20 彼氏を盗られる女騎士がかわいすぎる件 4


 怖い。


 会議の後、初めて再会したハルを見た時、まず、私が持った印象は、それだった。


 外見はまったく変わっていない。相変わらず、私の守備範囲ど真ん中の、かわいい年下の少年である。


 だが、よくよく見てみれば、私も記憶にある中のハルと、今のハルは、どこか雰囲気が異なっている気がした。


 喋り方、立ち振る舞い、どうにも考えの読めない瞳の奥。


 付き合い始めてからは、彼が何を考えているのか、または、なにをしたいのかは、その目を見ればわかっていた。普段は大抵『イチャイチャしたいです』と顔に書いてあったが、いざというときには真剣な、意志の強い光があった。


 あどけない少年と一人の立派な大の男が同居している姿に、私の心は完全に彼に奪われていた。


 だが、今はどうだ。まるで別人だ。


 何を考えているのかわからない瞳。まるで仮面を張り付けただけのような、形だけの作られた笑顔。


「……お前、本当にハルか?」


「どうしたんですか、カレンさん? 僕はハルですよ。正真正銘、あなたの部下だった男ですよ」


 だった、か。


 仮にハルが【勇者】の生まれ変わりだったとしても、私との記憶は消えていないはずだ。


 どうやら、今のハルの中で、私はすでに過去の女らしい。ひどいものだ。


 正気に戻った時、思い切りぶん殴って説教してやらなければ気が済まない。


「――あなたは、一体誰?」


 と、ここまでずっと沈黙していたナツがハルにそう問いかけた。


 ハルのことを自分の兄と慕っていた半人半精霊の少女。彼と一緒にいることだけが生きる目的のような存在のナツが、そう言ったのだ。


「何言ってるんだよ、ナツ。僕は間違いなくハルだよ。キミのお兄ちゃんのさ」


「違う。お前はお兄ちゃんなんかじゃない。お兄ちゃんは、そんな気味の悪い笑顔を浮かべたりなんかしない」


 ナツの全身が青白い電光を迸らせた。ナツが精霊化する時、つまりは戦闘態勢になるときの予兆サインである。


「お兄ちゃんから出て行け。さもないと……」


「さもないと、何?」


「っ――!?」


 と、ナツが人から精霊へと変わるほんの一瞬の空白をついて、ハルの光剣が、ナツの首筋を捉えていた。


 それと同時に、全身が抜けたようにして、ナツが膝から崩れ落ちてしまう。


 精霊化も、キャンセルされてしまったようだ。


「破魔術っ……!」


「作り物のくせして、よく言うよ。その首、刎ね飛ばされたいのかな?」


 私仕込みの剣技は相変わらずのようである。今のハルと私が仮にぶつかったとして、どちらに軍配があがるかどうか。


 実力でいえば、今すぐにでも近衛騎士団の分隊長になれるだろう。


「ハル先生、ところで、どうしてここに? ご自身がお話の輪から外されたことがお嫌だった、というわけではないでしょう?」


「まあね。アスカさんから皆さんに伝言があって来ただけだよ。でも、皆はこれから僕のことを話すわけでしょう? 僕がどうして、どうやってこの世に生まれたのか、とか」


「……初めから聞いていたんですね」


「いや? カレンさんのことだから、どうせ、僕のことをチココやミライさんに根ほり葉ほり訊くんだろうと思ったからね」


 私はハルが今何を考えているのか全くわからないのに、ハルのほうは、私が何を考え、何をしようとしているのかはお見通しだなんて。


 こんなの、反則だ。


「だから、全てを思い出した僕が、かわりに話してあげるよ。チココ、キミのいう昔話ってやつをさ」



 × × ×



 勇者と、アスカと、そしてその妹であるチココの三人から始まった冒険の旅は、そこからとんとん拍子に、順調に進んでいった。


 相対するだけで足がすくむような巨大な魔獣との戦い、そして勝利。一歩間違えば命を落とすような天然の秘境における宝探し。


 それを、勇者は、まるで子供がその辺の草むらで遊びまわるかのような気安さで成し遂げていった。


 その途中で、一人ずつ仲間が多くなっていった。まず一番最初にミライが加わり、一人、また一人と。その時々のパーティに足りないものを補う形で。

 

