第98話 癒しと誓いと焦燥と

「トランはここでお寝ん寝おねんねするニャ。お出かけはダメニャ」


「陛下もですよ」


 獣王の居城、その医務室に半ば強制的に収容された二人は諦め半分で大人しく横になるトランと獣王。


「あれ?オレはともかく獣王おっさんが何でこっちで寝てんの?家ぶっこわされた?」


 包帯でぐるぐる巻きの重症といった出で立ちのトランは、そうとは思えない普段通りの気の抜けた感じで問いかける。そんな彼に負けじとミイラ顔負けで白一色となった獣王はやはり気の抜けた感じで答えた。


「それがよぉ、俺を一人にしたら抜け出して逃げてくアイツ等に突撃かますんじゃねぇかって言い出してよぉ、同じ事しそうなオマエとまとめて監視しようってハラらしいぜ」


「…そんなことしねぇよ」


「だよなぁ、やっつけ仕事感ありまくりだよなぁ、俺たち冷静沈着な常識人だもんな」


「そうそう」


 二人 (一人と1匹?) そろって言うのを見てゼノン・ルクソドールの額に青筋が浮いた。


「左様ですか。気がついて早々に雄叫びあげて飛び出しそうになったお方が『冷静沈着』ですか。いつの間にか敵艦に突撃かます御仁が『常識人』ですかそうですか」


「「シューッ♪」」 (吹けてない×2)


 目を細めて言うゼノン。鬼気とした空気を醸す彼に全力で視線をそらし誤魔化すおバカ二人にため息をつくナナイと「あはは…」と乾いた笑いのナバル。

 不機嫌な顔をしているホルンを見て冷や汗をかくトランはすぐさま会話を変えることにした。


「ところでさ、獣王おっさんがここに収容されてるってことは町の連中には広まっちゃったんじゃないの?士気が下がったりしない?」


 それに答えたのはナバルだった。瞳をキラキラ輝かせ、まるで英雄ヒーローを語る少年のようだった。


「それがよトラン。獣王ダンナスッゲェんだよ!」


「兄さん、ここは一応 病室ですよ」


 わりい、とバツが悪そうに頭をかきナナイに謝る。そして少し声を押さえて話すのだが言葉の端々はしはしから気の高ぶりようが溢れていた。


「俺が異変に気づいたのは海王リヴァイアサンの腹から出た後なんだがな」


「はぁ!!オマエ何やってんの!」


「まてまて!そっちはあとから話すからよぉ」


 ナバルは自分が外に出た時からを話しだした。

 港町での激しい戦闘は目を引いたがそれ以上に危険な気配が2つ感じた。


 1つは島の北側、海上でのトランと帝国軍大将との戦闘。

 2つ目は島の中心で獣王と、もう1つの見覚えのある気配との戦闘だった。

 2つ目の方で巨大な爆発の後に獣王が東に移動するのがわかった。その獣王の行動に違和感を覚えより魔力を探るとそこには以前戦った『先代魔王のカケラ』を固めたような怪物の気配を感じた。慌てて飛び出したナバル。

 移動の途中で同じように急行しているゼノンと出会ったときだった、獣王のいる方角からさらに巨大な気配が現れたのは。ナバルが驚いたのはその時のゼノンの『帝国の大将か!』の一言だった。魔の森西側で十分に通じるトランとホルンを瀕死に追い詰めた男が今その場に現れた。二人で最悪の未来を想像しすぐさま飛び出した。

 二人の視界に頑丈そうな石造りの神殿が見えた時、巨大な水の柱が天を貫いた。その水は氷となり巨大な爆発となって辺りの全てを消滅させた。

 その後に彼らが見たものは爆心地を始めとした島の東側半分が『氷の世界』と化したある種の地獄だった。中心にあった神殿は当に消し飛び、そこに存在したのは獣王ただ一人と魔神の片腕だけだった。


