9 いきなり目標を達成する女騎士がかわいすぎる件 4
「――へえ、そんじゃあ見せてもらおうじゃんか。王都の騎士の愚直な一撃ってやつをよ」
カレンさんの構えを見て、ユーリが両手の三日月剣を交差させて防御態勢に入りました。
どうやら、一撃受けてくれるようですが――。
「受けてもいいのか?」
「文句あんのか? そんだけ偉そうに言うのなら、その威力とくと味わってやろうと思ってな」
「いや、別に文句はない。私にとっても、そうしてくれた方が一振り分、手間が省けていいからな」
「あ? てめえ、そりゃどういう――」
ユーリがそう訊くと、カレンさんを中心にして強大な
その強さは、思わず顔を覆うほどの衝撃波が僕達へと届くほど――おそらく僕が知る限りの、あれ以上はないカレンさんの全力です。
「これからお前に宣言をしてやる――二振りだ。私が二振りした後、貴様の視線は空を向いている。私の攻撃を受けて、貴様は無様に仰向けに倒れ伏し、そして負けるんだ」
「このオレが負ける、だとォ……!?」
断言するように言ったカレンさんに、一度は治まりつつあったユーリの怒りのボルテージが再度高まっていきます。
「――改めて訊こう。受ければ私も『二』振りが『一』振りで済む。貴様の攻撃を一振りで防ぎ、そして続けざまの一振りで決着、合わせて二振りだ」
すうう、と大きく息を吸い、カレンさんはユーリへとどめの一言を口にした。
「貴様は、私に楽をさせてくれるのか? なら、案外サービスのいいヤツだ――そのまま苦しまずに倒してやろう」
「――――!!」
瞬間、ユーリの体からも血の霧のごとき赤い
「そんなら、オレもてめえに宣言してやるよ……一撃だ。オレの本気の一撃で、テメエご自慢の剣を一振りもさせずに完封してやるよ――首を真一文字に斬られたテメエが次に目を覚ますのは、地獄だ!」
放出したユーリの闘気が三日月剣へと収束し、二刀が、血に飢えた妖刀のように紅い光を放ち始めました。
「挑発に簡単に乗るようなら初めから攻撃してくればいいのだ――来い。まずは貴様の全力とやらを、無力化するとしよう」
「アアアアッ!! これで、終、い、ッ、ダあああアアアアアアアアアッ!!」
驚異的な膂力をもって、ユーリの手から二刀の三日月剣が投擲されました。
地を這うように回転する二本の軌跡――それは、周囲の地面を丸ごと巻き込んで大量の石飛礫を発生させました。
「! 土埃で剣が……」
カレンさんの命を刈り取るべく高速回転する剣が、巻きあがった濃い埃によって姿をくらませます。遠くから見ている僕達からもそうですから、石飛礫を正面に受けるカレンさんからの視点では、見えるはずもありません。
超人的な力、超人的な闘気――これが【
ですが、その一撃を前にしても、カレンさんはじっと前を見据えたまま微動だにしませんでした。
「っ――」
瞬き一つせず、カレンさんはわずかな体捌きで石飛礫を紙一重のタイミングで躱していきます。大した傷にならない小石は気にしていないようで、肩や足首に、小さな裂傷が刻まれていきます。
カレンさんは待っているのです――迎撃の一振りとすべき『本体』の襲撃を。
「……ッラアッ!!」
ユーリが自身の体を大きく動かした瞬間、巻きあがった土煙の中から、ビュン、と空気を切り裂く音とともに赤い線が二本飛び出してきました。
まるで生き物のような動きを見せた二剣が、時間差でカレンさんの死角から唸りをあげて迫ります――が、いつもならその時点で察知できるはずのカレンさんに、やはり動きはありませんでした。
「……!」
まず一刀が、カレンさんの脛付近へ。傍から見てもわかるほどの威力ですから、もちろん防御のための脛当てなどもものともせず、カレンさんの脚に大きな切り傷をつけていきます。
「カレンさんッ!?」
続けて二刀目が今度はカレンさんの胴体付近を襲いました。こちらももちろん鎧による防御無視の威力をはらんでいますから、脚同様、カレンさんのお腹を大きく傷付けます。
「――」