 皆、それぞれ個性的な素質や異能を持った人間。妹であるチココも、歳を重ねるにつれ、能力に覚醒した。


 最終的に十三人の大所帯。勇者以外の全員が、皆、かわいい女の子であったことがアスカ唯一の不満ではあったけれど、なんだかんだで勇者は、アスカのことを一番に見れてくれていたようだった。


 十三人の中で、彼が唯一、冒険に行こうと誘った子が、アスカだった。


 彼女は、彼にとって特別な存在である。


 それが、年頃の少女にとってはとても嬉しいことだった。


 彼女は彼になんでも話したし、そして彼も彼女にだけはなんでも打ち明けてくれた。気恥ずかしくて、あと一歩を踏み出すことは、できなかったけれど。


 自分こそ、彼の、勇者の、王の、一番。


 だから、彼女は意志を継ぐと決めた。


 道半ばで散ってしまった。彼の本当の願いを叶えるために。



 〇



【なあ、アスカ。俺、やりたいことがあるんだ】


 とある夜。勇者はアスカを一人呼び出した。


 初めのうちは、また何かくだらないことを考えているのかと思った。


 元々明確な目的などなかった旅である。見たいものを見て、やりたいことをする。一攫千金の夢を追ったかと思ったら、ほんの小さな人助けのために、命を賭けたりする。


『なにをするの?』


 アスカはそう訊いた。否定するつもりはなかった。元々、彼女は彼の背中を追いかけていただけだ。溌溂とした笑顔で世界を駆けまわる彼の笑顔が眩しくて、それをずっと見るために、彼女は彼の馬鹿に付き合っていたのだから。


 だが、その時ばかりは違っていた。


【俺、世界征服したい】


『は??』


 彼の言うことはいつも突拍子もないが、今回ばかりはトチ狂いすぎである。世界がどれだけ広いと思っているのか。そんなことを考えるのは、昔のおとぎ話にでてくるような魔王がぶち上げるような目標である。


 しかし、彼女にそう告白した彼の眼差しは真剣そのものだった。何かやりたいことを言う時は、いつも、子供が新しい遊びを思いついたような顔で笑う彼が、笑っていない。


 まだ若い彼にそう思わせたのは。


 やはり、戦争が原因だった。

 

 そこから、彼の彼女の計画は始まった。


 それまでの彼や彼女達の戦う対象は魔獣たちだったが、その日を境に、その対象に人間が加わるようになった。いたずらに戦火を広げようとする国だったり、裏から手を引いて利を得ようとする悪の組織だったり。


