18 彼氏を盗られる女騎士がかわいすぎる件 2
僕が、勇者?
勇者、つまりは帝国という国を作り上げた初代国王の称号であり、この十三星を統べるリーダー。
彼女の言葉を真に受けるのなら、そういうことになるのでしょうが――。
「ちょ、ちょっと待ってくれ
そのことで真っ先に声を上げたのはカレンさんでした。
理解できない、といったふうに首を何度も横に振る姿と、浮かべている戸惑いの表情は、僕ですらこれまで見たことがないほどに動揺しているようでした。
「どうしたの、カレラ……いえ、王都近衛騎士団第四騎士分隊、通称【黒翼の鷹】、ブラックホーク—―現騎士隊長のカレンさん?」
「!! なっ、貴様なぜそれを……」
カレンさんの今の身分を知っているのは、それを明かしたミライさんのほかには、チココ、ナツ、そしてこの場にはいないライトナさんぐらいです。
カレンさんの瞳がすぐさまチココとミライさんの方に向きますが、二人はすぐさま首を横に振って否定しました。
ではなぜ、女王は、まるでカレンさんのこれまでを見てきたかのような口ぶりなのでしょうか。
「なぜって……そんなの、決まっているじゃない」
女王は自身の唇に指を入れ、ぴゅい、と指笛を吹きました。
透き通った高い音色が会議室内に響くと、女王の居室へと続く扉から、ゆっくりと、首と尻尾が二つある大きな犬、いや、狼が、姿を現しました。
「ケル、べロス……?」
「「クゥン……」」
僕がその犬の名前を呼ぶと、カレンさんのペットであるはずのケルベロスが、申し訳なさそうに声を上げながら、女王であるアスカさんの傍らに座りました。
「この子の瞳を通して、ずっと観察していたからよ。ねえカレン、おかしいとは思わなかったのかしら? なぜ、合成獣の研究が禁止されているはずの王都に、こんなものが紛れ込んでいたのかを」
アスカさんの言う通り、確かに、ケルベロス自体、王都にはいてはいけない存在であるのは間違いありません。
ただ、当時の僕も、それからカレンさんも、実験の末に廃棄処分でもされて野良犬同然となったかわいそうな存在としか認識していませんでした。
「ミライ、これはお前の差し金か?」
カレンさんの問いに、ミライさんは正直に頷きました。
「……この子については認めるわ。双頭双尾の狼――元【
「だったら、ミライぃ……アンタはこのワタシを、どうするぅ?」
ミライさんが訊くと、【Ⅳ】の席で座ったまま沈黙している黒ずくめの魔女が、にたり、と不気味に笑いました。
フードを深く深くかぶっているため、その表情を伺い知ることはできませんが、どう考えても頭の螺子が数本ほどぶっ飛んでいるような狂気を浮かべているに違いありません。
「だってぇ……ワタシたちは、
「っ、この色ボケ……」
ミライさんの表情を見るに、どうやら彼女自身もすべてを知っているわけではないようです。
「もちろん、この
どの国にも諜報活動のためにスパイを送り込んでいることはあるでしょう。王都だって、共和国にゼナを派遣していたわけで。
ただ、その答えだと一つだけ疑問が残ります。
「……どうして全世界に監視を派遣する? ハルの監視が目的なら、王都か、もしくは王都と交流のある国だけでも構わないだろうに」
カレンさんの問いに、アスカさんはさらに口元の笑みを深いものにしました。
「カレン、あなた、ちょっとだけ勘違いをしているわ。私はね、別にその子だけを観察していたわけじゃない。私は、全ての子を平等に観ていた」
「全ての、子?」
なんだろう、その続きの言葉を絶対に聞いてはいけない気がする。
「ほとんどの子は、自身に与えられた力の大きさに耐え切れず、その身を滅ぼしたけど……でも、その中でたった一人だけ、私の元にまでたどり着いた。それが……」
それを聞いてしまったら、もう、僕はカレンさんの元にいれないような、そんな気がしていました。