しかし、それでもカレンさんが動くことはありません。攻撃を受けながらも、目で飛翔する二つの弧を追い続けています。
「はっ――どうしたどうした! 私の本気の威力に、怖気づいて動けなくなったか? なら、もう怖がることのないように、これで最後に楽にしてやる……よおッ!!」
ユーリが一際大きく吠えると、それに呼応した三日月剣が常軌を逸した軌道で、カレンさんの左右の側面それぞれより襲い掛かりました。
狙うはもちろんカレンさんの首――カレンさんも全身に闘気を纏うことによって致命傷を避けてはいますが、両方から挟まれてしまえば、それも意味をなさなくなるでしょう。
「死ねや、王都のクソ女アアアッ!!!」
ユーリの手首についている糸のようなものを伝って、剣の纏う闘気がさらにその妖しさを増します。
「あの人、まだ動かない――死ぬつもりなの?」
あと数刻もすれば首と胴体が泣き別れになる――声をあげたナツも、そしてチココや僕も、思わず目をつぶりそうになったその時――。
「――見切った」
カレンさんがそう口を動かしたその瞬間――僕達の耳に聞こえたのは、肉の裂ける音ではありませんでした。
「ッ!???? んだよそりゃあッ……??」
土埃が徐々に晴れる中、ユーリの目に飛び込んできたのは、おそらくこの場にいる誰もが想像していなかった光景でした。
そこにいたのは、今も余裕で健在のカレンさん――回転する二剣の輪の中心へと剣を突き入れ、無理やり動きを制している彼女がいたのでした。
カレンさんの大剣を軸に回転する三日月剣が、徐々にその勢いを失って、カレンさんのかねてからの宣言通り、一振りで完全に無力化されると、ユーリからそんな言葉が漏れました。
「この瞬間を待っていた――ちょうど二刀が交差し、輪の中心が重なり合うこの時を。一つずつ動きを止めていたら、その隙にもう一つにやられる……だからこそ、上手くいってくれてよかった」
「に、人間業じゃねえっ、そんなのっ……!」
ユーリが驚愕とともにそんな言葉を漏らしましたが、それは僕達も同意見でした。
一つだけに対応していたらやられるから、二つ同時に対処する――その瞬間のために、その他の一切をほぼ捨てていたのはわかりますが――しかし、それでも対応なんて出来るものではありません。
「やっぱり、カレンさんはすごい……」
これこそ敵と相対した時の全力――思い浮かぶのは、そんな単純な言葉しかありませんでした。
「さて、これで貴様の攻撃は無力化した。これで一振り。そして後一振りだが――覚悟は、できているな?」
「っ……!!」
ユーリの口からわずかな悲鳴が漏れる。おそらくこれまでは獲物を狩る立場にしかなかった彼女がさらされる、『獲物』としての立場。
頼みの綱である三日月剣は、すでに勢いを失ってカレンさんの足元に転がっていいます。後は自身の体を闘気で纏うしか方法はないのですが、さきほどの攻撃に力を割き過ぎているのか、闘気の源である体力も残っていないようです。
「――詰んだね」
ナツの言葉に、僕はただ頷きました。
「では、行くぞ――!」
「っ、ちょ、待っ――!」
地面を蹴ったカレンさんが、一息でユーリとの間合いを詰めます。咄嗟にユーリも体を固くして防御に入るものの、カレンさんはそれを気にも留めず、突きの体勢を取りました。
攻撃に転じたカレンさんの『本気』――闘気が込められて青白い強発光を放つ大剣が、カレンさんのもう一つの腕となって、ユーリの鳩尾付近を目がけて真っ直ぐに突き出されました。
「私の男に、ハルに……手を出すなあああああああああッ!!!!」
「あっ、ガアアアッ……!!」
衝撃の瞬間、胴体のひしゃげる音と同時に、ユーリの体が一直線に後方へと吹き飛んでいきました。
背後にある建物の石壁を一つ、また一つと突き破っていき、二棟分の壁をまとめて破壊したところで、ようやく彼女は仰向けに倒れることを許されたのでした。
「これで二振り――そして、私の勝ちだ」
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