 歳を少しずつ重ねるにつれ、そして、冒険で色々な国をその目で見るにつれ。


 彼は、いたずらに失われる命を助けたいと思っていた。ほんのちょっとした意見の食い違い。タイミング、ボタンの掛け違え。


 そんなくだらないことで泣く人をいなくなるようにしたい。


 アスカのような女の子を、これ以上作らないために。


 そうして、彼らは国を建国し、東の大陸を実力で統一した。その国は帝国と呼ばれるようになった。


 あまりの大それた計画だったが、しかし、彼はそれを成し遂げることが出来る人間だった。


 だって、彼は勇者だったから。


 東の大陸は、彼の圧倒的なカリスマによって統一された。


 世界征服という途方もない願いへ向けての確かな第一歩を踏みしめた。


 しかし、そんな矢先に彼の体に病が襲い掛かった。



 〇



 原因のまったくわからない彼の病状は、深刻だった。


 まわりに火も炎も何もないのに、彼の全身には、治しても治しても消えない、皮膚が焼けただれるほどのひどい火傷が出来ていたのである。


 どんな病も治す医者でも、癒術師でも、彼の体を日ごとに蝕んでいくモノの正体には気付かなかった。


 そうしているうち、勇者の体はどんどんと衰弱していった。


 彼自身は何かを悟っているような顔だったが、ずっと口を閉ざしたままだった。


 活力がみなぎっていた顔からは生気が失われ、アスカが初めて会った時の彼は見る影もない。


 だが、彼女はずっと彼に寄り添った。


 例え姿が変わろうが、もう前のように能力を振るえなくなって弱くなっても、関係ない。


 だって、彼女は彼の特別なのだから。


【なあ、ちょっと、いいか?】


 いつもと変わらぬ口調で、彼が言う。呻き声ばかりだった彼の口から出た、久しぶりのまともな言葉だった。


『なに?』


 彼女が訊く。


 彼女は、何も言わない。言うつもりもない。


 アスカは、冒険を始めたときのように、いつも通り、彼の話を聞くだけだ。


【俺がいなくなっても、この国のこと、お願いできるか?】


『それは嫌よ。だって、あなたがいないじゃない』


【俺のことなら、心配するな。絶対に帰ってくるから。どんな形になるかわからないけど、絶対にこの国に戻ってくるから】


 だから、と勇者続ける。


【それまで、この国を、なんとか残しておいてくれ——】


 そう言い残して、彼はそのまま眠るように息を引き取った。


 アスカがまだ何も言っていないのにも関わらず、言うだけ言って、一人走り出していく。


『相変わらずな人。私はまだまだあなたに伝えたいことがあったのに、その前にさっさと一人で行ってしまうなんて』


 冷たくなった彼の手を握り、彼女は深く溜息をついた。


 だが、だからといって彼を見放すような彼女ではない。


 彼に託された願いは、もう受け取ってしまった。


 だから、後はそれを実行に移すだけ。


『チココ、ミライ——』


 彼の最期を看取った残りの二人に、アスカは、女王は声をかける。


『――私から、お願いがあるんだけど、いいかな?』


 そこから、始まったのだ。


 彼女達三人による悪魔の実験が。



 × × ×



「――いつか必ず帰ってくるという勇者の言葉と願いを聞き入れたアスカさんは、彼女の妹であるチココと、一番最初に仲間に加わったミライさんとともに、僕達のような『器』を作り始めた。亡くなった勇者の体の一部と、体内にわずかに残留していた彼の魔力を利用して」


「本当、なのか?」


 私の問いに、チココとミライはうなずいた。


 どうやら、ハルの言うことに嘘はないらしい。


「――私たちは、彼が、勇者がいつ帰ってきてもいいように『器』を用意した。相応しい『器』に、相応しい『魂』は宿るっていうのが、この大陸に古くから伝わる考えだったから」


「だが、だからと言って、その勇者が本当に転生するかどうかなんてわからないだろう? そんな不確実極まりない言葉を信じるなんて——」


「でも、あの人は勇者でした。あの人が【戻ってくる】といったら戻ってくるんです。だから、私たちはどれだけでも待つことにしました。禁呪となっていた死霊術を復活させて、自身の魂を魔力化してでも」


「どうして、そこまで」


「「それは……」」


 ミライとチココが口を開こうとしたところに、


「僕のこと、というか、勇者のことが好きだったから。そうですよね?」


 ハルが、その答えを横取りしてしまった。


 二人は、何も言えないまま黙ってしまう。


「とまあ、僕からの話は、こんな感じです。色々ありましたけど、僕は約束通り戻ってきた。記憶はまだちょっと曖昧ですけどね。後のことは、四人でどうぞご勝手に。じゃ、僕はこれで」


 言って、ハルは踵を返して部屋から出ようとしたところで、立ち止まった。


「あ、そうそう忘れてました。これからちょっと大きな戦いがあるみたいなので、四人とも、準備だけはしておいてくださいね。特にカレンさん達は、十三星なのですから」


「ちょっと待てハル。戦いって、一体何と戦うつもりだ?」


「何って——だって、もうあの国は用済みですから」


 楽しそうに笑って、ハルは言う。


「つい今しがた、アスカさんが王都に宣戦布告しました。『私たちの悲願のために、王都、貴様達には消えてなくなってもらう』と」

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