9 わりとノリノリで茶番に興じる女騎士がかわいすぎる件
予定通り水をぶっかけてドラゴンを起こした後、僕とカレンさんを交えての作戦会議が始まりました。
【あの……私、普通に降参するんじゃダメなんですかね? 皆さんの力はわかったんで、私としてはもう暴れる必要性とかなくなっちゃたんですけど】
喉を起用に動かしながら、ドラゴンはひそひそと人語を発します。
すでに僕たちにはかなわないことを悟っているようで、言うことを聞いてくれるそう。
いやあ、本当、話がわかる頭のいいドラゴンでよかったなあ(後ろ手に剣を隠してたまにチラ見せしながら)。
「ダメだよ。それじゃあカレンさんがキミを退治させたことになっちゃうじゃないか。カナメさんと戦ってもらって、みんなの目がある前でちゃんと討伐してもらわなきゃ」
【口裏合わせれば別にバレやしないですけど……】
「それじゃあまるっきり嘘になっちゃうでしょう。ねえ、隊長?」
「ハルの言う通りだ。カナメに目に見える結果を残させて自信をつけさせ、隊長としての自覚を促すのが目的でもあるのだからな」
なので、この後、ドラゴンさんにはある程度本気でカナメさんたちと戦ってもらいます。
要は、カナメさんの指揮でドラゴンを倒せればいいのです。その前に僕とカレンさんでやっちゃったわけですが、そちらを二人と一匹の秘密にしておけばいいだけですから。
「――さっきまで騒がしかったのになんだか急に静かになったな……」
と、話をすればなんとやら。カナメさんが隊のみんなとともに追い付いてきたようです。
「まあ、そんなわけだから、ひとまず台本通りによろしく! キミの話は、そのあとでちゃんと聞いてあげるから」
【約束ですよ。……もうなんなんこの人ら】
ヒトみたいなため息を吐きだして、ドラゴンは所定の位置に着きました。
僕とカレンさんは、皆に見つからないよう物陰へ。
「カレン隊長? ハル君? 大丈夫ですか――」
【――ヨ、ヨクゾッ……ここまできたな、ニンゲン】
「なっ……ドラゴン……しかも人語を理解しているだなんて……?」
始まりました。微妙にたどたどしい喋りのドラゴンさんですが、カナメさんは気づいていないようです。
【コ……ココは、もうすでにワレ、のもの……え、違う? 住処? こ、細かいなもう……】
「違う……? な、なにを訳の分からないことを」
【あ、いや、だってそういうふうにやれってあそこの騎士さんたちが――ギャウッ!?】
カレンさんが無言で大きめの岩をドラゴンさんの後頭部に投げつけました。
「カナメさん、ここは僕たちに任せて逃げてください」
「ハル君? どこにいるの? 暗くて居場所が……」
「カナメ、私だ! ソイツとの戦闘で少しとちってしまって、今はハルと一緒に崩れた岩の中にいる。すまないが、私たちが抜け出すまで時間を稼いでくれっ!」
「っ……わ、わかり、ました!」
カレンさん、ナイスフォローです。
昔ならいざ知らず、今のカレンさんならこの程度の演技、問題ありません。
たまにこうして僕の歩調に合わせてくれるようになって……カレンさん、僕は本当に嬉しいです。大好きです。
【この私に歯向かうか……え、っと、いい度胸……だ】
(ふん、それでそれで? お前はどうするんだカナメ?)
