19 祭りの夜の女騎士がかわいすぎる件 8
とにかく訳の分からない状況でいっぱいでした。
ヒトセとは違う『さらにもう一人』の僕のこともありますが、まずはエルルカ様のことです。
「ハル様」
「姫様、どうして」
「……」
僕の問いに答えず、エルルカ様は目を伏せました。
どうして姫様がそちら側にいるのか。そちらは、どう考えてもヒトセたちの――敵側のほうです。相対する相手が違っている。
なのに、どうして姫様は僕に剣を向けているのでしょうか。
「――ハル!」
「タイチョー!」
マルベリが伝えてくれたのか、すぐにカレンさんとエナが僕のもとへと駆けつけてきました。
そのすぐ後ろにいたマルベリは、僕たちの様子を確認した後、すぐに報告のため城のほうへと走っていきましたが、時は夕陽が沈み、街中の魔石燈が王都の街に星のように灯りだすころ。人込みにあふれ出して、こちらにすぐ向かいにいくことは困難です。
「! 姫様、まさかそこまで考えたからこそ祭りを中止しないで……」
「……私が行けば、彼らは
あの様子だと、もしかしたらこの件に関して、姫様は周りに情報を伏せていたのかもしれません。
ですが、姫様は初めからヒトセたち、おそらくは竜公国で暴れまわっているいう輩たちと繋がっていたとも考えられません。
少なくとも、あの時、ヒトセに見せた姫様の反応におかしなところはありませんでしたし。
「ハル様、混乱されておられますね。……でも、それで正解です。私も初めのうちは訳がわかりませんでしたから」
瞼を閉じ、そして再びゆっくりと目を開くと、その金の瞳に、とても見覚えのある紋様が浮かび上がっていました。
「姫様、その左目……!」
「ええ、『14番目』だそうです。称号は多分【プリンセス】辺りじゃないでしょうか」
帝国幹部を示す十三人に刻まれていたはずの数字を示す文字、ありえるはずのない『ⅩⅣ』番目が、姫様に宿っていたのです。
「ちなみに僕から言っておくけど、彼女が悪いっていうのとはちょっと違うからね。実際に帝国とこっそり繋がっていたのは、その上の代の人たちだ」
つまり、姫様の親や、その上の代ということです。今は亡き女王のアスカさんやその妹であるチココは転生を繰り返していましたが、おそらく王都の人たちはそうはせず、能力や想いを下の世代に託しつづけていたのでしょう。
エルルカ様がいつ『それ』を自覚したのか、それは聞いてみないとわからないことですが。
「そんなわけでハル様……勝手なことを言って申し訳ありませんが、私は一足先に竜公国へ向かいます。わがままな生徒で、本当にごめんなさい」
「……というわけで、そろそろお暇させてもらうことにするよ。僕も弱くはないとはいえ、さすがに複数の規格外と戦って勝てる自信はないからね」
正体不明の少年が、姫様に肩を置いて姿を炎の中にくらませようとしたとき、
「――待て」
僕の隣にいたカレンさんの姿が、一瞬のうちに消えていました。
一歩目を踏み出す前にすでに全速力に到達したカレンさんの鋭い突きが、もう一人の『僕』の眉間へと容赦なく迫ります。
「っ……! ヒトセから聞いてた通りの女性だねこれは……確かにこれは僕一人じゃ無理かも。でも、」
「!? なっ――」
次の瞬間起こった異変に、カレンさんの目が驚愕で見開かれました。
「剣が、花束に……??」
カレンさんが放ったのは、まず間違いなく剣による一撃でした。さりげなく詠唱していた僕の強化魔法を受けて加速した、常人では反応できない突き。
にもかかわらず、少年の眉間に届いた瞬間には、鋼の剣先は、その刀身ごと沢山の花束に変化していたのです。
「ダメですよ、カレン。『私のお庭』でそんな物騒なものを振り回しては」
「っ、姫様、その足元の魔法陣は――」
結界魔法と呼ばれるものです。自分が指定した範囲限定で、その範囲内に入った敵の能力を著しく下げたり、また自分の能力を引き上げたりすることができるという異能に近い魔法。
初めて見る、おそらくはエルルカ様の本気の能力。
彼女の決意は本物のようです。
「それでは皆様、ごきげんよう。……カレン、ハル様のこと、しっかり守ってあげてくださいね」
「姫様、それはどういう――」
「行ってください、イチトさん。待っているのでしょう、あなたたちの親玉が」
「そういうことです」
イチト、と呼ばれた少年は満足げに頷き。
「そんなわけで、残念ながら時間切れのようだ。さようなら近衛騎士団の諸君と、それに、もう一人の『僕』くん――」
「くっ、待て!」
と入ったものの、姫様が展開している結界魔法は地味にすさまじく、次から次に発生する植物の蔦によって、僕もカレンさんも完全に足止めされていました。
「待てと言って誰が待つものか――ってね。まあ、会いたいなら竜公国においでよ。囚われの姫様を助けるのが【勇者】の役目ってやつなんでしょ?」
あざ笑うように言って、イチトは、エルルカ様をともなって完全に姿をくらませたのでした。
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