14 面接部屋の中心で愛をさけぶ女騎士がかわいすぎる件 3


「カレンさん、今なんて……?」


 カレンさんの口から出た『結婚』の二文字をもう一度確かめたくて、僕は思わずそう訊いていました。


 確かに、この任務が無事終わり、そして、自分自身の出生が明らかになった時の後、僕はカレンさんにプロポーズをする予定ではありました。ただ、それは自分の胸の内に秘めていただけで、そのことをカレンさんが知る由もありません。


 つまり、カレンさんも僕と同じことを考えてこの任務に臨んでいた訳です。


 ただ、単純に僕についていきたいと思っていたわけではなく。


「あ、いや……その、こんなタイミングで言うのもどうかとは思ったのだが、つい勢いで……。ハル……さっきも言った通り、わ、わわ私は、お前と、その……結婚を、お前と夫婦になりたいと……そう、思っている」


 ほんのりと朱に染まった頬を指で掻きつつ、カレンさんは僕へ告白してきました。


「これまで剣に生き、技に生き、力に生きてきた戦闘馬鹿な私にも、あきらめられない夢はある――お父さん、マドレーヌ、エルルカ姫様や他の騎士団の仲間たちに祝福されながら、結婚式をすることだ。私を馬鹿にしていた同僚たちが羨望するほどのいい男を旦那に迎えて、たまにある同期会で、旦那の愚痴や子育ての苦労を語り、酒を飲み過ぎた挙句にやれやれと迎えに来てくれた旦那におんぶされながら家路につく――私は、そんな生活を送りたい」


 今まで脳内で幾度となくシミュレーションしてきたであろう願望を、カレンさんは包み隠さずぶつけてきました。


 結婚式を挙げるまではいいですが、その後の同期会のくだりは、カレンさんのちょっとした闇が垣間見えるようです。まあ、それはそれでかわいらしい闇なんですけれど。


「ハル、それを教えてくれたのは君だ。女であることを諦めていた私に、夢見がちな女の子が見るような想いを思い出させてくれたのは。君が言ったんだ。最も私から遠い立ち位置に立っていたはずの、君が」


「カレンさん……」


「ハル、もちろん受けてくれるよな? 拒絶する暇もなく私の大事な心の中に一足飛びで入ってきて、そして私をこんな風にした責任を――その、取ってくれるよな?」


 結論から言えば、もちろんそのつもりです。こんなにも面倒くさくて、強くて、可愛らしい女騎士様の旦那はきっと僕にしか務まらないはずです。


 ただ、僕が思っていたことを全部先に言ってしまったカレンさんは、とてもずるい人です。それは本来、男の僕から言わなければならないことなのに。


 だから、ほんのちょっとだけやり返したいと思うわけで。


「えっと、お断りします」


「そう、やっぱり君ならそう言ってくれると思っていた—―って」


 そこで、カレンさんの時間が一瞬、制止しました。


「えええええええええええ!?? お断りいいいいいいい!???」

 

 当然『OK』をするであろうと確信をしていたカレンさんに、僕はそうやってカウンターパンチを入れました。


 カレンさんは当然のように狼狽えています。


「え!? なんで!?? どうして!?? この流れで『×』とかある??」


「いやいや、あるでしょう全然。物事に『必ず』なんて『絶対』にありえないわけですから」


「まさか、お金のことを心配しているのか? 結婚式の費用は、小さな一軒家なら余裕で建てられる私の貯金から出せば問題な……はっ、まさか私のお父さんが嫌いとか……」


「カレンさん落ち着いてください。そう言うコトじゃ全然ありませんから」


「じゃあ、なに――」


 カレンさんが言いかけたところで、僕はカレンさんの左手薬指を取り、今はまだ買っていない婚約指輪を付けるふりをしながら、


「それをするのは、僕の役目だからです。謹んで申し出を受けるのが、レディであるカレンさんの役割。だから、僕はカレンさんからの申し出を受けるわけにはいきません」


「――――」


 僕からの答えを聞き、充分に咀嚼した後、カレンさんは安堵の息とともに微笑みを浮かべました。


「……若いくせに、ハルは考え方が古いな。好きあっていれば、どちらでもいいと思うがな」


「カレンさんからプロポーズされたなんて事実が総隊長の耳に入ったら、多分、僕がどやされるでしょうからね。これからのことを考えると、そういう禍根は、なるべく残さないほうがいいと思いまして」


「ハル……お前はずるい男だ。そうやっていつも私のことをからかって反応を楽しむんだから」


「それは、カレンさんが『かわいすぎる』からいけないんですよ。カレンさんこそ、僕をこんなふうにした責任をとってください」


 あの時、カレンさんに会っていなかったらどうなっていたのだろうと、ふとそう考えることは何度かありました。


 同期生だったマルベリから言わせると、学生時代の僕は『とっつきにく存在』だったらしいです。メイビィやエルルカ様とのように表面的な付き合いはあったけれど、かと言って親友と呼べるような存在は誰一人としていない。


 そんな僕が、第四分隊ブラックホーク以外の分隊に入ったらどうなっていたか。今となっては仮定の話でしかありませんが、きっと今のように賑やかな状況はありえなかったでしょう。