「わ、私は……!」
意を決してカナメさんが声を上げました。
「……私はこれでも隊長です! ハル君とカレン隊長……二人のためにも、ここで退くわけには、い、いきませんっ!」
(よし、そうだ! よく言ったぞカナメ! それでこそ騎士だ、
ドラゴンの正面で剣を構えたカナメさんの姿を、カレンさんは興奮気味に見守っていました。
……カレンさん、すごくたのしそう。
さて、ここから熱い戦いが始まるわけですが、だからといって重傷者や戦死者を出すわけにはいきませんから、微妙な調整は必要になります。
ここからは、僕の仕事です。
× × ×
そうして戦いが始まってから、かなりの時間が経過し。
【ぜ、ぜえっ、ぜえっ……な、なにこの人ぜ、全然、こ、攻撃が、あ、当たらないんですけど……】
「はぁっ、はーっ……み、みん、なぁ……敵がついに弱りましたっ……この隙にこ、こ……おえっぷ」
(さて……ここまで両者の戦いぶりはいかがでしょう、解説のカレンさん)
(うん、その、なんていうか……)
苦い顔を浮かべたカレンさんは一言。
(……ひどいな)
(ですよねえ……)
そうです。泥仕合です。
万が一の事故が起きることのないよう、僕もカレンさんも注意しながら戦況を見守っていたのですが、
「あ、あの……カレン隊長、もう一時間ぐらい経ったと思うんですけど、ま、まだ出てこれないですか?」
なんとカナメさん……カレンさんの『私たちが抜け出すまで時間を稼いでくれっ』という言葉を忠実に守ってしまい、敵に攻撃をほとんど仕掛けることなく、ずっとドラゴンさんの攻撃を回避ししつづけていたのです。
【こ、この、いい加げ――】
「! タック君、牽制射撃をっ! ブレス攻撃が来ますっ」
「了解っ」
【む、むがぁ……!?】
それを可能にしているのが、異常なまでの察知の速さです。
例えば今しがたのブレス攻撃の時のように、ドラゴンさんがブレスを吐く予備動作に入ったとほぼ同時、いや、下手すればその直前ぐらいには攻撃を察知し、隊の部下たちに適切な命令を下し、間一髪で避けているのでした。
まあ、タック君の弓の威力だとドラゴンさんの鱗に刺さらないので、僕の魔法でこっそり威力をいじってはいるのですが……それでも狙いはばっちりでした。
攻撃を続ける(よう僕たちから命令されている)ドラゴンさんと、その攻撃をかわし続けるカナメさん以下レッドイーグルの隊員たち。
こうして、両者ともに戦えば戦うほどジリ貧になっていくという状況ができあがり、
【も、もう……】
「だ、だめ、ですっ……」
両者とも、ほぼ同時にスタミナ切れでダウンしてしまいました。
何気に僕も熱戦を期待していたのですが……引き分けとは、なんとまあしょっぱい終わり方なのでしょう。
「隊長、そろそろ……」
「うん。まあ、ドラゴン相手にこれだけ立ち回れたんだ。今回は特別に合格点ってことにしておいてやろう」
物陰の岩をぼかんっ、と粉々に砕いて見せた後、僕たちは悠々と全員の前に降り立ちました。
【あの……こんな感じで大丈夫だったでしょうか?】
(うん、ありがとう。助かったよ)
【……では、約束通り……】
僕がちらりと目で合図したのを確認してから、ドラゴンさんはふらふらとした様子で立ち上がり、逃げるようにしてその場から飛び去っていきました。
「あのハル君……あれ、逃がしちゃってもよかったんですか?」
「ええ。もともとあの方も、そのつもりじゃなかったみたいですし」
「? う、うん……?」
あのドラゴンさんがこの場に、わざわざ僕たちにやられるリスクを冒してまで、王都に来た理由。
【――私たちの国、『連邦』を助けてはくれないでしょうか?】
未開の地が数多く残る、西の大陸『連邦』。通称、魔獣の国。
どうやら、まだまだ僕とカレンさんにはやらなければならないことがあるようで――。
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(※ 書籍版発売のお知らせ)
12月1日(日)、『すべてをあきらめた女騎士がかわいすぎる件』改め『年上エリート女騎士が僕の前でだけ可愛い』書籍第一巻、発売となります。
予約情報、各店舗特典その他詳しい情報については、近況ノートや作者ツイッター、角川スニーカー文庫公式サイト等で順次公開して参りますので、web版ともどもよろしくお願いいたします。
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