「スッゲェんだぜ!魔力の流れから俺が思うに武器に注ぐ魔力がショボいとアレは撃てねぇ。それだけの力を制御できねぇと発動もしねぇだろうな」


「わかったわかった!獣王おっさんがスゲェのはよくわかったよ。

 で?町の連中はどうなんだよ」


「スゴかったぞ。獣王ダンナを担ぎ込んだときは不安そうな顔してたけどその後に運び込まれた怪物の腕を見た瞬間もうお祭り騒ぎよ。


『陛下が怪物を退けたぞ!』


 ってな。それくらいにあの片腕から溢れてくる魔力が尋常じゃないって事なんだけどな」


「…そんなにヤバイの?」


 加熱しそうなナバルを「兄さん落ち着いて」と押しのけながらナナイが話す。

 

「研究するにしても1度しっかりと封印すると言うので私も手伝ったんだけど本当にスゴかったよ。魔の森の魔獣も超えてると思う」


「ホルンも見たニャ。あのバリバリとおんなじくらい強かったニャ」


「クサレ大将と同格かよ。そらやべぇわ」


 驚きと尊敬を込めて出た言葉だったが獣王は何故かバツの悪そうな顔をした。


(仕留められなかった…ってだけじゃなさそうだな)

「ナバル、オレちょっと日の光浴びたいから付き合えよ」


「おう。でもあんま無茶するなよ」


 そう言うとナバルはトランの頭をつかむと子供用車イスにのせた。


「ギョエ!!

…てめぇ怪我人にアイアンクローかますたぁイイ度胸じゃねぇか」


「そんだけ言えりゃあ十分だろ。売店に旨そうな飲み物あったからそれで勘弁しろよ」


「トラン!暴れちゃめーだニャ!」


「はい。すんません」


 大人しくなった小グマを乗せた小さな車イスをホルンが押していく。横からナナイが「トラン君、みんな本当に心配したんだよ?」と声をかけ珍しく困惑する場面を残し病室から消えていった。


「気を使わせたようですね」


「あのクマはアレでなかなか大人だからな。それよりゼノン、通信魔道具を持ってきてくれ。兄じゃ達に至急連絡する」


「はっ!」


 敬礼をし退出するゼノン。残された獣王は一人頭を抱えた。


「…なっさけねぇ」



……

………


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!

あのクソ獣人もナバルとかいう人間ヒュームのガキも殺してやる!」


「落ち着け!リベイラの負担も考えよ!」


「!!…ぐぅぅ」


 治療が終わると同時に荒れ狂う邪竜を帝国軍大将が戒める。怒りを飲み込み座り込む邪竜。ベッドのうえから少女が弱々しくも声をかけた。


「良いわよシャクラ。この子の気持ちもわかるわ。正直良くやってくれたわよ。予想外なのは『あの男』が歴代最強だった、という事ね」


 今回の作戦は完全に敵の戦力を見誤った。本来であれば獣王を潰した後、ソウードを前面に邪竜を適度に暴れさせて獣王国フェルヴォーレ

完全に崩壊させる手はずだったのだ。


「リベイラよ、奴等の強さは予想以上であった。このままでは勝ち目はないぞ。ここは時間をかけてでも戦力強化することを提案する」


「そうね。わたくしも今のままでは次の封印解放に身体がもたない可能性が出てきたもの。こんなところで焦って全て御破算じゃあまりにもマヌケ過ぎるわ。それに…貴方の腕も何とかしないとね」


「…腕は時間をかければ復活する。それよりも俺自身、以前を『超え』ねばならなくなった。シャクラ、キサマにも手伝ってもらうぞ」


 忌々しげにぼやく邪竜を帝国軍大将はおかしそうに目を細めた。


「良いだろう。俺も『本来の姿』に近づかねばならんからな」


 獣王の働きで帝国は大幅な作戦の見直しを余儀なくされた。だがこれは最悪の始まりであったのかもしれない。







………………


ここまで読んでくださりありがとうございました

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