 一人で淡々と任務をこなし、淡々と出世する。仕事は厳しくないだろうけれど、それはそれでつまらない人生。


 ですが、今はもうそうじゃありません。


 カレンさんがいて、その親友であるマドレーヌさんがいる。


 同期でライバル(と自称する)マルベリがいて、元は敵だったアンリさんがいて、他国からわざわざついてきてくれたエナがいる。


 エルルカ様、メイビィ、ライトナさん、ナツにチココ――なぜか女性ばかりなのが疑問ですが、そうやって色んな人達に支えられて、僕はハルとして、今、この場に立てています。元気に生きています。


 これまでも、そしてこれからも。


「カレンさん、後もうちょっとだけ待ってください。少なくとも、給料三か月分の婚約指輪を、自分のお金で用意できるようになるまで」


「今のお前の給料だと、貯金が出来る前に私は三十になるのだが……まあ、年上の女として、年下の彼氏の我儘を聞き入れるぐらい、してあげないとだな」


 言って、カレンさんは僕の手の上に、自身の右手を優しく添えました。


「わかったよ。私は待つ。でも、一つだけ約束してくれ」


「はい、カレンさんのお願いならなんなりと」


……私を一人にしないでくれ。もし破ったら、たとえ死の淵にいたとしても追いかけて、しがみついてやるからな」


「それは怖い。なら、できるだけ善処しなきゃですね」


「善処じゃない、ぜったい、だ」


 いって、カレンさんは僕の頬をぎゅ、とつねってきました。鍛えられた腕力と握力のせいで、結構、いやマジで痛いです。


 物事に『必ず』はないとさっき言ったばかりなのに……カレンさんは我儘なひとです。


「えー、おほん。この部屋で、しかも主であるこの私【人形使パペットマスター】を差し置いて、イチャイチャとプロポーズごっこをしている、空気の読めないそこのお二人さん、ちょっといいかしら?」


 と、ここで存在を忘れかけていたミライさんが、発言の許可をとるべく手をあげました。


 カレンさんも、僕と同様、彼女の存在を忘れていたようで、今頃羞恥心が出てきたのか、バツが悪そうに、僕の方を見つめながら赤面しています。


「それで? あなた達が結婚することと、私があなた達に協力することに何の関係があるの? 話を聞く限り、私にとってメリットなんて何一つないんだけれど?」


「そうだな。確かに、貴女にとっては一銭の特にもならない話だ。だが、それでもあなたに協力してほしい」


「あなた達が幸せになるためだけに?」


「ああ、少なくともこの仕事が終わらなければ、話なんて一つも進まないからな。だから、もう一度お願いする。女王の暴走を止めるために、貴女の力を貸してくれないか?」


 なんの臆面もなく、後ろめたさもなく、カレンさんは堂々とミライさんに『お願い』しました。


 握手するための右手を差し出して、真っ直ぐな瞳で。


「めちゃくちゃね、貴女。まともな人間なら、どう考えたって断るようなことを言っているの、わかってる?」


「そうかもな。でも、貴女はきっと受けてくれるんだろう?」


「どうしてそう言い切れる?」


「そんな瞳をしているから、かな。勘だが」


 僕にはミライさんがそんな顔をしているかどうかはわかりませんが、カレンさんには感じるものがあるようです。女同士だからこそ通じ合うものがあるのか、それとも――。


「ほんと、めちゃくちゃね……自分の希望を言うだけ言って人の気持ちなんて全然考えない——でも、そんなお願いを聞いたのは久しぶり。そう本当に……」


 言って、呆れたように肩をすくめながらも、ミライさんはカレンさんの差し出した手を受け入れました。


 それは、一度は転がり落ちそうだった首が、皮一つで繋がったどころか、完全治癒の上、絶対にほどけない包帯でぐるぐる巻きに補強されたことを意味していたのでした。


「いいわ。あなた達に協力してあげる。でも、あくまで私は協力するだけ。女王クイーンに対してのスタンスは、今まで通りだから」


「つまり、女王に対しても協力するし、僕達にも協力する、と」


 僕の言葉に、ミライさんが頷きました。説得は自分達でやれ、ということでしょうが、これ以上の譲歩を引き出すのは罰が当たるというものです。


「……そう、私は傍観者。ヒロインの行く末を見守るだけしかできない、自分から舞台を降りた、ね」


「?? ミライ、傍観者とはいったい――」


『いい、ちょっと、マスター?』


 と、ここでタイミング悪く、伝声管よりキャノッピの声が届きました。

 

 急に協力的になったミライさんからもう少し情報を聞き出したかったところですが、それはおあずけになってしまったようです。


「……どうしたの、キャノッピ」


『揃った、全員、メンバー。出せ、要求、マスターを、している』


「ふう、さすがに『冗談です(テヘペロ)』は通用しなかったみたいね。まあ、いいわ、それじゃあついでだし、会議を開くとしましょうか。キャノッピ、会議室の鍵、開けておいて」


『案内、そこへ、他のメンバーも。了解、マスター』


 キャノッピとの通話を終えて、一時的に僕達の仲間となったミライさんが、僕達のほうへと向き直りました。


「……もう一つ関門を超えなければならない感じですか?」


「ええ。十三星の五番目が、新しい人間になったわけだしね。どのみち、全員と顔合わせをしなきゃならないわ。もちろん、女王クイーンともね」


 女王クイーンという単語に、僕は自身の体が徐々に強張っていくのを感じます。


 十三星が一同に集まる会議。ラスボスとの邂逅が、すぐそこにまで近づいていたのでした。

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