階級は副長。カレンさんの下です。
元々ブラックホークは万年人手不足ですので、有能な魔術師であるマドレーヌさんが加入してくるのは大変有難いです。
カレンさんの補佐役、というのが表向きの理由。裏向きの理由は――まあ、他にあったんですけれども。
「ありがとうございます、いただきます。って、あれ? 隊長は、どこいったんですか?」
「ああ、カレン? あの子なら、早朝から遠いところに行かせたよ。隊長のくせして最近たるんでたからね。鍛え直させなきゃ」
現在、事務方の仕事は全部マドレーヌさんが一手に引き受けているため、ブラックホークの実権を握っているのは、実はこの人だったりします。適切な人員配置、適切な任務選定――彼女のおかげで、労働環境すら改善しつつあるその手腕に、異を唱える人は誰一人いませんでした。
その分、ここぞとばかりにカレンさんへしわ寄せがいっているのですけど。
「ということで、邪魔者も排除したことだし――あとはゆっくりねっちょり二人でランチとしゃれこもうじゃ――」
「こ、ここコラアアアああああああああ!!!!?」
マドレーヌさんが、ちょっといやらしい手つきで僕の肩へゆっくりと手を回してきたその瞬間、カレンさんがものすごい勢いで詰め所へと帰還してきました。瞬速で任務を終わらせ、そして全速力で帰還してきた――そんな感じです。
「なぁにが『ゆっくりねっちょり』だ、この浮気妻! ショタコン! お前の旦那に『おたくの奥さん――やってますよ』って言うぞ!?」
「何言ってんの。私は栄養が偏りがちな独身のハルの体調を考えて、バランスのいい食事を作ってきてあげただけよ、勘違いするのもやめてほしいわね――ちっ」
「ちっ、って言った! お前今絶対『チッ』ってやったな? おいこらこっち見ろマドレーヌ! 私の顔はハルの股間には存在していないぞ?!」
「まあまあ、お二人ともちょっと落ち着いて……」
「「ハ ル は ち ょ っ と 黙 っ て て く れ る?」」
「えっと、はい……」
ということで、お姉さま二人に囲まれて、若干やかましい日常となったわけですが。
なぜそうなったのか、ほんの少しだけ日をさかのぼることとしましょう。
× × ×
予定通り騎士を辞める宣言をし、辞職願を出した次の日のこと。
僕は一人、総隊長のいるホワイトクロスの隊長室――ではなく、王宮内の、エルルカ様の自室へ呼ばれていました。
「ハル様、お待ちしておりましたわ!」
普段滅多に詰め所に姿を現すことのない姫様お付きの執事の方(姫様が『爺』と呼んでいた人です)に案内されると、僕が部屋に入るまでの間、それまで不機嫌そのものだったエルルカ様の顔が、ぱあっと花が咲き誇るみたいに明るくなりました。
普段は人々をたちどころに元気にし、癒してしまうその笑顔。
しかし、今日ばかりはその微笑みに、僕や、姫様のお付きの人たちは、言いようのない
その理由は、姫様の傍で、まるでこれから切腹でもしそうな雰囲気で座らせているガーレス総隊長の存在でした。
「ハル様、とても素敵な決断だと私思いますわ! 想い人のために騎士を辞め、今の地位を捨てるだなんて――もちろん、その相手は是非私で会ってほしかったですが、ハル様がそれだけカレンのことを本気で思っていらっしゃるのであれば、私としては、全力で応援しなければなりませんね?」
「姫様――僕なんかのために……ありがとうございます」
「気にしないでください。私にとって、ハル様は、いつもひとりぼっちだった私を救ってくれた恩人であり、お兄ちゃんであり、そしていつも勉強を見てくれた先生ですから! ――それなのに、そこの頭でっかちときたら」
と、ここで、周囲が凍り付くかと思うほどの視線を総隊長に投げかけ――いや、よく見てみると若干毛先が凍っているように見えます。姫様の異能――かはわかりませんが、いずれにせよ。アンリさんの『魔眼』よりヤバいかもしれません。
「ガーレス、ハル様に謝ってください。今すぐ」
「姫様……私は私で、一応自分なりに娘の将来のことを思って――」