「あなたよ、
僕を見つめるアスカさんの『Ⅱ』の瞳が一際強く輝いた瞬間、僕の全身を、再び彼女の紅蓮の炎が包み込みました。
「――改めて教えてあげるわ、ハル。王の一部を分け与えられたあなたに、私が『あの時』伝えられなかった言葉のことを」
×―――――――――×
ハルの様子がおかしい。
騎士一筋で生きてきた私の人生の中で、おそらく最も優秀で、賢くて、ずるくて、そして愛しくて仕方がない騎士の少年。
何があっても私のことを好きだと言ってくれた、あきらめなくていいといった少年。私の将来の夫となってくれるはずの男。
だが、
炎の渦が巻いている間、私や、その他の幹部たちは一歩たりとも近づくことができなかったのだ。
「ハルっ、大丈夫かハルっ!? 火傷とか、身体におかしいところとかは……」
周囲の塵一つすら燃やすことなく炎の渦がその姿を消した後、全身から力が抜け落ちたようにその場に膝をついたハルを、私はすぐさま抱きかかえた。
外傷は特にないし、意識がないというわけでもない。
ただ、幻術にでもかけられたかのように、ハルの瞳はどこを見つめるでもなく揺れ動いていた。
「カレン、さん……?」
「ああ、そうだ私だ、お前の恋人のな」
「恋、人……?」
疑問そうな顔で私の顔を見つめるハルに、私はぞくりとした悪寒が走るのを感じた。
嫌な予感がする。
どうして、そんなふうに困惑した顔を浮かべるのか。
それではまるで『自分達は恋人なんかじゃない』と言ってるようなものではないか。
「ミライ、チココッ! どちらでもいい、ハルにかかった幻術を解いてくれ! お前たちなら、できるはずだろう!」
私はすぐさま協力者である二人へそう声を張り上げた。
悔しいが、私には魔法の素質がない。もちろん知識も。できることなら自分でハルのことをなんとかしてやりたいが、魔法にもきちんとした理論がある。
接吻で彼の幻術を解くとこなど出来やしない。
「どうした、二人とも? どうしてこっちに来てくれない?」
だが、私の願いを二人が聞き入れることはなかった。
「カレン隊長、それは……幻術ではありません」
チココが、沈鬱な面持ちで言うと、その後を継ぐようにしてミライが続ける。
「カレン、ハルは……あの子は多分、思い出しただけよ。女王の異能が無理矢理そうさせたのは間違いないけど」
「思い出した?? それは、どういう——」
要領を得ない話に、一層混乱していると、それまで私の腕の中におさまっていた彼の体温が、不意に、離れていくのを感じた。
ハルが、私から離れ、女王のもとへと近づいていたのだ。
「ハルっ! そっちにいったらダメだ。私の傍に居ろっ!」
ハルを行かせないよう、私は彼へ向かって手を伸ばした。
いつも勝手にどこかに行ってしまいがちな彼を、私の傍にいつまでも置いておくために。
いつもは『仕方がない人だな』という顔をしながらも手首を掴まれてくれたハル。
その上で、私をからかって羞恥させて、その反応を楽しむ生意気なハル。
だが、この時ばかりは違った。
「――ごめんなさい」
それだけ言って、ハルは私の手を振り払った。
手首を軽く動かしただけの簡単な拒絶。
力に任せて強引に掴めばまだ引き留めることは可能だった。ハルはただ操られているだけ。元に戻れば、またいつもの彼に戻ってくれる。
だが、どうしても私はその手を再び伸ばすことはできなかった。
「ハル、ハル……」
私は何度も彼の名前を呼んだ。だが、彼が二度とこちらを振り向いてくれることはない。
ハルの背中が、徐々に小さくなっていく。
――熱い、それに痛い。
勝ち誇るように笑う女王の顔を見、私は、火傷したかのようにじゅくじゅくとした痛みを胸の内に感じていた。
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