18 祭りの夜の女騎士がかわいすぎる件 7


 夜のほうの約束をしっかり取り付けた後も、僕たちはいつものように仕事をこなしました。やはり内外から人が多く集まっているのもあり、ちょっとした喧嘩や盗みなどは、こうして見回りを強化していてもちょくちょく起こります。


 もちろんその他のささいな事件なども。


「ああ、ほらよしよし……怖くない、怖くないからな? ほら、お姉ちゃんの手に掴まって」


「うわああああんっ! おばちゃんこわいよおおおっ!!」


「――――」


 今、僕たちは両親とはぐれたという迷子の幼い女の子をあやしていました。女の子はずっと終始こんな調子で、カレンさんは精神に相当なダメージを負っています。心を無にしている。

 

 カレンさん、王都の標準男性よりも身長高いからなあ。気弱な子だったら、怖がってしまうこともあるかも。ちなみにカレンさんは子供好きです。……ショタとかそういうんではない。


 ほどなく両親を見つけ出して、迷子の女の子にバイバイし、そしてカレンさんをよしよしと慰めます。


「ハル、お前の体ちょうだい。入れ替えよ? 私の魂と。それなら多分ちょうどいい感じになるから」


「うん、いい感じにヤンデレってますねえ。でも却下」


 年齢はともかく、体格が反対になると、僕がカレンさんにすっぽり収まらないのでダメです。カレンさんの胸に飛び込んだ時、ちょうどよく谷間に収まるのが、僕の中では重要なので。


 というか、カレンさんは気にしてますが、目元にわずかにできた皺なんて、これからの末永いお付き合いを考えれば誤差の範囲内なので、僕にとってはどうでもいい話です。


「心配ないですよ、カレンさん。僕だけは、ちゃんとカレンさんだけを見ててあげますから。もちろん、今日の夜だって、」


「んっ、あ、こらっ」


 耳打ちするようなふりをして、僕はカレンさんの首筋に、そっと自分の唇を触れさせました。


 いたって平静を装ってはいる僕ではありますが、頭の中は、一通り仕事が終わったあと食事のことばかり。


 それが『どっち』のことなのかは、まあ、言うまでもなくカレンさんです。


「もう少し、ですよね? ちゃんとわかってますよ。でも、今日はお預けは無しですからね?」


「……うん。今日は大丈夫、だと思う」


 言い切ってくれませんでしたが、今回はカレンさんも僕と同じ気持ちでしょうから、うまくいってくれるでしょう。


 関係者の皆様、お忙しいところ、僕たちの我儘を聞いてくれて(半ば強引)ありがとうございます。


 僕たち二人、幸せになってきます。


 しかし、その時間まではまだ少しありますので、引き続き私服騎士としての仕事を果たします。


「カレンさん、僕のここ空いてますよ?」


「腕に抱き着けってか……身長差的に逆だろうが」


「一度やってみたくて。ダメ、ですか?」


「……構わないけど」


 そう言って、カレンさんはそっと僕の腕にしがみついてきてくれました。


 もちろん、仕事にかこつけてイチャイチャも継続です。……あれ、心なしか周囲の視線が痛いような気が。


 目立ち過ぎは本来良くないのですが、ここは自慢しておきましょう。


 いいだろう、この人、僕のお嫁さん(※将来的に)なんだぜ。


 邪魔する人はまとめてぶっこ……いえ、はっ倒すぐらにしておきましょう。


「あっ! タイチョーにオバサン! やっと見つけた!」


 と、ここでデリカシーのない大声が僕の背後から響きました。もちろん、エナですが、隣には変化の魔法が解けて、元の姿に戻っているマルベリの姿が。


「ごめんなさいハル……一応は誤魔化そうとしたんですけど、体臭であっさりバレちゃって」


「犬か」


「うっさいな~、わかっちゃうんだからしょうがないし!」


 まったく野性味あふれる仲間です。巡回の予定ではエナとマルベリは鉢合わせしないはずだったんですが。


 ちなみに、万が一バレたときのことを考えて、さらに予備の替え玉としてナツを紛れさせているので、カナメさんたちにバレることはないですが。


「どうせ夜はオバサンと約束してんでしょ、ならさ、それまでは私の相手してよ。見回りの仕事はちゃんとやるからさ、ね、いいでしょ?」


「ダ、ダメに決まってるだろ! 今もこれからもハルのパートナーは私だ。私の目が黒いうちは、たとえ仕事でもパートナーなぞ組ませてやるものか!」


「私はただタイチョーの子どもが欲しいだけで、結婚とかはどうでもいいんだけどなあ……」


「そっ、それが問題なんだっ!」


 なんだよなによといつものヤツが始まるなか、仕方がないので残ったマルベリとともに周囲の見張りを継続するとします。この二人の取っ組み合いは、喧嘩というか一種の習慣のようなものなので、無視して――


「ん? あれ、あの姿は」


 ふと、何の気なしに首を向けると、視界の端に綺麗になびく薄桃色の髪を捕らえました。


「? どうしましたの、ハル。……そちらには誰もいないようですけど」


「いや、ちょっとエルルカ様の姿が見えたような気がして」


「姫様が、ですか? あの方は今日は一日城にいるはずですが……」


 ですが、僕の見間違えとも思えません。髪もそうですが、あの鎧姿は間違いなく姫様でした。


「マルベリ、二人のこと見てて」


「あっ、ハル――」


 姫様が見えなくなった場所へ、僕は急いで向かいます。


 嫌な予感がしていました。


 思い返してみれば、最近の姫様は、明らかに浮かない顔をしていました。

 

 そう、ちょうどヒトセの顔を見たあたりから。


「エルルカ様、」


「……ハル様」


 やはり来たか、という顔で姫様は微笑みました。


 少し潤んでいるように見える金色の瞳……その隣に、ぼうっと、橙の炎が突如出現しました。


「初めまして、と言ったほうがいいですかね、ハル?」


「ヒトセ、いや……」


 姫様の肩に手を回して佇んでいたのは、またしても僕と似たような雰囲気を放つ、ヒトセとは別の『ハル』だったのでした。

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