「あら? 私、あなたに『言い訳をしろ』だなんて一言でもいいましたか?」
「う……」
怖い、怖すぎる。
王族として施政にも参加するエルルカ様ですから、合理的な考えができないわけではありませんが、そこに僕が絡んでくると、少し状況が変わってきます。そう、ちょうどこんなふうに。
「いつもは頼れるあなたも、今回ばかりは自分本位すぎましたわね。それについては、あなたも反省すべきなんですよ? その辺きちんと理解していますか?」
「……承知、しています」
屈強な総隊長とはいえ、その人よりもさらに上も上――頂点にいる人からの一撃であれば、いったんは形だけでも翻意せざるを得ないでしょう。
「わかっているなら、ハル様に謝ってください。あなたには、これからまだまだやってもらわねばならないことがあるのです。私を失望させて、私に振りたくもない大ナタを振り下ろさせないでください」
「――わかりました」
観念した総隊長は、僕の方へ向き直り、
「ハル、すまなかった。今回の件、お前たち二人の気持ちをあまりにもぞんざいに扱いすぎたようだ――結果的に迷惑もかけた。心から……謝罪したい」
手をつき、深々と頭を下げた総隊長――もちろんそれは、単なるポーズでしかなく、彼自身の本心ではないでしょう。それは、僕も、それから姫様も理解はしています。
それを本物にするかどうかは、これからの僕次第、ということです。
そうして僕は、姫様の説得もあって最終的に辞職願を取り下げたのでした。
ということで、ここまでが僕の最後の悪巧みの全容です。
ちなみに途中で姫様には全部気付かれていたようです。知った上で、一芝居打ってくれたわけです。それについては大きな借りを作ってしまいましたが――その時、姫様の口から漏れた『まあ、第二夫人でも……』という言葉は、空耳として記憶から抹消することとします。
× × ×
そして、場面は再び現在に戻ります。
時間はお昼を過ぎ、夜。
場所は、ブラックホーク行きつけの酒場です。
「ハル? おい、ハル?」
「あ、すいませんカレンさん。ちょっとボーっとしてて」
「頼むぞまったく――今日の主賓なんだから、しっかりしてくれよ?」
今日開かれるのは、マドレーヌさんの歓迎会と、そして僕のブラックホーク復帰を祝うものでした。
会場には、マドレーヌさんはもちろん、今回の件で協力してくれたマルベリも参加していました。マドレーヌさんの話によれば、じきにマルベリもブラックホークへ異動となるよう交渉中とのこと。
そうなると、ブラックホークの陣容も大きく様変わりするかもしれません。
「さてと、ではそろそろ乾杯といきたいが、今日は特別にその役割をハルにまかせようと思う。みんな、それでいいな?」
異論なーし! という言葉がどこから響き、会場はより一層和やかな雰囲気につつまれました。
カレンさん、マドレーヌさん、マルベリ――すべての隊員の注目がこちらへ向く中、僕は、一つ咳ばらいを入れてから口を開きました。
「え~っと、そうですね……みなさん仕事終わりで、喉もカラカラでしょうから、一言だけ、みなさんが知りたくてしょうがないことを発表しようと思います――」
今回の一連の出来事でも、結局、僕が一体何者なのか――それはまだわからないままです。神のイタズラが作り出した突然変異か、はたまたそうではない『何か』か。
そんな自分自身を不安に思う時あります。恐ろしくなるときもありますが。
その時は、大好きなカレンさんと、そして大事な仲間達と一緒に乗り越えていきたいと思います。
「みんな――ベッドの上のカレンさんは、これでもかってぐらいめちゃくちゃかわいかったですよ――乾杯!!!」
『『『かんぱ~い!!!』』』
「ふえっ!? こ、こらハルっ!! なんで今、そんなこと言った!? ちょっとこっちに来て――ってこら
初めて結ばれた時のことを暴露され、慌てふためきながら僕を追いかけるカレンさんを見て、僕は改めて思いました
ああ、やっぱりカレンさんはかわいいなあ、と。
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